46 / 148
本編前のエピソード
武の道 2 塩
しおりを挟む
太陽が高く上り始めるようになった。日が長くなるにつれて、皆の心がざわつきだす。
もうすぐ塩の時期が始まる。
これに心踊らぬ者は、この海の上ではいない。
塩が多く採れ始めると備蓄されていたものが流通しだす。塩は腐らないから、あればあるほど買い手がつく。
東の海運を担うホロイ家にとっては、稼ぎ時が他より早く始まる。
臨時の給金も出るので、働いた分だけ身に入る。家の仲間や貯めた金で船を買って漁師になった者など、小遣い稼ぎに色んな人が集まってくる。
護衛業の始まりとなった、塩を運ぶというのを目当てに来る者もいる。富を作り出す存在として、信仰の対象に近い感覚があるのかもしれない。
塩は、儚く水に溶けゆく様や立ち昇る入道雲を塩田にもたらされる富に喩えたりと、雪や雲とも呼ばれる。
危険に身をさらし雲を運ぶ護衛業のことを、水や土に準えて『風』と表したりもする。
その風が、商船の帆を大きく広げている。
「すげえ」
日の光を反射した海の上に、大きな帆がいくつも並ぶ光景にリュートは声を上げる。
後からついてきたフビットも「すげー」と声を上げる。
まだ、帆に紋が描かれている船には乗れないが、この船も同じくらいに大きい。特徴的なのは積荷に対して速度が出せる構造になっている。
半島を離れ湾内に近づくと、風のおかげで漕ぎ手は不要になりリュートはフビットを外に誘った。フビットは漁師の子供で、手伝いに来たロニートさんのところで土を受けている。
小窓に肘をかけている船員に、「若えな」なんて揶揄われながら二人して甲板に出てきた。
「なあ、見たかよあれ?」
さっそくリュートは、フビットに興奮気味に語りかける。
「見た見た。すごかったよな」
フビットも興奮を抑えずに答える。
二人とも風で声が消されるので、気持ちのまま大きな声を出す。
「アスキ家の船が曲がり始めたと思ったら、他の船も同じように曲がり始めてさ。船って曲がろうと思っても直ぐに曲がれないものだろ。それをあんなにも合わせるなんて、どうかしてるよ」
リュートがホロイ家に来た当初、船に関しての知識は持ち合わせていなかった。フリエルにあるベイナイ家に土として行った。土とはいっても学びが対象ではなく、完全なる雑用係だ。
しかし、仕事での雑用のみをやらされたので、色々な人の手伝いを続けていくうちに大体のことは一人でもできるようになっていった。船乗りのなんたるかが分かりかけた時に、ホロイ家に呼び戻された。
ホロイ家に入って直ぐにこの船に乗っていたら、この凄さに気が付かなかっただろう。
「三番船見たかよ」
フビットは続けて、小窓から見えた光景を話す。
「波に乗り上げたかと思ったら上手く利用して向きを変えてよ。どうやってやるんだあれ?」
半島の先を越え西側に向かう時にどうしても、波に船の腹を見せなければならなくなる。櫂が引っかかって予期せぬ挙動をとらないように、そこでは帆だけで船を操る。南西部は海が荒れやすく、舵手の腕が試される。
「二番船なんて波の間だぜ。登ってったなぁ、なんて見てたら気がついたら船首があっち向いてんだよ」
リュートも小窓から見えた光景を話す。「それに、ここまで来て一度もぶつかりそうって思ってない。他の船に近づいていっているのかと思っても、近づいてない。なんなんだろあの感覚って」
曲がり始める位置はそれぞれ違うのに、気が付くとお互いの距離は前と全然変わらない。
ここは目標物などない、波立つ海の上だ。
「風を待つ。大事だったな」
二人は準備が整ったのに出向しない理由となっていた、その言葉の意味も新しく知った。
暖流は川だ。海の中に流れの早い巨大な川が何本も流れてる。その流れに逆らい続けるのは、人の力だけでは無理だ。
帆が大きな音を立てる。
船は再び風の力を借りて、目的地を目指す。
先頭は一番大きな帆を広げ、アスキ家の船が走る。その後ろを走る三隻のみにホロイ家の紋が飾られる。
どれも船としては大型である。
暖流を進み、湾の西側から入り込むのが一番安全な航路である。遠泳ができる大型船ならその航路を選ぶ。問題は倍の日数がかかってしまう点のみだ。
たが、ホロイ家は毎度、危険が伴うこの航路を選ぶ。
