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とある王国の物語 プロローグ
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「聞きたいのは、指揮官についての判断理由からで間違いない?」
リュートの将としての実力ならばそれについては理解しているのでこの説明は不要だと思われるが、ファトストはそれを分かった上でリュート隊のために敢えて尋ねる。
「頼む」
二人の気遣いに、兵達は揃って頭を下げる。
ファトストは小さく咳払いをする。
「砦の完成具合からして、数日遅れさせたところで変わりはないから、遅延の線は薄れる。重装歩兵を入れてきたため、戦術は旧型ではなく新型の帝国式だと分かる。そのことから、相手はこちらとやり合うつもりなのが分かる」
ファトストは、少しだけ話を噛み砕く。
「誰が率いてもそれなりの戦果を挙げられるとしても、無名の指揮官を選んだ理由について気になってしまう。偵察により全隊を率いる能力がある者が砦にいることが分かっているが、率いるのはその者ではない」
ファトストの言葉の後に、リュートは兵に顔を向ける。
「箔をつけるためですか?」
一人の兵が答える。
「それもあると思う。野戦でこちらを撃退できればそうなるね。他には?」
「先ほどの中に、指揮官に経験を積ませるのは含まれていますか?」
別の兵が答える。
「それもそう。砦から近いから、戦況が悪くなったら直ぐに退却できるからね。無理はしなくていいから気は楽だと思う」
兵は頷く。
「これだけでも指揮官の人物像は何となく想像できるが、他に何かあるのか?」
リュートは片眉を上げてファトストの顔を覗き込む。
「気になったのは、砦から出てきた将だね」
「将? 先ほど『敵の名だたる将が命令を聞く人物』と言っていたが、指揮官の能力によらぬ戦い方なら、人選に意味はないのではないか?」
「帝国はその戦い方から、上位下達の指揮系統が用いられる。言うなれば、格を重んじる傾向にあるんだよね。報告を受けた将の中で、一人だけ別格の者がいた。指揮官はその将に命令できる地位にいる者、なんじゃないかと思ったわけ」
「高貴なお方が、似付かわしくない戦場にいらっしゃっただけだろ。他国の権力争いなど俺たちには関係ない。それに、そんなお飾りみたいな人物が何になる」
「決められた事を、決められた通りに、きちんとこなす。戦いに慣れていない者なら、尚更その傾向が強いだろうね」
リュートは納得したように頷く。
「お前は盤上戦で定跡通りに仕掛けてくる相手に対し、真っ向から迎え撃つ振りをしてこっそり罠を仕掛けるのが得意だったな」軽い舌打ちと共に、リュートは顔を歪める。「あー、思い出しただけで腹が立つ」
リュートは勢いよく器を乾かす。
直ぐ近くにいる杯を持つ兵が酒を注ぐと、その酒瓶をリュートが受け取る。杯の兵が酒を飲み、今度はリュートがその兵に酒を注ぐ。周りの兵は羨ましそうに、また、悔しそうにそれを見ている。
「それで思いついたのが、あの策というわけか」
杯を持つ兵は、リュートから酒瓶を受け取る。
「そういうことになるね」
ファトストは杯に口を付ける。
近くにいる兵が、気を利かせて酒瓶を手に取る。ファトストの杯を覗くが、あまりにも酒が減っていなかったので、何食わぬ顔で他の兵達に酒を注ぐ。
苦笑いを浮かべるファトストを見て、リュートは笑い声を上げる。
ばつが悪そうに、ファトストは干し肉を齧る。
「それで、どの様に策を考えついたのですか?」
先ほどから熱心に話を聞いている兵が、目を輝かせながら尋ねる。
「うーん、そうだなぁ……」
焦らしているかのような時間的空白が生じるが、兵達はじっとファトストの顔を見つめる。
「えっとぉ、……」
ファトストは左下を見た後に右上に視線を動かしたり、鼻を掻いたりと、何かと忙しない。
「お前達」
その声に、兵達はリュートに顔を向ける。
