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とある王国の物語 プロローグ
盤上戦 6
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「レンゼスト様があそこで動いたのもそのためですか?」
「それ以外に何があるだ? オーセンよ」
皮肉とも取れるリュートの言葉に、将の奥深さと己に足りないものが身に染みした様子で、「まるで群れで獲物を仕留める獣が如き戦ですね」と、呟いたオーセンは、己の内なるところから言いようのない『何か』が溢れ出たらしく、体をぶるりと震わせる。
キーヨはくすりと笑う。
「それは、ちと違うかもしれんな」
杯を強く握るオーセンは、キーヨに顔を向ける。
「それはどういう意味でしょうか?」
キーヨはファトストの肩をトンッと叩く。
ファトストはオーセンに、酒を飲めと手で勧める。
オーセンは指示通りに杯に口を付ける。
「今、酒を飲んだ時に肩や肘、手をどう動かすか考えながら飲んだ? つまり、そういうこと」
リュートは、「説明がまわりくどい」と鼻で笑う。
スタットが突如、手に持つ器を勢いよく呷る。
「群れというよりは一つの命。我らは王の血となり肉となり、王の思うがままにその手足の如く兵を駆使して、敵を屠るということですか?」
キーヨはスタットに酒瓶を向ける。
「それが我らが王の戦だ。覚えておけ」
頭を深々と下げ、「心得ました」と酒を注がれた器を見つめた後、スタットはつと何かに突き動かされたかの如く、再び勢いよく器を呷る。周りの兵達も、衝動を抑えられずに次々と酒を呷る。
突然の事に少しばかりキーヨは驚いてから、「これこれ、どうしたというのだ」と、幼な子に飴を与えるかの様にゆっくりと優しく、空いた酒瓶を持ち替えては、兵達に酒を注いだ。
するとここで、皆が集まる場所から一際大きな歓声が上がる。そちらに目をやると、王が上半身裸になり、レンゼストに挑まんとしているところだった。
神話の中で、東方を夢見たドルリート王も、戦の後は兵に混じり酒を飲み、同じことをしていたと語られている。
「女神トゥテェクレはスリジより飛び立った後、陽の光を纏いエルドレに舞い降りたと言われておる。その子孫で在らせられる王は、我が国の光じゃ」
そこにいた者達が一様に頷く。
「だがな、俺達に求められるのはそれだけじゃないぞ」
酒を注ぎ終わったキーヨに酌をしながらリュートが言った。
「王の意思を汲み、そこから尚、戦果を挙げようとする抜け目のない強欲野郎の相手もしなければならん」
リュートの言葉にピンときたキーヨは、「そうだな」と酌を返す。
「王が動いたのは分かった。レンゼスト様が動くのは、付き従った経験から何となく予想がつく。その動きに合わせ中央を荒らし廻り、時を見て敵本体を襲おうかと考えていた俺に、こいつは伝令を送ってきた」
視線を投げかけたリュートに対し、ファトストは首を横に振る。
リュートは「お前が考えたものだろう」と、鼻で笑い「作戦変更。王は中央から西側へ。レンゼスト隊に動きあり。次手にて敵将を狙えるよう仕掛ける。その後、敵本陣へ向かえ。狙いは指揮官ではなく敵将。到着前に敗走なら追撃をその将へ変更。だったかな」と、掻い摘んで話す。
その話の最中、ファトストは地面へと何やら書き足す。
西側へ帝国重装歩兵の大量投入、そこへ王の加勢、そして、帝国にも武勇が知れ渡るレンゼスト隊が王の元へ向かう途中で進路を変え、中央を西側から崩していく。
盤上で進められていく戦ですら、兵達の視線は西側に集中する。実質的に帝国の指揮を担っていた別格の将も、西側へ意識が向いていただろう。
「帝国側からしたら西側を抜けば、中央にレンゼスト様が来ようが形勢は逆転できる。力が入っていたことだろうな」
リュートの言葉にファトストは頷く。
「予定より少し早いですが」
そう言ってファトストは西側の奥、帝国側に位置する山の裾野に丸を描く。
「別働隊に姿を現してもらいます。敵兵の背後、または敵本隊を狙える位置ですが、何もせず待機をしてもらいました」
