王国戦国物語

遠野 時松

文字の大きさ
74 / 148
本編前のエピソード

雲の行き先 12 リチレーヌ入国(下)

しおりを挟む
 今は使われていない砦付近の、開けた場所に差し掛かった。曲がり道を進むに連れ、視界を遮る木々や山が目の前からなくなっていく。
「あっ……」
「おい!そんなところに突っ立ってると、後ろの馬車に轢かれるぞ」
「えっ?」
 俺は今、立ち止まっていた、…のか?
 後ろを見ると、後続の馬車が近付いていた。
「あっ!はい、すいません」
 リュゼーは急いでドロフの馬車に追いつく。
「この街道を通って初めてリチレーヌを見る者の殆どが感動を覚えるが、それほどまで心を揺さぶられる者は珍しいぞ。純真無垢とはお前のために生み出された言葉なのかもしれないな」
「揶揄わないで下さい」
 そうは言ったものの、視線は直ぐにドロフから別のものに向けられる。
 眼下には海かと見間違えるほどに広大な緑の大地が広がっている。
「どうだ、綺麗だろ?」
 ドロフの言葉に、リュゼーは静かに頷く。
 時折、山の切れ目から見えていた家々や畑はほんの一部でしかなく、リチレーヌという美しい国を見誤らせるものだった。ここにきて、本当の姿を見たと言って良いだろう。リチレーヌという国は、聞いていた以上に美しかった。
 手前にある針葉樹が彩る単一的な深い緑から始まるその景色は、標高が下がる毎に広葉樹の多彩な緑が混じり始める。麓にある街が人工的な色彩を加え、それを起点にするように畑が広がっていく。管理しやすいように区割りしているため画一的な印象を与えるが、そこに育まれている作物が違うためモザイク画のように目を楽しませる。
 視線をさらに奥に向けると、陽の光を受けて黄金色に輝く広大な麦畑に目を奪われ、それを分断する道を目で追っていくと、蜘蛛の巣状に広がる道の中心には街が栄えており色とりどりの屋根と白い壁が夏の緑に浮かび上がる。
 大地の切れ目を縁取るように真っ青な海が広がり、水平線から真っ白な入道雲が立ち昇る。そして、力強い太陽に負けぬ真っ青な空が頭上を覆う。
 リュゼーは顔を上げたまま、初めて足を踏み入れる土地にしばしの間思いを馳せる。所々に人の手が入っていない原生林が点在し、人の営みとの対比が想像を掻き立てる。
「春は新緑の緑に心癒され、アイリスなどの花の香りが心を満たしてくれる。夏は見ての通りの素晴らしさだ。実りの秋は美味しいものが各地に溢れ、視覚よりも味覚が刺激される。しかし、冬は他の国同様に大変だ。厄介なのが、場所によっては落ちた葉が腰の辺りまで積もり、道を覆い隠してしまう。国から色も失われてしまい、良いところもあるのだろうが今は思いつかない。この街道も凍ってしまうので、この場所から見たことは一度もないがな」
 ドロフの言葉に再び心が揺さぶられる。
 何物にも動じないと誓いを立てたリュゼーの心を奪い去るほどに、リチレーヌという国は美しかった。
「この様な美しい国があったのですね」
「ドルリート王の功績と言っても過言ではないだろうな」
 リチレーヌの民も同様の認識を持っており、国民の父として敬愛の念を抱いていると聞いたことがある。
「そのため、ドルリート王の血を引く女王が国を治めているのですね」
 エルドレとリチレーヌは王族同士で血縁関係となっており、兄弟国として知られている。
「治めると言っても我が国とは状況が違ってな、国家元首としての役割は担うのだが行政権は議会にあるのだよ」
「はぁ…」
「その気の無い返事はなんだ。少しは国についても勉強しろ」
 ドロフは呆れる。
「すみません。その辺について教えていただけますか?」
「面倒だ」
「そう言わずにお願いします」
 何度も頭を下げるリュゼーに向かって、ドロフは軽く舌打ちをする。
「簡単に言うと、我が国では王が一番偉い。他国との戦争も、民の行く末も王がお決めになる。リチレーヌでは、その様なことは議会の話し合いで決定する。我が国でも王の下で話し合いがなされるが、最終的に決定するのが王なのか議会なのかの違いだ」
「それでは女王の役割はなんなのですか?」
「こうなると思ったから嫌だったんだ。お前は話し相手ですらもなくなっていることを、肝に銘じておけよ」
「はい!」
「良い返事だ。だが、許さん」