引き連れた船の数でアスキ家の財力を示し、大型船すら商船のごとく操縦するホロイ家の操船術を、大小の船を使い幅広く披露する場にしている。岬の高台に人を呼び、操船技術を見させたなんて話も聞く。
海運で荷を失うことはそれ以上に大切なものを失うことにつながってしまう。操船技術こそホロイ家の強みだと示している。
リュートとフビットは、お互いの見たことを自分のことのように話を続ける。
もう少し進むと丘に隠されているマルセールの街が見えてくる。
今回は特別で、出港までに三日間かかる。目的の塩を積み込むだけなら初日で終わる。遅くても次の日の昼には終わるので、それ以降は自由時間となる。
館では晩餐会が開かれるらしいが、下っ端の俺たちには関係ない。
でも、この考えは嫌いじゃない。
美味しものを先に食べるから頑張れる。
いつからか二人の会話は、街で何をしたいかに変わっていった。
もうすぐ塩の時期が始まる。
これに心踊らぬ者は、この海の上ではいない。
塩が多く採れ始めると備蓄されていたものが流通しだす。塩は腐らないから、あればあるほど買い手がつく。
東の海運を担うホロイ家にとっては、稼ぎ時が他より早く始まる。
臨時の給金も出るので、働いた分だけ身に入る。家の仲間や貯めた金で船を買って漁師になった者など、小遣い稼ぎに色んな人が集まってくる。
護衛業の始まりとなった、塩を運ぶというのを目当てに来る者もいる。富を作り出す存在として、信仰の対象に近い感覚があるのかもしれない。
塩は、儚く水に溶けゆく様や立ち昇る入道雲を塩田にもたらされる富に喩えたりと、雪や雲とも呼ばれる。
危険に身をさらし雲を運ぶ護衛業のことを、水や土に準えて『風』と表したりもする。
その風が、商船の帆を大きく広げている。
「すげえ」
日の光を反射した海の上に、大きな帆がいくつも並ぶ光景にリュートは声を上げる。
後からついてきたフビットも「すげー」と声を上げる。
まだ、帆に紋が描かれている船には乗れないが、この船も同じくらいに大きい。特徴的なのは積荷に対して速度が出せる構造になっている。
半島を離れ湾内に近づくと、風のおかげで漕ぎ手は不要になりリュートはフビットを外に誘った。フビットは漁師の子供で、手伝いに来たロニートさんのところで土を受けている。
小窓に肘をかけている船員に、「若えな」なんて揶揄われながら二人して甲板に出てきた。
「なあ、見たかよあれ?」
さっそくリュートは、フビットに興奮気味に語りかける。
「見た見た。すごかったよな」
フビットも興奮を抑えずに答える。
二人とも風で声が消されるので、気持ちのまま大きな声を出す。
「アスキ家の船が曲がり始めたと思ったら、他の船も同じように曲がり始めてさ。船って曲がろうと思っても直ぐに曲がれないものだろ。それをあんなにも合わせるなんて、どうかしてるよ」
リュートがホロイ家に来た当初、船に関しての知識は持ち合わせていなかった。フリエルにあるベイナイ家に土として行った。土とはいっても学びが対象ではなく、完全なる雑用係だ。
しかし、仕事での雑用のみをやらされたので、色々な人の手伝いを続けていくうちに大体のことは一人でもできるようになっていった。船乗りのなんたるかが分かりかけた時に、ホロイ家に呼び戻された。
ホロイ家に入って直ぐにこの船に乗っていたら、この凄さに気が付かなかっただろう。
「三番船見たかよ」
フビットは続けて、小窓から見えた光景を話す。
「波に乗り上げたかと思ったら上手く利用して向きを変えてよ。どうやってやるんだあれ?」
半島の先を越え西側に向かう時にどうしても、波に船の腹を見せなければならなくなる。櫂が引っかかって予期せぬ挙動をとらないように、そこでは帆だけで船を操る。南西部は海が荒れやすく、舵手の腕が試される。
「二番船なんて波の間だぜ。登ってったなぁ、なんて見てたら気がついたら船首があっち向いてんだよ」
リュートも小窓から見えた光景を話す。「それに、ここまで来て一度もぶつかりそうって思ってない。他の船に近づいていっているのかと思っても、近づいてない。なんなんだろあの感覚って」
曲がり始める位置はそれぞれ違うのに、気が付くとお互いの距離は前と全然変わらない。