「帝国側も警戒をしていただろうが、予期せぬ所からの伏兵に敵将も頭を悩ませただろうな。戦が始まる前に兵を伏せることができたのも、迎え撃つ側の利点だな」
「リュートの言う通り。敵本隊への強襲を匂わせているので迂闊には動けません。別働隊の数からして敵本隊を壊滅することは難しいのは分かりきっていますが、指揮官が皇族ということもあり、もしもがあってはなりません。これにより西側への敵兵増員を抑えました。欲を言えば敵の退却が始まってから出現させ、混乱を誘いたかったのが本音ですが、こちらも王を失うわけにはいきません」
そう言いながらファトストは東側に棒先を移し、敵と交戦していない、騎兵の後方を二つに割る。一方を西より敵騎兵を覆うように進ませ。もう一歩を大きく東側から河を沿うように迂回させる。それから自分の隊を東側の傭兵へぶつけるように線を引く。
「西側の傭兵は、レンゼスト様の登場で戦意を失うことが予想されていました。この地で生まれ、帝国兵となったものもそうです。ちらほらと逃走する者が出てきました」
「ちょっと待て」リュートが問う。「予想じゃなくて、そうなるように間者を忍ばせていたんだろ?」
「東側に対しても逃走を企てます」
リュートの問い掛けに答えないことによって、ファトストは肯定を暗に示す。
「敵騎兵はこちらに押されるがまま後退し、とうとう退路のある東へと退却を始めました」
ファトストは、別格の将を示す丸の横を通る様に敵騎兵から矢印を引く。それから王国騎兵の大半を中央へと向かわせる。
「帝国側からすれば、頼みの綱である西側は形勢が逆転されつつあり、中央へと東側から騎馬が襲いかかっている。西側を注視していた別格の将の横を味方の騎馬が敗走をしていく。ここまでくればその将の頭の中には、退却の文字が浮かんでいたでしょう」
ファトストは、東へ大きく迂回させたリュート隊に棒先を合わせる。
「指揮官は戦に慣れていない皇族。目紛しく変わる戦況に、こちらが狙う将は有能であるが故にあれこれと考え、己の周りを気にするのが疎かになる」
兵達の視線はファトストの棒先に集まり、オーセンは手に持つ杯を強く握る。
敗走する敵の騎馬隊は通り過ぎたはずなのに、馬が駆ける音は鳴り止まない。異変に気が付いた敵将は、音のする土埃の向こうに視線を向ける。状況を理解し、一気に顔色を変える。慌ただしく陣形を整えようとするが、時すでに遅し。
ファトストが敵将に向かって線を引くと同時に、兵達は隊の先頭を駆け、敵を切り裂きながら敵将へ一直線に突っ込むリュートの後ろ姿を思い出す。
「これにて当初予定していた目的は果たせた」
ファトストは敵将を示す丸の上に、ばつ印を記す。
「簡単に言いやがる」
リュートは酒を一口だけ口に含むと、器を軽く掲げる。兵達もそれに倣い、酒を口にした後、目を閉じて軽く掲げる。
尚も説明を続けようとするファトストの肩を、キーヨが軽く叩く。
「これから先は、お前達も知っての通りだ。続けるか?」
兵達は首を横に振りる。
「辞めておきます。色々と思いが巡り、気で頭が一杯です」
そう言ったスタット同様、他の兵達も顔で白旗を振る。
「勝負あったな」キーヨは笑う。「干し肉はまたの機会だな」
キーヨがファトストの肩を抱えると、兵達の悔しそうな視線が、包み紙を仕舞ったファトストの懐辺りに集まる。
ファトストは上衣を静かに整え、懐辺りに手を添える。
それを面白くなさそうに見つめる男が、何やら考え事をしている。
「おい、賽を持って来い」
唐突にリュートは声を上げる。
「お前達、干し肉を食べたいよな? 頭では勝てなくとも、運でなら勝てるかもよ」
「なっ!」
ファトストが驚きと共にリュートを睨みつける。
「お前はさっき、盤上戦とは言ったが、博打とは言ってなかったよな?」
リュートは早く行けと、オーセンに向かって手首を振る。
「リュート、貴様!」
ファトストの声を無視する様に、オーセンは「はい」と声を上げ、車座になって騒いでいるところへと駆け出す。
リュートはその背中に向かって、「参加したい者がいたら、そいつも連れて来い」と、言葉を投げた後、自分を睨み付けているファトストの方へ向き直し、「寡兵で大軍を倒すのがお前の趣味だろ?」と、不敵な笑みを浮かべた。
「それ以外に何があるだ? オーセンよ」
皮肉とも取れるリュートの言葉に、将の奥深さと己に足りないものが身に染みした様子で、「まるで群れで獲物を仕留める獣が如き戦ですね」と、呟いたオーセンは、己の内なるところから言いようのない『何か』が溢れ出たらしく、体をぶるりと震わせる。
キーヨはくすりと笑う。
「それは、ちと違うかもしれんな」
杯を強く握るオーセンは、キーヨに顔を向ける。
「それはどういう意味でしょうか?」
キーヨはファトストの肩をトンッと叩く。
ファトストはオーセンに、酒を飲めと手で勧める。
オーセンは指示通りに杯に口を付ける。
「今、酒を飲んだ時に肩や肘、手をどう動かすか考えながら飲んだ? つまり、そういうこと」
リュートは、「説明がまわりくどい」と鼻で笑う。
スタットが突如、手に持つ器を勢いよく呷る。
「群れというよりは一つの命。我らは王の血となり肉となり、王の思うがままにその手足の如く兵を駆使して、敵を屠るということですか?」
キーヨはスタットに酒瓶を向ける。
「それが我らが王の戦だ。覚えておけ」
頭を深々と下げ、「心得ました」と酒を注がれた器を見つめた後、スタットはつと何かに突き動かされたかの如く、再び勢いよく器を呷る。周りの兵達も、衝動を抑えられずに次々と酒を呷る。
突然の事に少しばかりキーヨは驚いてから、「これこれ、どうしたというのだ」と、幼な子に飴を与えるかの様にゆっくりと優しく、空いた酒瓶を持ち替えては、兵達に酒を注いだ。
するとここで、皆が集まる場所から一際大きな歓声が上がる。そちらに目をやると、王が上半身裸になり、レンゼストに挑まんとしているところだった。
神話の中で、東方を夢見たドルリート王も、戦の後は兵に混じり酒を飲み、同じことをしていたと語られている。
「女神トゥテェクレはスリジより飛び立った後、陽の光を纏いエルドレに舞い降りたと言われておる。その子孫で在らせられる王は、我が国の光じゃ」
そこにいた者達が一様に頷く。
「だがな、俺達に求められるのはそれだけじゃないぞ」
酒を注ぎ終わったキーヨに酌をしながらリュートが言った。
「王の意思を汲み、そこから尚、戦果を挙げようとする抜け目のない強欲野郎の相手もしなければならん」
リュートの言葉にピンときたキーヨは、「そうだな」と酌を返す。
「王が動いたのは分かった。レンゼスト様が動くのは、付き従った経験から何となく予想がつく。その動きに合わせ中央を荒らし廻り、時を見て敵本体を襲おうかと考えていた俺に、こいつは伝令を送ってきた」
視線を投げかけたリュートに対し、ファトストは首を横に振る。
リュートは「お前が考えたものだろう」と、鼻で笑い「作戦変更。王は中央から西側へ。レンゼスト隊に動きあり。次手にて敵将を狙えるよう仕掛ける。その後、敵本陣へ向かえ。狙いは指揮官ではなく敵将。到着前に敗走なら追撃をその将へ変更。だったかな」と、掻い摘んで話す。
その話の最中、ファトストは地面へと何やら書き足す。
西側へ帝国重装歩兵の大量投入、そこへ王の加勢、そして、帝国にも武勇が知れ渡るレンゼスト隊が王の元へ向かう途中で進路を変え、中央を西側から崩していく。
盤上で進められていく戦ですら、兵達の視線は西側に集中する。実質的に帝国の指揮を担っていた別格の将も、西側へ意識が向いていただろう。
「帝国側からしたら西側を抜けば、中央にレンゼスト様が来ようが形勢は逆転できる。力が入っていたことだろうな」
リュートの言葉にファトストは頷く。
「予定より少し早いですが」
そう言ってファトストは西側の奥、帝国側に位置する山の裾野に丸を描く。
「別働隊に姿を現してもらいます。敵兵の背後、または敵本隊を狙える位置ですが、何もせず待機をしてもらいました」
「帝国側も警戒をしていただろうが、予期せぬ所からの伏兵に敵将も頭を悩ませただろうな。戦が始まる前に兵を伏せることができたのも、迎え撃つ側の利点だな」
