王国戦国物語

遠野 時松

文字の大きさ
19 / 148
とある王国の エピソード

とあるエピソード お灸 開戦前 下

しおりを挟む
 こちらの動きを察知した敵は、湿地帯に馬車を通すために築いている橋の建設を中止し、陣地内で守りを固めている。
 エルドレ・ハオス連合軍は当初の予定通りに配置し、その周りを囲む。
「報告!」
 一人の兵がレンゼストの元に現れ、胸に拳を当てる。
「ハオス軍、配置が完了したとのこと」
 レンゼストは険しい顔をして、平地に陣を敷くハオス軍の方に目を遣る。
「ご苦労様」
「はっ!」
 代わりに答えたファトストに促され、兵はその場から離れる。
「左側ですが、少々前に出過ぎかもしれませんね」
 ファトストは、レンゼストの視線を追って平地へと目を向け、将の眉根に皺が寄る理由を口に出す。
「少しばかり、気負い過ぎだな」
 話し好きのレンゼストだからこそ、口数の少なさに複雑な心中を察してしまう。
「籠る相手は、得てして消極的に見えますからね」
 先の戦で敵側は、負けるのが濃厚になると早々に退却を決定した。それにより、軍としての機能を保てるぐらいの数が残っている。その敵兵が静かなのだ。これだけで一筋縄ではいかないのは分かる。
「囲まれているのにああいった気を出す奴等は厄介だ。黙っているのはこちらの隙を窺っているだけだと、ハオスも気が付かないわけがない。味方として心苦しいが、そんな奴等を相手にするということを、ハオスのやつらは分かっていない」
 さらに悪いことに、率いる敵将は優秀だ。
 こんな悪条件の中、こちらから仕掛ける理由を答えられる者は、平地で己を奮い立たせるために叫ぶ者の中に誰一人としていないだろう。
「人の心とは操れぬものであって、それを読むのはさらに難しいものですね」
 利や理では無く、心持ちで戦は起こる。
「あの様な気に当てられて退路がまだ出来ていないとなったら、相手は腹を決めるしかない」
「確かに、逃げ道があればこそ心は折れやすくなります。あとの無い者の気迫は、尋常では無いですからね」
 相手はあの場に陣地を築けば、沼地に橋を通し切る自信があるのだ。
「守りを固めた相手に対して、蛮勇だけで押し崩せたら苦労はせん」
 レンゼストはライロスから兜を受け取る。
「コーライ様はそれをご理解しており、少しでも勝率を上げようと兵を鼓舞しているのでしょう」
 コーライは後方に設けられた本陣から離れ、各部隊を巡っている。
「それを理解して同じことをしている者が、あの場にどれだけいるというのだ」
 レンゼストはライロスからファトストへと目を移し、平地に向かって顎を振る。
「敵が退却を始めるまで待てば良いものを。何を考えてああやってはしゃいでいるのだ、あの馬鹿者共は」
 この先にある峠を越えると、帝国の支配が及ぶ地域となる。こちらの兵力を考えれば決戦となり得る野戦は回避し、追撃戦や消耗戦に重きを置きたい。
「お主は、どう考える?」
 静まり返った敵の陣地とは対照的に、ハオス軍内では士気を上げるために各将校から檄が飛び、兵たちは鬨の声を上げる。
「獲物を見つけた犬は、吠えて主人に知らせます」
「ほほぉ。弱い犬ほど、とは答えぬか。それならば、責任を持って逆なことをしていると教えてやるのだぞ」
「その暁には、塩を振っただけのチュウの素揚げをお持ちします」
「それは楽しみだ。チュウ狩りなど、幼き頃しかしないからな」
 レンゼストは兜を被り、徒手にて弓を番える真似をする。
「巣に篭るチュウには無言で近付くに限る。騒いで近付いたら、直ぐに巣の奥まで逃げられるからな」弦を十分に引き、敵陣に向けて虚の矢を放つ。「闇夜に紛れて出てきたところを、矢で仕留める。どの穴から出てくるか、その見極めが腕の見せ所だ」
 レンゼストの元に馬が届けられる。
「私は犬での狩りもやるので、畑を守るためにたまにチュウ狩りをやります」
「犬での狩りも面白いからな、醍醐味といえばチュウとの駆け引きだ。大きな音が聞こえると、警戒のためにチュウは動きを止めて周りを確認する。それを利用してチュウが巣へと逃げ込む瞬間に声を出し、飛び出した犬により美味しい素揚げが食べられる。駆除なら犬へのご褒美にも最適だ」
 レンゼストは愛馬の首を撫でる。
「はい。じっくりと圧を掛けて、飛び出してきたやつを狩ったりもしました。幼き頃、チュウは良いおやつでした」
「こうなる前にそれら訓練が出来ていたなら、お前はどの策を選んだ?」
「いつでも私は、レンゼスト様のご気分に合わせます」
 レンゼストは楽しそうに笑う。
「その顔からは何か悪巧みをしている匂いがするな、面白い。これがお主の言うチュウ狩りなら、もう一つ狩りの仕方がある。逃げ道に何を仕掛けた?」
 気が付いてもらえたファトストは嬉しそうに笑い返し、頭を下げる。
「帝国兵は逃げ果せだとしても、そこには十分な食べ物はありません」
「焼いたのか?」
 レンゼストの眉に力が入る。
「いえ、買い占めていただきました」
「なんと」
 レンゼストの眉根に皺が寄る。
「今後のことも考え、無理を言ってやってもらいました。それにより民が飢えることはありません。それを無理矢理奪うような輩がいなければの話ですが」
 レンゼストの眉は上がり、笑みが溢れる。
「あのエルメウス家か」
「はい、おっしゃる通りです。先ほど、概ね成功の報が入りました。いかが致しますか?」
 レンゼストは兜を脱いでライロスに手渡す。
「それならば、ここは派手にやりたいのう」
「承知しました」
 ファトストは胸の前で手を重ね、深々と頭を下げる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

処理中です...