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ザマの戦い
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さわやかな秋晴れとなったこの日、広大な平原に両軍は布陣した。ローマ軍は左翼にラエリウスのローマ騎兵、右翼にマシニッサのヌミディア騎兵を配置し、中央の歩兵はスキピオが率いる。ローマ軍は歩兵三万四千に騎兵六千の四万。対するカルタゴ軍も両翼に騎兵を配置したことは同じであったが、前線に八十頭の戦象を置き、歩兵を縦に三列に並べる陣を敷いた。カルタゴ軍は歩兵四万六千に騎兵四千の五万。ハンニバルは歩兵の一列目に金で雇った他国の傭兵部隊、二列目にカルタゴ市民から徴兵した市民兵、そして三列目にハンニバルがイタリアから引き連れてきた古参兵を置いた。
戦いの合図を報せる喇叭が両軍から鳴り響く。ローマ軍の両翼が突撃を開始し、カルタゴ軍は八十頭の戦象が突進を開始した。怪物とも形容できる巨大な戦象が一斉に進む様は、迫力があるという言葉で片付けるのは無理がある。地響きと共に荒れ狂って突っ込んでくる怪物は、人間同士の戦いを超越した恐怖を与えるに違いない。だが、ローマ軍は違った。事前に戦象対策を繰り返し訓練してきた。ローマ兵に恐怖はなかった。
スキピオは歩兵中隊をいつもよりも広い間隔で配置し、前線の軽装歩兵で敵の視界を遮り、それを相手から悟らせないようにしていた。巨大な塊が接近すると、スキピオの合図で軽装歩兵は重装歩兵の後ろに避難する。さらにスキピオの合図で歩兵中隊が戦象の直進経路から退避する。ローマ軍の中に幾本かの通り道が作られた。象は真っすぐにしか進めない。戦象はただ直進するだけでローマ軍をすり抜けた。さらに、戦線に戻ろうとする戦象に軽装歩兵の槍や矢が浴びせられた。象は音にも弱いため、喇叭や鐘による騒音攻撃も繰り出し、戦象は暴走するだけでもはや戦力とはならなかった。
アフリカ遠征で経験を積んだローマ騎兵と、マシニッサが率いる中海最強を誇るヌミディア騎兵は、カルタゴ騎兵との最初の激突で早くも優勢を築いていた。数の上でも質の上でもローマ軍が勝っているこの騎兵同士の戦いは、初めから勝敗が決していたとも言える。ハンニバルは騎兵を後退させるが、それは相手を引きつけながらのものだった。カルタゴ騎兵は巧みにローマ騎兵とヌミディア騎兵を引き連れながら戦場から離脱する。騎兵同士の戦いを不利と見たハンニバルが、両軍の騎兵を戦場から遠ざけて、数で勝る歩兵同士の戦いで決着をつけようというものであった。スキピオが騎兵戦力の有利を活かして包囲殲滅を狙っていることは、もちろんハンニバルにもわかっていた。このハンニバルによる騎兵の陽動戦術は、カンナエでローマ軍がどのように戦えばよかったのかという疑問に、暗に回答した形になった。
中央での歩兵同士のぶつかり合いは、質で勝るローマ軍が優勢だった。カルタゴ軍の歩兵一列目である傭兵部隊は、最強を誇るローマ軍重装歩兵の重圧を最初こそ受け止めたが、瓦解するのに時間はかからなかった。ハンニバルは前線を立て直すため、歩兵の二列目であるカルタゴ市民兵を前線に投入した。しかし、彼らはほとんどが戦場経験のない新兵であり、戦力と呼べるのはその数ぐらいのものであった。
スキピオは前線の有利を見て歩兵部隊を左右に回り込ませ、敵騎兵の離脱で守りが手薄な側面への攻撃を開始させた。
じわじわとローマ軍が三方面から包囲していく。ローマ軍のこの動きに恐怖を覚えたカルタゴ兵は、次第に隊列を乱していった。
