恋はあせらず

遠野 時松

文字の大きさ
19 / 33

学校の帰り道で愛でられる

しおりを挟む
「大変だったねー」

 さっきからハルちゃんは、何度も私のことを労ってくれる。
 今のは三沢さん達との会話のやり取りに関してだった。道の途中で突然、頭をワシワシされて「可愛いねぇ、カワイイねぇ」と呪文の様に唱えながら抱きつかれたりもした。

 これは『愛でてる』というものらしい。

 ハルちゃんは私で楽しんでるだけだと思う。
 どこからが小バカにするで、どこからが愛でるになるのかを教えてほしい。そうじゃないと、全部バカにされていると思っちゃう。

 遥乃が「キャー」とはしゃいで、脇を絞めながら体をくねらせる。

 ハルちゃんは脇の下が弱い。
 こっちも仕返しをしながら、二人きりで帰っている。

 アリちゃんはインターハイに向けて、神社の弓道場で開かれる地域の大会に参加するみたいで、弓道部のみんなと居残り練習をしていくみたい。毎朝会うとはいっても、それが大会まで続くらしいから少し寂しい。

 もうそろそろ「またね」の交差点が近付いてくる。

「このまま一緒にスズちゃん家の方を、回って行こぉおーかなー」

 歩いている途中で遥乃は、腰の後ろで手を組み、顔を横にして鈴香の顔を覗き込む。頭の上で二つに分けた癖のある髪がフワリと揺れ、垂れた毛先がバネの様に弾む。

 完璧。
 メガネには、ものを見やすくする以外に使い道があるってことを教えてくれた、あの時の角度と一緒。
 私は見惚れる。

「いいけど、今日はパパ帰り遅いって言ってたよ」
「何言ってるの?二人で帰るの久しぶりだし、もっとスズちゃんと話をしたかっただけだよ」

 ハルちゃんたら、やっぱり面白い。

 少女マンガの敵役に最適なブリん、ブリんの笑顔だったのに、パパに会える確率が低いのが分かった途端に何その顔。
 あからさまがヒドすぎる。

「嘘、顔がショックを隠しきれてなかったもん。口調も変。私の物知り博士、何でも知ってる「シリちゃん」のモノマネしてるのかと思ったよ」

 遥乃から表情が消える。

「だって「シリ」だけだと、お尻のことと勘違いしちゃうかもしれないし、短くしたら上手く伝わらないかもしれないでしょ」

 私は慌てて補足をする。
 アリちゃんがいたら「ツッコミが長い」って笑われていそう。聞き手を信頼しろって言うけれど、ちゃんと伝わらなかったらイヤだからついつい言葉が長くなってしまう。

 遥乃が笑うのを見て、鈴香は頬を膨らませる。

「違うんだってぇー」遥乃は鈴香に抱きつく。「スズちゃんと帰るのは嬉しいんだけれどぉ、ダーリンに会えないかもって思ったらー、体が勝手に反応しちゃったのぉ」

 可愛らしいけれど、媚びてない声。だからこそ、全く謝る気が無いのが分かっているのに許しちゃうし、何だか惹きつけられちゃう。
 この見た目でこれをやられたら、好きになっちゃう男の子は多いと思う。

 でも、道の真ん中でこの人は何をやっているんだろう。片足を絡められたら前に進むことができない。

 私は「うー」って力を込めて逃れようとするけれど、ハルちゃんに「ごめんねー」って何度も謝られながら、かっちりとホールドされているから絶対にムリ。

 一度でもハルちゃんの必殺技「人固め」を掛けられたら、諦めるしかない。

 後ろから抱きつかれた途端に、私の片足は彼女の片足に巻きつかれて自由を失う。私たちはそれぞれの片足で支え合っているけれど、私の方が背が小さいから二人の体重を支えることになる。
 二人の体を文字で表すなら、私が両手を広げてバランスをとる時に「木」みたいになることが多いんだけれども、これは絶対に人固めだ。
 人という字は、大きい人の気紛れに振り回される、小さい人の苦労の上で成り立っている。

「スズちゃん、許してくれる?」

 許さないとこの足は解放されないと思う。

「うん、許す」
「うそ、絶対許してくれない」

 遥乃は絡めた手と足に、ギューっと力を込める。

「許すって」
「うそ、絶対嘘よ。うそ、うそ、うそ」

 遥乃は力を込めたまま、駄々を捏ねて体を小刻みに振る。

「ちょっとやめてよ、危ないって」二人のバランスが崩れ始める。「本当に嘘じゃないって」
「嘘じゃないなら何で口調が強いの?」
「危ないからでしょ!」
「ほら、やっぱり怒っているじゃない」

 遥乃は、のしかかる様にして鈴香を強く抱きしめる。

「もう、ちょっっっとーーー」

 とうとう二人はバランスを崩す。遥乃は楽しそうに笑っている。

 あーーー、もう。今日はこっちのハルちゃんね。帰るのに時間が掛かる。

 ハルちゃんは、見た目通りのぶりっ子だ。
 少し語弊があった。
 正確に言うと、見た目以上の『超』ぶりっ子だ。小さい時から見てきた私なら自信を持って言える。ブリを必殺技にまで極めている。

 学校なんかでたまに「ぶりっ子してー」なんて言われてるけれど、それはちょっと違う。ふとした瞬間にブリが漏れてしまっただけで、狙っているわけじゃない。
 それなこともあって、あざと系とか裏表あると思われがちだけれどそんなことはない。表がぶりっ子で裏もぶりっ子なだけだ。
 自分を出し過ぎると顰蹙を買うことが分かっているから、ハルちゃんは学校だと自分を抑える。

 そのストレスの捌け口として、私は度々体の自由を奪われる。

「別に私はこのまま「バイバイ」でもいいんだよ」
「本当に?」

 丁度良かった、と遥乃は笑顔で答える。

 裏表ならこっちがハルちゃんの「裏の顔」になる。素直にぶりっ子出来ないストレスから現れてくる時は、いつも以上に闇が深くなる。
 瞳の奥は、光が届かないほど深い。背中がゾゾ~っと寒くなる。

 私にとっては、裏の方が色々としてくるから表のままでいて欲しい。そっちの方がカワイイし。

「もう、ハルちゃん嫌い」
「私は好きだよー」

 そんなことは分かってると、私は顎を少し上げる。

 私たちは笑いながら横に並んで、またねの交差点を通り過ぎる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

結婚する事に決めたから

KONAN
恋愛
私は既婚者です。 新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。 まずは、離婚してから行動を起こします。 主な登場人物 東條なお 似ている芸能人 ○原隼人さん 32歳既婚。 中学、高校はテニス部 電気工事の資格と実務経験あり。 車、バイク、船の免許を持っている。 現在、新聞販売店所長代理。 趣味はイカ釣り。 竹田みさき 似ている芸能人 ○野芽衣さん 32歳未婚、シングルマザー 医療事務 息子1人 親分(大島) 似ている芸能人 ○田新太さん 70代 施設の送迎運転手 板金屋(大倉) 似ている芸能人 ○藤大樹さん 23歳 介護助手 理学療法士になる為、勉強中 よっしー課長 似ている芸能人 ○倉涼子さん 施設医療事務課長 登山が趣味 o谷事務長 ○重豊さん 施設医療事務事務長 腰痛持ち 池さん 似ている芸能人 ○田あき子さん 居宅部門管理者 看護師 下山さん(ともさん) 似ている芸能人 ○地真央さん 医療事務 息子と娘はテニス選手 t助 似ている芸能人 ○ツオくん(アニメ) 施設医療事務事務長 o谷事務長異動後の事務長 ゆういちろう 似ている芸能人 ○鹿央士さん 弟の同級生 中学テニス部 高校陸上部 大学帰宅部 髪の赤い看護師 似ている芸能人 ○田來未さん 准看護師 ヤンキー 怖い

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...