「各々、勝手に解釈しろ」
リュートはファトストの顔を見て、軽く顎をしゃくる。
それを見たファトストは軽く頷く。
「先ずは、敵が打って出てきそうだと報告を受けた時に、『このタイミングかぁ』と思ったんだよね。ここまで何もしてこなかったから、砦付近で陣地を敷いた時に仕掛けてくるとばかり思ってたからさ。それならこちらも行軍を早めて、平地で迎え撃とうと考えていたら、敵は準備を終え進軍し始めたと報告が入った。あまりにも手際が良かったから、よく練られた策だと判断してどうしようか考えたんだよね」
ファトストは杯の横を、人差し指でコツコツと軽く叩く。
「この先にある平地で戦った方が、この地で戦うより有利だったのは分かるよな?」
リュートの補足に対し兵達は頷く。
「なかなか洒落た戦い方をしてくるなと考えていたら、隊の詳細について報告が入った。ここでさっきの話と繋がるんだけど、こんなことを思い付くのは敵将の名を見る限り、一人しかいないんだよ」
「別格とされている将ですか?」
兵の問いにファトストは頷く。
「その敵将が出てくるからあの指揮官が選ばれたのか、指揮官に経験を積ませるために敵将が策を講じたのか分からないけれど、どちらにしろ敵将は砦から出てきた」
言葉の雰囲気から兵達の目が、狩りをする時のそれに変わっていく。
「相手としたら砦を守るために必死だから、その考え方はよく分かる。新たに築かれた砦のため新規の兵が多く、こちらの防衛陣地を攻める時までには練度を上げたい。退路も確保しやすいし、この戦はうってつけのものだっただろうね。もしかしたら、戦というものを指揮官に教えたかったのかもしれない。だから、当該の将が出てきた。そして、これ以降は砦に籠ってしまうだろうな。そんな奴は早々にこの戦からご遠慮してもらわなきゃならないね」
仕留めるべき相手は誰だというのが、兵達の間で共有される。
「地理については、話をしてある?」
「こちらが騎兵や弓兵が多いのを絡めて、多少なりな。帝国式に対応するには、堀や塀の重要性も理解している」
「ありがとう。敵側もそれを警戒していたと思う。平地に差し掛かったら行軍速度が遅くなったのがその証拠だろうね。こちらが防衛策をとっていないか探りたいだろうし、相手が先に平地に着くから、こちらの陣形が整う前に仕掛けようとか色々考えていたんじゃないかな」
「お前にしては何もしないと思っていたが、そういうことか」リュートはニヤリと笑う。「誰かさんのお陰で、王の率いる軍は神出鬼没に現れ、奇想天外な戦い方をしてくると有名だからな。敢えて何もしないことで、相手の猜疑心を刺激したわけか」
リュートがそのままの顔で笑いかけると、ファトストは笑顔で返す。
「そう、優秀な将こそ引っ掛かってくれると思っていたよ」
「その隙に兵の体を休めたり、密かに拒馬を作ったりしたわけだな」
「それも正解」
ファトストは嬉しそうに酒を飲む。今度は、少しだけだがリュートが酒を注ぐ。
二人の姿を、兵達は羨望の眼差しで見つめる。
「勉強になります」
杯を持つ兵の一言により、兵達は思い出したように酒を飲む。
「どうだ?良い酒の肴だろ?」
「はい」「ええ」「確かに」
リュートの問いかけに兵達は各々に声を上げる。
その様子を見て、リュートは優しく微笑み手に持った酒瓶を振る。
「はっ、今すぐ」
一人の兵が直ぐに立ち上がり、空いた瓶を手にして駆け出す。
「こいつは、こうやって人のことを小馬鹿にして、自分の策に嵌る奴を見て楽しむ様な意地の悪いやつなんだよ」
リュートはファトストの肩をバシバシと叩く。
「それは不正解。何だ、お前。酔ってきたのか?」
「多少は、な」
「尋常じゃない量を飲んでいるのに、多少なのかよ」
ファトストにつられてリュートも笑う。
カチャカチャと陶器がぶつかる音を立てながら、兵が大量の酒瓶を抱えて戻ってくる。
今いる人数に対してあまりにも数が多いため、ファトストは呆れながら肩を竦める。
「それでは、我らのお待ちかねの話でもしてもらおうかな」
