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とある王国の物語 プロローグ
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ファトストは、兵達から向けられる視線に頭を掻く。
「そんなに期待されても困るんだけどな」
苦笑いとも、照れ笑いともとれる笑顔をファトストは浮かべる。
「おや? 顔が赤いが、おかしいな。皆に話をするために酒の量を控えていたはずなのに、その程度で酔っ払ったか?」
「うるさい」
場が笑い声に包まれる。
「何ならここで止めるが、良いのか?」
「すまん、すまん。冗談だ」
ファトストは鼻息荒く、酒をぐいっと飲む。
「おい、おい、止めてくれ。こちらは謝っているじゃないか」
兵に酒を注がれると、ファトストは再び杯に口を付ける。
「お願いだから、本当に止めてくれ。お前が思いついた通りに話をされると、慣れていない兵達は困惑してしまう」
リュートの言葉を聞いて、差し出された杯に酒を注ぐのを躊躇っている兵に向かって、ファトストは押し付けるように更に杯を差し出す。リュートが頷くのを確認すると、兵は酒を注ぐ。
ファトストは、それに口を付けずに、手を添えたままの状態にして杯を卓の上に載せる。
「お前達、笑ったな?」
ゆっくりと告げられたファトストの言葉に、数人の兵が息を呑む。
「気にするな。こいつなりの冗談だ」
リュートが肩に手を置くと、ファトストは笑い出す。しかし、先ほどの様に笑い声は上がらず、兵達は酔いが醒めた顔をして互いの顔を確認する。
「怖がらせてしまったかな」
ファトストは屈託のない笑顔で、酒をちびりと飲む。
「それはそうだろ、幾つもの戦場をレンゼスト様の頭脳として先代の王に付き従い、今上が幼き頃は若くして教育係の一人となった人物だ。恐れぬわけがない」
兵達は、畏れる者、敬意を払う者と、様々な面持ちでファトストに視線を向ける。
「そんな、大袈裟な。偶々だよ、偶々。自分からは何も決められないから、人から求められるまま生きてきたらそうなっただけだよ」
「お前は昔からそうだ、自分の価値というものを分かっていない。片田舎の悪ガキが悪戯をするためにお前の知恵を借りたのなら謙遜に聞こえなくもないが、相手が相手だけに嫌味にしか聞こえないぞ」
リュートは鼻で笑う。
「気を悪くさせたら謝るよ。そんなつもりは微塵もないよ」
「今回もレンゼスト様が許したら、前線に出るつもりだったんだろ?」
「まあ、そうだね。それを求められれば、になるけれど」
「ほらな。お前を失ったら国にどれほどの損害が出るか、予測すら難しいというのが分かっていない」
「俺には勿体無い話だけれど、理解はしてるよ」
ファトストは杯に口を付ける。
「いーや、分かってない」
「分かってるって言ってるだろ」
ファトストの語気が荒くなったため、兵達は身構える。
「おっと、調子が出てきたじゃないか。やっと酒が回ってきたか?」
リュートはニコニコと笑う。
それを見たファトストは眉間に皺を寄せて唇を噛み締めるが、深く息を吐いて気持ちを整える。そして、ゆっくりと差し出された酒瓶に杯を近付ける。
「お前達には申し訳ないが、やはりこいつはこれぐらいの方が面白い」
己の隊の長が楽しそうにしているので、兵達も状況を察する。
「今の方が良いんじゃないのかよ?」
「隊の長としてならそうだが、友とならば昔の方が馴染みがある」
リュートは器を持ちながら、大袈裟に肘を突き出してみせる。
「お前こそ素直になれよ」
ファトストは杯を持ったまま、向けられた肘に腕を絡ませる。お互いの目が合うと、二人は一気に杯を乾かした。
「お前達、悪いな。見ての通りになってしまった。これから突拍子もないことをが言うかもしれないが、理解できなかったらこいつの酔いが醒めた頃に聞いてくれ」
畏れ多くて出来ぬことだと、兵達は顔を見合わせる。
「それならお前の出番だ」
リュートはファトストの近くに陣取り、先ほどから熱心に話を聞いている兵に向かって顎を振る。
兵はファトストと目が合うと深々と頭を下げる。
「何か聞きたいことはある?」
先ほどから兵が唇を動かしているのが気になっていたため、ファトストは尋ねる。
「宜しいですか?」
「どうぞ」
ファトストは、兵達がリュートに向けるものとは似て非なる、羨望の眼差しで見つめる兵に笑顔を返す。
