74 / 81
二章;OPENNESS
72話;徒花(10)
しおりを挟む「マリスディア」
稽古場から自室へ戻る途中、自分を呼び止める声に振り返ると、大広間へ続く廊下にニコラスが立っていた。
「ニコラス」
その固い表情は彼をあまりよく知らない者からすると動揺してしまうくらい不機嫌そのものだが、マリスディアからしたらいつものことである。
彼は学生街に居を構えているので、王宮で見かけることは珍しい。
そんな従兄弟の登場にほっとして近づくと、彼はたくさんの書類を両脇に抱えていた。
「図書館帰り?」
「ああ、注文していた資料が届いたのでな。外国の資料だからか王宮の図書館でないと取り寄せられない代物だったんだ」
見たところ歴史関連や遺跡絡みの資料のようだ。
心なしか仏頂面が嬉しそうに見える。
「相変わらずニコラスは歴史関係の研究が好きなのね」
「この間立ち寄ったフーリアの遺跡でとても珍しい遺物を発見したんだ。そこで調べたいことが山のように出てきてしまって。あの遺物はおそらく五千年も昔の古代魔法関連の……」
またいつもの熱弁が始まってしまった。
こうなると彼はなかなかおしゃべりを止めない。
マリスディアは苦笑する。
ニコラスがこうして遺跡探索などに泊まりがけで出かけているのは有名な話なのだが、フィールドワーク中に遺跡の中で野宿もしてしまうくらいの逞しさも持ち合わせている。
おまけに魔法の腕も抜きんでて優秀のため、仮に魔物と出会しても問題はないようだ。
そんな知識も豊富で行動力のある彼をマリスディアは幼い頃から尊敬していた。
「ニコラスは、なんでも出来てすごいわ」
率直な思いを口にする。
その声色がいつもと違ったのか、ニコラスが口を止める。
「あ、遮ってしまってごめんなさい、ニコラス。続けて」
慌てて話を促すと、彼はこちらをじっと見つめた後、首を横に振った。
「いや、私こそ配慮が足りなかった。マリアも大変な思いをしていると聞いていたのにな」
どうやら彼女自身のことやアカデミーでのことは彼も知るところらしい。
マリスディアは恥ずかしさを誤魔化すように笑って見せた。
「心配をかけてごめんなさい」
「いや、マリスディアの立場を考えると無理もない。次期聖王として、周りからの重圧も相当のものだろう」
一体自分はどれだけの人に迷惑をかけているのだろう。
彼の気遣いに再び自分の立場が恨めしく感じてしまう。
「本当だったらニコラスのほうが、次の聖王に相応しいのに」
ついそんな本音が口をついて出てしまった。
訝しげに首を傾げるニコラスにマリスディアは弁解をした。
「だってそうでしょう?ニコラスは魔法の腕も素晴らしいし勤勉だし、人からの信頼も厚いでしょう?」
実際王城内にもニコラスを次期聖王に推す声は上がっているのだ。
そのことはきっと彼の耳にも届いているはずである。
当人はしばらく黙って考え込んでいたが、周りに誰もいないことを確かめると徐に紅の瞳をマリスディアへ向けた。
「私では聖王にはなれないよ、マリア」
セレインストラの王は聖王直系でなければならない。
黄昏星の力は一子相伝とされるからだ。
ニコラスはそんな昔からのしきたりのことを言っているのだろう。
「でも、お父様がニコラスに黄昏星の作り方を教えてさえくだされば……」
「そういうことではない」
かぶりを振ったニコラスが続けた。
「私には王の資質がないと言っているんだ」
「資質ならあるじゃない。ニコラスを信頼している人は沢山……」
「それを言うなら、マリスディアのことを思っている者も多くいる」
「わたしを?」
思い当たる人物たちを思い浮かべながらマリスディアは俯いた。
確かに彼らはいつもあたたかい言葉をかけてくれている。
しかし自分は果たして味方でいてくれているタチアナたちに報いることができているのだろうか。
マリスディアは申し訳なさで瞳をぎゅっと閉じた。
「私は周りと調和しようとするマリスディアの方が王に向いていると思っている」
そんなニコラスの言葉に顔を上げた。
「国の頂点に立つということは、一人で政を行なうことではないだろう?私が上に立つと疎ましがられてしまうことも、マリスディアならそうならない。お前の従者への接し方や、従者からの表情を見ていれば分かる」
