宵闇の魔法使いと薄明の王女

ねこまりこ

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二章;OPENNESS

71話;徒花(9)

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 「なるほど、それで教室の方へも行かれることにしたのですね」
 隣に腰掛けたタチアナが微笑んだ。
 マリスディアは首を縦に振りながら、パナシアの瓶を手の上で転がしていた。

 目の前では城の騎士たちが稽古をしており、快活な掛け声が響き渡っている。

 「まだどうすればいいのか分からないけれど、出来ることは全部やってみたいと思って」
「ジル君が王女を励ましてくれたんですね。とても良いご友人ですね」
 そんな彼女の言葉に嬉しそうに頷いていると、冷ややかな声が降って来る。
「いつまでいじけているのか気掛かりだったけど、ともかく授業に出席する気になってくれただけでも良かったよ」
「ヒオ、またそんな言い方を」
 咎めるようなタチアナの視線もどこ吹く風で、背後に立っていたヒオがこちらを一瞥した。
「でも、ただいじけているだけじゃなかったみたいで感心した」
「え……?」
 声色に少し柔らかさが混じったのを感じ、マリスディアは彼を見上げる。
 彼の手には紙の束が握られていた。
「君のレポートを見せてもらった。とても良く出来ているし、魔法薬のことをしっかりと調べて理解しているね」
 彼が手に持っているのは、マリスディアが休学中に作り上げたパナシアのレポートだった。
 ハイネルから教わったことや、その後自分で試行錯誤したことが面白くなってきて、記録としてまとめてみたものだ。

 「やれば出来るじゃない」
 いつもとは違う嫌味のない笑みに、マリスディアはきょとんとしたが自分が褒められたのだと理解し頬を染める。
「王女は何事も一所懸命だし、真面目にこなしているわよ」
 タチアナが不満げにヒオへ抗議する。
「それは賛同する。だからこそ君も物好きな実験台に名乗りを上げたんだろう?」
 今度は愉快そうにニヤリと笑うと、タチアナにレポートを掲げて見せた。
「王女の研究した、より強力な試作品」
「勿論」
 得意げに頷くとタチアナが立ち上がる。
「我々、王城の騎士たちは王女の作られたパナシアの効果を証明して見せるわ」
 胸をとんと叩き後ろを振り返ると、騎士たちがちょうど対面で剣を振るっているところだった。

 魔法薬の生成をいろいろな過程で試して作ったものが沢山出来上がってしまい、どうしたものか悩んでいた時に彼女が声をかけてくれたのだった。
 剣の稽古中に、生傷が絶えない彼らのために使わせてくれないかと。
 マリスディアは自分が作ったものは販売されている精製されたパナシアではないからと断ったのだが、構わないと押し切られたのである。

 「本当に大丈夫かしら」
 未だ不安が拭えない様子でマリスディアが自らの魔法薬を見つめる。
 きらきらと透明度の高い液体が瓶の中で揺れた。
「ざっと見たけど、毒性が発生しているようでもなさそうだし、大丈夫なんじゃない?」
「ざっと見って……。自信がないわ」
 マリスディアがため息を吐くと、ヒオが肩をすくめる。
「でもどこかで試してみないと、君の検証が正しいかは分からないじゃない?いつまでも君自身が傷を作って試し続けるわけにはいかないでしょう?」
 その言葉に、マリスディアは衣服の袖を手首の位置まで伸ばした。
 今度は彼がため息を吐く。
「気付かれてないとでも思ってた?そりゃあ治療薬の実験には怪我や傷が必要だけど、君が一人でせっせと傷を拵える必要はないよ」

 ここ数日、木登りをしてみたり擦り傷を作る行為をしていたことを見抜かれていたらしい。
 彼の勝ち誇ったような言葉にマリスディアは伐の悪い顔をした。

 「だからこそ、有効活用です王女。我々にお任せください!」
 両手を握りしめタチアナが張りのある声を出すと、稽古をしていた騎士たちも「そうです、王女」と口々に声をかけてくれた。
「皆さん、ありがとうございます」
 胸が熱くなったマリスディアはぺこりと頭を下げたのだった。

 そして木箱に詰めてきたパナシアの瓶を騎士一人一人に手渡していく。
 皆、タチアナに絞られた後のためか擦り傷切り傷でいっぱいになっていた。
 
 「タチアナ様の稽古は厳しいですからな」
 等と愉快そうに笑いながら、彼らはパナシアを受け取ると休憩所の方へと歩いて行った。
「相変わらず君の訓練は激しいみたいだね」
 彼らの後ろ姿を見送りヒオがため息をついた。
 タチアナが当たり前だと大きく頷く。
「いつ何時侵入者が現れてもいいように、日々特訓が必要だと思っているもの」

 彼女は王宮騎士団という男所帯の中紅一点で働いているのだが、剣の腕を買われ現在は副団長という役職に就いている。
 その為団員たちの稽古は彼女が請け負っているらしい。
 そして稽古がない時、彼女はひたすら自分の身体を鍛えているのだ。
 タチアナはいつも堂々としており、日々の立ち居振る舞いでも剣術でも男性騎士に負けていない彼女にマリスディアは憧れに近い感情を抱いていた。

 「タチアナはどうして騎士になろうと思ったの?」
 マリスディアがふと気になっていたことを口にした。
 稽古着から覗く日焼けした腕にパナシアを垂らしていたタチアナはきょとんとした顔でこちらを見つめる。
 そして擦り傷がみるみる間に塞がっていく様子を見ながら、そうですねと呟いた。
「私の父が学生街で剣術の道場を開いていたというのもあるのですが」
 彼女の実家が学生街にあるというのは聞いたことがある。
 マリスディアは相槌を打った。
「小さい頃から私は木で作った剣をよく振っていました。おかげで王女の歳くらいになると人並みに剣を扱えるようになっていました」
「すごいわ」
「でも騎士になろうと思ったきっかけは、弟や妹たちでした」
「タチアナの?」
「はい。私は五人姉弟の一番上で、弟が三人、妹が一人おります」
 マリスディアの隣に腰掛けながらタチアナが微笑む。
「みんなとても元気で、特に弟たちはやんちゃばかりしていました」
「ふふ、楽しそうね」
「はい。でもある時、弟たちが行方不明になったことがあって」
「え……」
 不穏な言葉にマリスディアも眉を顰める。
「その頃王都では、子どもが姿を消す事件が何件も起こっていたのです」
「それって、あの?」
 思い当たることがあったのか、ヒオがタチアナに目で問いかけた。
「そうよ。国外からやって来た商人が子ども達を攫っていたあの事件」
 頷くタチアナにマリスディアは息を呑んだ。

 父やハイネルたちから聞いたことがある。
 それはちょうどマリスディアが生まれた頃の話だったという。
 セレインストラより外の世界から旅人を装ってやって来た“商人”が王都で子ども達を攫い、国外で売っていたという事件だったのだ。
 結局商人は騎士団に捕縛され、その後牢獄で自ら命を絶ってしまったので、人身売買の目的は分からずじまいだったらしい。

 「弟さん達もその商人に?」
 マリスディアの問いにこくりと頷きながら、タチアナが続けた。
「弟達は連れていかれる途中職人街で救助されたのですが、その時お世話になったのが王宮騎士団だったのですよ」
「そうだったのね」
「はい。その時に私は、剣術が相手を打ち負かすだけのものではなく、人を守る為にあるのだということを知りました」
「人を守る……」
「それからは騎士団に入団するために必死で腕を磨きました」
 胸に手を当てて、タチアナが微笑む。
「おかげで今は騎士団に身を置くことができて誇らしいです。マリスディア様のお側にもいられますし」
 彼女の笑顔にマリスディアも嬉しくなった。
「いつもありがとう、タチアナ」
「こちらこそありがとうございます。ほら、見てください。王女のパナシア、効果抜群ですよ」
 そう言いながら、嬉しそうなタチアナが腕をこちらへ掲げて見せた。
 傷口は跡形もなく綺麗に消えている。

 マリスディアもまた誇らしい気持ちになったのだった。

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