アズアメ創作BL短編集

アズアメ

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61~70

(62)ライバルどんでん

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ある日、八雲は想い人である美華からデートのお誘いを受ける。浮かれていた八雲だったが、それが幼馴染の時雨が仕組んだものだと知って……。

元気×クール。ライバルポジがどんでん返しで好かれるやつ~。
想い人のことを思って罠にはまっていく受けが好きです。ふとした瞬間に受けのことが好きだと自覚する攻めが好きです。

月見里 八雲(やまなし やくも)
元気いっぱい。美華ちゃん大好き。

待宵 時雨(まつよい しぐれ)
クールな割にとっても甘党。

高峰 美華(たかみね みか)
可愛くて料理上手。皆のアイドル。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 昼食時間。教室に漂う甘い焼き菓子の匂い。とある高校の教室で、生徒たちはこぞってクッキーを奪い合う。
「みんな、落ち着いて~! 私のクッキー、まだあるから~!」
『うおお~!』『オレにもくれ~!』『いいやオレに!』
 みんな……特に男子生徒たちが熱望するそれは、一人の女子の手作りクッキー。
「はぁ~。やっぱ美華ちゃん好きだわ~。男子みんな言ってるけど、ほんっと可愛い! 我らがマドンナ!」
「……」
 戦いを制し、一足先にクッキーをゲットした幼馴染、月見里 八雲(やまなし やくも)は、戦線を離脱しながら惚れ惚れと呟き、クッキーを噛みしめる。
「あ~。なんていうかさ~、一日だけでいいから、デートしたいよなぁ」
「八雲、独り言なら他所で静かにやってくれ」
 当たり前のように椅子を僕の机の横に置いて、昼食の準備を始める八雲に目もくれず、僕は鞄から取り出したペットボトルに口をつける。今朝寄ったコンビニで見つけた、期間限定いちごミルク。甘ったるくて中々おいしい。
「誰かにこの激情を聞いてもらいたいから言ってんじゃん!」
「他の誰かにしろ」
「いいじゃんさ~! 時雨と俺は親友だろ~?!」
「だからって。毎日聞かされたんじゃ、嫌になる」
「う~。だって! 時雨はさあ、美華ちゃんに好かれてるじゃんか~! お前、怖いんだよ! 抜け駆けしそうで! だから、こうやって俺の溢れんばかりの想いで牽制してんの!」
「牽制って。だから、僕は高峰のことは何とも思ってないって……」
「嘘だ! だってお前、今日も最初に美華ちゃんからクッキー貰ってたじゃん!」
「それは……」
 勝手に彼女が押し付けてきたんだ、と言いたかったのだが、そのまま言うのは気が引けた。返答に困った僕は、八雲から目線を逸らす。代わりに視界に入ってきたのは、男子の憧れの的である美女、高峰 美華(たかみね みか)。具合の悪いことに、目が合ってしまった瞬間、彼女は待ってたかのようにウインクをしてみせた。
「やっぱり!!! お前、デキてんじゃないだろうな!?」
「はぁ……」
 何度も繰り返されてきたやりとりに、思わずため息を吐き、否定を忘れる。
 高峰は恐らく僕に気があるのだろう。だが、僕としては、全く興味がないのだ。というか、本命はむしろ……。
