王国戦国物語

遠野 時松

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とある王国の エピソード

とあるエピソード 察知(上)

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 空には薄雲が広がり、月や星の姿を隠している。リュゼー隊は次の作戦のため、本隊より少し離れた沢の近くで幕を張らずに野営をしていた。
 斥候より敵の接近が報告され、戦地と予想されている平地の近くにある丘に伏兵として潜伏するため敵の目を欺く必要があり、早々に本体より離れて行動している。大地を揺るがす大戦となるのを山が理解しているのか、辺りはいつも以上に静まり返っている。
 雑務をこなしていた新兵の一人が、遠くの山を見つめながら動きを止めていた。
 その山から赤子の鳴き声の様な女性の叫び声の様な、何とも言い難い甲高い声が聞こえてくる。
「何ですかあの声?」
 新兵は思わず、不気味そうに声を漏らす。
「んっ?何がだ?」
 自分に語られた訳ではないが何故か心に引っ掛かりを覚え、リュゼーはその兵に声を掛ける。
「リュゼー様、何でもありません」
「よいよい。暇つぶしのために、こうして皆で火を囲んでいるのだ」
 リュゼーは杯を傾けながら、焚き火の中に枝を投げ込む。
 新兵は少し恥ずかしそうに口を開く。
「遠くから聞こえてくる声が気になりまして。こんな時間に山に人がいるはずとは思えず、物怪の類ではないかと思ってしまい、つい声を上げてしまいました」
 新兵の近くにいるもう少し歳のいった兵が「怖がりなんですよ、こいつ」と頭を小突く。
「声とは何だ?この山は俺たちがいるせいか、静まり返っているではないか」
「えっ?」
 新兵の顔から血の気が引いていく。
「冗談だ、冗談」
 昔あった出来事を思い出しているのか、リュゼーは口元を綻ばしながら火がつき始めた薪の位置を変える。チラチラと火の粉が飛び、優しく暖かな光がリュゼーの顔を赤く染める。
「この鳴き声の主が分からぬのか?」
「これは何かの鳴き声なのですか?」
 驚いた顔で質問を質問で返した新兵に、リュゼーは笑顔を返す。
「お前はどこの出だ?」
「ロリアンヌという漁港の近くにある、小さな漁村出身です」
「そうか、それでは山のことはあまり詳しくないのだな」
「はい」
「これは鹿の鳴き声だ」
「鹿、ですか?このような鳴き声なのですね」
 リュゼーは優しく頷く。
 顔色が戻りつつある新兵は、鳴き声がしていた山の方に顔を向ける。
「そろそろ繁殖期を迎えるから、相手を探し求めて鳴いているのだろう」
「そうなのですね」
 頭を小突いた兵が新兵に教える。
 己の知識は惜しげもなく後進に伝える。それが隊の決まり事だ。教えを受けたことにより個の力は底上げされ、教えた者は追いつかれまいと新たに知識や技術を増やすため、隊全体の底上げがされていく。己が成長する喜びを、隊の者全てが知っている。
 そのやり取りを見てリュゼーは顔を綻ばせる。
「暇潰しがてら、山について少し話でもしてやるかな」
 リュゼーは再び杯に口を付けた後、ゆっくりと回す。その周りには自然と隊員が集まりだす。
 その土壌を築き上げたのは他ならぬ隊長であるリュゼーだ。
「俺は山間の小さな村出身でな。オソ爺って名の爺様から色々と教えてもらったものだ」
 隣に座っているチェロスが酒瓶を差し出すと、リュゼーは杯を近付ける。注がれる酒を見つつリュゼーは話を続ける。
「その中で、「山で呼ばれてもそっちに行くな」と何度となく言われたものだ」
「なんですかそれ?そんなの怖くて絶対に行きません」
 新兵は顔を強張らせる。
「それが正解だな」
「何故、行ってはいけないのですか?」
 新兵の横にいる兵が、堪らず質問をする。
「そいつが信じる物怪の類が悪さをして、二度と帰って来れなくなるそうだ」
 質問をした兵は「おー」っと低い声を出し、体を震わせる。
「一説によると、マクベの鳴き声が人を呼ぶ声と似ているから、鉢合わせとなってやられてしまうとも言われているな」
「物怪なら勝てるか分からぬが、相手がマクベなら返り討ちにしてやる」
 強がりを見せている兵に向かってチェロスは「おい、後ろ」と突然声を掛ける。「ひっ!」と情けない声を上げて兵は後ろを振り向いた。
 それを見たチェロスが声を出して笑う。
「やめて下さいよ」
 声を上げた兵は、決が悪い顔をする。
 状況を理解した周りの兵が笑い出す。
「いるはずのないものが現れたのかと思ったか?」
 小馬鹿にするチェロスに向かって「子供の様なことをしてからに」とリュゼーは笑う。
「しかし、山にはそういった類の話があるのを知っているか?」
 リュゼーに兵達の視線が集まる。
「道などなくおよそ人などいるはずのない奥山に、女が一人で立っていることがあるらしいぞ」
 誰かの唾を飲む音が聞こえる。
「しかも街で見る様な着の身着の儘の姿で、朧気な表情をしているらしい」
 数々の事例を交えながら、説明的な口調で生々しい話が語られる。
 尻の座りが悪い新兵が、辺りを見回している。
「わっ!」
 チェロスの声で新兵は飛び上がる。
 再び、場に笑いが巻き起こるかと思われたが、殆どの者が仰け反ったり、顔の前に肘を持っていき防御体制を取るものもいる。
 笑いを堪えるためか、話をして乾いた口を潤すためか、リュゼーは杯に口を付ける。
「チェロスがお前たちを怖がらせる道具にしてしまったお詫びとして、一つ付け足すとするかな。山の神は女神だというのを聞いたことがあるか?もしかしたら、太古の昔から山中では、同様の事象がみられていたからかもしれんな」
「あっ、それに近いものを爺様から聞いたことがあります」
 兵の一人が手を挙げる。
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