王国戦国物語

遠野 時松

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本編前のエピソード

雲の行き先 42 褒めるのは師の気分次第

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「お主も行くのか?」
 ビノーは使用人から酒瓶を受け取る。
「もう少しお話をしたかったのですが、呼ばれてしまったので致し方ありません」
 ドロフはリュゼーに視線を投げてから、ビノーに杯を差し出す。
「そのようじゃな」ビノーはドロフの杯を酒で満たす。「しかし、この場では出来る話も限られてくる。何より彼の方がお待ちみたいだ。旅が終わったら、我が領地に遊びに来れば良い」
「お手紙をお待ちしております」
 右手で握手をしながら杯に口を付け、二人同時に酒を飲み干す。
「良ければ行くぞ」
 ドロフはリュゼーに声を掛ける。
「はい」
 リュゼーは顔を強張らせて答える。ビノーは微笑ましくその顔を見つめる。
「また近々、だな」
「はい。リュゼーのお願い共々、よろしくお願い致します」
 ドロフは「それでは」と皆に挨拶をして、リュゼーと共にその場から離れる。残りの丸テーブルへ、顔だけ出して挨拶を済ませると、前の席に挨拶をするために並ぶ列の最後尾へと向かう。
 待つのはニ、三組といったところか。
「ロシリオ様とは、どういったご関係ですか?」
 早速、目の前にいる仕立ての良い服に身を包む男が、リュゼーに目線を投げながらドロフに尋ねる。この場に相応しくない、若き年頃の者を訝しんでいるのが何となく分かる。
 ドロフは掻い摘んで、領主と若者に起きた出来事を話す。
「あの場でそんなことがあったのですか。それは、それは」
 男は無意識でのことなのか、気忙しく鮮やかに染められた赤い襟を触りながらリュゼーを見る。その視線を躱すためにリュゼーは慎ましく頭を下げる。視線を話し相手の足元へと落としているが、己の一挙手一投足をいくつもの目が追っているのが分かる。
 皆一様に、リュゼーの頭から爪の先まで、忙しなく動かすその目で値踏をしている。その異様で感情渦巻く、張り付いた笑顔のその奥で何を考えているのか分からない者たちからの目は、強烈な圧迫感と今まで感じたものとは別物の緊張感をリュゼーに与えている。
 今まで注目されることはあっても、図らずともこの様に晒されるかたちになったことはない。
「ロシリオ様が遅れた理由などは、何か申していましたか?」
 問われたリュゼーは顔を上げる。
「なぜそれを?」
 変わったところに興味を持つものだと、ドロフが代わりに答える。
「色々と小耳に挟みましてな」
 タダでは教えない、と男は赤襟に触れて小狡く笑う。
「領地内で問題が起きてその対応をしていたら遅れたと、周りと話していましたが、何かあるのですか?」
 ドロフは白々しく答える。
「不確定ゆえに詳しいことは言えないが、その問題は問題として片付けてしまって良いのか判断付け難い内容ではあるのですよ」赤襟の男は笑う。「何が問題なのかは、ロシリオ様が決めることではありますがね」
「意味深な言い回しですね」
 ドロフは笑顔を作り、調子良く応える。
「そうなってしまうほどのものです」
 赤襟の男は勿体つけて答える。リュゼーと目が合うと、方眉をぴくりと動かす。返事に困ったリュゼーはドロフに顔を向ける。
「おや、順番がきたみたいです。それでは、またどこかで」
 赤襟の男は笑顔を作り、他の者と連れ立って奥のテーブルへと歩いて行く。
「今のは聞いた方が良かったですか?」
 赤襟の後ろ姿を見つつ、他に並ぶ者に聞こえない程度に声を落としてリュゼーは尋ねる。
「気になるなら聞けば良かっただろ」
 ドロフも同じく、声を落として答える。
「やはり、そうですよね」
 情報は多い方が良い。情報を照らし合わせるためにも、聞き出した方が良かったのは確かだ。
「話が好きそうだったから、もしかしたら聞き出せたかもな」
「そうですよね」
「そうやって落ち込むな。話好きは得てして、噂話を本当のことのように話すこともある。重大なことなら後々、分かることだろう」
「はい」
 既に帝国はロシリオと話が出来る距離まできている。ハオスはもっと深刻。この二つはどれほど重要で、どれほど早く広まるのだろう。考えても想像がつかない。
