134 / 148
本編前のエピソード
世の流れ 3 国の流れ
しおりを挟む
「北が騒がしいのは聞いてるかい?」
ルコロフが尋ねる。
「最近、商人が騒いでいるやつよね」
興味がある話なのか、ルシータの体が前がかりになる。
「戦の匂いが、北からし出したそうだよ」
「商いをしている人ならその辺に敏感になるから、そんな話は直ぐに広まっちゃうんだろうね」
「運ぶ方法や蓄える品を変えなければならなくなるからな」
「ほんと大変」
「それについては、同感だね」
それを聞いたルシータが笑う。
以前、ルコロフから聞いたことがある。帝国が隣の国と戦争中なのに、エルドレにちょっかいを出してきている理由を教えてくれた時の話だ。
エルドレが再び栄え始めたのが原因らしい。これから先、手が付けられなくなる前に攻め込んでしまおうというやつだ。もちろん帝国自らは動かない。先ずはトンポンを使ってハオス公国を乗っ取り、緩衝地帯を広げるのが狙いだ。エルドレといえどもリチレーヌを守りながらだと、帝国から直接攻撃をされたら防ぎ切れるか分からない。
外交にアスキ家を混ぜたのも、帝国への威嚇が含まれているだろう。それぞれの長は不用意な失言を避けるために、それについて何も語らない。手紙や部下からの情報に耳を傾けるだけにとどめる。その証拠にキタシフは先ほどから口を閉じたままだ。この部屋でそこまでは不要のことなのに、用心深く口を閉じている。
「盗賊が増えたのもそのせいかもね」
「帝国が好きそうな手ではあるな」
ルシータとルコロフは、かまわず会話を続ける。
「不利な条件でも、武力をちらつかせて治安のことを口に出されたら、そんなの従うしかないよね。その後に国が乗っ取られることを知っていてもね」
「名家の人たちには頑張ってもらいたいな」
「ほんと、それ」
そう言った後に、ルシータは楽しそうに笑う。
「そうだった」
キタシフは思い出したように手を叩く。そのまま、ファトストに向かって片手を向ける。
「リュートという者は船に乗れずに外交へは不参加となり、新年には帰って来られるそうだよ」
「そうなのですね」
ファトストが答えると、話題は外交へと変わっていく。
村長の近くで仕事をしていると、こういった話が入ってくる。そこは利点だ。
二人の間である程度話が進み、「それともうひとつ」と、キタシフが話し始める。
「今夜は帰さない、と皆が口を揃えているようだぞ。駄目なら明日は馬車の中で寝て行きなさい」
晩餐のことを思い浮かべたのか、キタシフは腹に手を当てる。
ここで帝国に関しての話は終わり、街を巡る順番についての話が始まる。腹が減ってきたファトストは、ついつい晩飯のことを考える。
隣の人と膝が当たるほど狭かったといわれた食堂も広くなり、麓の街と同じ料理が出てくる。近くには畑になりそうな土地もあり、水路が引かれている最中だ。新しくできる橋を通れば、街とも近い。ここにも小さい集落は生まれそうだ。
ファトストはそんなことを考えながら、他の人と同じく旅の支度は始める
昨夜がどんなに遅くても行きの道中で眠れるわけなどない。体に問題がなければ、馬車はその場の長が操る取り決めだ。
俺は馬に跨り、馬車の後ろについて麓の街へと向かう。
道は良いとはいえないが、馬に乗る分には支障はない。一番急なところでも車輪を止める必要のない、ゆるい下り坂だ。馬車を引く馬も楽ができる。いつも通りの速さで進む馬車の後ろを、皆でのんびりついて行く。盗賊から荷を守るためにフォレスター家から人を出してもらっているので、旅にしては大所帯である。
ルコロフとファトストは眠そうだが、ルシータとキタシフは平気そうだ。
「あれだけ引き止められたのに、それでも帰れる心の強さだよな」
「芯のある人の強さを見ました」
ファトストは少し言葉を強めて言う。
「流れに乗る、大人の上手さもな」
ルシータに合わせて帰ったキタシフのことを、ルコロフは言葉に包んで暗に皮肉る。
「クリスト王以外の名をあげるのは他の方に申し訳ないが、コールト様も偉大な方だな」
「同じ意見です」
