王国戦国物語

遠野 時松

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とある王国の エピソード

とあるエピソード お灸 開戦前 上

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「おかえりなさいませ」
 部隊の長であるロンビアは、レンゼストから手綱を受け取る。
 レンゼストから少し遅れて、ライロスが馬から降りる。
「どうだ?」
 ライロスは、部隊長の一人であるショーセンに手綱を渡しながら訊ねる。
「整っております」
 ショーセンが答える。
「予定通りとなりますか?」
 ロンビアの問い掛けに、ファトストは馬を降りながら肯く。
「それならば」
 ロンビアは兵に馬を託すと、その場を離れる。「私も」と、同様にしてショーセンも後を追う。
「こちらは山の裾野を守れば良い。お主はどうする、見に行くか?」
 レンゼストは四方を幕で囲っただけの陣幕へと入る前に、ファトストへ声を掛ける。
「ロンビア様なら心配いらないでしょう」
 ファトストは兵に手綱を手渡す。
「そうか、それなら中へ入れ」
 レンゼストは顎先を陣幕内へと振る。
「承知しました」
 ファトストは後に続く。



 一つだけ用意された椅子にレンゼストは座り、卓に置かれた水差しを手に持つと、直に水を飲む。
「落ち着かれましたか?」
 レンゼストは、心配して笑いながら近付いてくるファトストの顔を見る。
「お前はどう思う?」
「引き分けではなく、勝つけど負ける。そんな戦いになりそうですね」
 レンゼストも同じ意見なのか、腕を組みながら口を固く結び、鼻から息を抜きながら顎を引く。
 ライロスが「私も同じ意見です」と、レンゼストの横に控える。
「灸を据えるとはいっても犠牲が増えるのはうまく無い。二人の言う通り、こちらは暫く停滞しそうだな」
「海岸線戦が苛烈なものになりそうです。時を合わせるなら丁度良いですが、こちらから援軍となると難しくなるかもしれません」
 この状況で敵に背を向けて援軍など行けない。
「士気が高いのは結構だが、唯の蛮勇になってしまっておるからな。殻に閉じこもっている相手には不要な勇気だ。焦る必要はないのだから、じっくりと弱らせれば良いものを」
 レンゼストは再び水差しを手にすると、勢いよく呷ってから口を袖で拭い、雑にテーブルの上に置く。
 敵が湿地帯の川に橋を掛けているためお互いの距離は縮まるも、攻め時はここではないと判断したエルドレ側と士気を取り戻したハオス側とで意見が分かれ、小規模ながらハオス軍が単独で攻撃を開始する。しかし、敵の堅固な守りにハオス軍は攻めあぐね、いらいらを募らせた結果がこれなので、レンゼストがやりきれない気持ちを抱くのも理解できる。
「お気持ちはわかりますが、今回は致し方ないのかもしれません」
「もう少し後ならば、まだ許せる」
「確かに時間を掛ければこの様なことは避けられたかもしれません、ですが——」
「分かっている」
 それ以上は言うなと、レンゼストは言葉を被せる。ファトストはゆっくりと頷いた後、尚も続ける。
「味方がやられる姿を見つつ、それを我慢するのは心苦しいとは思いますが、何卒、お願いします」
 レンゼストは表情を変えずにそれを聞き終えると、ファトストの方に顔を向ける。何か策はないかと目を見つめるが、ファトストは首を横に振る。
「ここまでくれば、これが最善です」
「そうか」
 それ以上は何も言わずに、レンゼストはゆっくりと前を向き腕を組む。
「他の策をお聞きになりますか?」
「そうだな、なるべく苛烈なやつを頼む」
 ファトストは胸の前で手を重ね、深々と頭を下げる。
「こちら右翼は、敵陣地攻撃と共に敵後方の遊軍へも攻撃を開始します。所々が沼地の為、ショーセンの部隊が活躍してくれるでしょう。次に、士気の高さを買って左翼を突撃させ、中央はハオス軍のクロスボウ隊を主力として進ませます」
「クロスボウとは、ハオス式の弩か。畜産が盛んだと色々な筋が手に入るから、面白いものが生まれるな。それで我はどう動けば良いのだ」
「はい、左翼が中央部まで進めばそれで良し、押し戻された場合は大外より敵陣地内へ突入して頂き、敵将を打ってもらいます」
「生きては戻ってこれなさそうな策だな」
「中央、右翼に脱出経路を確保する予定ですが、隊の大半は失うでしょう」
「右翼からも楽しそうだな」
 レンゼストは顎をしゃくって、次の策を求める。
「それならば、小細工は必要ありません。総力戦にて敵を殲滅します」
「それしか無いな」
「はい」
 レンゼストは鼻からゆっくりと、長い息を吐く。
「そうやって苛烈に勝利を掴み皆の士気を高めるのと、相手をじっくりと弱らせて追撃にて相手を削るのと、今後にとってはどちらが重要なのだろうな」
 残念ながら、今回の策はそのどちらでもない。
「重要なのは、いま一度だけ帝国兵は手強いというのを感じてもらい、戦は気分でするものではなく策を持ってやるものだと認識してもらうことです」
「ハオス軍に、敵はこちらの思い通りに動くと勘違いをさせたお主が責任を持って、それは違うとあとでしっかりと教えるのだぞ」
「承知しました」
 レンゼストの眉根にあった皺は、すっかり無くなっている。
「お主は本当に厄介事を引いてくる。己の趣味として、態とやっているわけでは無いな?」
「度々それを聞かれますが、その様な変わった趣味は持っていません」
「そうか」レンゼストは笑う。「こちらとしてはどちらでも良いがな。今回もしっかりと励むのだぞ」
「微力ながらお供致します」
 レンゼストは満足そうに立ち上がると、陣幕の外に出て行く。ファトストとライロスが外に出ると、陣幕は早々に畳まれた。
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