王国戦国物語

遠野 時松

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本編前のエピソード

世の流れ 2 金の流れ

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 確か、いま行っている治水工事の名は違ったものだったはず。家の名は橋に付けたのだなと、ファトストはあえて別のことを考える。
 こんな話を思い出した。
 今上の王であるクリスト様のお話だ。
「人を出せば国が金を持つ。道や橋、池や川などにこだわらなくていい。直したいところはないか?」と、各地の長老たちに話を持っていかせる。
 どの地域にも、身銭を切ってでも直したいところなど沢山ある。一人では補いきれない、道や橋を作る話が上がってくる。
 国は貧富の差を見て地域を選び、その土地に金を流す。長老は人を使い、願い通りの道や橋を作った。すると、『家』が動き出す。
 仕事を生み出すのが家の仕事だ。道や橋は人の行き来に、治水は人の生活に。子が生まれ、増えた人に新たな仕事を与えるために、家は必死になって案を出す。
「新しくできた道や物には、好きな名前を付けてよい。国としても教えられた名で登録する」
 次にクリストは、自らそう宣言する。
 工事の名は由来とともに、民から注目が集まるようになる。エルドレにとって名は大事とされているもの。すでに、優れた道具の中には生まれた地方の名で呼ばれるものもある。名声を手にするために、独自路線を貫いてきた名家も動きに加わる。この地域での唯一の名家、フォレスター家が指揮を取る治水工事は、同時にもうひとつ、別の川でも行われている。それほどまでに街で水が必要になっている。それほど麓の街は活気付いている。もうひとり、子が増えても大丈夫なくらいは儲けているだろう。
 これがしばらく続く。
 工事により新しくできた集落の住人は、仕事を求めて麓の街から集まって来た者が多い。この集落を新たに村に招き入れるために、キタシフたちはこの地を訪れている。
「明日の旅立ちには間に合いそうですね」
 ファトストは誰にともなく、言葉を発する。
「そうね」
 ルシータは答える。会話が止まる。沈黙がおとずれる。
「先ほどの使者が持ってきたのは、やはり新しい計画書でした。山の中腹で川の流れを増やし、横の川と繋げて氾濫を抑えるものらしいです」
 書類を手にして、ルコロフが入ってくる。
「何ともまた、大掛かりな工事だな」
 とっさにキタシフは机の上にある、先ほどまで行っていた人の流れを記した紙の束に目を向ける。
「近々、新しい箱が欲しくなるな」
 そう言いながら持ち運び用の箱にまとめた複写に目を移し、上から手で押して入る量を確かめる。
「『最後になるだろう』と言っていたが、これで二度目だ。言っていた通りに、今後も増えそうだな」
 通りしなファトストの肩を叩いてから、ルコロフはキタシフへと書類を届ける。
 治水は人の命と繋がりが強いために、優先されるのは予想が付いた。この動きは、人の行き来よりも先に治水に力を入れる意思表示だろう。
『それならば、橋は家で架けてしまおう』
 これができるのが名家の凄さだ。
「工事を早めるためにとお願いした、土を運ぶ船はどうなりました?」
「フォレスター家が引き受けてくれたわ」
 キタシフが答える前に、ルシータがファトストの机に軽く腰掛けて答える。ルコロフは顔をそちらに向ける。
「シンテイ翁が乗り手も含めて、船を出してくれるそうよ」
「金は?」
「シンテイ翁が出してくれる」
「それはありがたい。さすが交渉上手だ、話も早い」
 ルシータは腕を組んだまま肩を少し上げ、ありがとう、と笑い返す。それからファトストに顔を向けてから、「頑張ったのよ。褒めて」と優しく告げる。
「さすがです」
 ファトストは俯きながら答える。
「ありがと」
 ルシータは、笑いながら答える。
「困らせるな、困らせるな」
 ルコロフも笑う。「女も男も、全てわたしを好きになると、自分で言っているだけのことはあるな。シンテイ様をおとしてきたのだ。ファトストを手玉に取ることなど、造作もないと見える」
「目のやり場にも困っているようだぞ。その辺で許してやれ」
 キタシフも笑いながら、ルシータを諭す
「キタシフ様、シンテイ翁はこういった服が好みなのです。せっかく作ったからには、色々な人に見てもらいたいじゃないですか」
 大人の魅力にやられて、ファトストは前を向けないでいる。
「こ、このままでは、人手の確保が一番の悩みになってしまいますね」
 ルシータの視線に我慢できずに、ファトストは冗談めかして言う。
「人の問題はしばらく先だろうな。それどころか道具の進歩が早く、人を他に回せそうではないか。仕事が増えたところで、人の目処は付く。場所から何から、それを考えて新たな仕事が送られてきているのだなと、心から感心させられる」
 ルコロフは答える。それを聞いたキタシフはちらりと紙の束を見て、さらに深く腰掛けて口を閉じる。
「国の金を待つより、自分たちで橋を通した方が利があると判断したんでしょうね」
「国から金が支払われてもフォレスター家ほどの名家なら、誰かしらがいらないなんて言いそうだな」
「多いんじゃない。シンテイ翁はそんな感じだった。他に使ってくれって」
「さすがだな」
 ルシータとルコロフが言葉を交わす。
「あそこに橋が架かれば、シンテイ翁も便利になると喜んでたわ」
「今後はフォレスター家が引き継ぐだろうから、ここで使ってもらうんだろ?」
「それはそうでしょ。家の名を付けた橋なんだもん、納得いくものを作って欲しいじゃない」
 名を付けるということは、今後の補修や整備は家が行う。
 その橋が住民にとって便利なものになれば、それ以上にその名を売れる。フォレスター家はそちらを選んだ。
「どこも似たような話らしいな」
「家の者を使えば、結果として街は潤うんだもん。損はないでしょ」
 民は新たに作られた道の名を呼び、そして感謝する。それは名家が最も望むもの。それぞれの家が動き出し、その都市が一番潤う方法が何かを考える。街に金を流して、家という存在を快く思わない者たちの口を塞ぐためにも。
 家、というものはエルドレに深く根付いた仕組みになっている。
「この流れを考え出した人に、話を聞いてみたいものだよ」
「同感。国全体を手玉に取っちゃってるんだものね」
 ルシータは笑いながら髪をかき上げる。なぜだかファトストは視線を逸らしてしまう。
 逸らしたついでに、別のことを思い出す。
 金は国から出る。家のことを考え、掛かる金に泣く泣く諦めて部材を変えるなんてことはしなくてもよくなると、良質なものを扱う店が潤ってくる。それにつれて、腕の良い職人が育っていく。次々と独立していっても、家族まるごと食っていける。昔と金の流れが変わる。
 人は自然と増えていき、国は再び栄え始める。
 エルドレはまだ、その途中にいる。
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