アズアメ創作BL短編集

アズアメ

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(60)妖怪になった僕

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身寄りのない少年は、盗みを働き生きている。人間から離れて暮らす少年は、いつしか人間の幸せについて疑問を持ち……。

ブロマンス以下です。人物に名前がないぐらい短編です。
人外に魅入られる受けが好きです。

この後めちゃくちゃ長いこと生かされて、神の暇つぶしに付き合わされた。
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「また私の髪飾りがなくなった!」
「ワシの靴を盗んだのは誰だ!」
「作っておいたご飯がないわ!」
 幼い頃に両親を亡くし、身寄りのなくなった僕は、誰かの物を盗んで生活するしかなかった。
 最初は嫌だった。罪悪感もあった。でも、村から村へと渡り歩き、盗みを繰り返している内に、僕は何だか楽しくなった。
「どうして人間はあくせく働くんだろう。僕はこんなにも楽に生きることができるのに」
 商人の懐から盗んだばかりの小銭袋を振り回しながら、つくづくこの世が馬鹿らしく思えた。
「きっと君は、このまま妖怪になってしまうよ」
「え?」
 ハッとして後ろを振り返ると、そこには見知らぬ少年が立っていた。
「なんだお前。こんな人里離れた山奥で」
「君こそ。こんなところにいるべきじゃない。さっさと帰れ」
「は……?」
 ぶわり。
 僕が少年に反論しようと思った瞬間、桜が舞って視界を塞ぐ。
「って、あれ……?」
 風が収まり、辺りを見回してみたが、そこにはもう少年の姿はなかった。それどころか、桜の木すらも見当たらない。
「狐にでも化かされたか……?」
 妖怪になる、だなんて。そんなことがあり得るはずがない。脅すにしたって頼りない。
 だけど。

 その言葉は、まるで呪いのようにじわじわと僕の中に染み込んでいった。
「気持ち悪い」
 得体の知れない不安を和らげるためにも、僕は人間と言葉を交わした。
 だけど、よそ者の僕を信用する人間はなく。結局、誰とも話は弾まないまま、盗みを繰り返して食い扶持を繋いだ。

 やがて僕の体は成長して、行動範囲が広がった。
 僕が最初に生まれた村に、時間をかけて戻ってみると、同い年だった村の子どもたちはすっかり大人びていた。
 まだ十五そこらの少年少女のはずが、一人前に仕事をこなし、愛を築き、子をなしていた。
「あれが普通の生活なんだな……」
 気持ち悪い。どうしてだかそう思った。そして、同じ人間であるはずなのに、そんな風に思ってしまう自分が、とても恥ずかしくなった。
「僕は楽に生きている。愚かなのはアイツらだ。なのに……」
 男女が仲睦まじく、大人びた笑みを浮かべる様を見るとなんだか心がイガイガして怖かった。
 あれが正しい人間の在り方なのだろうかと疑問に思った。そして、そんな疑問を持ってしまう自分が怖くなった。
『きっと君は、このまま妖怪になってしまうよ』
 あの言葉と共に、どんなに人間らしく取り繕っても、誰一人として信用してくれなかったことを思い出した。
「もうとっくだ。僕はきっと元から妖怪だったに違いない」
 だから僕は人間を捨て、人里離れた家でひっそりと、息を殺して生きていた。
 さながら、本物の妖怪のように。


 ある日、森に女が倒れているのに気づいた。
 恐る恐る近づくと、それはイノシシに襲われたようで酷く怪我をしていた。
 慌てて薬草で治療をして、村の近くまで運んでやった。
 良いことをした。
 その時の僕は本気でそう思っていた。でも。
 翌日、村に様子を見に行くと、女は無残な姿で磔にされていて。
 吐きそうになった。
 立て札には『山神様どうかお許しください愚かな生贄は処しました。次の生贄もすぐに用意いたします。どうかお許しください』と書いてあった。
 どうやら彼女は、山神様への生贄だったらしい。どうしたって彼女は、死ぬ運命を押し付けられていたらしい。
 僕にはわからなかった。
 この山に、神様なんかいない。そんなの、人間たちが勝手に作り上げた嘘偽りだ。そんなものに対して、自分たちの仲間を捧げて見殺しにした後、これで自分たちの村は安泰だと祝杯をあげる姿は異様だ。
 何故そんな意味のわからないことをするのだろうか。信仰を謳い、心の平穏を保つため?
 そんなことのために、この世に生まれた命をこの世にいないものに捧げるだなんて狂ってる。
 だけど、何かを信じたい、その気持ちは痛いほどわかるような気がした。
「僕も、神を盲信すれば、本当の意味で楽に生きられるのだろうか」
 こつこつ。
 あれやこれやと考えていると、ふいに戸を叩く音が聞こえてきた。
 身構える余裕もなくいきなり開かれた扉。身を滑りこませた少年は、僕を見るなり微笑んだ。
「山神様、生贄が参りました」

「は……?」
 生贄。彼はそう言い、抱いていた赤子をごろりと転がした。手荒に扱われた赤子は当然泣いた。静かな森にそれはやたら響いて、音に慣れていない僕はとにかく耐え難かった。
「あの」
「ああ、今黙らせます」
 ざく。
 おもむろに懐から出した刀。
「あああああああああああああああ」
 断末魔のように叫ぶ赤子の声。
「これはやはり駄目ですね」
 そう吐き捨てた少年は無音になったそれを抱え、躊躇うことなく森に放った。
「え……?」
「きっと狼やらの腹の足しになるでしょう」
「でも……。そんな……」
「大丈夫ですよ。生贄に選ばれる人間は、要らない者ばかりです。村の大人たちは、信仰にかこつけてそういう者たちを処分しているだけですから。まぁ、山神様なら、そんなことは知っているかと存じますが」
「あ……。うん。そうだね」
「さて、山神様。貴方にとって生贄は必要なものだ。でもこのとおり、赤子は既に狼の餌となり果ててしまった。私はどうしたらよいでしょうか」
 何事もなかったように平然と座り直した少年は、芝居掛かった様子で困り顔をしてみせる。
「あの、ええと……」
 正直、僕の頭はこの奇怪な出来事についていけていなかった。この時、僕が唯一わかっていたのは、目の前の少年が自分と同じ年頃で、僕のことを馬鹿にしないということだけだった。
「それじゃあ、君が代わりに暫くここにいて欲しい」
 気付いたらそう提案していた。でも、それは仕方のないことだった。長い長い間、僕は寂しくて、飢えていて、少しでも人と話せたらと焦がれていたのだから。盗みを働く僕なんて、どうせ死んだら地獄行き。少しばかり嘘を吐こうが今更だ。
「山神様のお望みとあらば」
 誓いだと言わんばかりに、彼は僕の手のひらに唇を押し当てた。
 こうして、僕は念願の友達を手に入れた。
「忠告はしてやったというのに。自らこちら側にくるとは。馬鹿な子だ。でも、暇つぶしとしては中々愛おしいじゃないか」
「ん? 今、何か言ったか?」
「いいえ、山神様。さて。私は如何にして貴方を楽しませましょう?」
「ええと、そうだな……。まずは、たくさん話をしたいな!」
「ふふ。良いですよ。時間ならばたくさんありますからね」
 少年が微笑んだ途端、部屋が桜の匂いで満たされて。僕はその安らぐ香りに心を預け、憧れていた人間同士のお喋りを楽しんだ。
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