宵闇の魔法使いと薄明の王女

ねこまりこ

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二章;OPENNESS

68話;徒花(6)

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 マリスディアはずっとそこで青々とした葉を指で撫でていた。

 アカデミーの植物園は居心地が良い。
 植物たちは何も言わなくても寄り添ってくれている気がした。
 ここにいると、王宮の庭で育てていた草花たちを思い出す。

 マリスディアはプランターの並ぶ花壇で追肥作業を手伝っていた。
 ここ数日はずっと授業に出られておらず、それならばとミスティがここの手伝いをお願いと言ってくれたのだった。
 ちょうど今は、治療薬の材料になるトゥール草という薬草の追肥時期とのことだった。
 ありがたい申し出に感謝しながらも、いつまでもここでこうしているわけにもいかないことに葛藤する。

 だがあの日のことを思い出すと、きゅっと胸が締め付けられてしまうのだ。
 ヒオの懸念通り、実技の魔法学では他の生徒たちが難なくこなせていることを全くできず、マリスディアは立ち尽くすばかりだった。
 それ以来教室では、詮索するような視線を浴びるようになっていったのである。
 王族故直接何かを言われることはなかったが、探るような問いかけを何度かされた。

 勿論ジルファリアたちは何も聞かず傍にいてくれたし、なんなら彼らに「難癖つけてんじゃねぇ」と一喝もしてくれたのだが、

 __徒花姫。

 誰かが自分のことをそんな名前で呼んでいるのを聞いてしまってからは、もうそこには居られなくなってしまった。
 教室に入ろうとすると、足がすくみ息苦しくなってしまうのだ。


 (お父さまも原因が分からないって仰っていたものね)
 ため息を吐くとマリスディアは袋から肥料を掬い上げた。
 ウルファスが帰還してすぐ、ヒオとミスティが自分に起こったことを話してくれたのだが、父自身もとてもショックを受けたようだった。

 __時折マリアの魔力が感じられなかったのは、まだ本格的に魔法学を勉強したわけではないからだと思っていた。

 少し呑気にも思えたが、ウルファスらしいおおらかな気持ちで自分のことを見守ってくれていたようだった。
 それからは原因を探すべく動き出した父を見て、父の仕事をまたひとつ増やしてしまったのだとマリスディアは気持ちが落ち込んだ。
 ただでさえ身体が弱くなっているようなのに、これ以上負担をかけてしまうのは申し訳なかった。

 「わたしにできることって何かしら」
 土の表面に肥料をぱらぱらと撒きながら呟く。
 あの日ヒオに言われたことを思い返していた。
「魔法とは違う、わたしにしかできないことか……」

 今までよもや自分が魔法を使えないなど考えもつかなかった事だ。
 当然自分も大人になったら父のように魔法でこの国を護るのだと、そう信じていた。

 だから、魔法以外に自分ができることなんて、本当にあるのか自信がなかった。

 暗い気持ちでため息を吐いた時、目の前の鉢に植っているトゥール草がひとつ元気がないように見えた。
 自分の気持ちが落ち込んでいるからそう見えただけかとも思ったが、よく見ると茎の部分が柔らかくなっている。
「なんだろう、水が足りないのかしら」
 鉢を持ち上げ観察してみるが、どうにもよく分からないでいた。
 生憎、植物学担当の教員も助手も離席しており、ここにはマリスディア一人だった。
 だがこの薬草がこちらに助けを求めているようにも映り、マリスディアは立ち上がる。
(調べてみよう)

 確か、奥の戸棚に薬草学の図鑑があったはずだ。
 マリスディアは鉢を持ったまま、植物園奥にある東屋に向かった。
 そこには植物学の教材や園芸用の道具なんかが置かれている。色々な薬草の種袋も置かれていた。

 「あ、これだわ」
 机の上に小さな棚があり、そこからぶ厚い図鑑を取り出した。
 マリスディアは机に鉢を乗せ、その側で図鑑を開いた。
 そしてそのまま目を走らせトゥール草の項目を読み耽る。

 かちかちという時計の針が進む音だけが響いていた。

 __成る程。
 どうやらこのトゥール草という植物は水のやり過ぎもよくないようだ。
 水分を少し枯渇させることで、植物がより生きながらえるように治癒成分を産生することができるらしい。

 「肥料もほんの少しなのね」
 先程撒いていた肥料を少し取り除いておこうとマリスディアは頷く。
「水のやり過ぎには、お日さまの光がよく当たる風通しの良いところへ置いてあげるといいのね」
 本の文字を追いながら彼女は鉢を持ち上げた。
 どこへ置けばいいかときょろきょろしていると、

