宵闇の魔法使いと薄明の王女

ねこまりこ

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二章;OPENNESS

72話;徒花(10)

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 「マリスディア」
 稽古場から自室へ戻る途中、自分を呼び止める声に振り返ると、大広間へ続く廊下にニコラスが立っていた。

 「ニコラス」
 その固い表情は彼をあまりよく知らない者からすると動揺してしまうくらい不機嫌そのものだが、マリスディアからしたらいつものことである。
 彼は学生街に居を構えているので、王宮で見かけることは珍しい。

 そんな従兄弟の登場にほっとして近づくと、彼はたくさんの書類を両脇に抱えていた。
「図書館帰り?」
「ああ、注文していた資料が届いたのでな。外国の資料だからか王宮の図書館でないと取り寄せられない代物だったんだ」
 見たところ歴史関連や遺跡絡みの資料のようだ。
 心なしか仏頂面が嬉しそうに見える。
「相変わらずニコラスは歴史関係の研究が好きなのね」
「この間立ち寄ったフーリアの遺跡でとても珍しい遺物を発見したんだ。そこで調べたいことが山のように出てきてしまって。あの遺物はおそらく五千年も昔の古代魔法関連の……」

 またいつもの熱弁が始まってしまった。
 こうなると彼はなかなかおしゃべりを止めない。
 マリスディアは苦笑する。

 ニコラスがこうして遺跡探索などに泊まりがけで出かけているのは有名な話なのだが、フィールドワーク中に遺跡の中で野宿もしてしまうくらいの逞しさも持ち合わせている。
 おまけに魔法の腕も抜きんでて優秀のため、仮に魔物と出会しても問題はないようだ。
 そんな知識も豊富で行動力のある彼をマリスディアは幼い頃から尊敬していた。

 「ニコラスは、なんでも出来てすごいわ」
 率直な思いを口にする。
 その声色がいつもと違ったのか、ニコラスが口を止める。
「あ、遮ってしまってごめんなさい、ニコラス。続けて」
 慌てて話を促すと、彼はこちらをじっと見つめた後、首を横に振った。
「いや、私こそ配慮が足りなかった。マリアも大変な思いをしていると聞いていたのにな」
 どうやら彼女自身のことやアカデミーでのことは彼も知るところらしい。
 マリスディアは恥ずかしさを誤魔化すように笑って見せた。
「心配をかけてごめんなさい」
「いや、マリスディアの立場を考えると無理もない。次期聖王として、周りからの重圧も相当のものだろう」

 一体自分はどれだけの人に迷惑をかけているのだろう。
 彼の気遣いに再び自分の立場が恨めしく感じてしまう。

 「本当だったらニコラスのほうが、次の聖王に相応しいのに」

 ついそんな本音が口をついて出てしまった。
 訝しげに首を傾げるニコラスにマリスディアは弁解をした。
「だってそうでしょう?ニコラスは魔法の腕も素晴らしいし勤勉だし、人からの信頼も厚いでしょう?」

 実際王城内にもニコラスを次期聖王に推す声は上がっているのだ。
 そのことはきっと彼の耳にも届いているはずである。

 当人はしばらく黙って考え込んでいたが、周りに誰もいないことを確かめると徐に紅の瞳をマリスディアへ向けた。
「私では聖王にはなれないよ、マリア」

 セレインストラの王は聖王直系でなければならない。
 黄昏星の力は一子相伝とされるからだ。

 ニコラスはそんな昔からのしきたりのことを言っているのだろう。
「でも、お父様がニコラスに黄昏星の作り方を教えてさえくだされば……」
「そういうことではない」
 かぶりを振ったニコラスが続けた。
「私には王の資質がないと言っているんだ」
「資質ならあるじゃない。ニコラスを信頼している人は沢山……」
「それを言うなら、マリスディアのことを思っている者も多くいる」
「わたしを?」
 思い当たる人物たちを思い浮かべながらマリスディアは俯いた。

