王国戦国物語

遠野 時松

文字の大きさ
49 / 148
本編前のエピソード

武の道 5 肉の味

しおりを挟む
 その後、稽古場に現れた非番の人を捕まえては稽古をつけてもらった。
 海軍の兵たちは個々の武が秀でている。そして器用な人が多い。船に乗り込む定員が決められているなら、色々とできる人は強みになる。
 リュゼーが俺と同じ道を歩んでいたなら、海軍がリュゼーの才を見出していただろう。
 俺は肉に齧り付く。
 腹が減りすぎて動けなくなりそうになると、ホロイ家出身の兵が昼食に誘い出してくれた。エイスロー殿が声を掛けてくれたらしい。ガフォレ様からお金を頂いたらしく、兵たちが普段行く店より良い店に連れて行ってくれると言われた。
 お薦めの品は、厚めの小麦生地の上に濃いめに味付けされたトマト風味の魚介を乗せ、チーズをかけて焼き上げるものらしい。多くの二枚貝を使ったスープも格別らしい。
 聞いただけで美味そうである。
 クポワーソ地方は、貝が一枚のものがほとんどだ。食材も近場で獲れる旬のものを使うらしい。食べたことのない魚の名前が聞こえてくる。
 しかし、肉を食べたいとお願いする。
 保存食の一種であったり程度の差はあるが、軍部は比較的肉を口にする。兵はそれに慣れてしまったのだろう。この地方ならではの美味いものを食べさせたいのだろうが、俺は肉が食べたい。
 同じような釜の飯を食べてきたルミルト殿は俺の気持ちを察してくれ、自分の財布から少し足して兎肉を食べさせてくれた。
 肉の香りを和らげる香草が混ぜられた塩のみで焼かれたものだったが、とにかく美味い。良いものは塩だけでいい。
 言うなれば、塩が美味い。
 リュートは串に刺さっている牛肉に齧り付く。
 フビットとリュートは夜の街を散策している。
 宿では宴会が夜通し続くが、夜の街に出掛ける大人たちに混じって外に出た。そういった店には入れないので、二人して街を見て回っている。
 フビットは美味そうな焼き菓子を食べている。散々悩んでいる姿を見た店の主人が安くしてくれたらしく、弟へ土産を買えたと喜んでいた。
 この時期、見慣れない俺たちぐらいの歳の者が目を輝かせて歩いていたら大体の想像はつく。街の人はそんな者に優しい。この串も「もうすぐ店じまいだから」と、上質なものに変えてくれた。街が富み、治安が良い証だ。
 大通りは仕立ての良い服を着た商人が、護衛なしで出歩いている。大金を握り締め、目をぎらつかせている商人などいない。アンカレの港は気性が荒いなどと言われているが、こちらが基準となれば納得できる。
 フビットは焼き菓子が気に入ったらしく、焼き菓子ばかり食べている。
 二人とも今は食べることだけに口を使っている。街に着いた当初は衝撃のあまり見たものをひたすら口にすることが多かったが、今は街を楽しむ余裕がある。
 通りには聞き慣れない言葉を話す商人もいる。
 お目当てはもちろん塩だ。備蓄の流通が終わると、澄んだ塩がマルセールに届く。商人は初物好きな金持ちのために何日もこの街で待つ。
 アスキ家の船だけはこの港に止まり、商人たちの輪に混ざる。他国から見たら、ホロイ家は私兵となっているが海軍と変わりない。そのホロイ家を従えるアスキ家は、一番船と呼ばれる船を国境まで見送ると目的地に舵を切る。気にはなるが、今の俺には関係のない話だ。
 それに、それはリュゼーの役回りだろう。
 俺に任されたのはアンカレに塩を運び続けることだ。港を乗り継ぎながら航海する商船ならば、無理に難所を越えずにアンカレで塩を積む。何があろうと絶えず港に塩があることがホロイ家の誇り。求められるものをこなせぬ者に次はない。
 ここでフビットに呼び止められた。
 そろそろ店が閉まる頃で、店主に最後の挨拶をしたいらしい。駆け出した背中を見ながら街灯の下で立ち止まり、残りの肉を口の中に入れる。
 小径の入り口に立つ街灯は、洒落た建物と共に道ゆく人々を照らしている。遠くから運ばれてくる湿気を含んだ潮風が、次の日も暑くなることを感じさせる。
 通りを歩いて見知ったことや、店から流れてきた美味そうな匂いと楽しげな笑い声、船員から聞き齧った夜の話などがなぜだか思い起こされた。
 ただ立って夜の街を眺めているだけなのに、肉を噛み締める度に不思議と皆の心がなぜ沸き立つのかが分かってくる。
 手に残った串を手首だけで振る。
「ありがとな」
「どうだった?」
「喜んでくれたよ」
「それは良かった」
 俺達は大通りへ踵を返し、何度目かの散策を続けた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

処理中です...