ここは目標物などない、波立つ海の上だ。
「風を待つ。大事だったな」
二人は準備が整ったのに出向しない理由となっていた、その言葉の意味も新しく知った。
暖流は川だ。海の中に流れの早い巨大な川が何本も流れてる。その流れに逆らい続けるのは、人の力だけでは無理だ。
帆が大きな音を立てる。
船は再び風の力を借りて、目的地を目指す。
先頭は一番大きな帆を広げ、アスキ家の船が走る。その後ろを走る三隻のみにホロイ家の紋が飾られる。
どれも船としては大型である。
暖流を進み、湾の西側から入り込むのが一番安全な航路である。遠泳ができる大型船ならその航路を選ぶ。問題は倍の日数がかかってしまう点のみだ。
たが、ホロイ家は毎度、危険が伴うこの航路を選ぶ。
引き連れた船の数でアスキ家の財力を示し、大型船すら商船のごとく操縦するホロイ家の操船術を、大小の船を使い幅広く披露する場にしている。岬の高台に人を呼び、操船技術を見させたなんて話も聞く。
海運で荷を失うことはそれ以上に大切なものを失うことにつながってしまう。操船技術こそホロイ家の強みだと示している。
リュートとフビットは、お互いの見たことを自分のことのように話を続ける。
もう少し進むと丘に隠されているマルセールの街が見えてくる。
今回は特別で、出港までに三日間かかる。目的の塩を積み込むだけなら初日で終わる。遅くても次の日の昼には終わるので、それ以降は自由時間となる。
館では晩餐会が開かれるらしいが、下っ端の俺たちには関係ない。
でも、この考えは嫌いじゃない。
美味しものを先に食べるから頑張れる。
いつからか二人の会話は、街で何をしたいかに変わっていった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました
グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。
選んだ職業は“料理人”。
だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。
地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。
勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。
熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。
絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す!
そこから始まる、料理人の大逆転。
ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。
リアルでは無職、ゲームでは負け組。
そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。
勇者パーティのサポートをする代わりに姉の様なアラサーの粗雑な女闘士を貰いました。
石のやっさん
ファンタジー
年上の女性が好きな俺には勇者パーティの中に好みのタイプの女性は居ません
俺の名前はリヒト、ジムナ村に生まれ、15歳になった時にスキルを貰う儀式で上級剣士のジョブを貰った。
本来なら素晴らしいジョブなのだが、今年はジョブが豊作だったらしく、幼馴染はもっと凄いジョブばかりだった。
幼馴染のカイトは勇者、マリアは聖女、リタは剣聖、そしてリアは賢者だった。
そんな訳で充分に上位職の上級剣士だが、四職が出た事で影が薄れた。
彼等は色々と問題があるので、俺にサポーターとしてついて行って欲しいと頼まれたのだが…ハーレムパーティに俺は要らないし面倒くさいから断ったのだが…しつこく頼むので、条件を飲んでくれればと条件をつけた。
それは『27歳の女闘志レイラを借金の権利ごと無償で貰う事』
今度もまた年上ヒロインです。
セルフレイティングは、話しの中でそう言った描写を書いたら追加します。
カクヨムにも投稿中です
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる