王国戦国物語

遠野 時松

文字の大きさ
23 / 148
とある王国の エピソード

とあるエピソード 偵察

しおりを挟む
「やはりお主は面白いやつじゃ。戦場に暇というものは無いが、お主といると戦いというものを存分に味わえる」
 敵の野営地が望める高台に位置したレンゼストは、手綱を引いて馬を止める。
「あの軍様だとこちらが当たりという訳じゃな。これで海岸戦線は陽動というのがはっきりしたわい」
 レンゼストは己と隊との間にて、気配を消すように手綱を握る男に向かって振り返る。「しかし、ここまでくじ運の悪い奴は、お主以外に思いつかん」
 視線の先にいるファトストは軽く笑みを浮かべ、頭をゆっくりと下げる。
 敵との距離が縮まるにつれ、レンゼストの口から王の話は出なくなった。それに伴い王と同行しない策を示した、ファトストへの不平不満も自然消滅的に無くなっていった。軽口は相変わらずだが、その軽口の中に軍略を練るファトストへの気遣いも含まれる様になった。
「日頃の行いというものか、それともお主が好き好むためこのような事態を引き寄せるのか。全く運命というのは面白い」
 ファトストが横に並ぶと、同じように眼下に広がる大軍に視線を向ける。「どちらにせよ、昼夜問わず考え事をするのが趣味のお主にとっては眠れぬ日々が続きそうじゃのう?」
 レンゼストは顎先に手を置くとファトスト側の口角を上げ、悪戯な視線を投げかける。
 しかし、敵の兵から目を離さずにいるファトストが面白くないのか、ふんっと鼻を鳴らすと後ろに控えている隊の先頭にいるライロスに視線を移す。
「あれだけ見事な景色を見せつけられたら、股の辺りが寒くなるのう」
「将、気付かず失礼いたしました」
 ライロスは大仰に頭を下げる。「幾度となく戦を共にしましたが、いつの間にか高い所がお嫌いになられたようで」
「何を小癪な事を言っておる」
 レンゼストはさらに奥に控える兵達に視線を移す。「おい皆のもの、ライロスにはあの大軍が見えていないらしいぞ」
 冗談混じりの問いかけに、兵達から笑い声が聞こえる。
 レンゼストは口が立つ者を好む。智と武を兼ね備えたライロス同様、率いる兵達からは只者ならぬ気が感じられる。 
 今回の隊は特殊で、ファトストから相手の兵を直で確認したいとの申し出により、急遽偵察用の小隊を組むこととなった。それならばと各隊の長にも敵の軍を見せさせる事となり、精鋭を選んでの隊である。
「それに比べてどうじゃ」
 レンゼストはファトストに視線を移す。「こやつのために皆が骨を折ってくれたというのに。全くつまらん男じゃ」
 ファトストは諦めたように口元を緩ます。
「私はそれを通り越して肝を冷やしております」
「ありきたりじゃのお」
「いえ、ありきたりなど。これから予想される激戦に対する本心からです」
 被せるようなレンゼストの言葉に、ファトストは困惑気味に返す。
「とは言うてものう」
 レンゼストは不満気にファトストの顔を見た後に、ライロスの方を振り向く。「もう少し何か、があっても良いのではないか?」
「お待ち下さい、将。それは仕方のないことです。わたくし共のために、軍師殿は頭の中で策を張り巡らしていらっしゃるのでしょう」
 ライロスは口元を弛ませながら二人の間を取り持つ。
「そうであったか。我は難しい顔をしておるだけの男だと思っておったわ」
 ライロスは静かに首を振る。
「何をおっしゃいます。ご存知のように、王と将の仲を引き裂く憎き存在ではありませんか」
「そうであったわ」
 ワハハと笑うレンゼストに、ファトストはますます顔を困らせる。
「それに、将のお戯れは頭を使いまする。それすらも策に使いたいのではありませんか?」
「我が軍師殿の邪魔をしていると申すのか?言いよるわい」
 レンゼストは先ほどより楽しげに笑う。
 ライロスはファトストに笑いかける。