「なんだよ。ため息吐いたかと思えば、いきなりじっと見つめて……。やっぱ何か言いたいことがあるんだろ、お前~!」
 デキてるのか? 付き合ってんだろ? としつこく聞いてくる八雲に、僕は静かに肩を落とす。高校に上がってからというもの、僕こと待宵 時雨(まつよい しぐれ)は、毎日のように本命から見当はずれなやっかみを受けているのだ。ため息も吐きたくなる。
「付き合ってないって言ってるだろ。そうであれば、お前にそう伝える。だから変に突っかかってこないでくれ。昼食が不味くなる」
「くっそ~! クールぶりやがって! てか、不味いのはサンドイッチにいちごミルクの選択してっからだろ?!」
「違う。これはこれでおいしい」
「あ、待て! それ期間限定のやつじゃん?! 飲ませてくれ! 多分、美華ちゃんクッキーとの相性抜群だから!」
「飲みたけりゃ、自分で買え」
 イラっとした僕は、いちごミルクを豪快に呷ってみせる。
「あ~! 待てって! 今月金欠だって言ってんだろ! 一口でいいから飲ませろ、こんにゃろ~!」
「んぐっ!」
 しまった、と思った時には既に遅く、脇腹をくすぐられた僕は見事にむせる。
「隙あり、っと!」
「げほっ、ば、か……!」
 むせている隙に、ペットボトルを奪った八雲は、遠慮もなしにいちごミルクを堪能する。
「は~。甘過ぎなのが最高じゃね? てか時雨、未だにくすぐられんの弱いんだな」
「ん……。お前、な……!」
「はは! 完璧イケメンの道は険しいな、時雨クン!」
 間接キスだとかそういうのはどうでもいい。くすぐられるのも、良くはないが置いといて。
「やめ、ろ!」
「おっと」
 茶化しながら僕の口の端を拭う八雲に、腕を振って抵抗する。八雲の指が触れた唇を慌てて擦り、感触をかき消すが、自分の指についたいちごミルクをぺろりと舐める八雲が視界に入った瞬間、ぶわりと羞恥が襲い来る。
「お前は! 男にこういうことするな!」
「なんだよ、ちょっと揶揄っただけじゃん。怒んなって。俺だって、できることなら美華にしたいっての!」
「ああそうかよ」
「そうだよ~。は~。俺ってば可哀想だと思わない? こんなに美華ちゃんのこと想ってるのにさ~。は~。デートぐらい、いいじゃんよ~」
 八雲のため息に、火照った気持ちが一気に冷えてゆく。放っておけばいいのに、僕は聞かずにはいられない。
「誘ったのか?」
「でも断られたの! は~。これが時雨だったら、絶対オッケーだったんだろうな~。は~。できることなら時雨と入れ替わりたいよ~」
 できることなら入れ替わりたい、か。
「八雲はそんなに高峰が好きなのか?」
「何を今更。大大大好きに決まってんじゃん。美華ちゃんと過ごせるなら幸せ贅沢人生のボーナスタイムっしょ!」
「そうか」
「ま、冷め枯れ時雨クンにはわかんないだろうけどさ~。っと、これはお礼な」
「むぐっ!」
 神妙な気持ちになったところで、突然口に突っ込まれたパンに息を詰まらせそうになる。
「こっちも期間限定。いちごチョコパン。激甘でおいしいっしょ?」
「ん……」
 しぶしぶ噛み千切ったそれは、八雲が言った通り激甘で、体に悪そうでいて最高においしい。でも、今食べてしまったのは失敗だ。僕の気持ちと全くもって正反対のそれは、僕の心に棘を増やすのだった。