リュートは口を腕で拭った後、兵に器を向け酒を注いでもらう。
兵達も前掛かりになる。
リュートの将としての実力ならばそれについては理解しているのでこの説明は不要だと思われるが、ファトストはそれを分かった上でリュート隊のために敢えて尋ねる。
「頼む」
二人の気遣いに、兵達は揃って頭を下げる。
ファトストは小さく咳払いをする。
「砦の完成具合からして、数日遅れさせたところで変わりはないから、遅延の線は薄れる。重装歩兵を入れてきたため、戦術は旧型ではなく新型の帝国式だと分かる。そのことから、相手はこちらとやり合うつもりなのが分かる」
ファトストは、少しだけ話を噛み砕く。
「誰が率いてもそれなりの戦果を挙げられるとしても、無名の指揮官を選んだ理由について気になってしまう。偵察により全隊を率いる能力がある者が砦にいることが分かっているが、率いるのはその者ではない」
ファトストの言葉の後に、リュートは兵に顔を向ける。
「箔をつけるためですか?」
一人の兵が答える。
「それもあると思う。野戦でこちらを撃退できればそうなるね。他には?」
「先ほどの中に、指揮官に経験を積ませるのは含まれていますか?」
別の兵が答える。
「それもそう。砦から近いから、戦況が悪くなったら直ぐに退却できるからね。無理はしなくていいから気は楽だと思う」
兵は頷く。
「これだけでも指揮官の人物像は何となく想像できるが、他に何かあるのか?」
リュートは片眉を上げてファトストの顔を覗き込む。
「気になったのは、砦から出てきた将だね」
「将? 先ほど『敵の名だたる将が命令を聞く人物』と言っていたが、指揮官の能力によらぬ戦い方なら、人選に意味はないのではないか?」
「帝国はその戦い方から、上位下達の指揮系統が用いられる。言うなれば、格を重んじる傾向にあるんだよね。報告を受けた将の中で、一人だけ別格の者がいた。指揮官はその将に命令できる地位にいる者、なんじゃないかと思ったわけ」
「高貴なお方が、似付かわしくない戦場にいらっしゃっただけだろ。他国の権力争いなど俺たちには関係ない。それに、そんなお飾りみたいな人物が何になる」
「決められた事を、決められた通りに、きちんとこなす。戦いに慣れていない者なら、尚更その傾向が強いだろうね」
リュートは納得したように頷く。
「お前は盤上戦で定跡通りに仕掛けてくる相手に対し、真っ向から迎え撃つ振りをしてこっそり罠を仕掛けるのが得意だったな」軽い舌打ちと共に、リュートは顔を歪める。「あー、思い出しただけで腹が立つ」
リュートは勢いよく器を乾かす。
直ぐ近くにいる杯を持つ兵が酒を注ぐと、その酒瓶をリュートが受け取る。杯の兵が酒を飲み、今度はリュートがその兵に酒を注ぐ。周りの兵は羨ましそうに、また、悔しそうにそれを見ている。
「それで思いついたのが、あの策というわけか」
杯を持つ兵は、リュートから酒瓶を受け取る。
「そういうことになるね」
ファトストは杯に口を付ける。
近くにいる兵が、気を利かせて酒瓶を手に取る。ファトストの杯を覗くが、あまりにも酒が減っていなかったので、何食わぬ顔で他の兵達に酒を注ぐ。
苦笑いを浮かべるファトストを見て、リュートは笑い声を上げる。
ばつが悪そうに、ファトストは干し肉を齧る。
「それで、どの様に策を考えついたのですか?」
先ほどから熱心に話を聞いている兵が、目を輝かせながら尋ねる。
「うーん、そうだなぁ……」
焦らしているかのような時間的空白が生じるが、兵達はじっとファトストの顔を見つめる。
「えっとぉ、……」
ファトストは左下を見た後に右上に視線を動かしたり、鼻を掻いたりと、何かと忙しない。
「お前達」
その声に、兵達はリュートに顔を向ける。
「各々、勝手に解釈しろ」
リュートはファトストの顔を見て、軽く顎をしゃくる。
それを見たファトストは軽く頷く。