「奥の平地と畑の間にも似たような地形があります。畑まで引き込んだ理由は、拒馬を据え付ける根枷を地中に入れ込むため、耕してある方が都合が良いためだと考えます。如何ですか?」
「良く気が付いたね。他にも言いたそうだけれど、取り敢えずそれに答えると、逆かな。運び入れ易いというのは、運び出し易いという事だから、どうしようか考えたら思い付いただけかな。それで?」
兵は頷く。
「ありがとうございます。聞きたかった事は、少しでも敵の退路を長くするために、あの場を選ばれたのですか?」
「もう少し詳しく聞こうか」
「戦にて兵をより多く失うのは、退却時に追撃を受ける時です。少しでも距離を稼ぐためにあの地を選ばれたと考えます」
「それで?」
ファトストは楽しそうに杯に口を付ける。
「リュゼー隊の別働隊にて退路を遮断しました。それに合わせる様にリュゼー隊の本体は、山側に敵が逃げるのを防いでいるように見受けられました。平地を選んで追撃戦をするのは、帝国兵と傭兵を判別しやすくしたのではないかと思います」
「うん、うん」
「それなのに、河側ではそういった動きがありせんでした。それは何故ですか?」
「思った通りだと思うよ」
兵は空唾を飲み込む。
「河の深さまで調べているのですか?」
「そこまでは調べないけど、あの幅と水量なら大体の想像はつくよね。結果として帝国兵が深みに嵌ってくれたから、思った通りになっただけだけど」
兵は口を隠すように、手を顔に当てる
「俺たちが手を下さずとも、水が敵の相手をしてくれるということだな」
リュートがファトストの杯に酒を注ぎ足す。
「重装歩兵は当然ながら、集団戦術を行う兵も重い鎧を着ているのに対し、傭兵は軽装の者が多く、泳いで逃げたとしたら助かる確率が高いというわけですか。なんと恐ろしい」
ファトストは軽く咳払いをする。
「失礼しました。口を滑らせてしまいました」
ファトストは気にするなと、笑顔を返す。
「それにいつ気が付いた?」
「我等の隊が敵本隊を叩く際、敵兵は新たな戦場を避けて河へと逃げていました。もしやと思い、少し調べたところこの考えに行き着きました」
「へー、面白いね」
ファトストは兵の顔をまじまじと見る。
「君、名前は?」
兵は驚きと共に歓喜の表情を浮かべる。
「スタットだ」
リュートが代わりに答える。
ファトストは酒瓶を差し出す。
「ありがとうございます」
スタットは緊張した面持ちで、ファトストから酌を受ける。
「俺にとっては、レンゼスト様にとってのお前だ。お前と同列に並べると、本人は恐縮するだろうがな」
「確かに利発そうな顔をしている。隊長がこんなやつだと、色々と大変でしょ?」
スタットは顔を困らせて口を紡ぐ。
それを見てリュートは、スタットを手招きをする。パーーーンと、良い音がする。兵達の笑い声が響き、スタットは嬉しそうに頭を押さえる。
「君だったんだね。リュートから話を聞いているよ」
「えっ? そんな……」
スタットは落ち着きなく何度か首を振ると、リュートを色々な感情が入り混じった顔で見つめる。
リュートは何も言わずに酒を口にする。
「モンテスです」
突然、顔を赤らめた兵がファトストに向かって名を告げる。
「おい、抜け駆けするな」
杯を手にする兵が、モンテスを窘める。
「うるさい、オーセン。俺は、隊ではリュート様の次に剣の腕が立つ。名を覚えてもらって当然だろうが!」
「何を! 弓ではお前より俺の方が腕が立つ。弓は王国の誇りだ」
徐にリュートは立ち上がる。用を足しに行くのかとファトストは思ったが、兵達は素早く酒瓶を手に取る。
次の瞬間、手前に座るオーセンの顔にリュートは拳をめり込ませる。オーセンは人形のように横に倒れ込む。それを見ていたはモンテスは立ち上がって、直立する。呆気に取られているファトストを尻目に、モンテスが吹き飛ぶ。よろめいたとか、踏鞴を踏んだなどではない。文字通り、大の大人が吹き飛んだ。
「おい!」
ファトストは慌ててリュートに詰め寄る。
「心配するな、うちではいつもこうだ」
リュートは手を振りながら、大したことではないとファトストを見返す。
モンテスは口から赤いものを吐き出して、元の場所に座る。倒れ込んだオーセンも座り直す。それから、お互に酒を注ぎ合うと、腕を絡めて酒を飲む。沁みるのだろう、お互いに顔が少し歪む。
一連の出来事の中で、周りにいる者が誰一人として騒いでいない。事が済むと酒瓶を置き、談笑を始めている。リュートが言うように、いつものことなのだろう。
「さあ、飲み直そうか」
リュートは二人の兵から交互に酒を注いでもらう。