ローマ軍の圧力に屈して後方に退却したカルタゴ兵は、逃げた先で味方に切り倒された。ハンニバルは後方に待機している歩兵三列目に、前線で戦う歩兵の退路を塞ぎ、後退した味方を容赦なく討たせた。ハンニバルからすれば、歩兵の一列目と二列目は捨て石に過ぎず、その数によってローマ軍を疲れさせることが目的であった。多くの味方の屍を越えて、勝利を掴もうと言うのだ。
退路を断たれたカルタゴ兵はもはや戦って死ぬしかない。彼らは懸命に剣を振るって最後の抵抗を試みた。しかし、ローマ軍重装歩兵は強かった。敵の必死の抵抗も跳ね返す。接近戦となり、ローマ軍のグラディウス・ヒスパニエンシスがその威力を存分に発揮した。
スキピオは自軍によって倒されていく敵兵の姿に、カンナエで死んでいった同胞たちの姿を重ねていた。彼らはこの戦いに参加しなければ、もっと長く生きられたはずだ。こんな形で死ぬことが悔しいに違いない。
家族や友人と幸せな日常を送ることができなくなるのに、なぜなのか。国に命令されたからか。彼らの死に意味はあるのだろうか。何のために死んでいくのか。誰のために死んでいくのか。国のためか。世界のためか。未来のためか。彼の思いと思考は切り離されている。彼は敵を倒すため、最善の指示を味方に出し続けていた。
前線の抵抗を続けていたカルタゴ歩兵が崩壊寸前となったその時、後方に控えていたカルタゴ歩兵の第三列が動き出した。スキピオは自軍に合図を送り、陣形を横に広げた。それは前進してくるカルタゴ兵を包み込むような隊列だった。横に広げられた軍勢は敵の中央突破に弱いが、逆転した兵力差を最大限に活かせる。
カルタゴ軍の歩兵第三列はハンニバルの精鋭一万五千。その半数は偉大な指揮官と共に極寒のアルプスを越え、イタリアで勝利を積み重ね、そして生き抜いてきた男たちである。いかにスキピオの元で訓練を積んできた兵とはいえ、格が違うと言わざるを得ない。ハンニバルの精鋭部隊は、これまでのカルタゴ軍の劣勢が嘘のようにローマ兵を押し込んでいった。ローマ軍の中央はじりじりと後退していく。
ただ、それもスキピオの計算の内だった。スキピオの合図でローマ軍の両端が駆け出す。カルタゴ軍の攻撃にへこんだ中央と呼応して、敵を包み込むようにローマ軍が左右に回り込んでいく。またしてもローマ軍の包囲殲滅作戦が実行された。
さらに、敵騎兵を討ち取ったラエリウスとマシニッサが、騎兵部隊を引き連れて戻ってきた。ローマ軍の騎兵がカルタゴ軍の後方を包囲する。
傭兵部隊や市民兵らの一部が四散して逃げ出したが、スキピオは彼らへの追撃をおこなわせなかった。戦意を喪失した者を討つ必要はない。武器を捨て、投降するカルタゴ兵は捕虜にした。
最後まで戦い続けたのはハンニバルの精鋭部隊だけだった。四方を完全に包囲された彼らは、自らの命が燃え尽きるまで戦い続けた。それはまるで死に場所を求めているようにも思えた。
彼らのこれまでの栄光の戦歴が、敗北を認めさせないのか。群集心理によって正常な判断ができないのか。スキピオにはわからなかった。降伏すれば命が助かる。それでは駄目なのだろうか。
スキピオの巧みな指揮の元、ローマ軍は徐々に包囲を狭めていく。ローマ軍の中にはカンナエで戦った者たちも含まれている。彼らはどんな思いで今、敵を切り倒しているのだろうか。この状況下では、ローマ兵は目の前の敵を全滅させるまで止まらない。スキピオにはこの戦場が狂気としか思えなかった。
