明るい浮気問題

pusuga

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肉達の失笑

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  優秀なアニメ声の探偵に依頼をした数日後の事だ。
 妻が宝くじの五等3000円が当たったとの事で、チェーン店ではない一部個室無添加肉使用中級焼肉店にて、俺達は対峙している。
 そして、テーブルに上カルビ、牛タン、ミノ、ホルモン、レバー、キムチ、ライスが並んでいて、さあ焼肉奉行のお出ましだ!と言う、俺が既にトングをカシャカシャとウォーミングアップしている状況で、妻が俯き加減で口を開いた。

 「あのね。こないだの知らない重量挙げの家について、私視点で極めて重要な新事実を大ちゃんに報告していいかな?」

 「バーベルな」

 「そっか。間違えた」

 「間違えじゃなくて、認識不足な」

 「え?間違いじゃないの?認識って何?」

 「いや、スマン。重量挙げでも意味はわかる。俺が細かい事を気にし過ぎた。続けてくれ」

 「うん。わかった」

 これに似たようなやり取りは経験済みだ。妻の発言にも、即座に対応出来る。
 俺も順応力がある男に生まれ変わった。

 今度ミニバーベルを購入して、持ち手に『バーベル』と記入して家に置いておこう。妻がもし、ダイエットを始めたら、メニューの一端を担うかも知れんしな。

 「じゃあ言うね。同級生の男の子の家だって。私が酔って騒いだから、連れてったんだって。同窓会にいた女友達が教えてくれたよ」

 「……そうか。大変だったな。だが、女物のパジャマを着ていた件はどうだ?」

 「わかんない。その男の子の連絡先は知らないから。多分彼女のじゃない?」

 「なるほど。それならば理にかなっているな。迷惑を掛けたな。謝りに行かなければな」

 「え?でも、浮気しちゃったかも知れない相手だよ?お持ち帰りされたかも知れないんだよ?」

 「…………」
 
 お持ち帰り…………酷い言葉だ。
 まさか、こんな無慈悲な言葉を妻から聞くことになろうとは。

 そうだよな。
 さも、真実が明らかになり、めでたしめでたしみたいな雰囲気になりかけたが、今回の話で判明したのは――――

 【妻が泊まったのは、男の家だった】
 【酔って騒いだ】

 以上の二点だけじゃないか。
 しかも、やはり男の家だった。
 最悪だ。

 まだ、網に乗せていない生の肉達も、俺のバカさ加減に失笑している事だろう。

 妻の友達に、男の連絡先を聞き介抱のお礼とご迷惑の謝罪と称して突撃する事も出来るが、現状の一番の最善手は太宰探偵に男のわかる限りの情報を伝える事だ。そして、男がどんな奴か調査してもらうべきだ。

 同窓会だ。若くして結婚した妻の事は話題にならないはずがない。
 妻が既婚者だと認識しているのにも関わらず、妻が酔っている事を良い事に不貞行為をする様な人間性があるならば、損害賠償請求と言う鉄槌を下す事も可能なんじゃないか?

 「大ちゃん。本当にごめんなさい。私、聞いてこようかな?」

 「…………いや、今は焼き肉を楽しむ事に集中しよう。肉達も待ちかねている様子で、表面が乾いてしまうからな」

 「うん!わかった!あ、ロース頼んだのに来てないね」

 「そうか。じゃあピンポン押すか――」

 「この店の音、ピロリロリンじゃない?」

 人間の聴覚反応認識表現は、人それぞれだな。

 「それじゃあ、二人の認識を併せてピンピロリンポンにしよう」

 「言いにくくない?あと、認識ってどう言う意味?」

 「スマン。認識と言うのは、物事をどう理解したか……つまりミュウちゃんが、この店の音を頭の中でどう認識…………」

 駄目だ。
 簡単過ぎて説明出来ない。
 当たり前の様に使用している言葉は、説明しにくい物だと思う。

 説明ってどう言う意味?
 焼き肉ってどう言う意味?
 駄目ってどう言う意味?

 なんて、言われても困るだろ?

 こんなくだらん自問自答をしてる場合じゃない。
 今は、焼き肉を食しながらの妻との会話を堪能しよう。

 妻といると、やはり飽きないな。
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