眠気を誤魔化すためであってどちらが先にということはなく、ルコロフとファトストは話をしながら坂を下る。
名宰相コールト。
他国の王が羨み喉から手が出るほどの王佐の才を持つその者は、思想家であり戦略家でもある。個人で動くことを好み、国から再三行われた士官の通知も、権力闘争の場では信念を曲げることになる、と拒み続けてきた。
それならばと、時の宰相であったシティは、その時はまだ王子であったクリストの教育係をコールトに任じた。成人間近の王子に、新たな教育係を付けるのは異例の事だ。シティがその才を見抜いて行われたものであり、それほどまでにコールトをクリスト王の側に置いておきたかった。
師弟関係はその後も続き、クリストが王を名乗る今となっても、教育係としての立場のままで宰相の座に着いている。
ところがそのコールトも高齢となり、表舞台から姿を消す日もそう遠い話ではない。これほどまでに国が富んだのもコールトだからこそであり、次はない。
それについて話をし終えると、二人から先ほどの言葉が出てきた。
「戦は起こると思いますか?」
ファトストが尋ねる。
「ハオスの状況次第だろうな」
ルコロフは答える。「帝国側の焦りを見て浮き足立った貴族が、ハオスで見つかったらしい。どうにかする前にそいつらが変な気を起こして、暴走しなければいいんだけどな」
「その気を失せさせるために今回の外交が行われたんですから、心配いらないんじゃないですか」
「ハオス公国内の問題だったらな。トンポンの裏には帝国がいる。遠方で戦が始まろうが帝国自体に影響はない。起こしたもん勝ちだろ」
「そうですよね」
それはエルドレ国内で起こっても同じ事。帝国は本物の賊を使って揺さぶりをかけてきた。
それに対して、人というものには性分がある。ファトストは、まんまとそれに巻き込まれていく。
ルコロフが尋ねる。
「最近、商人が騒いでいるやつよね」
興味がある話なのか、ルシータの体が前がかりになる。
「戦の匂いが、北からし出したそうだよ」
「商いをしている人ならその辺に敏感になるから、そんな話は直ぐに広まっちゃうんだろうね」
「運ぶ方法や蓄える品を変えなければならなくなるからな」
「ほんと大変」
「それについては、同感だね」
それを聞いたルシータが笑う。
以前、ルコロフから聞いたことがある。帝国が隣の国と戦争中なのに、エルドレにちょっかいを出してきている理由を教えてくれた時の話だ。
エルドレが再び栄え始めたのが原因らしい。これから先、手が付けられなくなる前に攻め込んでしまおうというやつだ。もちろん帝国自らは動かない。先ずはトンポンを使ってハオス公国を乗っ取り、緩衝地帯を広げるのが狙いだ。エルドレといえどもリチレーヌを守りながらだと、帝国から直接攻撃をされたら防ぎ切れるか分からない。
外交にアスキ家を混ぜたのも、帝国への威嚇が含まれているだろう。それぞれの長は不用意な失言を避けるために、それについて何も語らない。手紙や部下からの情報に耳を傾けるだけにとどめる。その証拠にキタシフは先ほどから口を閉じたままだ。この部屋でそこまでは不要のことなのに、用心深く口を閉じている。
「盗賊が増えたのもそのせいかもね」
「帝国が好きそうな手ではあるな」
ルシータとルコロフは、かまわず会話を続ける。
「不利な条件でも、武力をちらつかせて治安のことを口に出されたら、そんなの従うしかないよね。その後に国が乗っ取られることを知っていてもね」
「名家の人たちには頑張ってもらいたいな」
「ほんと、それ」
そう言った後に、ルシータは楽しそうに笑う。
「そうだった」
キタシフは思い出したように手を叩く。そのまま、ファトストに向かって片手を向ける。
「リュートという者は船に乗れずに外交へは不参加となり、新年には帰って来られるそうだよ」
「そうなのですね」
ファトストが答えると、話題は外交へと変わっていく。
村長の近くで仕事をしていると、こういった話が入ってくる。そこは利点だ。
二人の間である程度話が進み、「それともうひとつ」と、キタシフが話し始める。