 確かに彼らはいつもあたたかい言葉をかけてくれている。
 しかし自分は果たして味方でいてくれているタチアナたちに報いることができているのだろうか。
 マリスディアは申し訳なさで瞳をぎゅっと閉じた。

 「私は周りと調和しようとするマリスディアの方が王に向いていると思っている」
 そんなニコラスの言葉に顔を上げた。
「国の頂点に立つということは、一人で政を行なうことではないだろう?私が上に立つと疎ましがられてしまうことも、マリスディアならそうならない。お前の従者への接し方や、従者からの表情を見ていれば分かる」
「そうかしら」
「マリスディアのいまの状況で次期聖王と言われるのは確かに過酷なことだと思う。だが、お前にしか出来ないことがあるのも事実だ」
「わたしにしか出来ないこと……、ヒオにも言われたわ。それがなんなのか、まだ分からないけれど……」
「確かに前例のないことだ。辛いことだと思うが、私も助けになることは何でもしたいと思っている」
「ありがとう」

 やはり彼が次期聖王の座を引き受けてくれるわけにはいかないようだ。

 少々残念な気持ちが彼女の顔に表れた。
 マリスディアの気持ちを汲んだのか、ニコラスがすまないと呟く。
「厳しいことを言うが、自分に出来ないことを他人に委ねるのはやめておいた方がいい。いまのマリスディアが魔法を使えないとしても」
「そんなつもりは……」
「あまり使命だ天命だと言いたくないのだが、聖王の座に就くことが今世においてのマリスディアの使命なのだと思う」
「……そうだよね」
 だとしたらあまりに重いものだ。
 マリスディアは俯いてぎこちなく笑う。

 「魔力を持たないとされる中でどのように活路を見出すのか、私も調べ始めたところだ。また何か分かったら知らせる」
「……調べ始めた?」
 そんな問いにこくりと頷き、ニコラスは持っていた資料に目をやる。
「先ほど前例がないとは言ったが、現代よりもっと昔にそういう例はなかったのか、魔力がなくとも魔法が使えるのかを調べようと、過去を辿ることにしたのだよ」
「ニコラス……」
 従兄弟が自分のことを案じてくれていたことに、マリスディアは目頭が熱くなった。
 つんとした痛みを誤魔化すように鼻の頭に皺を寄せていると、ニコラスも珍しく照れくさそうな表情をしている。
「でも、ニコラスの貴重な時間が削られてしまわない?」
「気にするな」
 かぶりを振ったニコラスが実はと声を顰めた。
「私は将来教員になりたいんだ」
「先生?」
 マリスディアの問いに短く頷くと彼は更に小声になる。
「多くの子どもたちに自分の知っていることを伝えたいと思っている。歴史であれば尚良いが、何でも構わない。ともかくアカデミーや寺子屋で、子どもたちにいろいろなことに興味を持ってもらいたいのだ」

 こんなことを思うのは失礼かもしれないが、意外だった。
 彼はどちらかと言うと子どもが苦手な分類だと、そう勝手に思っていたことをマリスディアは心の中で詫びた。

 「今後もマリスディアだけでなく、同じ悩みを持った子が現れるかもしれない。今回のことで何か人の役に立つことがあればと思ってな」
 そう言葉を紡ぐニコラスをマリスディアは誇らしいと思った。
「とても素晴らしい思うわ、ニコラス。けれど、教員になるのは……」
「ああ、簡単ではないだろうな」
 彼女の言わんとしていることを読み取り、ニコラスも渋い顔をした。
「何せ我々は王族だ。そう簡単に政以外の職務に就かせてはもらえないだろう。だが」
 そう言葉を切るとニコラスは珍しくにやりと口の端を上げた。
「私はそう簡単に諦めんぞ」
 その表情が彼にしては珍しく挑戦的で、まるでジルファリアのようだとマリスディアは微笑んだ。

 「ニコラスの夢が叶うように、わたしも願っているわ」




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