「これで出来た傷なんて、飲めば治るとか言ってそうだな」
リュートはニヤリと笑う。
「そんなに期待されても困るんだけどな」
苦笑いとも、照れ笑いともとれる笑顔をファトストは浮かべる。
「おや? 顔が赤いが、おかしいな。皆に話をするために酒の量を控えていたはずなのに、その程度で酔っ払ったか?」
「うるさい」
場が笑い声に包まれる。
「何ならここで止めるが、良いのか?」
「すまん、すまん。冗談だ」
ファトストは鼻息荒く、酒をぐいっと飲む。
「おい、おい、止めてくれ。こちらは謝っているじゃないか」
兵に酒を注がれると、ファトストは再び杯に口を付ける。
「お願いだから、本当に止めてくれ。お前が思いついた通りに話をされると、慣れていない兵達は困惑してしまう」
リュートの言葉を聞いて、差し出された杯に酒を注ぐのを躊躇っている兵に向かって、ファトストは押し付けるように更に杯を差し出す。リュートが頷くのを確認すると、兵は酒を注ぐ。
ファトストは、それに口を付けずに、手を添えたままの状態にして杯を卓の上に載せる。
「お前達、笑ったな?」
ゆっくりと告げられたファトストの言葉に、数人の兵が息を呑む。
「気にするな。こいつなりの冗談だ」
リュートが肩に手を置くと、ファトストは笑い出す。しかし、先ほどの様に笑い声は上がらず、兵達は酔いが醒めた顔をして互いの顔を確認する。
「怖がらせてしまったかな」
ファトストは屈託のない笑顔で、酒をちびりと飲む。
「それはそうだろ、幾つもの戦場をレンゼスト様の頭脳として先代の王に付き従い、今上が幼き頃は若くして教育係の一人となった人物だ。恐れぬわけがない」
兵達は、畏れる者、敬意を払う者と、様々な面持ちでファトストに視線を向ける。
「そんな、大袈裟な。偶々だよ、偶々。自分からは何も決められないから、人から求められるまま生きてきたらそうなっただけだよ」
「お前は昔からそうだ、自分の価値というものを分かっていない。片田舎の悪ガキが悪戯をするためにお前の知恵を借りたのなら謙遜に聞こえなくもないが、相手が相手だけに嫌味にしか聞こえないぞ」
リュートは鼻で笑う。
「気を悪くさせたら謝るよ。そんなつもりは微塵もないよ」
「今回もレンゼスト様が許したら、前線に出るつもりだったんだろ?」
「まあ、そうだね。それを求められれば、になるけれど」
「ほらな。お前を失ったら国にどれほどの損害が出るか、予測すら難しいというのが分かっていない」
「俺には勿体無い話だけれど、理解はしてるよ」
ファトストは杯に口を付ける。
「いーや、分かってない」
「分かってるって言ってるだろ」
ファトストの語気が荒くなったため、兵達は身構える。
「おっと、調子が出てきたじゃないか。やっと酒が回ってきたか?」
リュートはニコニコと笑う。
それを見たファトストは眉間に皺を寄せて唇を噛み締めるが、深く息を吐いて気持ちを整える。そして、ゆっくりと差し出された酒瓶に杯を近付ける。
「お前達には申し訳ないが、やはりこいつはこれぐらいの方が面白い」
己の隊の長が楽しそうにしているので、兵達も状況を察する。
「今の方が良いんじゃないのかよ?」
「隊の長としてならそうだが、友とならば昔の方が馴染みがある」
リュートは器を持ちながら、大袈裟に肘を突き出してみせる。
「お前こそ素直になれよ」
ファトストは杯を持ったまま、向けられた肘に腕を絡ませる。お互いの目が合うと、二人は一気に杯を乾かした。
「お前達、悪いな。見ての通りになってしまった。これから突拍子もないことをが言うかもしれないが、理解できなかったらこいつの酔いが醒めた頃に聞いてくれ」
畏れ多くて出来ぬことだと、兵達は顔を見合わせる。
「それならお前の出番だ」
リュートはファトストの近くに陣取り、先ほどから熱心に話を聞いている兵に向かって顎を振る。
兵はファトストと目が合うと深々と頭を下げる。
「何か聞きたいことはある?」
先ほどから兵が唇を動かしているのが気になっていたため、ファトストは尋ねる。
「宜しいですか?」
「どうぞ」
ファトストは、兵達がリュートに向けるものとは似て非なる、羨望の眼差しで見つめる兵に笑顔を返す。
「奥の平地と畑の間にも似たような地形があります。畑まで引き込んだ理由は、拒馬を据え付ける根枷を地中に入れ込むため、耕してある方が都合が良いためだと考えます。如何ですか?」
