王国戦国物語

遠野 時松

文字の大きさ
105 / 148
本編前のエピソード

雲の行き先 43 話し合い 上

しおりを挟む
「タダでここまで教えてもらえるとは、お前はついているな」
 ドロフは笑う。
 確かにそうである。が、先ほどの話を含めると、しかし、がどうしてもついてしまう。
「ありがとうございます」
 先ほどとは違い、笑顔の作り方を忘れたリュゼーは不細工に顔を引き攣らせる。
「お前が隠している密談の内容を、お礼としてイルミルズ殿に話をしたらどうだ?」
 揶揄いを込めたドロフの言葉は思いの外大きく、後ろで待つ者たちの体をぴくりと動かす。
「おっ、何を話したんだ?」イルミルズは話に乗る。「商人たちが『北の方が騒がしい』と口にしだしたから、ご機嫌取りにお主たちがこの国に来たことぐらいなら知ってるぞ。何を聞かせてくれる?」
 リチレーヌ側も馬鹿ではないと言いたいのだろう。しかし、あの話がどこまで広がっているのか分からない状態で話すのは禁物だ。
「そんな国と国が絡む様な、重大なことは聞いていないです。挨拶の仕方を教わっただけです」
「そうか、そうか。で、教わりながら何を話したんだ?」
「ですから……」
 リュゼーは言葉を詰まらせる。
「お前には、感謝するという気持ちは無いのか? お前の師という者は、全く浮かばれないな」
「ドロフさん煽らないで下さい。本当に何も聞いていないのです」
「おかしいな、酔ってしまったかな。お前から直接、何か聞いたと耳にしたはずだったがな」
 何を言っているんだ、この人は。
「ドロフ殿、それは本当か?」イルミルズは大袈裟に眉を上げる。「リュゼーよ、嘘はよくないぞ。師が悲しむ」
 イルミルズは、同意を求める顔をドロフに向ける。
「師は俺では無い」
「何と、てっきり師とは貴殿のことかと思ったぞ」
 先ほどと同様に驚いた顔をするイルミルズに、ドロフは手を振る。
「人に対して感謝できない者を弟子にするほど、俺は落ちぶれてはいない」
 それを聞いたリュゼーは、ドロフの顔を見つめる。
「何だ?」
「いえ、何もありません」
 二人の遣り取りから、イルミルズは何かを感じ取る。
「ドロフ殿の言う通りだ。何事も、感謝をする気持ちを持つことは大切だな。弟子を取るならそれは重要だ」
「そうだろ?」
「ああ」
 イルミルズは深く頷き、ドロフは笑い、リュゼーは唇を固く結ぶ。
 これは、手にした情報を大切にせよと、教えてくれた人がする話では無い。酒というのは、こうも人を変えてしまうものなのだろうか。
「一つだけ、よろしいですか?」
「おっ!」
「何だ?」
 イルミルズとドロフの言葉が重なる。
 リュゼーは気圧されそうになるのを堪える。
「帝国はどれぐらい本気なんでしょうか?」
 その言葉を聞いたドロフは、口をへの字に曲げて視線をテーブルへと向ける。その目は高級そうな酒瓶を捉えている。それを見たイルミルズは、口で笑いながらドロフを肘で突く。ドロフは首を傾げて肩を竦め、呆れ顔でそれに応える。
「特に深い意味は無く、興味を持っただけです。教えて下さいますか?」
「早速、駆け引きの練習か? お前は勉強熱心なんだな」
 イルミルズは、興味を失ったドロフからリュゼーへと、暇つぶしの相手を変える。その口調は明らかに、砕けたものなっている。常日頃からドロフと接しているリュゼーは、イルミルズからも同じものを感じる。
「イルミルズ様、違います」リュゼーは慌てて首を振る。「心配になって聞いただけです。駆け引きなど、そんなつもりはありません」
「それなら、それについてはそっちの方が知っていると思うぞ。帝国に関する噂話を耳にした時には、エルドレから使者がくるとの報が届いていたからな」
 イルミルズは目だけ先に投げ、「その辺はどうなんだ?」と、ゆっくりとドロフへ顔を向ける。
「婚儀に関しては嘘や偽りはありません。しかし、それに別の思いを乗せる輩はいるかもしれませんね。それについては、そちらも同じことだと思いますよ、イルミルズ殿」
 飄飄として、ドロフは笑みを浮かべる。
「そちらを悪者にしようとはしていない、聞いただけだ。帝国はどこまで進めている?」
 ドロフはその問いかけに答えず、リュゼーに顔を向ける。
