王国戦国物語

遠野 時松

文字の大きさ
95 / 148
本編前のエピソード

雲の行き先 33 大広間へ

しおりを挟む
「仲良くなっていたじゃないか。最後は、『お前』呼ばわりだったな」
「はい」
 ドロフはリュゼーに杯を手渡す。
「ありがとうございます」
 気が付いたら喉がカラカラに渇いていた、ありがたい。
「その杯一つでお前の給金一年分だからな」
 吹き出すのを必死に堪える。
 さっきまで美味しかった果実水の味が、突然しなくなった。残りを喉に流し込んで、壊さないうちに近くのテーブルに返しておく。直ぐさま使用人がそれを下げた。
「何か言われたみたいだな」
「はい」
 成功を喜んでくれているのか、悪戯が成功して喜んでいるのか分からないが、ドロフは笑っている。
 ここで嬉しがるのはおかしいと、周りに思わせないための優しさからくる、ちょっとした悪戯心だと思う。こうなれたのもこの人のお陰だ。喜び方は直接的ではないが、これはこれで嬉しい。
「ありがとうございました」
 リュゼーは人の流れの邪魔にならないよう気を付けながら、ドロフの近くに避ける。顔を向けて続きを話そうとすると、ドロフはそれを止める。
「それはお前が手に入れた情報だ。使いどころはお前が考えろ。もちろん、今じゃない」
 リュゼーは止められた息をはき出す。
「分かりました。必要と感じたら直ぐにお伝えします」
「その情報を知っているからこそ、お前だけが気が付くことがある。それはお前を罠に嵌めるための偽の情報かもしれない、それを判断するのもお前の仕事だ。それにだ、重要だと思ったものはなるべく自分だけが知っている状況を作れ。他人と無理に共有する必要はない」
「良いのでか?」
「いつまでも隠し通せとは言っていない、切り札を多く持てと言っているんだ。これだけは間違いがない、情報は自分の身を助けることになる。現にそうだろ?」
「えっ、?」
「気を抜きすぎだ」
 確かに浮ついていた。
「はい」
「同じエルメウス家なのに、見習いがどんなヤツかと気になって仕方ないらしい。モテモテじゃないか。相手の気持ちを敏感に感じ取らなければ、持てる男にはなれないぞ」
「いえ、皆様の足元にも及びません。これからも色々なものを手にできるように精進して行きます」
 これだけ見張られていれば、確実に二人の会話は聞き取られている。情報は筒抜けになっていただろう。漏洩は情報元との信頼関係に傷が付く。それだけならまだしも、相手の身を危うくしてしまうかもしれない。
 考えろ。には、色々な意味が込められていたのだと新たに知る。
「どうした、いきなり畏まって。誰かに聞かれているのか?」
「いつもと何ら変わりはないと思います。むしろ、いつもより砕けているぐらいです」
 ドロフはニヤリと笑う。
「まあ、いいか。今は時間がない。お前が握ったものは、ただ単に好きな色を教えてもらっだだけなのかもしれない。しかし、本人から教えてもらったということが大事なのだ」
「はい。情報が正確なのも大切ということですね。そのために良い信頼を築くのを心掛けます」
「礼儀正しくしているが、本当に分かっているか? 今後大きなお得意様となり得る人物から、お前は担当を指名されたんだぞ」
 言われて気が付いたリュゼーを見て、ドロフは鼻を鳴らす。
「本家もあいつとどうやって縁を築くか、色々と考えていたと思うぞ。ところがお前はすでにあいつと縁を結んだ。良かったじゃないか、大手柄だ。そんなやつがどんなヤツか気になってるだけなのに、自分の品行方正さを謳う馬鹿はいないよな。信頼関係も何も、見習いのくせして身分を飛び越えた話をするなら、笑い話を一つでもした方がその者たちと距離が縮まるのではないか?」
 ドロフは嬉しそうに笑う。
「えっ、あっ……」
 何か答えようとするが、周りが気になり何も言葉が出てこない。気のせいかもしれないが、笑い声が聞こえる気がする。
 そうこうしている間に、部屋内が騒がしくなる。使用人に名を呼ばれる人物は、全員部屋から出て行ったらしい。
 人の移動が始まる。
「名を呼ばれた者は、テーブルから動くことがない」
 ドロフが話し始める。
「そのテーブルへ、名を呼ばれなかった者たちは自分のテーブルから離れて挨拶に行く。ここにいる全ての者と同じく、俺たちはそれだ。商いの話なら——」
 会話の途中でドロフは歩き始める。
 仕事の話題となってしまったら、諦めるしかない。聞きたいことは沢山あるが、それはまたの機会だ。
 リュゼーは深く息を吸って、横に並ぶために歩を早める。
「交渉の窓口は多い方が良い。本来なら一人で動くものだが、今回は特別に俺とお前でひと組だ」
「はい」
「話に入ってこれそうだったら入ってこい。こっちで上手くやる」
「お願いします」
「しくじるなよ。もし、しくじったら自分で後始末しろよ」
「はい」
 リュゼーは力強く頷く。
 名を呼ばれなかった者は各々で、好きな扉から大広間へと入っていく。
 エルメウス家の者たちは先を譲る素振りをしているが、それぞれ特定の、商人の背中を目で追っている。
 扉から少し離れた位置で待機していたドロフの目が、一人の男に向けられる。しばらく大広間に入ったその男の動向を探った後、その男が通った所とは別の扉から中へと入っていく。
 リュゼーはチャントールという商人の情報を頭の中で整理しながら、その背中に付いて行く。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。 選んだ職業は“料理人”。 だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。 地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。 勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。 熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。 絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す! そこから始まる、料理人の大逆転。 ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。 リアルでは無職、ゲームでは負け組。 そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。

勇者パーティのサポートをする代わりに姉の様なアラサーの粗雑な女闘士を貰いました。

石のやっさん
ファンタジー
年上の女性が好きな俺には勇者パーティの中に好みのタイプの女性は居ません 俺の名前はリヒト、ジムナ村に生まれ、15歳になった時にスキルを貰う儀式で上級剣士のジョブを貰った。 本来なら素晴らしいジョブなのだが、今年はジョブが豊作だったらしく、幼馴染はもっと凄いジョブばかりだった。 幼馴染のカイトは勇者、マリアは聖女、リタは剣聖、そしてリアは賢者だった。 そんな訳で充分に上位職の上級剣士だが、四職が出た事で影が薄れた。 彼等は色々と問題があるので、俺にサポーターとしてついて行って欲しいと頼まれたのだが…ハーレムパーティに俺は要らないし面倒くさいから断ったのだが…しつこく頼むので、条件を飲んでくれればと条件をつけた。 それは『27歳の女闘志レイラを借金の権利ごと無償で貰う事』 今度もまた年上ヒロインです。 セルフレイティングは、話しの中でそう言った描写を書いたら追加します。 カクヨムにも投稿中です

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...