「ね、月見里くん。今度の日曜日さ、一緒に出掛けない?」
「へ……?」
 俺、月見里 八雲の青春は今、最高潮を迎えていた。憧れのマドンナ、マイスイート美華ちゃんが、なんと俺にデートのお誘いを……、え、これ夢じゃないよね? 美華ちゃんが、デートのお誘いを俺に……!
「月見里くん?」
「あっ。ハイ! 行きます! 絶対! 死んでも行きます!」
「ふふ。それじゃあよろしくね?」
 テンパったにも関わらず、マイエンジェルは俺に優しく微笑んだ後、自分の席に戻っていった。
「待って……。これ、マジ……?」
 慌てて後ろの席である俺の親友、時雨を振り返ってみる。
「良かったな」
 そんなすかした返事を受けて、俺はこれが現実であることを知る。
 おいおい。マジか。俺にもついに春が来たってのかよ……!

 日曜日。この時が来るのを、どれだけ待ち望んだことだろうか。いや、待ち望んでたんですけどね……。
「え~っと。わ~、イワシだ~。すごいね~!」
「うん……」
 美華ちゃんと良い雰囲気になるべく、俺がデートスポットとして選んだのは水族館だった。だって、水族館デートとか、大人な感じじゃん? 絶対美華ちゃんにウケること間違いなし、と思ったんだけど……。
 水槽を見つめる美華ちゃんは、笑ってはいるものの、あまり楽しくなさそうだ。かくいう俺も、正直言うと魚は食べるのもあまり好きではないので、眺めていても全く楽しくない。
 は~。これ、チョコレートが浮かんでるのを見てた方がまだ楽しいまである……。
「月見里くん?」
「えっ。あ、あはは~」
 いけない。美華ちゃんが隣にいてくれてるのに、ため息吐きそうになるとか……! てか、魚じゃなくて美華ちゃん見とけば良くないか? うん、天才。
「えっと……。月見里くん、あんまり見つめられると、その……」
 穴が開くほど見つめていると、美華ちゃんが上目遣いで訴えてくる。あれ……、これってもしかして、照れてるってやつ? 押せばいける、みたいな?!
 急いで周りを確認。真っ暗でいて、人気のないスペースに差し掛かった今この瞬間。絶妙なチャンスなのでは? イケイケタイムなのでは??
「美華ちゃん……。俺、実はさ、美華ちゃんのこと……」
「月見里くん……」
 美華ちゃんを水槽に追い詰めて、ロマンチックな壁ドンを決める。そして、自然なタイミングで、徐々に顔を近づけて……。
「待って!」
「痛った……」
 もう少しでキス……! というところで、突然俺の頬が激痛に襲われる。一瞬意識が飛んだ後、それが美華ちゃんのビンタだと知り、困惑する。
 え……。なんで……? あれか、お魚さんが見てるから恥ずかしい! 的な……?
「やっぱ無理! いくら待宵くんとデートできるからって、これ以上は、耐えられない!」
「へ……?」
 ビンタの衝撃で未だにぼんやりとする思考。時雨とデートできるって、どういう意味だ……?
「さよなら!」
 考えている隙に、美華ちゃんは俺から逃げるようにして立ち去る。いやいや、待て待て。これはあれだな。夢だ。夢に決まってる。うん。そもそも、俺が美華ちゃんとデートできるわけないし……。

 翌日。完全に昨日のことは夢だと決めつけ、俺は元気に登校した。が。
「おはよ~。時雨」
「おはよう、八雲。デートは成功したのか?」
「うぐ……」
 不愛想な幼馴染によって、俺の心は打ち砕かれる。やっぱり、夢じゃなかった……。
「なんだ。せっかくのチャンス、無駄にしたのか」
「は……?」
 ぼそりと呟かれた言葉に、俺は嫌な予感を覚える。
「あのさ、時雨。まさかとは思うがお前、美華ちゃんに変なこと頼んだりしてないよな……?」
「変なことって?」
「ええと。例えば、その……。俺とデートしてくれたら、代わりに時雨がデートする、とか……?」
「なんだ。失敗しただけじゃなく、そこまでバラしたのか」
 時雨の冷たい言葉に気が遠くなる。どうして時雨が……。
「お前、嫌がらせかよ……」
「良い夢が見れたろう?」
 否定もせずニヒルに笑ってみせる時雨が、心の底から憎く感じて……。
「ふざけんな!」
「っ……」
 気が付いたら、俺は時雨を殴っていた。
「お前なんかもう知らねえ! 絶交だ!」
 親友だと思っていた時雨は、絶交という言葉を聞いた途端、薄い唇を歪めて笑った。
 そして。俺たちはその日から言葉を交わすことは愚か、視線も合わせなくなってしまった。
 脆く儚い友情だった。でも、俺はそれがなくとも生きていけると思っていた。時雨と喋らなくとも、俺には他の友達がすぐに出来たからだ。だけど。

