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とある王国の エピソード
とあるエピソード お灸 開戦前 下
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こちらの動きを察知した敵は、湿地帯に馬車を通すために築いている橋の建設を中止し、陣地内で守りを固めている。
エルドレ・ハオス連合軍は当初の予定通りに配置し、その周りを囲む。
「報告!」
一人の兵がレンゼストの元に現れ、胸に拳を当てる。
「ハオス軍、配置が完了したとのこと」
レンゼストは険しい顔をして、平地に陣を敷くハオス軍の方に目を遣る。
「ご苦労様」
「はっ!」
代わりに答えたファトストに促され、兵はその場から離れる。
「左側ですが、少々前に出過ぎかもしれませんね」
ファトストは、レンゼストの視線を追って平地へと目を向け、将の眉根に皺が寄る理由を口に出す。
「少しばかり、気負い過ぎだな」
話し好きのレンゼストだからこそ、口数の少なさに複雑な心中を察してしまう。
「籠る相手は、得てして消極的に見えますからね」
先の戦で敵側は、負けるのが濃厚になると早々に退却を決定した。それにより、軍としての機能を保てるぐらいの数が残っている。その敵兵が静かなのだ。これだけで一筋縄ではいかないのは分かる。
「囲まれているのにああいった気を出す奴等は厄介だ。黙っているのはこちらの隙を窺っているだけだと、ハオスも気が付かないわけがない。味方として心苦しいが、そんな奴等を相手にするということを、ハオスのやつらは分かっていない」
さらに悪いことに、率いる敵将は優秀だ。
こんな悪条件の中、こちらから仕掛ける理由を答えられる者は、平地で己を奮い立たせるために叫ぶ者の中に誰一人としていないだろう。
「人の心とは操れぬものであって、それを読むのはさらに難しいものですね」
利や理では無く、心持ちで戦は起こる。
「あの様な気に当てられて退路がまだ出来ていないとなったら、相手は腹を決めるしかない」
「確かに、逃げ道があればこそ心は折れやすくなります。あとの無い者の気迫は、尋常では無いですからね」
相手はあの場に陣地を築けば、沼地に橋を通し切る自信があるのだ。
「守りを固めた相手に対して、蛮勇だけで押し崩せたら苦労はせん」
レンゼストはライロスから兜を受け取る。
「コーライ様はそれをご理解しており、少しでも勝率を上げようと兵を鼓舞しているのでしょう」
コーライは後方に設けられた本陣から離れ、各部隊を巡っている。
「それを理解して同じことをしている者が、あの場にどれだけいるというのだ」
レンゼストはライロスからファトストへと目を移し、平地に向かって顎を振る。
「敵が退却を始めるまで待てば良いものを。何を考えてああやってはしゃいでいるのだ、あの馬鹿者共は」
この先にある峠を越えると、帝国の支配が及ぶ地域となる。こちらの兵力を考えれば決戦となり得る野戦は回避し、追撃戦や消耗戦に重きを置きたい。
「お主は、どう考える?」
静まり返った敵の陣地とは対照的に、ハオス軍内では士気を上げるために各将校から檄が飛び、兵たちは鬨の声を上げる。
「獲物を見つけた犬は、吠えて主人に知らせます」
「ほほぉ。弱い犬ほど、とは答えぬか。それならば、責任を持って逆なことをしていると教えてやるのだぞ」
「その暁には、塩を振っただけのチュウの素揚げをお持ちします」
「それは楽しみだ。チュウ狩りなど、幼き頃しかしないからな」
レンゼストは兜を被り、徒手にて弓を番える真似をする。
「巣に篭るチュウには無言で近付くに限る。騒いで近付いたら、直ぐに巣の奥まで逃げられるからな」弦を十分に引き、敵陣に向けて虚の矢を放つ。「闇夜に紛れて出てきたところを、矢で仕留める。どの穴から出てくるか、その見極めが腕の見せ所だ」
レンゼストの元に馬が届けられる。
「私は犬での狩りもやるので、畑を守るためにたまにチュウ狩りをやります」
「犬での狩りも面白いからな、醍醐味といえばチュウとの駆け引きだ。大きな音が聞こえると、警戒のためにチュウは動きを止めて周りを確認する。それを利用してチュウが巣へと逃げ込む瞬間に声を出し、飛び出した犬により美味しい素揚げが食べられる。駆除なら犬へのご褒美にも最適だ」
レンゼストは愛馬の首を撫でる。
「はい。じっくりと圧を掛けて、飛び出してきたやつを狩ったりもしました。幼き頃、チュウは良いおやつでした」
「こうなる前にそれら訓練が出来ていたなら、お前はどの策を選んだ?」
「いつでも私は、レンゼスト様のご気分に合わせます」
レンゼストは楽しそうに笑う。
「その顔からは何か悪巧みをしている匂いがするな、面白い。これがお主の言うチュウ狩りなら、もう一つ狩りの仕方がある。逃げ道に何を仕掛けた?」
気が付いてもらえたファトストは嬉しそうに笑い返し、頭を下げる。
「帝国兵は逃げ果せだとしても、そこには十分な食べ物はありません」
「焼いたのか?」
レンゼストの眉に力が入る。
「いえ、買い占めていただきました」
「なんと」
レンゼストの眉根に皺が寄る。
「今後のことも考え、無理を言ってやってもらいました。それにより民が飢えることはありません。それを無理矢理奪うような輩がいなければの話ですが」
レンゼストの眉は上がり、笑みが溢れる。
「あのエルメウス家か」
「はい、おっしゃる通りです。先ほど、概ね成功の報が入りました。いかが致しますか?」
レンゼストは兜を脱いでライロスに手渡す。