「リュートの言う通り。敵本隊への強襲を匂わせているので迂闊には動けません。別働隊の数からして敵本隊を壊滅することは難しいのは分かりきっていますが、指揮官が皇族ということもあり、もしもがあってはなりません。これにより西側への敵兵増員を抑えました。欲を言えば敵の退却が始まってから出現させ、混乱を誘いたかったのが本音ですが、こちらも王を失うわけにはいきません」
そう言いながらファトストは東側に棒先を移し、敵と交戦していない、騎兵の後方を二つに割る。一方を西より敵騎兵を覆うように進ませ。もう一歩を大きく東側から河を沿うように迂回させる。それから自分の隊を東側の傭兵へぶつけるように線を引く。
「西側の傭兵は、レンゼスト様の登場で戦意を失うことが予想されていました。この地で生まれ、帝国兵となったものもそうです。ちらほらと逃走する者が出てきました」
「ちょっと待て」リュートが問う。「予想じゃなくて、そうなるように間者を忍ばせていたんだろ?」
「東側に対しても逃走を企てます」
リュートの問い掛けに答えないことによって、ファトストは肯定を暗に示す。
「敵騎兵はこちらに押されるがまま後退し、とうとう退路のある東へと退却を始めました」
ファトストは、別格の将を示す丸の横を通る様に敵騎兵から矢印を引く。それから王国騎兵の大半を中央へと向かわせる。
「帝国側からすれば、頼みの綱である西側は形勢が逆転されつつあり、中央へと東側から騎馬が襲いかかっている。西側を注視していた別格の将の横を味方の騎馬が敗走をしていく。ここまでくればその将の頭の中には、退却の文字が浮かんでいたでしょう」
ファトストは、東へ大きく迂回させたリュート隊に棒先を合わせる。
「指揮官は戦に慣れていない皇族。目紛しく変わる戦況に、こちらが狙う将は有能であるが故にあれこれと考え、己の周りを気にするのが疎かになる」
兵達の視線はファトストの棒先に集まり、オーセンは手に持つ杯を強く握る。
敗走する敵の騎馬隊は通り過ぎたはずなのに、馬が駆ける音は鳴り止まない。異変に気が付いた敵将は、音のする土埃の向こうに視線を向ける。状況を理解し、一気に顔色を変える。慌ただしく陣形を整えようとするが、時すでに遅し。
ファトストが敵将に向かって線を引くと同時に、兵達は隊の先頭を駆け、敵を切り裂きながら敵将へ一直線に突っ込むリュートの後ろ姿を思い出す。
「これにて当初予定していた目的は果たせた」
ファトストは敵将を示す丸の上に、ばつ印を記す。
「簡単に言いやがる」
リュートは酒を一口だけ口に含むと、器を軽く掲げる。兵達もそれに倣い、酒を口にした後、目を閉じて軽く掲げる。
尚も説明を続けようとするファトストの肩を、キーヨが軽く叩く。
「これから先は、お前達も知っての通りだ。続けるか?」
兵達は首を横に振りる。
「辞めておきます。色々と思いが巡り、気で頭が一杯です」
そう言ったスタット同様、他の兵達も顔で白旗を振る。
「勝負あったな」キーヨは笑う。「干し肉はまたの機会だな」
キーヨがファトストの肩を抱えると、兵達の悔しそうな視線が、包み紙を仕舞ったファトストの懐辺りに集まる。
ファトストは上衣を静かに整え、懐辺りに手を添える。
それを面白くなさそうに見つめる男が、何やら考え事をしている。
「おい、賽を持って来い」
唐突にリュートは声を上げる。
「お前達、干し肉を食べたいよな? 頭では勝てなくとも、運でなら勝てるかもよ」
「なっ!」
ファトストが驚きと共にリュートを睨みつける。
「お前はさっき、盤上戦とは言ったが、博打とは言ってなかったよな?」
リュートは早く行けと、オーセンに向かって手首を振る。
「リュート、貴様!」
ファトストの声を無視する様に、オーセンは「はい」と声を上げ、車座になって騒いでいるところへと駆け出す。
リュートはその背中に向かって、「参加したい者がいたら、そいつも連れて来い」と、言葉を投げた後、自分を睨み付けているファトストの方へ向き直し、「寡兵で大軍を倒すのがお前の趣味だろ?」と、不敵な笑みを浮かべた。
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