『月見里は何頼む~?』
「あ~。俺も珈琲とサンドイッチで」
『了解~』
 休日、男友達と来た久々のカフェは、窮屈で仕方がなかった。
 あ~。ケーキ食べて~。くっそ。あのケーキめちゃくちゃおいしそうじゃねーか。
 他のテーブルに置かれたケーキセットを見つめては、心の中でため息を吐く。
 時雨と一緒だったときは、迷わず恥じらわず頼めていた甘い物。今このメンバーの中でわざわざ頼む勇気はない。
 は~。最近めっきりスイーツ食べれてないし……。
 時雨は俺と同じぐらいゲロ甘い物に目がなくて。その希少な趣味が合致して、小学校の頃からずっと仲良くスイーツ巡りを楽しんでいた。性格が全く違う俺たちが、ここまで仲良くしてこれたのは、それがあったからであって……。
 時雨の奴、これからどうやってスイーツ巡りするんだろ。一人じゃ店に入りにくいし……。
『って。あれもしかして、待宵じゃね?』『えっ。隣にいる女子、高峰さんじゃん!』
「え……?」
 目の前の会話にハッとして、窓の外を見つめる。
 そこにいたのは、まさしく時雨。そして美華ちゃん。二人の手には新作のクレープ。
「俺と行く予定だったクレープ屋じゃん、それ……」
 窓越しに恨み言を呟いて、イライラを少しでも外に追い出す。
 なんだよ。結局、お前は美華ちゃん狙いだったのかよ。俺、馬鹿みたいじゃん。牽制とか言ってさ。楽しいかよ。俺は時雨のこと、信じてたのに。
 どす黒い感情が渦を巻いて止まらない。
『珈琲、お持ちいたしました~』
 コトリと置かれた泥のような液体を胡乱な瞳で見つめ、口に含む。苦い。全く美味しくなくて、全く楽しくない。こんな飲み物より、よっぽどいちごミルクの方がサンドイッチに相応しい。だけど、それを認めてしまえば、時雨に負けたような気がして。
 遅れてきたサンドイッチを口に押し込むと、珈琲を一気に呷り、時雨が通り過ぎた後の風景をじっと睨んで怒りを鎮めた。