 それを受けてファトストは、レンゼストというものを少し知る。
「それでは、失礼して。レンゼスト様にとってはあの程度の軍であれば、冷えるよりたぎられている様に見受けられます」
「それは無いわ」
 レンゼストは反応冷たく首を振る。「ねちっこいお主と違って、戦で興奮する事などない。そっちは何の面白味もない男でな」
「私の何をお知りです?」
「そう、それじゃ」
 レンゼストは笑顔を返す。
「何も知らんが、手順通りにそつなく事をこなして、頭の中では己の欲望をぶつけてそうだ。と思うての」
 ファトストが言葉を発する前に兵達が笑い出した。それを見たファトストは言葉を失う。
「己が皆にどう見られているか知れて良かったではないか。自分ではどう思っているのか知らんが、お主に畏まわれても違和感しかないわ。のう?」
「そうでございます」
 ライロスは「馬上なれど」と深々と頭を下げる。
「これで気が済んだわい。これより我はお主に命を預ける。後ろに控える者達も同様ぞ」
 兵達が笑いながら頷く姿を見て、ファトストはレンゼストに頭を下げる。
「さてと、これからが本番じゃ。あれほどの大軍を率いてきて、帝国は何を考えておる」
 口調を変えたレンゼストは顎に手を当て、敵兵を眺める。
 その言葉を受け、ファトストは手を胸の前で重ね体を倒す。
「兵の割合として、重装歩兵が多く次いで騎兵が多く見られます。将の中から考えますに、率いるのはアタランか最近名を聞く新しき将か。後者なら良いのですが、前者ですと少し面倒かと」
 抑えた口調で淡々と自分の考えを言った後に、ファトストはレンゼストと目を合わせる。
「兵のみでそこまで考えておるのか?王が面白がる訳じゃ」
 レンゼストはニヤリと笑い返す。「それより、アタランとな?それだと港の方も心配じゃな」
「おっしゃられる通り、対北戦の軍事訓練的な意味合いよりも、本格的な進軍の方が疑わしくなります」
「敵の将が誰かによると、な」
 レンゼストは隊の方へ振り返り、兵の顔をそれぞれ確認する様に眺める。
 兵達はしばらく向けられた視線の意味を即座に感じ取る。それにより隊全体の雰囲気が変わる。
「敵将の確認がてら挨拶でもしに行ってもよいが、いかがする?」
 それを聞いたファトストは隊の先頭にいるライロスの顔を見る。得意とする言葉ではなく、どちらでもお好きな方でとの顔が返ってくる。
 兵達は面白半分で、大将の思いつきに付き合うつもりらしい。
「ご冗談を。王国にとって大切な皆さまを死地に放り込むなど、私には到底できません。敵の将については斥候からの報告を待ちましょう」
 ファトストは慌てて首を振る。
 その顔を見てレンゼストは鼻を鳴らす。
「何だつまらん。お主ならこの人数で敵将を討つ策を捻り出すかと思ったがの」
 兵達もあわよくばなどと考えてはおらず、自信があるとその顔が物語っている。
「またまたご冗談を。そのようなことは、史に名を残す名将でなければ無理でしょう。私の策など、そのような方々には遠く及びません」
 ファトストは深々と頭を下げる。
「ふん、思いついてはいるが成功率が低いからやらぬといったところか。全くつまらん。ここにいる一騎当千のもの達を見ても心踊らぬとは、やはり変わった性癖をしておる」
 レンゼストにつられて兵達も控えめに笑う。
 ファトストが返答に困っていると、「この先の丘に拠点を建設中との報告あり」と、後方より兵の声が届く。
「こちらは予想通りじゃの」
 レンゼストはファトストの顔を見る。
 ファトストは静かに頷く。
「そろそろ頃合いじゃろうて」
 レンゼストはそう言うと、立てた手の平を元来た道の方へ二度ほど振り、隊へ帰還の意を示した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

処理中です...