「良く気が付いたね。他にも言いたそうだけれど、取り敢えずそれに答えると、逆かな。運び入れ易いというのは、運び出し易いという事だから、どうしようか考えたら思い付いただけかな。それで?」
兵は頷く。
「ありがとうございます。聞きたかった事は、少しでも敵の退路を長くするために、あの場を選ばれたのですか?」
「もう少し詳しく聞こうか」
「戦にて兵をより多く失うのは、退却時に追撃を受ける時です。少しでも距離を稼ぐためにあの地を選ばれたと考えます」
「それで?」
ファトストは楽しそうに杯に口を付ける。
「リュゼー隊の別働隊にて退路を遮断しました。それに合わせる様にリュゼー隊の本体は、山側に敵が逃げるのを防いでいるように見受けられました。平地を選んで追撃戦をするのは、帝国兵と傭兵を判別しやすくしたのではないかと思います」
「うん、うん」
「それなのに、河側ではそういった動きがありせんでした。それは何故ですか?」
「思った通りだと思うよ」
兵は空唾を飲み込む。
「河の深さまで調べているのですか?」
「そこまでは調べないけど、あの幅と水量なら大体の想像はつくよね。結果として帝国兵が深みに嵌ってくれたから、思った通りになっただけだけど」
兵は口を隠すように、手を顔に当てる
「俺たちが手を下さずとも、水が敵の相手をしてくれるということだな」
リュートがファトストの杯に酒を注ぎ足す。
「重装歩兵は当然ながら、集団戦術を行う兵も重い鎧を着ているのに対し、傭兵は軽装の者が多く、泳いで逃げたとしたら助かる確率が高いというわけですか。なんと恐ろしい」
ファトストは軽く咳払いをする。
「失礼しました。口を滑らせてしまいました」
ファトストは気にするなと、笑顔を返す。
「それにいつ気が付いた?」
「我等の隊が敵本隊を叩く際、敵兵は新たな戦場を避けて河へと逃げていました。もしやと思い、少し調べたところこの考えに行き着きました」
「へー、面白いね」
ファトストは兵の顔をまじまじと見る。
「君、名前は?」
兵は驚きと共に歓喜の表情を浮かべる。
「スタットだ」
リュートが代わりに答える。
ファトストは酒瓶を差し出す。
「ありがとうございます」
スタットは緊張した面持ちで、ファトストから酌を受ける。
「俺にとっては、レンゼスト様にとってのお前だ。お前と同列に並べると、本人は恐縮するだろうがな」
「確かに利発そうな顔をしている。隊長がこんなやつだと、色々と大変でしょ?」
スタットは顔を困らせて口を紡ぐ。
それを見てリュートは、スタットを手招きをする。パーーーンと、良い音がする。兵達の笑い声が響き、スタットは嬉しそうに頭を押さえる。
「君だったんだね。リュートから話を聞いているよ」
「えっ? そんな……」
スタットは落ち着きなく何度か首を振ると、リュートを色々な感情が入り混じった顔で見つめる。
リュートは何も言わずに酒を口にする。
「モンテスです」
突然、顔を赤らめた兵がファトストに向かって名を告げる。
「おい、抜け駆けするな」
杯を手にする兵が、モンテスを窘める。
「うるさい、オーセン。俺は、隊ではリュート様の次に剣の腕が立つ。名を覚えてもらって当然だろうが!」
「何を! 弓ではお前より俺の方が腕が立つ。弓は王国の誇りだ」
徐にリュートは立ち上がる。用を足しに行くのかとファトストは思ったが、兵達は素早く酒瓶を手に取る。
次の瞬間、手前に座るオーセンの顔にリュートは拳をめり込ませる。オーセンは人形のように横に倒れ込む。それを見ていたはモンテスは立ち上がって、直立する。呆気に取られているファトストを尻目に、モンテスが吹き飛ぶ。よろめいたとか、踏鞴を踏んだなどではない。文字通り、大の大人が吹き飛んだ。
「おい!」
ファトストは慌ててリュートに詰め寄る。
「心配するな、うちではいつもこうだ」
リュートは手を振りながら、大したことではないとファトストを見返す。
モンテスは口から赤いものを吐き出して、元の場所に座る。倒れ込んだオーセンも座り直す。それから、お互に酒を注ぎ合うと、腕を絡めて酒を飲む。沁みるのだろう、お互いに顔が少し歪む。
一連の出来事の中で、周りにいる者が誰一人として騒いでいない。事が済むと酒瓶を置き、談笑を始めている。リュートが言うように、いつものことなのだろう。
「さあ、飲み直そうか」
リュートは二人の兵から交互に酒を注いでもらう。
「これで出来た傷なんて、飲めば治るとか言ってそうだな」
リュートはニヤリと笑う。
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