 更に時は流れて文化祭。
「は~。せっかくのメイド喫茶なのに、男のメイド服だなんて……」
『いやいや、中々イケてるだろ?』『月見里、オレらだってやりたくてやってんじゃねえよ……』
「いやマジで。俺、じゃんけん勝って裏方で良かったわ」
 地獄の罰ゲームを免れた俺は、おぞましいクラスメイトの女装を一歩引いて眺めていた。
『あ~。せめて顔で決めて欲しかったよな~』『うんうん。イケメンが女装すればそれなりの法則だろ、こんなん』『な~。待宵とか、絶対良い線いくのにな~』
「……」
 時雨の名前を聞いて、俺は静かに押し黙る。あれから俺は全く時雨と話せていない。話す気もなかった。それは、あっちも同じらしく。同じく裏方に回った時雨と、今日は一度も出会っていない。
『てかさ、オレは宣伝で高峰さん使うって聞いたけど』
「えっ。マジ?」
『マジ。看板持って校庭練り歩くやつ』
 聞くが早く、俺はすぐさま校庭へと飛び出す。
 結局あれから挽回を図ろうとしたけど、何にもできてない訳で……! 文化祭という今日このビッグイベントで、一緒に回ってあわよくば定番の告白をしたい訳で……! 時雨と付き合ってる? そんなことは関係ない。どうしてもこの気持ちを伝えたかった。伝えて、早く吹っ切りたかったのかもしれない。
「いた……!」
 屋台が立ち並ぶ中、メイド姿の女子生徒を見つけて駆け寄る。後ろ姿から言って、美華ちゃんではない。が、クラスの女子ならなんか知ってるはず……!
「あのさっ、美華ちゃんがメイドするって聞いたんだけど! 君、美華ちゃん知らない?」
「っ……!」
 振り向いた女の子は一瞬目を丸くして、俺を振り切るようにして走り出す。
「あ、ちょ、待ってよ、ってうわ!」
 追いかけようとした途端、走ってきた学生に押され、倒れ込む。
「!」
「あ、ごめ、大丈夫……?」
 先を走っていた女の子を巻き込む形で倒れ込んだ俺は、すぐに起き上がろうとするが……。
「え。もしかして、時雨?!」
 ウイッグで変えられた髪型、化粧が施された顔、女の子らしい胸の膨らみと衣装。そのどれもが別人のようだけど、よくよく見ると釣り目で不愛想な時雨そっくりで……。
「だよ、な……?」
 不安に思った俺は、その脇腹をくすぐってみる。
「っ、やめ……!」
「やっぱり! ってことは、これ作り物なのか?!」
「っ!」
 声を聞いて時雨だと確信した俺は、遠慮もなしに胸を触る。ぱふぱふしてみるが、やはりパットが詰めてあるのだろう。肉感は全くない。
 は~。これで女の子なら、恋が始まってたかもしれないってのに。
「あ、ちなみに下は何履いて……」
「め、捲るな馬鹿!」
『ちょっとキミ! 女の子相手に何をしてるの!?』
「へ?」
 ヒステリックな叫び声の方を向くと、如何にも厳しそうなマダムがギョッとしながらこちらを見ていた。
「いや、これは誤解っていうか……!」
 知的好奇心に感けている場合ではなかった。時雨を地面に押し倒して、胸を触った挙句、パンツを覗こうとした俺は、何も知らないマダムから見ると……。
『は、破廉恥な! 不純異性交遊だわ……!』
 よろよろと数歩下がったマダムの様子に、ここはさっさと逃げた方がいいと判断する。
「時雨、逃げるぞ」
「は? おい……!」
 時雨を引っ張って立たせると、マダムに背を向け走り出す。顔を青くして何か叫び散らすマダムには悪いが、お説教で文化祭を潰すのは御免だ。

「は……、八雲、手、痛い……!」
「あ、ごめん!」
 なんとかヒステリックマダムを振り切った俺たちは、空き教室に身を滑りこませた。
 ぎこちない距離感のまま、床に腰を下ろして息を整える。
 遠くで聞こえる賑やかな声を聞きながら、すぐ横の時雨の呼吸音を極力意識しないように気を付ける。
 丈の短いスカートから覗く足は白く綺麗で、首筋を伝う汗はどこか艶やかだった。
 確かに、こいつが女だったら惚れてたかも……。なんて。
「いやいやいやいや!」
「なに?」
「や、なんでもない」
 ぎこちない笑みを浮かべながら、俺は頭をぶんぶんと振った。
 いや、騙されるなって! 俺と比べりゃ線は細いけど、どう見ても男だろ。それに、普段の時雨はお世辞にも可愛いとは言えない! 女子からはクールでミステリアスなところがかっこいい云々といった評価をよく聞くけど、俺が思うに、コイツは不愛想すぎる。でも、ミステリアスってのは的を射てる。付き合いの長い俺でさえ、時雨の考えていることはさっぱりわからない。
「てかさ、時雨は美華ちゃんと付き合ってんの?」
 気づいたら言葉が漏れていた。だって、もう限界だった。ずっと友達だと思っていた時雨が、いきなり俺を裏切って、目も合わせなくなって。最初は恨みさえしたけど、今は違う。こうして久々に時雨に触れて声を聞いてしまえば、親友として真実を知りたいと思ってしまう。もし時雨が美華ちゃんを愛していようが、それで二人が幸せになれるのなら。時雨にならば、美華ちゃんを任せてもいいと思ってしまった。でも。
「俺は時雨の考えてることがわからない。でもさ、時雨は俺を無意味に傷つけるようなことをする奴じゃないことぐらい、わかってる」
 おかしいと思った。時雨はあんな当てつけをして喜ぶ奴じゃない。それに、時雨はどう見たって罪悪感を抱いてる。
「時雨。本当のことを話してほしい」
「……」



「ね、待宵くん。私、月見里くんとデートしてあげてもいいよ?」
「は?」
 期間限定いちごミルクを買ったあの日の放課後。高峰 美華が唐突に僕にそう告げた。
「月見里くん、可哀想だよね。私のことが好きなんでしょ? でもほら、私は待宵くんが好きだから。彼の恋は一生叶うことはないもの」
 二人きりの教室で、彼女はようやく本性を見せた。高峰は完璧な少女だった。外見もさることながら、男心をくすぐる健気さは確かに憧れる気持ちも理解できた。でも。どこか違和感があった。だから、僕は彼女が好きでなかった。
「僕は君を好きはならないよ」
「知ってる。でも、デートぐらいいいでしょ? 私が月見里くんとデートする代わりに、待宵くんは後日、私とデートしてほしいの」
 そう言った彼女は、無邪気な笑顔をみせた。これは恐らく罠だろう。
「何を企んでいる?」
「酷いな~。私はただ、待宵くんが好きなだけ。好きな人とは、どうしたってデートしたいものなのよ? まぁ、待宵くんにはわからないかもしれないけどね」
 頬を膨らませて怒る彼女を見ながら、僕は八雲を思い出す。
 僕だって、想い人と一緒にいたい気持ちぐらい嫌というほどわかってるさ。
「ね、悪い話じゃないでしょう? 待宵くんが友達思いなのは知ってるのよ。待宵くんだって、月見里くんに良い思い出を作ってあげたいでしょう?」
 その時の僕は、きっとどうかしていたんだ。そんなことをしても、誰一人報われることはないというのに。
「わかった。一日だけなら……」
 昼に感じた胸の痛みから少しでも逃れたくて。僕は、悪魔に答えてしまった。その結果、どうなったかというと。

「あ~あ。かわいそ~。殴られちゃったね」
「高峰……」
 クラスメイトがいる手前、高峰は近づいてくると、小声で言った。
「あら。なあに? 私のせいだって言いたいの? 確かに種は撒いたけど。嫌われるようなことを言ったのは待宵くんだわ」
「別に。お前のせいだとは言っていない」
 言い訳はできたはずだった。でも、僕はそれをしなかった。
「自分から嫌われようとするなんて。どうかしてる。来て」
 呆れたように呟いた高峰は、僕の腕を取り、教室の外へ連れて行く。
「はっきり言うわ。私はわざと月見里くんにバラしたの。アナタとの“取引”をね」
 人気のない階段についた途端、彼女は本性を現し、言い放つ。
「待宵くんと月見里くんの関係が崩れてしまえばいいなって思ったの。まさかアナタが乗ってくるとは思いもしなかったけど。もしかしてアレかしら。自分の恋は叶いそうにないから、わざと嫌われようと……」
「やめろ」
 静かに、だけどはっきりと拒絶した僕を見て、高峰の唇が吊り上がる。
「否定しないんだ。月見里くんに恋してるってこと」
「どうせ、わかってるんだろう? そうだ。僕は八雲が好きだ。でも、それは間違ってる。だからこそ、距離を置くのにいい機会だった」
「私の作戦を勝手に利用しないで欲しいんだけど。ま、諦めてくれるのは私としても嬉しいわ。でもね、それじゃあ物足りないよね?」
 長い髪を指に絡ませた高峰が首を傾け、僕に向かって微笑みかける。
「ね~。待宵くんにそういう趣味があったなんて。月見里くんが知ったらどう思うかなぁ」
「脅すつもりか?」
「わかってるなら話が早いね! 新しい取引。月見里くんにその濁った愛がバレたくないなら、私と付き合ってよ」
「……」
「月見里くんもさ、そんなの知っても嫌がるだけ。普通じゃないもん。だったら、待宵くんの恋なんて意味ないよ。自分でもそう思ってるから隠してるんでしょ?」
 確かに、この恋は叶える気など毛頭ない。僕の心に閉まっておくべき忌まわしいものだ。でも。
「だからって、君はそんな形だけの交際で幸せになれるのか?」
「あはは。待宵くんは優しいね。だから大好き。でもね、私はアナタほど優しくなれない。私が幸せになれないんなら、待宵くん、アナタも道連れなのよ」
 ぞっとした。彼女ほど可愛い女の子が、僕のせいでこんなに恐ろしい考え方を抱くだなんて。僕が彼女を愛せたならば、彼女はこんな顔をしなくて済んだだろうに。
「私に同情してくれるの? 馬鹿ね。だからアナタは駄目なのよ」
 僕は、静かに彼女の肩を抱き寄せた。それ以上のことはできないけど、それくらいのことしかできないから。だから、僕は大人しく彼女に脅されることを選んだ。全ては僕の罪なのだから。

「時雨。本当のことを話してほしい」
「……」
 真剣な眼差しが僕に突き刺さる。八雲に見つめられた僕は、黙ってそっぽを向くしかない。でも。
「時雨」
「ッ!」
 真正面に移動した八雲は、僕をやんわりと壁に押し付けて逃げ道を塞ぐ。
「こんな喧嘩、終わりにしようぜ?」
 ああ。心臓がうるさい。どうか、バレませんように。どうか、上手く嘘が吐けますように。
「いいや、喧嘩は終わらないだろう。お察しの通り。……僕と高峰は付き合ってるんだ」
「ほんとか?」
「……ほんとだよ」
「……」
「八雲も、残念だったね。友達だと思ってた僕に裏切られたんだからさぁ」
 精一杯憎まれ役を演じてやる。勿論、嫌われるのは嫌だ。でも、告白して気持ち悪がられるよりきっといい。それに、八雲は高峰に捕まっちゃだめだ。八雲の想いを断ち切ってあげなければ、きっと八雲はまた辛い目にあってしまう。彼にこの地獄は似合わない。八雲は高峰と僕を恨んで、さっさと次へ行くべきなんだ。だから……。
「お前さ。何か弱みでも握られた?」
「え?」
 ため息交じりに吐かれた問いに、作り笑いが解け、真顔になる。
「お前が嘘つくとき特有の間があった。あとその胡散臭い爽やか笑顔。他は騙せても、付き合い長い俺は誤魔化されない」
「っ」
 そういえば、僕はコイツに嘘を通せたことがなかった。不思議に思っていたけど、ああ、まさかそんな些細な変化を見られていたとは。
「正直に吐け」
「違う、僕は……」
 何か上手い言い訳を探ろうとするのに、頬を撫でる八雲の手の平が全てを攫ってゆく。
「時雨、美華ちゃんに何て言われたかはわかんないけどさ。お前が苦しんでるんなら、やめるよう言うよ?」
「そんなんじゃない。僕は、……自分の意思で、彼女と付き合ってるんだ」
「時雨は美華ちゃんみたいな子はタイプじゃないと思ってたけど?」
「それは、君が好きな子だから……」
「どういう意味?」
「君のものを、横取りしたくなったんだよ」
 これはあながち嘘でもなかった。心のどこかで思っていた。八雲が彼女と付き合うぐらいなら、自分がそれを壊してやると。そんな凶悪な面が僕にだってあったのだ。
「どうして?」
「……僕は君のことが嫌いだ。それに全く気付かない君にも嫌気がさした」
「俺が嫌い?」
「八雲は、僕と正反対でよく喋るし、鬱陶しいほど僕に構ってくるし。……甘い物だって、僕はそんなに好きじゃないのに。君に合わせてただけだとも知らずに、色々買ってくるし。ずっと僕にへらへら笑ってくるし……。僕と君とじゃ、違いすぎるんだよ。だから、君のことが……」
「嫌い?」
「……ああ。そうさ。だから、君とはもう一緒にいられないんだよ。わかっただろ? このまま僕を恨んでてくれ。それで、僕たちの友情は終わりさ」
「時雨」
「呼ぶな。……虫酸が走る。君のことは無理なんだ。……僕はとてもじゃないけど君を好きにはなれない」
 まるで自分に言い聞かせるように悪い嘘ばかりが口をつく。ああ。頼むから僕を見ないでくれ。頼むから、これ以上近づかないでくれ……。
