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一章;動きはじめた日常
6話
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「おぅ、サツキ、おかえり。ジルも来てくれたんか。調子はどうや?」
古ぼけた木扉を開けた二人を出迎えたのは、サツキと同じ訛り口調をした赤ら顔のラバード=キリングだった。
もしゃもしゃの髭が顎を縁取り、同じ質感のふさふさとした髪が暖かそうで、ジルファリアは家に置いているくまのぬいぐるみを思い出した。
陽気に掲げた右手とは反対側の手に、麦酒の瓶が握られている。
「おやじ、また飲んでるんか……」
呆れたようにサツキはパン袋をカウンターに置いた。
傍らのジルファリアは壁際の棚に積まれた籠を覗き込む。
このオンボロな店に似つかわしくない、きちんと清潔に畳まれたタオルやら衣服が仕舞われていた。
店に入った時から漂っていた石鹸の良い香りがふわりと鼻をくすぐった。
「どうせこの時間帯はだーれも来ぇへん」
石造りの建物のせいか、ラバードの良く通る声が無駄に響く。
「そうやとしても、店番中に酔っ払ってたらあかんやろ」
「だーいじょうぶ大丈夫」
へらへらと人懐っこい笑顔を見せるこのラバードのことをジルファリアはとても好きだった。
「おっちゃん、あいかわらずだなー」
「毎日楽しく過ごさんと損やからな。今日はお前ら街に出かけるんか?」
「うん、出かけるぞ!」
「どこ行くんや?」
「んん……?そういや今日はどこ行こうか、サツキ?」
「そうやなー。職人街はもう飽き飽きやしな」
思案顔で腕組みをするサツキに、へへっと声を上げてラバードが笑った。
「王都はまぁまぁ広いから迷子になるなよ」
「ならねーよ」
街のことを毎日我が物顔で練り歩いている二人にとって、王都はもう庭のようなものだ。
得意げなジルファリアはラバードの顔を覗き込む。
「オレたちに知らねぇ場所なんてないぞ、おっちゃん」
「ほぉ、ほんならこの街について軽ーく説明してもらおか、ジル」
「へへっ、お安い御用だ」
鼻の頭を指で擦るとジルファリアは傍にあった小さな椅子の上に飛び乗る。
勢いづきすぎて椅子ががたんと揺れ呻くと、気を付けろやとサツキの呆れた声が飛んできた。
「よーし、じゃあこのオレ様が王都について説明するぞ」
「この王都セレニスは、街の中が四つに分かれているんだ。オレたちの住んでる職人街と、アカデミーがある学生街。あとは、魔法使いたちが住んでたり魔法の店があったりする魔法街。あとは……」
ジルファリアは一旦言葉を切り、思い出すように宙を見つめたあとぽんと手を打った。
「エラいヤツらが住んでる貴族街だ!」
どうだと言わんばかりに踏ん反りかえっているジルファリアを、呆れた顔で見つめる親子は揃ってため息を吐いた。
「んん?なんだなんだ?」
「いや、間違ってないんやけどな。お前の説明は何ちゅうかこう……いつもざっくりしてるっちゅーか、なぁ」
「ジルはガサツやからな」
「何だとー」
むぅ、と頬を膨らませたジルファリアは椅子の上からサツキを睨みつけるが、すぐに切り替えてにんまりと笑った。
「ま、いいや。さっそく外行こうぜ」
「だからどこに?」
「そうだなぁ、セレニスはあらかた歩き回ったから……」
「いやいや、さすがに王宮と貴族街はよう行かへんやろ」
「じゃあ、今日は思い切って貴族街に……」
「駄目だ」
途端に硬くなった声が部屋に響く。一瞬空気がぴり、と張り詰めたような気がした。
「おぅ、サツキ、おかえり。ジルも来てくれたんか。調子はどうや?」
古ぼけた木扉を開けた二人を出迎えたのは、サツキと同じ訛り口調をした赤ら顔のラバード=キリングだった。
もしゃもしゃの髭が顎を縁取り、同じ質感のふさふさとした髪が暖かそうで、ジルファリアは家に置いているくまのぬいぐるみを思い出した。
陽気に掲げた右手とは反対側の手に、麦酒の瓶が握られている。
「おやじ、また飲んでるんか……」
呆れたようにサツキはパン袋をカウンターに置いた。
傍らのジルファリアは壁際の棚に積まれた籠を覗き込む。
このオンボロな店に似つかわしくない、きちんと清潔に畳まれたタオルやら衣服が仕舞われていた。
店に入った時から漂っていた石鹸の良い香りがふわりと鼻をくすぐった。
「どうせこの時間帯はだーれも来ぇへん」
石造りの建物のせいか、ラバードの良く通る声が無駄に響く。
「そうやとしても、店番中に酔っ払ってたらあかんやろ」
「だーいじょうぶ大丈夫」
へらへらと人懐っこい笑顔を見せるこのラバードのことをジルファリアはとても好きだった。
「おっちゃん、あいかわらずだなー」
「毎日楽しく過ごさんと損やからな。今日はお前ら街に出かけるんか?」
「うん、出かけるぞ!」
「どこ行くんや?」
「んん……?そういや今日はどこ行こうか、サツキ?」
「そうやなー。職人街はもう飽き飽きやしな」
思案顔で腕組みをするサツキに、へへっと声を上げてラバードが笑った。
「王都はまぁまぁ広いから迷子になるなよ」
「ならねーよ」
街のことを毎日我が物顔で練り歩いている二人にとって、王都はもう庭のようなものだ。
得意げなジルファリアはラバードの顔を覗き込む。
「オレたちに知らねぇ場所なんてないぞ、おっちゃん」
「ほぉ、ほんならこの街について軽ーく説明してもらおか、ジル」
「へへっ、お安い御用だ」
鼻の頭を指で擦るとジルファリアは傍にあった小さな椅子の上に飛び乗る。
勢いづきすぎて椅子ががたんと揺れ呻くと、気を付けろやとサツキの呆れた声が飛んできた。
「よーし、じゃあこのオレ様が王都について説明するぞ」
「この王都セレニスは、街の中が四つに分かれているんだ。オレたちの住んでる職人街と、アカデミーがある学生街。あとは、魔法使いたちが住んでたり魔法の店があったりする魔法街。あとは……」
ジルファリアは一旦言葉を切り、思い出すように宙を見つめたあとぽんと手を打った。
「エラいヤツらが住んでる貴族街だ!」
どうだと言わんばかりに踏ん反りかえっているジルファリアを、呆れた顔で見つめる親子は揃ってため息を吐いた。
「んん?なんだなんだ?」
「いや、間違ってないんやけどな。お前の説明は何ちゅうかこう……いつもざっくりしてるっちゅーか、なぁ」
「ジルはガサツやからな」
「何だとー」
むぅ、と頬を膨らませたジルファリアは椅子の上からサツキを睨みつけるが、すぐに切り替えてにんまりと笑った。
「ま、いいや。さっそく外行こうぜ」
「だからどこに?」
「そうだなぁ、セレニスはあらかた歩き回ったから……」
「いやいや、さすがに王宮と貴族街はよう行かへんやろ」
「じゃあ、今日は思い切って貴族街に……」
「駄目だ」
途端に硬くなった声が部屋に響く。一瞬空気がぴり、と張り詰めたような気がした。
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