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(27)勇者とヒロイン
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狂った勇者と、それに負けた魔王の話。
勇者×魔王
ーーーーーーーーーーーーー
あるところに勇者がいました。
勇者は強く清い青年だったので、人々は例外なく勇者を慕いました。
そんなある日、勇者はついに旅の目的、魔王を追い詰めるに至りました。
「勝ったら言うことを聞いてもらおう」
「ハッ。いいだろう。だが貴様が負けたら即打ち首にしてやるぞ」
勇者と魔王はそれぞれそれらしいことを言い終えると、武器を手に取り、ぶつかり合いました。
しかし、やはり勇者は噂通りに強く、魔王は次第に焦りを感じてゆきました。
こんな善人に負けるものか、と魔王は卑怯な手をいくつか使いました。けれどどれもこれも見破られて、ついにはすっかり負けてしまったのです。
「……殺せ」
「殺さないよ。僕は言うことを聞いてほしいだけだよ」
「ハッ。お優しいことで。わかった。もう何もしない。人里には現れん。それでいいんだろう?」
「ははっ。優しい? まさか。僕はただ君を犯したいだけだっていうのに?」
「え……?」
「だから、僕とセックスしろって言ってんの。屈辱でしょ? 死ぬより辛いでしょ? 好きなんだよね。魔族の無駄にプライドの高いところ」
「勇者……?」
「それを粉々のぐちゃぐちゃにするのが堪らなく好き。だから僕は勇者をやってるんだよ」
勇者の声はいつもと変わらない爽やかな声でしたが、魔王はその腹黒い笑顔を見た瞬間、すっかり怖くなって逃げ出そうとしました。
しかし。
「ぐああっ!!!」
魔王がその羽で飛び立つより早く、勇者の振るった剣が魔王の足を地面に縫い付け、魔王はその痛みに悲鳴を上げました。
「泣いてるの? ふふ。いいよ。好きなだけ醜態晒して」
勇者は笑顔を崩すことなく、倒れ込んだ魔王に近づくと、魔王の頬を優しく撫で上げました。
そして、何の前触れもなく魔王の背に生えた黒い羽の片方を鷲掴み……。
「あ……。っ、あああああああ!!!」
足に刺さった剣を引き抜くと、そのまま真横に振るい、羽を切り落としてしまいました。
「ああ、ごめんね。でも君が悪いんだよ、魔王。君が逃げようとするから」
「っ……。勇者なんて、とんでもない、お前は、悪魔そのものだ」
「魔王の君に言われてもねえ。あ、この期に及んで逃げようなんて思わないでよ」
「んっ!」
勇者は魔王に覆い被さると、噛みつくようにキスをしました。
「何を、するっ!」
「そんなに怖がらないでよ。これからが本番なんだからさあ」
「待て、殺せ……。そんなことをするくらいなら、殺してくれ!」
「ああ。いいね。その表情。プライドを捨ててさあ、死んだ方がマシだって泣き叫ぶ魔王、見たかったんだよねえ」
悪魔なんてもんじゃ生温い。これが、本当に勇者なのか……?
魔王は目の前の勇者に抵抗することも叶わず、ただただ恐怖を感じることしかできませんでした。
それからというもの、魔王はすっかりと悪さを止め、街に平和が戻りました。
人々は口々に勇者を称え、もてなしました。
勇者も、最初のうちは気分よくそれを受け入れていましたが、次第に自分の心がぽっかりと空いてしまったような気がしてきました。
それは、どんなに魔族をいたぶっても解消されることはなく、何をしたって勇者は思わずにはいられなかったのです。“魔王の方がよかった”と。
勇者は、もう一度魔王を探しにいくことにしました。
森や廃墟、魔物たちの巣窟など魔王が隠れていそうなところを隈なく探しました。
しかし勇者は、そのどこにも魔王の姿を見つけることができませんでした。
そして、満月が綺麗に輝く夜。勇者はいつものように魔物の群れを切り裂いていました。
この頃には、魔王を倒してもなお魔族退治を怠らない勇者は、人々から神のように崇められていました。
でも勇者の心は、やはり名誉では満たされないのです。
勇者は自分の剣を振り、べったりとついた血を落としました。
「あ……」
勇者の目の前には、女の子がいました。
女の子は真っ青になりながら、カタカタと震えました。
「君、どうしてこんなところに?」
勇者は女の子を怖がらせないように優しく問いかけました。
「っ……!」
女の子は、焦ったように何か言おうとしましたが、言葉にならないようでした。
「もしかして、魔族に連れて来られた?」
勇者がそう言うと、女の子はコクコクと首を縦に振りました。