「今夜は帰さない、と皆が口を揃えているようだぞ。駄目なら明日は馬車の中で寝て行きなさい」
晩餐のことを思い浮かべたのか、キタシフは腹に手を当てる。
ここで帝国に関しての話は終わり、街を巡る順番についての話が始まる。腹が減ってきたファトストは、ついつい晩飯のことを考える。
隣の人と膝が当たるほど狭かったといわれた食堂も広くなり、麓の街と同じ料理が出てくる。近くには畑になりそうな土地もあり、水路が引かれている最中だ。新しくできる橋を通れば、街とも近い。ここにも小さい集落は生まれそうだ。
ファトストはそんなことを考えながら、他の人と同じく旅の支度は始める
昨夜がどんなに遅くても行きの道中で眠れるわけなどない。体に問題がなければ、馬車はその場の長が操る取り決めだ。
俺は馬に跨り、馬車の後ろについて麓の街へと向かう。
道は良いとはいえないが、馬に乗る分には支障はない。一番急なところでも車輪を止める必要のない、ゆるい下り坂だ。馬車を引く馬も楽ができる。いつも通りの速さで進む馬車の後ろを、皆でのんびりついて行く。盗賊から荷を守るためにフォレスター家から人を出してもらっているので、旅にしては大所帯である。
ルコロフとファトストは眠そうだが、ルシータとキタシフは平気そうだ。
「あれだけ引き止められたのに、それでも帰れる心の強さだよな」
「芯のある人の強さを見ました」
ファトストは少し言葉を強めて言う。
「流れに乗る、大人の上手さもな」
ルシータに合わせて帰ったキタシフのことを、ルコロフは言葉に包んで暗に皮肉る。
「クリスト王以外の名をあげるのは他の方に申し訳ないが、コールト様も偉大な方だな」
「同じ意見です」
眠気を誤魔化すためであってどちらが先にということはなく、ルコロフとファトストは話をしながら坂を下る。
名宰相コールト。
他国の王が羨み喉から手が出るほどの王佐の才を持つその者は、思想家であり戦略家でもある。個人で動くことを好み、国から再三行われた士官の通知も、権力闘争の場では信念を曲げることになる、と拒み続けてきた。
それならばと、時の宰相であったシティは、その時はまだ王子であったクリストの教育係をコールトに任じた。成人間近の王子に、新たな教育係を付けるのは異例の事だ。シティがその才を見抜いて行われたものであり、それほどまでにコールトをクリスト王の側に置いておきたかった。
師弟関係はその後も続き、クリストが王を名乗る今となっても、教育係としての立場のままで宰相の座に着いている。
ところがそのコールトも高齢となり、表舞台から姿を消す日もそう遠い話ではない。これほどまでに国が富んだのもコールトだからこそであり、次はない。
それについて話をし終えると、二人から先ほどの言葉が出てきた。
「戦は起こると思いますか?」
ファトストが尋ねる。
「ハオスの状況次第だろうな」
ルコロフは答える。「帝国側の焦りを見て浮き足立った貴族が、ハオスで見つかったらしい。どうにかする前にそいつらが変な気を起こして、暴走しなければいいんだけどな」
「その気を失せさせるために今回の外交が行われたんですから、心配いらないんじゃないですか」
「ハオス公国内の問題だったらな。トンポンの裏には帝国がいる。遠方で戦が始まろうが帝国自体に影響はない。起こしたもん勝ちだろ」
「そうですよね」
それはエルドレ国内で起こっても同じ事。帝国は本物の賊を使って揺さぶりをかけてきた。
それに対して、人というものには性分がある。ファトストは、まんまとそれに巻き込まれていく。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
秘書と社長の秘密
廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。
突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。
ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる