王国戦国物語

遠野 時松

文字の大きさ
3 / 148
とある王国の物語 プロローグ

軍評定 上

しおりを挟む
 若き王はファトストに合図を送る。
「それでは始めさせていただきます」
 ファトストが手を挙げると、近くにいる青年が地図をファトストの横で広げる。
 その地図には戦場となるであろう場所に印が付けられており、その印から北東に位置する場所に描かれている『砦』に、ファトストは手先を向ける。
「帝国はこの場所に砦を築いていますが、ここを拠点にされると後々面倒になって来ます。近くの都市は街道の要のため、必ず取り返さなければなりません」
 ファトストは、近くに描かれている『都市』へと、指先をわずかにずらす。
 地図には、その都市から帝国方面に一本の太い道が引かれている。その道から都市を跨いだ反対側には、海岸線、平地、山間部の主要都市へと至る線状の道が描かれている。
「こちらの動きに合わせて帝国側も何やら準備をしていましたが、先ほど砦から兵が出てきたと情報が入ってきました。重装歩兵がいることから、相手は迎え撃つ気に満ち溢れているのでしょう」
 ファトストが「ありがとう」と言うと、青年は地図を持ち上げて左から右へと振り、その場にいる将校達に見せてから後ろに下がる。
「ちょっと待て」
 ここでレンゼストが話に割り込む。
「堅苦しくすると伝わらない危険性がある。王よ、よろしいか?」
 レンゼストは王に尋ねる。
「気にはしない」
 王は手首を一度振りながら、話の続きを促す様に答える。
 ファトストは、左胸に拳を当てながら頭を下げ、王と机の間に歩を進める。
「普段通りの口調なら、王に対しても失礼にならん」
「お気遣いありがとうございます」
 机を挟んで向かい合わせたレンゼストに礼を述べ、「急なことのため手書きの地図で失礼します」と言いながらファトストは、盤上に置かれていた棒を手に取る。
「先ずは地形から皆さんにお伝えします。中央は平地ですが、収穫を終えたばかりの畑となっております」
 地図の中央は広い範囲に渡り、緩やかな曲線混じりで四角く区画がなされている。中に書かれた角度を付けたレ点は、植物の双葉を模したもので、農作物を意味する。
 ファトストは、棒先を地図の中程でぐるりと回した後、両端を先で叩く。
「東には南北に河が流れ、西は木に覆われた小山が壁のように続きます。」
 河は川下となる北側に進むにつれて東に流れて平地を広げていき、角度を変えて都市へと流れ着く。
 平地の西側は、山の裾野に樹木の葉を表す、丸と三角の記号が書かれている。平地側に丸が少ないことからして、広葉樹が根を張り辛い場所であり、その地が崖状であることを示している。
 続いてファトストは、帝国兵を模した駒を指し示す。
「中央は主に帝国兵で固められ、その両脇に傭兵を配置し、両翼に騎馬を置く。帝国軍が好んで使う陣を敷いてくるでしょう。その後ろには重装歩兵が控え、その奥にいるのが本隊となります」駒を手に取り、畑の際に説明通りに並べていく。「隊の規模から推測し、遊軍はない、またはごく少数と考えます」
 並べられた帝国軍の陣形を見て、「なんとかの一つ覚えだな」と、ファトストは悪態を吐く。
「おっしゃる通りです。名だたる将ならば戦い方を変えてくるかもしれませんが、今回、帝国兵の指揮を執る者から考えるに、それはないと思われます」
「どんな奴だ?」
「名を聞いたのですが、その名は記憶にありませんでした。部隊の長としても覚えがないので、人物については早急に調べてもらっています。しかし、城を出た将の中に、聞いたことのある名がありました。そのことから、帝国式と呼ばれる戦術でくることは間違いないでしょう」
「誰が率いてもそれなりの戦果を得られるというのは、何かと便利だな」
「指揮官の能力よりは、将校の能力により戦果が大きく変わるのは確かです」
 ファトストの近くにいる青年は、敵将の特徴を書いた紙を将校達に回す。
「我が若い頃から帝国軍の戦い方はこれ一つだ。此度の戦は気が進まぬ」
 レンゼストはその紙に書かれている人物の名を確認すると、手首を振って、その紙は自分には不要だと伝える。そして、腕を組んで何やら考え事をしながら、深く腰掛け直す。
「心中お察しします。何度も交えたレンゼスト様にとっては、見飽きた戦術かもしれません。しかし裏を返せば、それだけ侮れない戦術だというのが分かります」
 ファトストは端に置かれていた自軍の駒を手に取る。
「平地でのぶつかり合いなら、向かう所敵なしだからな」
「はい、如何にして中央を抑えるかを、考えなければなりません」
 馬に乗った将の駒を本人に見せた後、東西に振り分ける。
「敵の狙いはこちらの数減らしだな。砦までの距離を考えると、酷い追撃も受けにくい。どうする?」
「中央は膠着させます」
 レンゼストは、東西に配置し終えた駒を見る。
「多くの兵を失うぞ」
「あの圧は異常です。兵達にあれを肌で感じさせることを優先します」
「その隙に狙うのは相手の将か?」
「そのために、中央は出来る限りの時間稼ぎをします」
 ファトストは中央部分の駒を並べ始める。レンゼストの駒を手にしようとすると、「待て」とレンゼストが止める。
 ファトストは「分かりました」と答えると、他の将の駒を手に取る。一つだけ駒を置ける隙間を空けて、中央に駒を並べ始める。
「お主が、兵の大切さを知っているのは分かっている。だが、もう少し聞こう」
 レンゼストは顎に手を当てて、指先だけで髭を撫でる。
「兵の中に確固たる戦術があるというのは、練度も意思疎通の面でも有利です。規則や規律により、敵は急拵えの隊であっても、混乱など一切せずに帝国式で攻め込むことが可能です」
「己に課せられた仕事をこなせば戦に勝てる、実に効率的だ。奴らは志願兵だけあって、士気も高い。それはすなわち、恐怖に打ち勝ちひたすら前進する戦い方をする相手に、この地では不利過ぎるということではないのか?」
 盤上には歩兵ではなく、弓兵を前面に出した陣形が並べられていく。
「敵としても数を多く減らしかねない戦術なのに、砦に籠らず打って出てこられるほど余裕のある兵の数も、侮れない点であると考えます」
「他に類を見ない帝国兵の数は、『鍬を振ることさえできれば兵に成れる』ということを、揶揄しているのか?」
 ファトストはそれについては何も答えず、顔を伏せながら盤上から手を引く。
 レンゼストは、並べ終えられた駒に目を向ける。盤上に空けられた隙間に、レンゼストの駒が配置されれば陣形は完成する。
 東西の騎兵に比べると、中央の歩兵は見劣りしてしまう。レンゼストの隊を駆使すれば勝てる見込みは十分あるが、この戦にそれほどの価値はない。
 しかしながら、悪くもないのも確かである。もう少し中央に厚みがあれば、申し分ない陣形となる。
「この地で戦うなら、後から来る重い鎧を着込んだ者達を待った方が良くないか?」
 皆が疑問に思うことを、レンゼストは尋ねる。
「速度を早めれば後軍は戦に間に合うかもしれませんが、この地で戦うことになるとは、未だ決まっておりません」
「その先の広大な平地ならば騎馬も存分に使え、こちらの方が有利となる。それを蹴ってまでこの地を選んでいるのだろ?」
「敵もその平野を越えるため、強行で軍を進めると思われます」
「砦より近いため、身を軽くして行軍できるからな。それに、間に合ったら間に合ったで、中央に配置すれば良いだけか」
 その問いにファトストは頷く。
「相手の機嫌を損ねたらここまで来てくれぬ、大掛かりな仕掛けは警戒されてしまうぞ」
「その点は考えております」
 強固な堀や塀を築くには、時間的に余裕がない。しかしそれらが無ければ、敵を防ぐために多くの兵を失いかねない。
 時機をうかがって敵が出陣してきたというのは、容易に想像が付く。
「王が率いているため、今は歩兵が少ない。どうやって敵の進軍を食い止める?」
「何を言います、王の率いる弓兵は大陸一の腕前です」
 それを聞いたレンゼストは、髭を撫でながらしばし考える。
「それでもこの陣形で戦うなら、我は後続を待った方が確実だと思うが。どうだ?」
 空いた隙間に駒を置かなければ、話を進められない。レンゼストは、己を納得させてみよ。と、顎を振って促す。
 ファトストは、王へ顔を向ける。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。 選んだ職業は“料理人”。 だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。 地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。 勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。 熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。 絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す! そこから始まる、料理人の大逆転。 ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。 リアルでは無職、ゲームでは負け組。 そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。

勇者パーティのサポートをする代わりに姉の様なアラサーの粗雑な女闘士を貰いました。

石のやっさん
ファンタジー
年上の女性が好きな俺には勇者パーティの中に好みのタイプの女性は居ません 俺の名前はリヒト、ジムナ村に生まれ、15歳になった時にスキルを貰う儀式で上級剣士のジョブを貰った。 本来なら素晴らしいジョブなのだが、今年はジョブが豊作だったらしく、幼馴染はもっと凄いジョブばかりだった。 幼馴染のカイトは勇者、マリアは聖女、リタは剣聖、そしてリアは賢者だった。 そんな訳で充分に上位職の上級剣士だが、四職が出た事で影が薄れた。 彼等は色々と問題があるので、俺にサポーターとしてついて行って欲しいと頼まれたのだが…ハーレムパーティに俺は要らないし面倒くさいから断ったのだが…しつこく頼むので、条件を飲んでくれればと条件をつけた。 それは『27歳の女闘志レイラを借金の権利ごと無償で貰う事』 今度もまた年上ヒロインです。 セルフレイティングは、話しの中でそう言った描写を書いたら追加します。 カクヨムにも投稿中です

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...