「色々と考えていそうだが、なぜ考えてしまうか教えてやろうか?」
 リュゼーは黙ってしまった自分に気付く。
「何もしないから悪い。こちらが問い掛ければ、相手は何かしらの返事をする。反応する、しないも含めてだ。まあ、反応しなかったとしたら、止めれば良いだけだから分かりやすい。お前はそれさえしないから、余計に多く悩んでしまう。結果の分からなかった過去に捉われるなんて、無駄な事をしていると思わないか?」
 そうだ、過去の問題を解いて未来に活かしたいなら歴史学者になれと、師から言われている。
「人の心など、分かり得ないものだから難しいのは分かる。だがな、話を振らなければ何も始まらない、相手が反応してから決めても十二分に間に合う。その手前で悩むから、お前は人より一手遅い。気を人に遣ってないで、自分に使っている証拠だ」
 手厳しいが時間がないので、こうやって直に言ってくれた方がありがたい、本番は直ぐそこだ。
 この状況になってみて気が付いたが、ヘヒュニのことはどうでも良くなっている。自分の生活している範囲でしか考えていなかった世界が、この旅で突如として国と国の話まで大きくなってしまったせいか、己というものが小さくなり過ぎて興味を失っている。
 その影響か、馬鹿にされようが褒められようが関係なく、どういった人物なのかを探りたいと思っている。言われた通りにして、自分に興味を失ったまま、相手に興味を持てば上手くいくのではないか。
 再び黙ったリュゼーを見て、ドロフは鼻で笑う。
「俺も混ぜてくれないか?」
 チャントールの元へと戻ったはずのイルミルズが、後ろで順番を待つ者たちに挨拶をしながら話し掛けてくる。
「チャントール様がロシリオ様に挨拶をしたいと言ってな、隠居の身なためにあの場に行けぬから、俺が代役だ」
 イルミルズはチャントールの方へ顎を振り、「俺の嫌いな奴が来てな、体のいい人払いだ」と小声で笑う。ドロフが笑って応えたのを見てから、リュゼーの異変へと視線を移し、「どうしたんだ?」と、ドロフに聞く。
「赤い襟の御仁がした話が気になって、先ほどから眉根に皺を寄せている」
「ラギリ殿か」
 イルミルズは、その背中を見て答える。
「交渉を持ちかけられたがあと一歩が踏み出せずに、変えることの出来ない過去をどうすれば成功できたのかと、あれこれ考えている最中だ」
「ただ単に、揺さぶりを掛けられていたのかもな」イルミルズはリュゼーに顔を向ける。「そんな顔をするなら、聞けば良かったではないか」
「それが出来なかったから、こうして答えのない問いを永遠と自分に掛けている」
 ドロフは笑う。
「変わった教典を信じているのだな」イルミルズも同じく笑う。「ただ単に噂話をしたかっただけかもしれんぞ。交渉事にするのは相手の出方を見てからにした方が良いかもな。何を持っていて、何が欲しいのか理解してからじゃないと判断を間違える」
 ドロフは、縁のない者に言って聞かせるなど変わった性根のやつがいるものだ、と片方の口角を上げてイルミルズを見る。それを気にせず、イルミルズは話を続ける。
「実は、相手が何も持っていなかったらどうする? ラギリ殿に限ってそんなことはないが、ロシリオ様とお主が何を話したか気になって、カマを掛けたのかもしれん」
「はい」
「それにな、相手にとって値打ち無いものが、手にしたいものというのがあるかもしれん。それを悟られると、不要に高い買い物になってしまうぞ。物事に裏を乗せるなら、ばれないように気を付けろよ」
「はい、ありがとうございます」
「最後に、目は口ほどに物を言う、そんな顔をしていたら相手に気取られるから気を付けろよ」
「はい」
「この場は特殊だ、常にお前は見られているということを意識しろよ」
 その言葉にリュゼーは背筋を伸ばして胸を張り、変に歪んだ己の顔を正す。
 それを見たドロフは、イルミルズに笑い掛ける。
「馬鹿にしないでもらいたい。あんなにも悪態を吐いていた貴殿でさえ、人前に出る時は身を正したのを見ていたのに、その大切さをこいつが気付かないはずがない。弱者を装って相手の懐に入り込むのが、こいつの手口なのだよ」
 それだと、背筋を伸ばした今の状態と矛盾してしまう。
 リュゼーは、紳士然たる作り笑顔の遣り場に困る。
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