「先ずは、敵が打って出てきそうだと報告を受けた時に、『このタイミングかぁ』と思ったんだよね。ここまで何もしてこなかったから、砦付近で陣地を敷いた時に仕掛けてくるとばかり思ってたからさ。それならこちらも行軍を早めて、平地で迎え撃とうと考えていたら、敵は準備を終え進軍し始めたと報告が入った。あまりにも手際が良かったから、よく練られた策だと判断してどうしようか考えたんだよね」
ファトストは杯の横を、人差し指でコツコツと軽く叩く。
「この先にある平地で戦った方が、この地で戦うより有利だったのは分かるよな?」
リュートの補足に対し兵達は頷く。
「なかなか洒落た戦い方をしてくるなと考えていたら、隊の詳細について報告が入った。ここでさっきの話と繋がるんだけど、こんなことを思い付くのは敵将の名を見る限り、一人しかいないんだよ」
「別格とされている将ですか?」
兵の問いにファトストは頷く。
「その敵将が出てくるからあの指揮官が選ばれたのか、指揮官に経験を積ませるために敵将が策を講じたのか分からないけれど、どちらにしろ敵将は砦から出てきた」
言葉の雰囲気から兵達の目が、狩りをする時のそれに変わっていく。
「相手としたら砦を守るために必死だから、その考え方はよく分かる。新たに築かれた砦のため新規の兵が多く、こちらの防衛陣地を攻める時までには練度を上げたい。退路も確保しやすいし、この戦はうってつけのものだっただろうね。もしかしたら、戦というものを指揮官に教えたかったのかもしれない。だから、当該の将が出てきた。そして、これ以降は砦に籠ってしまうだろうな。そんな奴は早々にこの戦からご遠慮してもらわなきゃならないね」
仕留めるべき相手は誰だというのが、兵達の間で共有される。
「地理については、話をしてある?」
「こちらが騎兵や弓兵が多いのを絡めて、多少なりな。帝国式に対応するには、堀や塀の重要性も理解している」
「ありがとう。敵側もそれを警戒していたと思う。平地に差し掛かったら行軍速度が遅くなったのがその証拠だろうね。こちらが防衛策をとっていないか探りたいだろうし、相手が先に平地に着くから、こちらの陣形が整う前に仕掛けようとか色々考えていたんじゃないかな」
「お前にしては何もしないと思っていたが、そういうことか」リュートはニヤリと笑う。「誰かさんのお陰で、王の率いる軍は神出鬼没に現れ、奇想天外な戦い方をしてくると有名だからな。敢えて何もしないことで、相手の猜疑心を刺激したわけか」
リュートがそのままの顔で笑いかけると、ファトストは笑顔で返す。
「そう、優秀な将こそ引っ掛かってくれると思っていたよ」
「その隙に兵の体を休めたり、密かに拒馬を作ったりしたわけだな」
「それも正解」
ファトストは嬉しそうに酒を飲む。今度は、少しだけだがリュートが酒を注ぐ。
二人の姿を、兵達は羨望の眼差しで見つめる。
「勉強になります」
杯を持つ兵の一言により、兵達は思い出したように酒を飲む。
「どうだ?良い酒の肴だろ?」
「はい」「ええ」「確かに」
リュートの問いかけに兵達は各々に声を上げる。
その様子を見て、リュートは優しく微笑み手に持った酒瓶を振る。
「はっ、今すぐ」
一人の兵が直ぐに立ち上がり、空いた瓶を手にして駆け出す。
「こいつは、こうやって人のことを小馬鹿にして、自分の策に嵌る奴を見て楽しむ様な意地の悪いやつなんだよ」
リュートはファトストの肩をバシバシと叩く。
「それは不正解。何だ、お前。酔ってきたのか?」
「多少は、な」
「尋常じゃない量を飲んでいるのに、多少なのかよ」
ファトストにつられてリュートも笑う。
カチャカチャと陶器がぶつかる音を立てながら、兵が大量の酒瓶を抱えて戻ってくる。
今いる人数に対してあまりにも数が多いため、ファトストは呆れながら肩を竦める。
「それでは、我らのお待ちかねの話でもしてもらおうかな」
リュートは口を腕で拭った後、兵に器を向け酒を注いでもらう。
兵達も前掛かりになる。
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