ローマ軍はハンニバルの精鋭部隊を全滅させた。この一万五千を含むカルタゴ軍の死者は二万にもなった。さらに二万がローマ軍の捕虜になった。一方のローマ軍の死者は千五百程度。歴史的な天才が相まみえたこのザマの戦いは、スキピオの大勝利で終わった。
後方から指揮を執り、ローマ軍の包囲に捕まらなかったハンニバルは、自軍の大敗を見てから撤退した。スキピオはハンニバルの捕獲に兵を出さなかった。ハンニバルを逃がしたところで、もはや何も変わらないからだ。
戦いの合図を報せる喇叭が両軍から鳴り響く。ローマ軍の両翼が突撃を開始し、カルタゴ軍は八十頭の戦象が突進を開始した。怪物とも形容できる巨大な戦象が一斉に進む様は、迫力があるという言葉で片付けるのは無理がある。地響きと共に荒れ狂って突っ込んでくる怪物は、人間同士の戦いを超越した恐怖を与えるに違いない。だが、ローマ軍は違った。事前に戦象対策を繰り返し訓練してきた。ローマ兵に恐怖はなかった。
スキピオは歩兵中隊をいつもよりも広い間隔で配置し、前線の軽装歩兵で敵の視界を遮り、それを相手から悟らせないようにしていた。巨大な塊が接近すると、スキピオの合図で軽装歩兵は重装歩兵の後ろに避難する。さらにスキピオの合図で歩兵中隊が戦象の直進経路から退避する。ローマ軍の中に幾本かの通り道が作られた。象は真っすぐにしか進めない。戦象はただ直進するだけでローマ軍をすり抜けた。さらに、戦線に戻ろうとする戦象に軽装歩兵の槍や矢が浴びせられた。象は音にも弱いため、喇叭や鐘による騒音攻撃も繰り出し、戦象は暴走するだけでもはや戦力とはならなかった。
アフリカ遠征で経験を積んだローマ騎兵と、マシニッサが率いる中海最強を誇るヌミディア騎兵は、カルタゴ騎兵との最初の激突で早くも優勢を築いていた。数の上でも質の上でもローマ軍が勝っているこの騎兵同士の戦いは、初めから勝敗が決していたとも言える。ハンニバルは騎兵を後退させるが、それは相手を引きつけながらのものだった。カルタゴ騎兵は巧みにローマ騎兵とヌミディア騎兵を引き連れながら戦場から離脱する。騎兵同士の戦いを不利と見たハンニバルが、両軍の騎兵を戦場から遠ざけて、数で勝る歩兵同士の戦いで決着をつけようというものであった。スキピオが騎兵戦力の有利を活かして包囲殲滅を狙っていることは、もちろんハンニバルにもわかっていた。このハンニバルによる騎兵の陽動戦術は、カンナエでローマ軍がどのように戦えばよかったのかという疑問に、暗に回答した形になった。
中央での歩兵同士のぶつかり合いは、質で勝るローマ軍が優勢だった。カルタゴ軍の歩兵一列目である傭兵部隊は、最強を誇るローマ軍重装歩兵の重圧を最初こそ受け止めたが、瓦解するのに時間はかからなかった。ハンニバルは前線を立て直すため、歩兵の二列目であるカルタゴ市民兵を前線に投入した。しかし、彼らはほとんどが戦場経験のない新兵であり、戦力と呼べるのはその数ぐらいのものであった。
スキピオは前線の有利を見て歩兵部隊を左右に回り込ませ、敵騎兵の離脱で守りが手薄な側面への攻撃を開始させた。
じわじわとローマ軍が三方面から包囲していく。ローマ軍のこの動きに恐怖を覚えたカルタゴ兵は、次第に隊列を乱していった。
ローマ軍の圧力に屈して後方に退却したカルタゴ兵は、逃げた先で味方に切り倒された。ハンニバルは後方に待機している歩兵三列目に、前線で戦う歩兵の退路を塞ぎ、後退した味方を容赦なく討たせた。ハンニバルからすれば、歩兵の一列目と二列目は捨て石に過ぎず、その数によってローマ軍を疲れさせることが目的であった。多くの味方の屍を越えて、勝利を掴もうと言うのだ。