その仕草があまりにも必死だったので、勇者は少し笑いました。
「街まで送るよ」
勇者は、女の子に手を差し伸べてそう申し出ましたが、女の子は首を振って拒否しました。
「でも、君みたいなか弱い子がこんなところにいたら、魔物に襲われちゃうよ?」
「……」
その言葉に怖くなった女の子は、勇者の手をそっと取りました。
「月、綺麗だね」
「……」
「君、名前はなんていうの?」
「……」
「大丈夫? 寒くない?」
「……」
歩きながら勇者は何回か女の子に話しかけましたが、女の子は俯くばかりでした。
「もしかして、しゃべれないのかな?」
「……」
「そっか。それじゃあ僕の話、ちょっと聞いてもらおうかな」
「……」
「僕はね、生まれたときから一人でね。家族もいなくてね」
「……」
「今は勇者って言われてるんだけどさ。本当は疲れるんだよね。でも頼る人なんていない」
「……」
「だからそのうち、心が耐え切れなくなってさ。僕はいつしか魔族をいたぶることが好きになっちゃってさ。良いことした分、悪いこともしたくなったんだね。魔族をいたぶっても皆からは感謝されるしさ」
「……」
「でね、僕はずっと思ってたんだ。魔王をいたぶるのはどんなに楽しいだろうかってね。他の魔族よりももっとえげつないことをしてやろうって思ってたんだ。だから、魔王を抱いてやったんだ。ほんと、魔王の屈辱で歪んだ顔は最高だった。ぞくぞくしたよ。今までで一番僕を楽しませてくれたんだ」
「……っ」
「でもね。それだけじゃあないんだ。魔王の赤く染まった頬が、涙で潤んだ瞳が、柔らかい唇が、真っ白い肌が、しなやかな黒髪が、ああ、考えるだけで身がよじれそうだ! どうして僕はこんなにも彼に欲情するんだろうか?!」
「……」
勇者は、女の子の頬を、瞼を、唇を、肌を、黒髪を撫でると、さっと彼女を抱きしめました。
「ねえ。君はどうしてだと思う?」
「……」
女の子は、真っ青になったままその腕から抜け出そうとしました。
「僕はただ魔王を傷つけられればいいって思ってたんだ。でも、今は。彼を愛したい。そう。べたべたに甘やかして愛してやりたい。その白い肌全部に口づけを落としてやりたいんだ」
「……」
「ねえ、君はどうなの?」
「っ~!」
勇者の唇が女の子の首筋に吸い付く寸前、女の子は勇者の腹を蹴り飛ばして、なんとか腕から逃れると、すぐに走って逃げようとしました。が。
「逃がさないよ」
「痛っ……!」
女の子は勇者に足を掴まれて、地面に倒れました。
「ごめんね。でも、そろそろしゃべってくれてもいいでしょ? 魔王サン」
「っ!」
勇者が女の子を掬い上げ、立たせてやると、その姿はみるみるうちに変化して……。
可愛らしい女の子は魔王の姿に戻りました。
「そうそう。やっぱり君はこの姿でないと」
そう言って微笑むと、勇者は魔王に軽く口づけを落としました。
「お前は……いつから、俺だと気づいて……」
「最初っからに決まってるでしょ?」
「っ……」
「君こそ、どうしてこんなところにこんな姿でいたんだい? 僕は君を結構探したんだよ?」
「それは、お前が変なことするから……」
「ああ。僕が怖くて、無害そうな女の子の姿に変身してたの? んで、あっけなく魔族に捕まっちゃったの?」
「あっけなくではない! ただ、魔力が、薄くなったから、それで……。あいつら、俺が魔王だって言ったのに、全然信じてくれなくて……」
「あ~。そっか。僕が羽、千切っちゃったから魔力減っちゃったのか。んで、魔力を持った女の子がいるって捕まったわけか」
「ああ。そうだよ、何もかもお前のせいだ! 力もこんなに弱くなって……」
「だから大人しく食い殺されるのを待ってたの?」
「勇者が殺してくれなかったからな」
「僕に殺されたいの?」
「ああ。こんなに魔力を失ったんじゃ、魔王は名乗れない。だったら、せめて最後は魔王らしく勇者に殺されたい。たとえお前がどんなにクソ野郎だとしても、な」
「嫌だよ。君は殺さない」
「ほらな。お前はそういう奴だよ。俺の嫌がることをするんだ」
「ねえ、さっきの僕の話聞いてた? 君を愛したいんだって言ったよね」
「それが俺の嫌がることだからだろ?」
「違う。ちゃんと聞いて」
魔王は勇者の話に耳を傾けるつもりは全くありませんでしたが、勇者の顔があまりにも真剣だったので、思わず息を飲みました。
「おい……?」
「君と国を作りたい」
「は? 村娘や姫に言え」
「違う。君がいいんだ。君じゃないと嫌なんだよ、魔王」
魔王の両手を掴んで、いよいよ勇者は告げました。
それを聞いた魔王は、顔を真っ赤にして目を逸らしました。
「残念だけど、これは嫌がらせなんかじゃないよ」
勇者は魔王の頬を優しく撫でると、その晒された首に口づけを落としました。
「っ……」
魔王は、身じろぎはしましたが、黙ってそれを受け止めました。
だって魔王にとっても、それはもう“嫌がらせ”ではありませんでしたから。
魔王も勇者も気づいてしまったのです。自分たちの心に。自分たちの運命に。
「どこの世界に魔王と結婚する勇者がいるんだ」
純白のドレスに身を包んだ、黒髪の美しい娘がぶっきらぼうに呟きます。
「さて。ここにいるんじゃないか?」
その横で勇者が微笑みながら、娘に化けた魔王の手をそっと優しく包みます。
「僕にとってのヒロインは君しかいないさ」
「狂った勇者が」
「その狂った勇者の奥さんになる魔王の方が狂ってるよ」
「……やっぱり、お前のこと嫌いだ」
ぷいとそっぽを向いた魔王の頬を勇者が撫で、ベールにそっと口づけを落としました。
「僕は君が好き。愛してるよ」
「あ~。クソ勇者が!」
『勇者様、そろそろお願いしま~す!』
「ほら、行くよ」「……ん」
『わあああああああ!!!』『勇者様~!!!』
結婚式の会場にはたくさんの人々が集まりました。その誰もに祝福された二人。
「さすがにこの数を前に、こんな格好して堂々と勇者の隣に立つのは、その」
「怖い?」
「チッ。怖いし恥ずかしいんだよ!」
「大丈夫。この先、何があっても僕が守ってあげるから、ね?」
「わかってるっての」
「愛してる」
「ああ。俺だって」
「愛してる?」
「あ~、ったく。愛してるよ」
二人の唇が重なり、人々の歓声と拍手は更に大きく祝福の鐘と共に鳴り響きました。
こうして、真面目に平和を愛するようになった勇者と魔王は幸せに暮らしました。
妻にデレデレになった勇者は、以前よりも人々に親しまれるようになり、街には末永く平和が訪れましたとさ。
勇者×魔王
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あるところに勇者がいました。
勇者は強く清い青年だったので、人々は例外なく勇者を慕いました。
そんなある日、勇者はついに旅の目的、魔王を追い詰めるに至りました。
「勝ったら言うことを聞いてもらおう」
「ハッ。いいだろう。だが貴様が負けたら即打ち首にしてやるぞ」
勇者と魔王はそれぞれそれらしいことを言い終えると、武器を手に取り、ぶつかり合いました。
しかし、やはり勇者は噂通りに強く、魔王は次第に焦りを感じてゆきました。
こんな善人に負けるものか、と魔王は卑怯な手をいくつか使いました。けれどどれもこれも見破られて、ついにはすっかり負けてしまったのです。
「……殺せ」
「殺さないよ。僕は言うことを聞いてほしいだけだよ」
「ハッ。お優しいことで。わかった。もう何もしない。人里には現れん。それでいいんだろう?」
「ははっ。優しい? まさか。僕はただ君を犯したいだけだっていうのに?」
「え……?」
「だから、僕とセックスしろって言ってんの。屈辱でしょ? 死ぬより辛いでしょ? 好きなんだよね。魔族の無駄にプライドの高いところ」
「勇者……?」
「それを粉々のぐちゃぐちゃにするのが堪らなく好き。だから僕は勇者をやってるんだよ」
勇者の声はいつもと変わらない爽やかな声でしたが、魔王はその腹黒い笑顔を見た瞬間、すっかり怖くなって逃げ出そうとしました。
しかし。
「ぐああっ!!!」
魔王がその羽で飛び立つより早く、勇者の振るった剣が魔王の足を地面に縫い付け、魔王はその痛みに悲鳴を上げました。
「泣いてるの? ふふ。いいよ。好きなだけ醜態晒して」
勇者は笑顔を崩すことなく、倒れ込んだ魔王に近づくと、魔王の頬を優しく撫で上げました。
そして、何の前触れもなく魔王の背に生えた黒い羽の片方を鷲掴み……。
「あ……。っ、あああああああ!!!」
足に刺さった剣を引き抜くと、そのまま真横に振るい、羽を切り落としてしまいました。
「ああ、ごめんね。でも君が悪いんだよ、魔王。君が逃げようとするから」
「っ……。勇者なんて、とんでもない、お前は、悪魔そのものだ」
「魔王の君に言われてもねえ。あ、この期に及んで逃げようなんて思わないでよ」
「んっ!」
勇者は魔王に覆い被さると、噛みつくようにキスをしました。
「何を、するっ!」
「そんなに怖がらないでよ。これからが本番なんだからさあ」
「待て、殺せ……。そんなことをするくらいなら、殺してくれ!」
「ああ。いいね。その表情。プライドを捨ててさあ、死んだ方がマシだって泣き叫ぶ魔王、見たかったんだよねえ」
悪魔なんてもんじゃ生温い。これが、本当に勇者なのか……?
魔王は目の前の勇者に抵抗することも叶わず、ただただ恐怖を感じることしかできませんでした。
それからというもの、魔王はすっかりと悪さを止め、街に平和が戻りました。
人々は口々に勇者を称え、もてなしました。
勇者も、最初のうちは気分よくそれを受け入れていましたが、次第に自分の心がぽっかりと空いてしまったような気がしてきました。
それは、どんなに魔族をいたぶっても解消されることはなく、何をしたって勇者は思わずにはいられなかったのです。“魔王の方がよかった”と。
勇者は、もう一度魔王を探しにいくことにしました。
森や廃墟、魔物たちの巣窟など魔王が隠れていそうなところを隈なく探しました。
しかし勇者は、そのどこにも魔王の姿を見つけることができませんでした。
そして、満月が綺麗に輝く夜。勇者はいつものように魔物の群れを切り裂いていました。
この頃には、魔王を倒してもなお魔族退治を怠らない勇者は、人々から神のように崇められていました。
でも勇者の心は、やはり名誉では満たされないのです。
勇者は自分の剣を振り、べったりとついた血を落としました。
「あ……」
勇者の目の前には、女の子がいました。
女の子は真っ青になりながら、カタカタと震えました。
「君、どうしてこんなところに?」
勇者は女の子を怖がらせないように優しく問いかけました。
「っ……!」
女の子は、焦ったように何か言おうとしましたが、言葉にならないようでした。
「もしかして、魔族に連れて来られた?」
勇者がそう言うと、女の子はコクコクと首を縦に振りました。
その仕草があまりにも必死だったので、勇者は少し笑いました。
「街まで送るよ」
勇者は、女の子に手を差し伸べてそう申し出ましたが、女の子は首を振って拒否しました。
「でも、君みたいなか弱い子がこんなところにいたら、魔物に襲われちゃうよ?」
「……」
その言葉に怖くなった女の子は、勇者の手をそっと取りました。
「月、綺麗だね」
「……」
「君、名前はなんていうの?」
「……」
「大丈夫? 寒くない?」
「……」
歩きながら勇者は何回か女の子に話しかけましたが、女の子は俯くばかりでした。
「もしかして、しゃべれないのかな?」
「……」
「そっか。それじゃあ僕の話、ちょっと聞いてもらおうかな」
「……」
「僕はね、生まれたときから一人でね。家族もいなくてね」
「……」
「今は勇者って言われてるんだけどさ。本当は疲れるんだよね。でも頼る人なんていない」
「……」
「だからそのうち、心が耐え切れなくなってさ。僕はいつしか魔族をいたぶることが好きになっちゃってさ。良いことした分、悪いこともしたくなったんだね。魔族をいたぶっても皆からは感謝されるしさ」
「……」
「でね、僕はずっと思ってたんだ。魔王をいたぶるのはどんなに楽しいだろうかってね。他の魔族よりももっとえげつないことをしてやろうって思ってたんだ。だから、魔王を抱いてやったんだ。ほんと、魔王の屈辱で歪んだ顔は最高だった。ぞくぞくしたよ。今までで一番僕を楽しませてくれたんだ」
「……っ」
「でもね。それだけじゃあないんだ。魔王の赤く染まった頬が、涙で潤んだ瞳が、柔らかい唇が、真っ白い肌が、しなやかな黒髪が、ああ、考えるだけで身がよじれそうだ! どうして僕はこんなにも彼に欲情するんだろうか?!」
「……」
勇者は、女の子の頬を、瞼を、唇を、肌を、黒髪を撫でると、さっと彼女を抱きしめました。
「ねえ。君はどうしてだと思う?」
「……」
女の子は、真っ青になったままその腕から抜け出そうとしました。
「僕はただ魔王を傷つけられればいいって思ってたんだ。でも、今は。彼を愛したい。そう。べたべたに甘やかして愛してやりたい。その白い肌全部に口づけを落としてやりたいんだ」
「……」
「ねえ、君はどうなの?」
「っ~!」
勇者の唇が女の子の首筋に吸い付く寸前、女の子は勇者の腹を蹴り飛ばして、なんとか腕から逃れると、すぐに走って逃げようとしました。が。
「逃がさないよ」
「痛っ……!」
女の子は勇者に足を掴まれて、地面に倒れました。
「ごめんね。でも、そろそろしゃべってくれてもいいでしょ? 魔王サン」
「っ!」
勇者が女の子を掬い上げ、立たせてやると、その姿はみるみるうちに変化して……。
可愛らしい女の子は魔王の姿に戻りました。
「そうそう。やっぱり君はこの姿でないと」
そう言って微笑むと、勇者は魔王に軽く口づけを落としました。
「お前は……いつから、俺だと気づいて……」
「最初っからに決まってるでしょ?」
「っ……」
「君こそ、どうしてこんなところにこんな姿でいたんだい? 僕は君を結構探したんだよ?」
「それは、お前が変なことするから……」
「ああ。僕が怖くて、無害そうな女の子の姿に変身してたの? んで、あっけなく魔族に捕まっちゃったの?」
「あっけなくではない! ただ、魔力が、薄くなったから、それで……。あいつら、俺が魔王だって言ったのに、全然信じてくれなくて……」
「あ~。そっか。僕が羽、千切っちゃったから魔力減っちゃったのか。んで、魔力を持った女の子がいるって捕まったわけか」
「ああ。そうだよ、何もかもお前のせいだ! 力もこんなに弱くなって……」
「だから大人しく食い殺されるのを待ってたの?」
「勇者が殺してくれなかったからな」
「僕に殺されたいの?」
「ああ。こんなに魔力を失ったんじゃ、魔王は名乗れない。だったら、せめて最後は魔王らしく勇者に殺されたい。たとえお前がどんなにクソ野郎だとしても、な」
「嫌だよ。君は殺さない」
「ほらな。お前はそういう奴だよ。俺の嫌がることをするんだ」
「ねえ、さっきの僕の話聞いてた? 君を愛したいんだって言ったよね」
「それが俺の嫌がることだからだろ?」
「違う。ちゃんと聞いて」
魔王は勇者の話に耳を傾けるつもりは全くありませんでしたが、勇者の顔があまりにも真剣だったので、思わず息を飲みました。
「おい……?」
「君と国を作りたい」
「は? 村娘や姫に言え」
「違う。君がいいんだ。君じゃないと嫌なんだよ、魔王」
魔王の両手を掴んで、いよいよ勇者は告げました。
それを聞いた魔王は、顔を真っ赤にして目を逸らしました。
「残念だけど、これは嫌がらせなんかじゃないよ」
勇者は魔王の頬を優しく撫でると、その晒された首に口づけを落としました。
「っ……」
魔王は、身じろぎはしましたが、黙ってそれを受け止めました。
だって魔王にとっても、それはもう“嫌がらせ”ではありませんでしたから。
魔王も勇者も気づいてしまったのです。自分たちの心に。自分たちの運命に。
「どこの世界に魔王と結婚する勇者がいるんだ」
純白のドレスに身を包んだ、黒髪の美しい娘がぶっきらぼうに呟きます。
「さて。ここにいるんじゃないか?」
その横で勇者が微笑みながら、娘に化けた魔王の手をそっと優しく包みます。
「僕にとってのヒロインは君しかいないさ」
「狂った勇者が」
「その狂った勇者の奥さんになる魔王の方が狂ってるよ」
「……やっぱり、お前のこと嫌いだ」
ぷいとそっぽを向いた魔王の頬を勇者が撫で、ベールにそっと口づけを落としました。
「僕は君が好き。愛してるよ」
「あ~。クソ勇者が!」
『勇者様、そろそろお願いしま~す!』
「ほら、行くよ」「……ん」
『わあああああああ!!!』『勇者様~!!!』
結婚式の会場にはたくさんの人々が集まりました。その誰もに祝福された二人。
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「怖い?」
「チッ。怖いし恥ずかしいんだよ!」
「大丈夫。この先、何があっても僕が守ってあげるから、ね?」
「わかってるっての」
「愛してる」
「ああ。俺だって」
「愛してる?」
「あ~、ったく。愛してるよ」
二人の唇が重なり、人々の歓声と拍手は更に大きく祝福の鐘と共に鳴り響きました。
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大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
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