「すみません!」
 ドロフが笑う。この勝負はリュゼーの勝ちのようだ。
「議会の決定を女王が承認するのだが、これはあってないようなものだ。それに関連しての任命なども同様だろう。大切なのは祭祀に関わるものだ。神に祈りを捧げる儀式は、エルドレと同じものが行われる。民の繁栄を祈るためには王家の血筋が必要なのだ」
「そうなのですね」
「昔はエルドレと同じく建国の祖として女神トゥテェクレが主に崇められていたが、ドルリート王は神格化されリチレーヌでは同格に位置付けられているみたいだな。血筋という意味では、我が国より大切に扱われているかもしれないな」
「神話の女神と存在した王が同じ扱いとは、興味深いですね」
「ハオス公国では女神トゥテェクレが崇められているから、お国柄というものだろう。因みにハオスとは家名だ。デギンザ公王の元、ギレンザ総帥が国政を担われている」
「ハオスでは祭祀はどなたが執り行うのですか?」
「公王だ」
「ドルリート王と血の繋がりはあるのですか?」
「直接の繋がりは無いらしいが、王家とは遠縁に当たるらしい」
「血というのは大切なのですね」
「初代国王は女神トゥテェクレの御子だからな。祈りには祖先を祭る意味合いも含まれている。自分に置き換えて考えてもみろ。不敬な表現だが、子や孫に供養されるのと、見ず知らずの人に供養されるのではどちらが嬉しい?」
「確かにそうですね。ありがたいのだけれど、君は誰だね?ってなりますね」
「そういうことだ」
「ありがとうございました。勉強になりました」
「おう」
 再び川沿いの道となり、渓流瀑の清らかな音が聞こえてくる。
「おい、これから言うことは聞いていないものとして、直ぐに忘れろよ」
「えっ?」
「忘れると誓わなければ、これ以上話をすることはない。これで終わりだ」
 ドロフから徒ならぬ雰囲気が漂う。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。 選んだ職業は“料理人”。 だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。 地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。 勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。 熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。 絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す! そこから始まる、料理人の大逆転。 ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。 リアルでは無職、ゲームでは負け組。 そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。

勇者パーティのサポートをする代わりに姉の様なアラサーの粗雑な女闘士を貰いました。

石のやっさん
ファンタジー
年上の女性が好きな俺には勇者パーティの中に好みのタイプの女性は居ません 俺の名前はリヒト、ジムナ村に生まれ、15歳になった時にスキルを貰う儀式で上級剣士のジョブを貰った。 本来なら素晴らしいジョブなのだが、今年はジョブが豊作だったらしく、幼馴染はもっと凄いジョブばかりだった。 幼馴染のカイトは勇者、マリアは聖女、リタは剣聖、そしてリアは賢者だった。 そんな訳で充分に上位職の上級剣士だが、四職が出た事で影が薄れた。 彼等は色々と問題があるので、俺にサポーターとしてついて行って欲しいと頼まれたのだが…ハーレムパーティに俺は要らないし面倒くさいから断ったのだが…しつこく頼むので、条件を飲んでくれればと条件をつけた。 それは『27歳の女闘志レイラを借金の権利ごと無償で貰う事』 今度もまた年上ヒロインです。 セルフレイティングは、話しの中でそう言った描写を書いたら追加します。 カクヨムにも投稿中です

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...