「どうなんだ?」
 イルミルズは、リュゼーに改めて訊ねる。
「帝国は敵対する勢力に集中するため、憂いとなるエルドレを抑えにくるのではと予想しています」
「憂いとな? エルドレは帝国に攻め込むつもりか?」
「私が答えて良いものか分かりませんが、そんなつもりはありません」
「それだと、色々と辻褄が合わなくならないか?」
 イルミルズはリュゼーと目を合わせる。ドロフは、分かりやすく顎をしゃくり、リュゼーを促す。
「申し訳ありません。帝国の狙いはリチレーヌの潤沢な食糧だと思われます」
「そうだよな。それだからエルドレの悪い大人たちは、色々と手を回しているんだよな」
「それについては、本当に知りません」
 リュゼーは、見据えたままのイルミルズを真っ直ぐ見返す。しばらく見つめ合った後、イルミルズは鼻から息を吐き出す。
「まあ、どちらにせよ、帝国は仕掛けてくるだろうな」
「はい。正に今現在、トンポンは渦中に巻き込まれている最中だといえます」
「何れはハオス共々、リチレーヌもそうなるだろうな」
「その通りだと……」
 リュゼーはここで、不用意に言葉を止める。
 トンポンのみならず、ハオスも厳しい状態であることを伝えようか考えたが、確証が取れない段階では流言の類になってしまう。
 イルミルズは「ふーむ」と、腕を組む。
「国が割れると困るのは、どの国も一緒ですからね」
「お主の言う通りで、権力争いに勝ったとしても遺恨が残り、後の禍に繋がる。苦労するのは民草で、得をするのは帝国みたいな輩たちだけだ」
「他にもいるだろ」
 ドロフが口を挟む。
「帝国に与する者たちですか?」
 リュゼーの問いにドロフは答えず、奥のテーブルに目を向ける。
「まさかヘヒュニ様が?」
 リュゼーは必死になって声を抑える。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。 選んだ職業は“料理人”。 だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。 地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。 勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。 熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。 絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す! そこから始まる、料理人の大逆転。 ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。 リアルでは無職、ゲームでは負け組。 そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。

勇者パーティのサポートをする代わりに姉の様なアラサーの粗雑な女闘士を貰いました。

石のやっさん
ファンタジー
年上の女性が好きな俺には勇者パーティの中に好みのタイプの女性は居ません 俺の名前はリヒト、ジムナ村に生まれ、15歳になった時にスキルを貰う儀式で上級剣士のジョブを貰った。 本来なら素晴らしいジョブなのだが、今年はジョブが豊作だったらしく、幼馴染はもっと凄いジョブばかりだった。 幼馴染のカイトは勇者、マリアは聖女、リタは剣聖、そしてリアは賢者だった。 そんな訳で充分に上位職の上級剣士だが、四職が出た事で影が薄れた。 彼等は色々と問題があるので、俺にサポーターとしてついて行って欲しいと頼まれたのだが…ハーレムパーティに俺は要らないし面倒くさいから断ったのだが…しつこく頼むので、条件を飲んでくれればと条件をつけた。 それは『27歳の女闘志レイラを借金の権利ごと無償で貰う事』 今度もまた年上ヒロインです。 セルフレイティングは、話しの中でそう言った描写を書いたら追加します。 カクヨムにも投稿中です

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...