 「やあ王女、ご機嫌いかがかな」
 そんな朗らかな声が聞こえてきたのである。

 「ハイネルさま、こんにちは」
 マリスディアの表情がぱっと明るくなった。
 植物園の入り口のところに一人の紳士が立っており、こちらへ片手を上げている。

 見るからに身なりの良さそうな彼は、名をハイネル=マルク=カチェット=バスターといった。
 ジルファリアと初めて出会った時に滞在していた屋敷の持ち主であり、ウルファスの右腕とも呼ばれている。
 また、ウルファスとは幼い頃から親しくしている友人の一人でもあるという。
 更に付け加えれば、人手不足であるアカデミーの植物学臨時教員にこの度任命されたらしい。
 尤も彼も父に負けないほど忙しい身ではあったので、頻繁に授業を行なうことは難しいようだったが。
 
 「今日はお時間よろしいんですか?」
 マリスディアが訊ねると、彼は口元の整えられた髭を撫でつけ頷いた。
 ハイネルは鈍く光る銀色の髭がとてもご自慢なのだよとウルファスが言っていたのを思い出す。

 「ようやく植物園の様子を見に来られたよ。普段植物たちは研究員の子たちに任せているけれど、やはり自分でもお世話したいからね」
「ハイネルさまはお庭造りだけでなく、草花や薬草を育てることもお好きでしたものね」
 彼女に土いじりを教えてくれたのもこのハイネルであった。

 「それはそうと、王女は今なにをしようとしていたんだい?トゥール草の追肥を手伝ってくれていると聞いたが」
「そのトゥール草が一株元気がないようで、調べていたんです。水を与え過ぎてしまっているみたいで、今から置き場所を変えてみようかと」
 手元の鉢を彼に見せると、ハイネルはふむと頷いた。
「成る程、よく観察したね王女。この具合から水のやり過ぎに気づくのはそこそこ難しいんだよ」
「そうなのですか?」
「もう少し症状が悪化してくると、肉眼でも分かりやすく葉の色が赤く変色してしまうんだが、そこまで進行してしまうと治癒能力のある成分は半分以下になってしまうんだ」
「そうなのですね」
 だとすれば少しでも早く見つけられてよかった。マリスディアは鉢を嬉しそうに眺める。

 「置き場だが、こちらがいいだろう。おいでマリスディア」
 後ろで結えた銀色の長い髪を翻すと、ハイネルは手招きをした。

 その後に着いていくと、日当たりの良い場所に出る。
 大きな花壇の中では様々な植物や花が風に揺れていた。

 「ここはより多くの日光を必要とする植物たちの花壇なんだよ」
「たくさん植っていますね」
「そうなんだ。アカデミーはここだけじゃなくて中庭でも薬草を育てているんだが、やはり植物園の方が色々な植物を育てられる様々な環境が作られていて楽しいんだよ」
「様々な環境?」
「そうだよ、日光がないと生きていけない植物もあれば、寒い環境でしか生きられない植物もいるからね」
 嬉しそうに案内してくれるハイネルを見て、小さな子どものようだとマリスディアは笑みをこぼした。
 つられてにこりと笑顔を見せたハイネルが手を掲げた。
「さぁ、ここがいい。その鉢をここに置いてもらってもいいかな?」
 花壇の隙間に空き場所を見つけてくれたのか、指し示している場所にマリスディアは鉢を置いた。


 「ふむ、数日様子を見てみようか。ありがとう、マリスディア」
 満足そうに頷いたハイネルは、ちらりと懐中時計に目を遣る。
「まだ授業中だな。それならば、東屋でお茶でもどうかな」
「え?」
「久しぶりにマリスディアと話がしたかったんだ」

 あぁ、彼はこちらの事情も知った上で心配してくれているのだろう。
 彼の穏やかで暖かな色をした瞳が今のマリスディアには少々辛かった。
 心配をしてくれて嬉しいような、だが何も返せない自分が情けないような、そんな複雑な気持ちが混じり合った面持ちで頷いた。


 「ありがとうございます、ハイネルさま」


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