「そうかしら」
「マリスディアのいまの状況で次期聖王と言われるのは確かに過酷なことだと思う。だが、お前にしか出来ないことがあるのも事実だ」
「わたしにしか出来ないこと……、ヒオにも言われたわ。それがなんなのか、まだ分からないけれど……」
「確かに前例のないことだ。辛いことだと思うが、私も助けになることは何でもしたいと思っている」
「ありがとう」
やはり彼が次期聖王の座を引き受けてくれるわけにはいかないようだ。
少々残念な気持ちが彼女の顔に表れた。
マリスディアの気持ちを汲んだのか、ニコラスがすまないと呟く。
「厳しいことを言うが、自分に出来ないことを他人に委ねるのはやめておいた方がいい。いまのマリスディアが魔法を使えないとしても」
「そんなつもりは……」
「あまり使命だ天命だと言いたくないのだが、聖王の座に就くことが今世においてのマリスディアの使命なのだと思う」
「……そうだよね」
だとしたらあまりに重いものだ。
マリスディアは俯いてぎこちなく笑う。
「魔力を持たないとされる中でどのように活路を見出すのか、私も調べ始めたところだ。また何か分かったら知らせる」
「……調べ始めた?」
そんな問いにこくりと頷き、ニコラスは持っていた資料に目をやる。
「先ほど前例がないとは言ったが、現代よりもっと昔にそういう例はなかったのか、魔力がなくとも魔法が使えるのかを調べようと、過去を辿ることにしたのだよ」
「ニコラス……」
従兄弟が自分のことを案じてくれていたことに、マリスディアは目頭が熱くなった。
つんとした痛みを誤魔化すように鼻の頭に皺を寄せていると、ニコラスも珍しく照れくさそうな表情をしている。
「でも、ニコラスの貴重な時間が削られてしまわない?」
「気にするな」
かぶりを振ったニコラスが実はと声を顰めた。
「私は将来教員になりたいんだ」
「先生?」
マリスディアの問いに短く頷くと彼は更に小声になる。
「多くの子どもたちに自分の知っていることを伝えたいと思っている。歴史であれば尚良いが、何でも構わない。ともかくアカデミーや寺子屋で、子どもたちにいろいろなことに興味を持ってもらいたいのだ」
こんなことを思うのは失礼かもしれないが、意外だった。
彼はどちらかと言うと子どもが苦手な分類だと、そう勝手に思っていたことをマリスディアは心の中で詫びた。
「今後もマリスディアだけでなく、同じ悩みを持った子が現れるかもしれない。今回のことで何か人の役に立つことがあればと思ってな」
そう言葉を紡ぐニコラスをマリスディアは誇らしいと思った。
「とても素晴らしい思うわ、ニコラス。けれど、教員になるのは……」
「ああ、簡単ではないだろうな」
彼女の言わんとしていることを読み取り、ニコラスも渋い顔をした。
「何せ我々は王族だ。そう簡単に政以外の職務に就かせてはもらえないだろう。だが」
そう言葉を切るとニコラスは珍しくにやりと口の端を上げた。
「私はそう簡単に諦めんぞ」
その表情が彼にしては珍しく挑戦的で、まるでジルファリアのようだとマリスディアは微笑んだ。
「ニコラスの夢が叶うように、わたしも願っているわ」
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜
リョウ
ファンタジー
僕は十年程闘病の末、あの世に。
そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?
幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。
※画像はAI作成しました。
※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
奥様は聖女♡
喜楽直人
ファンタジー
聖女を裏切った国は崩壊した。そうして国は魔獣が跋扈する魔境と化したのだ。
ある地方都市を襲ったスタンピードから人々を救ったのは一人の冒険者だった。彼女は夫婦者の冒険者であるが、戦うのはいつも彼女だけ。周囲は揶揄い夫を嘲るが、それを追い払うのは妻の役目だった。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる