ヒキアズ創作BL短編集

ヒキアズ

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21~30

(29)探偵と助手

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トラウマのある探偵と自称助手の話。

鈴風 真司(すずかぜ しんじ)探偵。27歳。過去の罪から逃れられないでいる。

菊池 須重(きくち すえ)自称助手。男子高校生。鈴風に憧れている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「鈴風さん、また事件ですか?」
「菊池君。君はまたついてきたのか」
「ええ。鈴風さんは俺の憧れですからね」
「答えになってない」
 鈴風 真司(すずかぜ しんじ)。27歳独身。男。私の仕事は探偵だ。依頼の電話一つで駆けつけ、警察よりも先に事件の真相を暴く。
 横にいるのは、菊池君。下の名前は覚えていない。何しろこの子に興味がない。自称助手の男子高校生。頼んでもないのに依頼にホイホイついてくる。
 今回は「姉が殺された」と聞き、こうして依頼人の元に駆けつけた次第。
「家族が犯人なんてありえません!」
 家族の内の誰かが怪しいと言う私の言葉に、菊池君が語気を荒くして反論する。
「それは、どうかな」
 残念ながら、推理に道徳は通用しない。
 というより、縁があるから殺人を犯す。憎悪を蓄積できるだけ深く関わることによって、人は殺意を抱き始める。
 だから殺人は家族恋人を真っ先に疑うべきで……。
「信頼してこその家族です。みなさん、お姉さんの死に心を痛めている様子でしたし……。俺は絶対違うと思います!」
 ふん、信頼なぞ馬鹿げたことを言う。
 私は他人など信用しない。信用? 信頼? 馬鹿のすることだ。
 どうせ人間なんてすぐに人を裏切り貶める。例えそれが家族であろうとも。


「ほら、やっぱりだ」
 証拠見つけ、一人呟く。
 それは、依頼人である被害者の妹が犯人だと指し示す。 
 何が信頼だ。家族なんて所詮。
 歯を食いしばる。
 ダメだ、考えるな。思い出すな。
 震え出す自分の手を握りしめる。

「鈴風さん?」
「あぁ、菊池君。今、ちょうど準備が整ったところさ」
 情けないところを見せまいと、きゅっと口角を吊り上げ、不敵に笑って見せる。
「それじゃあ……!」
「ああ。私の推理を御覧に入れよう」


「ふぅ……」
 厄介な事件だった。依頼人が犯人だなんて。探偵というものを舐めている。疑われにくくするための小細工に私を選んだのが間違いだ。
 推理疲れを癒すべく公園のベンチに腰掛けながら、砂場で戯れる家族をぼんやり見つめる。
 砂でできた城に水を流し込んで子どもがはしゃぐ。それを見て、両親が笑い合い、愛おしそうに子どもの髪を撫でる。
 何が楽しくてそんな意味のないことをするのだろうか。
 子どもの服に水がかかる。両親がそれを見て、軽く窘めながら拭いてやる。
 赤だ……。
 子どもの着ている真っ赤なTシャツ。
 ああ。赤だ。赤い……。

「っ!!」
 トイレに駆け、込み上げてきたものを全て吐く。
「うう……。くそ……!」
 情けない。けれど、このトラウマには逆らえない。
 じんわりと腹の底が痛みだす。流れる汗に、意識が溶け出してゆく。
 家族。その言葉が、呪いのように頭に浮かんで離れない。


 引っ込み思案だった私は、両親に失望されていた。
 後に弟が生まれ、両親は私を蔑ろにした。
 いや、それだけなら良かったんだが。あからさまに疎みだし、恨みだした。
 生まれて来なくて良かったのに。
 あんたにいくらかかってると思ってんの?
 どうして死んでくれないの?

 数々の暴言。私はそれに逆らう術も持たず、心を閉ざし、黙って堪え忍んだ。
 幾度も死のうとした。だけど、その勇気すらなくて。

 高校生になり、ようやく転機が訪れた。勇気を振り絞り、一人遠い地へ行くことを決めた。
 そこで、もう駄目扱いされないよう、落ち着いた人格を築き、努力してきた。
 探偵だって人を疑うことしかできない私には持ってこいの職業だ。
 全て上手く取り戻せた。自分はまだ生きていける。例え、一人であろうとも。


 口を濯ぎ、鏡を覗き込む。
「酷い顔だ……」
 鏡に映った肌は青ざめ、目は淀んでいた。
 一体いつまでこの苦しみに囚われなければいけないのだろうか。
 どうすれば、私は過去を忘れることができるのだろうか。
 逃げ続けるのにも、もう疲れてしまった。
 そんな心の叫びに蓋をする。全て見なかったことにして、鏡から目を逸らす。
 コツ……。
「っ!」
 ふいに近づいてきた足音に、意識を現実に戻して振り返る。
「あれ、鈴風さん?」
「あ、あぁ菊池君か。どうしたのかな?」
 口元を拭い、平静を装って彼に微笑む。
 どうしてここに菊池君がいるのか。私は今しっかりと笑えているだろうか。
「あっ、それが今さっきこの公園で事件が起きたみたいでですね……」
「えっ、この公園で……?」
「はい。人が殺されたのだと。俺も話を聞いて駆け付けたばっかりで。鈴風さんもそうなんでしょう?」
「ああ。ええと。私も、同じだよ」
 視線を逸らしたい衝動を抑えて、咄嗟に嘘をつく。
「やっぱり。せっかく鈴風さんを呼ぶ前に、自分でも調べてみようと思ったのになあ」
「それは、偉いね」
 はにかんではみたものの、別に彼を弟子にした覚えはないので、勝手に一人でやってくれて構わないのに、と心の底で悪態をつく。
「鈴風さん、なんだか顔色が良くないですよ?」
「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」
 伸ばされた菊池君の手をやんわり拒絶してから、探偵としての魂を無理やりこじ開け呼び起こす。
「で、今回の事件は?」
「それがですね」


 関係者たちを集めての事情聴取が始まる。
 被害者は、まだ幼い男の子だった。
 遺体に映えるのは赤。血の色ではない。Tシャツの色だ。
 さっきまではしゃいでいた男の子の姿が容易に浮かぶ。
 何しろそれは知っての通り、先ほど砂場で遊んでいたその子だったからだ。
「溺死だったそうです」
 聞くと、男の子はいつの間にか両親の元から姿を消し、再び見つかった時には近くの川に浮かんでいたそうで。
 遺体はぐっしょりと濡れている。目立った外傷があるわけでもなく。
「どうしてこの子が……!」「この子だけは私たちの希望なのに……!」
 両親が悲しみを露わにして、それぞれ想いを吐き出す。
「きっとこの人たちは違いますね」
 菊池君がそっと耳打ちをしてくる。
「それはわからないよ」
「いいえ、わかります。さっきの事件は確かに外しましたけど……。このご両親は見本のように子ども想いじゃないですか! 俺はこんな美しい親子愛を知りませんよ! 良いご両親じゃないですか!」
「……」
「鈴風さん?」
 遺体を調べて、確信を持つ。
「これはやはり家族の犯行だよ、菊池君」


「まさか、お兄さんが犯人だったなんて……」
 菊池君ががっくりと項垂れる。
 そう、今回の犯人は男の子と年の離れた兄だった。
 遺体に争った形跡が見当たらなかった。そして両親の言葉の端々から感じた、まるでこの子以外の誰かが犠牲になれば良かったのだと言わんばかりの憎しみ。それが分かれば、あとは証拠品を探して突き付けるだけだった。
「アイツが憎かったんだよ! アイツばっかり可愛がられて、オレは邪魔者扱い!! アイツらが悪いんだよ! オレは悪くない!! オレはただ愛されたかっただけで……」
 青年の言葉が、心の底に埋めたはずのそれを呼び起こす。
 全く同じだ。自分と同じだ。この事件は、どうしてこんなにも似ているのか。
「でも、弟さんはアンタのこと慕ってたはずです。だからホイホイついてったんでしょう?」
「……そんなの、知るかよ」
 青年が項垂れる。
「実の弟を嫉妬で殺すなんて。そんなの、許されないことですよ」
 菊池君の冷たい声が場に響き渡る。
 気分が悪い。ああ気分が悪い。
「そうだ、この犯罪者!」「やっぱり出来損ないだった」
「僕たちの子はあの娘だけだ。あんな犯罪者を育てた覚えなどないだろう?」「ええ、そうね。きっとそう。あんな犯罪者が私たちの子なはずがない」
 彼の両親が気持ちの悪い罵声を青年に浴びせてゆく。
「父さん、母さん……」
「黙れ、犯罪者!」「お前は前からおかしいと思っていたのよ!」
「もう僕たちの子どもを名乗るな」「人殺し!」
 ああ。駄目だ。早く、ここから去らなくては。
 そう思うのに、足が鉛のように動かない。その間にも、両親の罵声は激しくなり……。
「「あんたなんか生まれて来なければ良かったのに!」」
 どくり。
 言葉が心臓を貫く。
 ああ、あああ……。これは駄目だ。いよいよ駄目だ……。
 視界がぐらぐら揺れる。頭が考えることをやめる。
「鈴風さん?」
「き、菊池、く、ごめ、気分がっ……」
 呼吸が、苦しい。息の仕方が、わからない……。ああ。違う。そうだ。そんなの、しなくていいじゃないか。だって私は……。


『人殺し!』
 血が滴り落ちる包丁を落とす。
 手を見ると真っ赤に染まっていて。
 あぁ、本当の赤ってこういう色のことをいうんだ。
『あ、はは』
 怖いはずなのに。
 心の底から笑いが込み上げてくる。
 あぁ、僕はついに――。


「っは……!」
 起きるとそこは見慣れた事務所だった。
「あ……」
 喉が酷く渇き、全身に汗を掻いていた。
 額に手をやる。
 いい加減に忘れたい記憶。
 でも、忘れることなど許されないのだろう。だからいつも、こんな……。
「あ、鈴風さん起きました?」
「っ……! あ、あぁ。菊池君……。迷惑を、掛けたね」
 一瞬、彼の顔が“あの子”の顔に重なる。
「いえ、助手としては当然の務めですよ」
「君、まだそんなこと言って……」
 頭を振って“あの子”を記憶の隅に追いやる。
「本当に大丈夫ですか……?」
「ん……、君が心配するほどではないよ」
 そう。今の私は探偵の鈴風 真司だ。彼は私に憧れて、こうして慕ってくれている。それならば、しっかりと演じなければ……。
「それは、良かったです。……でも、どうして鈴風さんはいきなり倒れたんです?」
「あぁ、ちょっと目眩がしただけだから。きっと、普段あまり外に出ないからかな、はは」
「……そうでしたか。俺はもう、すっかり心配しましたよ」
「すまなかったね。ありがとう」
 彼に精一杯の微笑みを投げかける。
 それに答えるように、菊池君もにこりと微笑む。
 ああ。これでいい。いつもの日常だ。探偵とその助手。それ以外の何者でもない。
 ああ。今回は悪い事件が重なり過ぎただけだ。その奇跡的な悪夢を見ることはもうない。
 ここからはまた、探偵としての生活がゆっくりと流れるだけで――。

「それにしても、今日は厄介な事件ばっかりでしたね。人間って家族でも殺しちゃうもんなんですね」
「菊池君、もう終わった事件の話は……」
「そういえば、鈴風さんの家族の話、聞いたことないなぁ」
「家族……」
「鈴風さん、兄弟とかいないんですか?」
 どくり。
 目の前の無邪気な青年の眼差しが、容赦なく私を射る。
「鈴風さんって、しっかりしてるし……お兄さんって感じですよね」
――お兄ちゃん!――
 呪いのような幻聴に、頭を押さえる。
「じゃあ弟さんがいるのかな?」
「っ、菊池君っ、ちょっと今は、気分が――」
「鈴風さんのお母さんとお父さん、優しそうだなぁ」
「っ、やめて」
「きっと理想の家族なんでしょうね」
「っ!」
 胃からせり上がってくる吐き気を抑えることができず、流し台へと走り、全てをぶちまける。
「大丈夫ですか?」
 手を伸ばす菊池君から一歩後退る。
「っ……」
 ああ、そういえば、弟が成長していたならば丁度このくらいの歳で……。
「鈴風さん?」
 重い頭を振って思考を断ち切る。
「菊池君、悪いけど、今日は本当に調子が悪くって。帰ってくれないか?」
「そんな状態の貴方を置いていける訳ないじゃないですか」
 心配そうに見つめてくる彼には申し訳ないが、これ以上ここに居られても余計な回想に囚われるだけだ。
「いや、他人の君にそこまで頼るのは流石に……」
「他人だなんて。そんなに俺のことを遠ざけないでくださいよ。“お兄ちゃん”」
「え?」
 にっこりと微笑む彼の言葉。それに、すうっと血の気が引く。
「悪いけど、そういう冗談は」
「どうしてです?」
 ずいと彼が一歩詰め、真っすぐにこちらを見つめる。
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「菊池、く……ん?」
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 よろよろと彼から数歩後ろに下がったところで、壁に当たり、そのまま力なく座り込む。
「俺、養子になったんですよ。だから名字が違うでしょう?」
「そんなはずない、そんなはずない……。あいつは、須重は死んだって……」
 あれ、そういえば、菊池君の下の名前、まだ聞いたことがない。
「だから、その須重が俺なんですってば。もうわかってるんでしょう?」
「そんなわけない、そんなわけ……。だって、須重は、“僕”が――!」
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 怖い。
 目の前の彼が、あの子だなんて。そんなことがあるわけがない。そんなことがあるのだとすれば、彼は今どんな思いで――。
「『僕が殺した』って言いたいんですか?」
「うっ」
 吐き気がする。眩暈がする。心臓が軋むように痛い。
 手をこすり合わせる。血の匂いが、血の色が、取れない、取れない。
「そうやってずうっと貴方は苦しんできたんですか?」
「は……。許してくれ、悪かった。違うんだ、あんなこと、僕は……するつもりじゃ……!」
「やめてください。貴方の手には何もついていない」
「触るなっ! 駄目なんだ、僕は、汚いんだ、ああ、須重、そうだ、僕が殺したんだ。お前を、憎んでいたんだ。妬んでいたんだ! でも、お前まで殺すつもりはなかったんだ……! 僕はただ、僕はただ……!」
「わかってる。兄さん、アンタは自分を殺そうとしていただけだ。でも、そこに俺が止めに入ったから……」
 そう。あの日。あの時。
 両親からの期待に全く応えられなくなった失敗作の僕は、自分の命ぐらい自分で始末しようと、自殺を試みた。
 でも、そこに須重が現れて。僕を止めようとして。取っ組み合いになって。転んだ拍子に包丁が須重の心臓を貫いて――。
 駆け付けた両親は、鬼のような形相で僕を捕らえようとした。だから。
「僕は、混乱していて……。いや、あれはきっと死神だか悪魔だかが僕を乗っ取っていて……」
 意識が一瞬遠ざかって。気づいたときには全てが真っ赤に染まっていて。だから、逃げた。必死で逃げた。
「今までこうして、善人のような顔をして生きてきた。でも」
 だけど、僕は犯罪者だ。暴く側ではない。本当の僕は暴かれる側で……。
「……須重、僕を、警察へ突き出してくれ。何ならその前に殺してくれたって構わない。それが駄目なら殴ってくれたっていい。君の気が晴れるまで、僕は……」
「アンタは、今でも俺が憎いの?」
「まさか。全ては出来の悪い八つ当たりだったんだ。須重は何も悪くないのに……」
「それじゃあさ。菊池君としての俺はどうだった?」
 目の前の青年がしゃがみ込んでこちらを覗き込んでくる。
「菊池君……。不思議な子だなとは思ったよ。私なんかの助手になりたいだなんて。そう、変だと思ったんだ。なるほど蓋を開ければなんてことない。復讐のためだと素直に言ってくれればいいものを」
「……うん。確かに初めはそのつもりだった。両親を殺されて、自分も傷跡が残った状態で、恨んでいないわけがない。俺はただの良心で兄さんの自殺を止めようとしただけなのに」
「……っ」
「だけど」
 彼の顔が近づく。そして、何の断りもなく唇が重ねられる。
「な!」
「俺は、すっかり貴方を許してしまいましたよ、鈴風さん。いや、許すどころか好きになってしまったんですから」
「……は?」
 にこりと笑う彼に毒気を抜かれ、抵抗するために伸ばした手が止まる。
「ねえ。もうやめましょうよ。過去を振り返ることなんて。貴方は今まで通り、探偵の鈴風さんとして俺の隣で生きてくださいよ」
 その手を掴んだ彼が、指を絡ませて迫る。
「でも、そんなことが、許されるはずがない」
「いいえ。俺が許します。両親のことも、貴方が気にすることではありません。あれは歪んでいた。でも、あの頃はそれに気づけなかった。貴方が虐げられていたというのに、あの頃の俺はなにもできなかった」
「え……。いや、それは、僕が出来損ないだったからで……」
「違います。貴方は今、こんなにもしっかりと生きているじゃないですか。ちゃんと探偵やって、人の役に立ててるじゃないですか。後悔しながらも、きっちり仕事をする貴方が俺は好きだなって思って……」
「ま、待て。好きって、よくわからないんだが、君は、僕の弟だよな?」
 再び唇に触れようとする彼を慌てて押し戻す。
「はい。そうですけど」
「どういう意図が……」
「なんの企みもありませんよ。俺は貴方を愛してしまった。男とか、兄弟だとか、そんなものを超えて、貴方という人が好きになってしまったんですから」
 そのさっぱりとした物言いが、どうしようもなく甘く響く。
「菊池、く、ん……」
「ねえ、鈴風さん。貴方がどうしても罪を償いたいというのならば、俺の愛に応えてくださいよ」
「そんなの、間違って……。それこそ、許されないもので……」
「俺のことが嫌いですか?」
「……それは」
「ああ。やっぱり嫌いなんですね。いや、わかってましたよ。貴方は助手としても弟としても、俺のことを疎んでいましたからね」
「そんなことは……」
「でも、もういいですよね? だって貴方は気づいてしまった。俺と言う人間の正体に。だったら、俺はもう貴方にせがんだって構いませんよね?」
「ま、待って……。許して、」
「罪を償うためです。観念してください」
 青年が笑う。まるで悪魔のように。それを見て、もうどうしようもないことを悟る。
 目を瞑る。彼が体を押し倒す。ああ。これは償いなのだろうか。それとも、新たな罪の始まりなのだろうか。どちらにせよ。私はこれを止める術を持たない。




『人殺し!』
 両親に吐かれた言葉に青ざめた兄さんが、俺の血がついた包丁を取り落とす。
 俺はまだ生きているのに。
 ぼんやりとする視界で愛しい兄さんを見つめる。その細腕を父親が荒々しく掴み、壁にたたきつける。母親が何やら暴言を吐く。
 やめろよ……。
 腹の底から何かどす黒い感情が沸き起こる。
 どうして兄さんを殴るの? どうして兄さんに酷いことを言うの?
 俺は――。
 父親が椅子を掴み上げ、兄さんに振り被る。
『やめろ、兄さんに、触るな――!!』
 気づいたら俺は床に転がっていた包丁を握りしめて、軋む体を引き摺り、父親目がけて走った。
 あとはもう、悪魔のように刺した。両親共々刺してやった。
 二人が動かなくなったことを確認してから兄さんを見ると、目を閉じてぐったりとしていた。
『兄さん……!!』
 慌てて声を掛けると、兄さんはびくりと肩を震わして、それから目の前の光景に青ざめた。
『あ、はは』
 かと思うと、ゆらりと立ち上がって、不気味な笑みを浮かべて。
『僕が、殺したんだ……。みんな……。僕は……』
 俺が生きていることには気づいていない様だった。
 そのまま家を出ていく兄さんを、追いかけようとしたけれど体が言うことをきかなくて――。




「んで。俺はその後、すぐに発見されたおかげで助かった。両親はもちろん死にましたけどね」
 眠ってしまった愛しい人の髪を撫でる。
「貴方のことは最初っから好きなんですよ。物心ついたときから、ずっとね」
 再婚した母親の連れ子だった彼は、両親の初めての子である俺が産まれてからというもの、虐げられて自分に自信が持てなかったのだろう。俺には恨みを持っていたのだろう。その彼の持つ惨めな感情、影こそが、俺を虜にさせた。幼心にも思ってしまったのだ。この人を手に入れたい、と。
「俺はこれからも被害者を演じ続けますよ。貴方が離れてしまわないように、罪を背負わせたまま、ね」
「うう……」
 うなされ始めた彼の額にそっと口づけを落とす。
「もっと俺のことを疑っておけばよかったのに。探偵の名が泣きますよ。鈴風さん」
 そう。これは貴方の失態。貴方の罪です。俺を惑わせた罪。そして、自分の無実を信じ切れなかった罪。だから貴方は俺に囚われるんです。そう。死ぬまで、一生。俺に可愛がられながら。それが貴方にとって牢獄と変わりのないものだとしても――。
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