退路を断たれたカルタゴ兵はもはや戦って死ぬしかない。彼らは懸命に剣を振るって最後の抵抗を試みた。しかし、ローマ軍重装歩兵は強かった。敵の必死の抵抗も跳ね返す。接近戦となり、ローマ軍のグラディウス・ヒスパニエンシスがその威力を存分に発揮した。
スキピオは自軍によって倒されていく敵兵の姿に、カンナエで死んでいった同胞たちの姿を重ねていた。彼らはこの戦いに参加しなければ、もっと長く生きられたはずだ。こんな形で死ぬことが悔しいに違いない。
家族や友人と幸せな日常を送ることができなくなるのに、なぜなのか。国に命令されたからか。彼らの死に意味はあるのだろうか。何のために死んでいくのか。誰のために死んでいくのか。国のためか。世界のためか。未来のためか。彼の思いと思考は切り離されている。彼は敵を倒すため、最善の指示を味方に出し続けていた。
前線の抵抗を続けていたカルタゴ歩兵が崩壊寸前となったその時、後方に控えていたカルタゴ歩兵の第三列が動き出した。スキピオは自軍に合図を送り、陣形を横に広げた。それは前進してくるカルタゴ兵を包み込むような隊列だった。横に広げられた軍勢は敵の中央突破に弱いが、逆転した兵力差を最大限に活かせる。
カルタゴ軍の歩兵第三列はハンニバルの精鋭一万五千。その半数は偉大な指揮官と共に極寒のアルプスを越え、イタリアで勝利を積み重ね、そして生き抜いてきた男たちである。いかにスキピオの元で訓練を積んできた兵とはいえ、格が違うと言わざるを得ない。ハンニバルの精鋭部隊は、これまでのカルタゴ軍の劣勢が嘘のようにローマ兵を押し込んでいった。ローマ軍の中央はじりじりと後退していく。
ただ、それもスキピオの計算の内だった。スキピオの合図でローマ軍の両端が駆け出す。カルタゴ軍の攻撃にへこんだ中央と呼応して、敵を包み込むようにローマ軍が左右に回り込んでいく。またしてもローマ軍の包囲殲滅作戦が実行された。
さらに、敵騎兵を討ち取ったラエリウスとマシニッサが、騎兵部隊を引き連れて戻ってきた。ローマ軍の騎兵がカルタゴ軍の後方を包囲する。
傭兵部隊や市民兵らの一部が四散して逃げ出したが、スキピオは彼らへの追撃をおこなわせなかった。戦意を喪失した者を討つ必要はない。武器を捨て、投降するカルタゴ兵は捕虜にした。
最後まで戦い続けたのはハンニバルの精鋭部隊だけだった。四方を完全に包囲された彼らは、自らの命が燃え尽きるまで戦い続けた。それはまるで死に場所を求めているようにも思えた。
彼らのこれまでの栄光の戦歴が、敗北を認めさせないのか。群集心理によって正常な判断ができないのか。スキピオにはわからなかった。降伏すれば命が助かる。それでは駄目なのだろうか。
スキピオの巧みな指揮の元、ローマ軍は徐々に包囲を狭めていく。ローマ軍の中にはカンナエで戦った者たちも含まれている。彼らはどんな思いで今、敵を切り倒しているのだろうか。この状況下では、ローマ兵は目の前の敵を全滅させるまで止まらない。スキピオにはこの戦場が狂気としか思えなかった。
ローマ軍はハンニバルの精鋭部隊を全滅させた。この一万五千を含むカルタゴ軍の死者は二万にもなった。さらに二万がローマ軍の捕虜になった。一方のローマ軍の死者は千五百程度。歴史的な天才が相まみえたこのザマの戦いは、スキピオの大勝利で終わった。
後方から指揮を執り、ローマ軍の包囲に捕まらなかったハンニバルは、自軍の大敗を見てから撤退した。スキピオはハンニバルの捕獲に兵を出さなかった。ハンニバルを逃がしたところで、もはや何も変わらないからだ。
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