「それならば、ここは派手にやりたいのう」
「承知しました」
ファトストは胸の前で手を重ね、深々と頭を下げる。
エルドレ・ハオス連合軍は当初の予定通りに配置し、その周りを囲む。
「報告!」
一人の兵がレンゼストの元に現れ、胸に拳を当てる。
「ハオス軍、配置が完了したとのこと」
レンゼストは険しい顔をして、平地に陣を敷くハオス軍の方に目を遣る。
「ご苦労様」
「はっ!」
代わりに答えたファトストに促され、兵はその場から離れる。
「左側ですが、少々前に出過ぎかもしれませんね」
ファトストは、レンゼストの視線を追って平地へと目を向け、将の眉根に皺が寄る理由を口に出す。
「少しばかり、気負い過ぎだな」
話し好きのレンゼストだからこそ、口数の少なさに複雑な心中を察してしまう。
「籠る相手は、得てして消極的に見えますからね」
先の戦で敵側は、負けるのが濃厚になると早々に退却を決定した。それにより、軍としての機能を保てるぐらいの数が残っている。その敵兵が静かなのだ。これだけで一筋縄ではいかないのは分かる。
「囲まれているのにああいった気を出す奴等は厄介だ。黙っているのはこちらの隙を窺っているだけだと、ハオスも気が付かないわけがない。味方として心苦しいが、そんな奴等を相手にするということを、ハオスのやつらは分かっていない」
さらに悪いことに、率いる敵将は優秀だ。
こんな悪条件の中、こちらから仕掛ける理由を答えられる者は、平地で己を奮い立たせるために叫ぶ者の中に誰一人としていないだろう。
「人の心とは操れぬものであって、それを読むのはさらに難しいものですね」
利や理では無く、心持ちで戦は起こる。
「あの様な気に当てられて退路がまだ出来ていないとなったら、相手は腹を決めるしかない」
「確かに、逃げ道があればこそ心は折れやすくなります。あとの無い者の気迫は、尋常では無いですからね」
相手はあの場に陣地を築けば、沼地に橋を通し切る自信があるのだ。
「守りを固めた相手に対して、蛮勇だけで押し崩せたら苦労はせん」
レンゼストはライロスから兜を受け取る。
「コーライ様はそれをご理解しており、少しでも勝率を上げようと兵を鼓舞しているのでしょう」
コーライは後方に設けられた本陣から離れ、各部隊を巡っている。
「それを理解して同じことをしている者が、あの場にどれだけいるというのだ」
レンゼストはライロスからファトストへと目を移し、平地に向かって顎を振る。
「敵が退却を始めるまで待てば良いものを。何を考えてああやってはしゃいでいるのだ、あの馬鹿者共は」
この先にある峠を越えると、帝国の支配が及ぶ地域となる。こちらの兵力を考えれば決戦となり得る野戦は回避し、追撃戦や消耗戦に重きを置きたい。
「お主は、どう考える?」
静まり返った敵の陣地とは対照的に、ハオス軍内では士気を上げるために各将校から檄が飛び、兵たちは鬨の声を上げる。
「獲物を見つけた犬は、吠えて主人に知らせます」
「ほほぉ。弱い犬ほど、とは答えぬか。それならば、責任を持って逆なことをしていると教えてやるのだぞ」
「その暁には、塩を振っただけのチュウの素揚げをお持ちします」
「それは楽しみだ。チュウ狩りなど、幼き頃しかしないからな」
レンゼストは兜を被り、徒手にて弓を番える真似をする。
「巣に篭るチュウには無言で近付くに限る。騒いで近付いたら、直ぐに巣の奥まで逃げられるからな」弦を十分に引き、敵陣に向けて虚の矢を放つ。「闇夜に紛れて出てきたところを、矢で仕留める。どの穴から出てくるか、その見極めが腕の見せ所だ」
レンゼストの元に馬が届けられる。
「私は犬での狩りもやるので、畑を守るためにたまにチュウ狩りをやります」
「犬での狩りも面白いからな、醍醐味といえばチュウとの駆け引きだ。大きな音が聞こえると、警戒のためにチュウは動きを止めて周りを確認する。それを利用してチュウが巣へと逃げ込む瞬間に声を出し、飛び出した犬により美味しい素揚げが食べられる。駆除なら犬へのご褒美にも最適だ」
レンゼストは愛馬の首を撫でる。
「はい。じっくりと圧を掛けて、飛び出してきたやつを狩ったりもしました。幼き頃、チュウは良いおやつでした」
「こうなる前にそれら訓練が出来ていたなら、お前はどの策を選んだ?」
「いつでも私は、レンゼスト様のご気分に合わせます」
レンゼストは楽しそうに笑う。
「その顔からは何か悪巧みをしている匂いがするな、面白い。これがお主の言うチュウ狩りなら、もう一つ狩りの仕方がある。逃げ道に何を仕掛けた?」
気が付いてもらえたファトストは嬉しそうに笑い返し、頭を下げる。
「帝国兵は逃げ果せだとしても、そこには十分な食べ物はありません」
「焼いたのか?」
レンゼストの眉に力が入る。
「いえ、買い占めていただきました」
「なんと」
レンゼストの眉根に皺が寄る。
「今後のことも考え、無理を言ってやってもらいました。それにより民が飢えることはありません。それを無理矢理奪うような輩がいなければの話ですが」
レンゼストの眉は上がり、笑みが溢れる。
「あのエルメウス家か」
「はい、おっしゃる通りです。先ほど、概ね成功の報が入りました。いかが致しますか?」
レンゼストは兜を脱いでライロスに手渡す。
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ファトストは胸の前で手を重ね、深々と頭を下げる。
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