王国戦国物語

遠野 時松

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とある王国の エピソード

とあるエピソード 野戦 上

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 敵の先陣は勢いに任せて、こちらに押し寄せてくる。右翼は上手く押しとどめ、中央はお互いの兵の多さから混戦の様相を呈しつつある。
 司令官は小高い丘の上から戦況を眺める。
「ドロフ」
 戦略指揮を司る参謀の名を呼ぶ。
「はっ! ここに」
「左のコロネスとぶつかっている、あの旗は誰だ?」
 左翼は敵の突撃は防ぎ切ったのだが、敵右翼により押し込まれ始めている。目立った動きのあるニつの旗のうち、一つを示しながら指揮官は尋ねる。
「はっ、リモーネという若い将です」
「コロネスを押し返すとは中々だな」
「はい、己が隊の先頭に立ち、兵を鼓舞しながら戦いを進める将です」
 さらに左翼の状況を悪化させているのは、敵の最右翼に位置する将の存在である。
「その左横の将も苛烈だな」
「ランドロルという将です。兵を用いるのに長けていて、敵将の中で攻めに特化している将です。負け知らずの何ぞやと、持て囃されているとか」
「そうか。それならば、敵はこちらの左方を崩してからここをを狙うつもりだな」
 指揮官はドロフに顔を向ける。
「中央に兵が残っています、戦況が傾けば中央突破を狙ってくるでしょう。右の遊軍らしき存在も気になりますが、その様に考えるのが妥当かと」
 ドロフは畏まってそれに答える。
「敵右翼が崩れれば、相手は慌てふためくな」
「あの陣容ならば必然でしょう。こちらに抜かれることなど、微塵も考えていないのではないでしょうか」
「それはちと、気に入らんな」
 指揮官は眉根に皺を寄せる。
「はい」
 ドロフは悪い顔で口角を上げる。その顔を見て指揮官は、ドロフを近くに呼ぶ。
「よかろう、ならばあそこを狩り取る。お前のところに活きの良い若いのがいたな」
「リュゼーですか?」
「そうだ、そいつだ。そいつは今、どれぐらいの兵を抱えている?」
「500程度です」
「500か……。練度は?」
「申し分なき」
「よし、それならお前の懐刀を借りる。そいつに予備兵、千を加えてランドロルという奴にぶつけさせろ」
「喜んで! 予定通り、まずはリモーネという将で?」
「好きにしろ」
「その様に」
 ドロフはそう言うと、伝令を呼び寄せる。



「リュゼ兄、大所帯を率いることになったけど、大丈夫?」
 チェロスは馬上にてリュゼーに話しかける。
「人の心配はいいから、お前は自分の心配をしていろ。今回はいつもの様な急襲ではなく、戦場の真っ只中での作戦だ。お前のことを助けるのは難しいからな」
「はいはい。分かってますよ」
「はい。は、一回で良い」
 すでに兵を率いてもおかしくないほどの実力を手に入れたのだか、いつまで経っても昔のように扱うリュゼーに対してチェロスは肩を窄めて応える。
「整いました」
 士官がチェロスへと声をかける。チェロスがリュゼーへと顔を向けると、リュゼーは頷く。
 チェロスは兵に体を向ける。
「出るぞ! 狙うは敵将の首、存分に暴れ回ってリュゼー隊の名をこの戦に刻め」
 兵は関を作り、部隊は前進を始める。



「サクラス様、助太刀に参りました」
「おおリュゼー、見ての通りだ」
 前情報通り、ランドロルは兵を巧みに操り、サクラスの部隊を攻め立てている。
「あの騎兵が邪魔ですね」
「そうなのだ。こちらの動きに合わせてあやつが出てくるから、思うように攻められん」
 先ほどこちらに流れが傾きかけた箇所にサクラスは兵を差し向けたが、敵の騎兵がそこに割って入り、こちらの動きを止められてしまいそれを活かせないでいた。
「チェロス」
 リュゼーの言葉を受け、チェロスは騎兵を率いる者に弓を射いるが、難なく弾かれてしまう。
 その者が遠目にでも笑ったのが見える。宣戦布告を受け取った、と言わんばかりの顔だ。
「先ずはあいつからだな」
 チェロスは何も言わずに闘志を磨き、敵から目を離さずに肯く。
「リュゼーよ、ドロフはどうしろと言っていた?」
「サクラス様、兵を左に固めて下さい。右は連れてきた兵をぶつけて、相手の勢いを削ぎます」
「承知」
 サクラスと話をしている際もリュゼーは連れてきた歩兵を止めることなく、激戦が続く右側へと向かわせる。その動きに合わせ、刃を交えていないサクラスの兵は左へと移動していく。
「弓兵」
 リュゼーは、こちらの移動を狙って動き出した騎兵の眼前に矢を降らせ、その動きを抑える。
 連動した動きにて右は薄くならず、厚みを増した兵の壁にてランドロルの猛攻を凌ぐ。
「リュゼー隊が出る。道を開けろ!」
 チェロスの掛け声と共にリュゼーは馬を走らせ、敵騎兵へと繋がる道を駆ける。
「どけ、どけ。我らリュゼー隊の前に現れる者は、命が無いと思え」
「命が惜しくなければ前に出てこい。お望み通り、あの世へと送ってやる。」
 敵騎兵を守るために現れた歩兵は、先頭を駆る者たちから発せられた気迫に押され、衝突と共に崩壊し、なす術なく切り伏せられていく。
 それを目の当たりにした敵騎兵はその身が危うくなるのを感じたが、指示を受けた味方の弓兵が射る矢にて動きが制限され、正面からリュゼーの騎馬隊と相対することを選ぶ。
「お前たちに時間を掛けている暇など、俺たちには無いんでな。人使いの荒い師より承ったことが山ほどある」
 進路が広くなると同時に中程にいた者たちは、リュゼーから離れるように左右に広がり、番えていた矢を引き絞って次々と射掛けていく。その矢は、先頭が突撃する寸前に敵を貫き、敵を崩す。
 先頭を駆る者たちが次々と敵騎兵を切りつけると、一際動きが俊敏な者が敵兵を指揮する者に切り掛かる。
「チェロス、良くやった」
 リュゼーはそう声を掛けると馬首を左にめぐらし、敵の背中を突きながら敵陣を駆け抜ける。挟撃を恐れた敵兵たちは隊列を崩し、勢いが失われる。
「ほらほら、このまま抜けたらお前らの背はガラ空きだぞ!」
 チェロスの叫び声に反応するかのように、敵は外側の守りを厚くする。リュゼーはそれを物ともせず突っ込むが、何重にも張り巡らされた敵に妨げられてしまう。
「リュゼー様」
 リュゼーが次の攻め手を考えていると、兵に声をかけられる。兵が指し示す方に顔を向けると、敵兵が迫ってくるのが見える。
「いかがいたしますか?」
 あまりにも素早い敵の対応に、兵の顔から早急に指示を求めているのが読み取れる。
「仕方ない、引くぞ」
 リュゼーがそう言うと同時に、チェロスが「引け!」と兵に指示を飛ばす。
 リュゼーの部隊は殿の兵が身を挺したことにより、その場を離れることに成功する。
「敵将は手強いみたいだね」
 チェロスの言葉にリュゼーは、己の未熟さに奥歯を噛み締める。
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