「……八雲のことなんか嫌いだ。君と過ごすより高峰といる方がよっぽどいい。比べるのもおこがましいかな」
 駄目押しとして、八雲に目を合せた後、ゆったりと不敵に微笑んでみせる。
「そっか」
 ……? なんだ、今の。
 やけに優しく吐かれた相槌に、一瞬恐怖を覚える。だが、そんなことを気にしている場合ではない。そもそも、宣伝の交代時間がいつの間にか過ぎている。
「わかったなら、さっさとそこを退いて……」
「ああ。わかったよ。ずっと気づかなかったけどさ、今更になって気がついた」
「?」
 まるで熱に浮かされたように呟く八雲に、僕は眉を顰める。
 何か、様子がおかしい……? というか、顔が、近……。
「時雨。俺はお前が好きだ」
「や……」
 晴れやかな笑顔をみせた八雲の唇が、僕の唇に触れる。
 は……? なに、が起こって……?
「女装したお前を見てから、ずっとモヤモヤしてたんだ」
「待って、何……?」
「ずっと側に居たから気づかなかったけどさ、お前、すげー綺麗だし。可愛いし。色っぽいし。俺のこと好きだし」
「っ……」
「こんなの、意識するなってのが無理だ。なあ、今自分がどんな顔してるかわかってる?」
「は、見るな……」
 顔が熱くて仕方がない。きっと酷い顔をしているのだろう。そう思って自分の腕で顔を隠すが、すぐに八雲の手がそれを掴んで壁に押し付ける。
「周りからクールとかカッコいいとか言われてるお前がさ、俺にはこんな顔するんだって知ったらさ。もう駄目だろ……?」
「は、放せ……。僕は……!」
「好きなんだろ? 俺のこと。だから、言ったじゃん。時雨の嘘は全部バレてんだって。あんなの、告白されたも同じだっての」
「う、嘘……」
「嘘つきはお前だろ。全く。とにかく、あんなに好きだって言われちゃ、俺だって自分の気持ちに気づくわけで……」
「嘘だ……」
「嘘じゃない。好きだって言ってんだろ。時雨」
「ん……、待って、八雲……」
 甘く吐かれた台詞に、全身の力が抜けてゆく。それでも、近づいてくる八雲の唇から逃げようとする僕に、八雲は不敵に微笑んで引き寄せる力を強める。
「待てない。お前だって、そうだろ?」
「ちが……。そうじゃ、なくて……!」
 そう。そうじゃない。今はそういうことをしている場合じゃなくて……!
「えっ。なに、してるの……?」
「あ、美華ちゃん……?!」
「だから、言ったんだ……」
 突然開け放たれた扉から顔を出したのは、メイド姿の高峰。その足音にいち早く気づいた僕は、それを八雲に伝えようとしていたのだが。間に合わなかった。
「宣伝、交代の時間過ぎてるから……。看板、探しにきたんだけど……」
 さすがの彼女も予想していなかったようで、目を丸くしたまま動けないでいた。
「高峰、その……」
「美華ちゃん。悪いけど、俺ら付き合うことにしたから」
「「は?」」
 なんとか言い訳をしようと口を開いた僕だったが、あっさりと真実を告げる八雲に言葉を失う。
 というか、どうして付き合うことになっているんだ……。
「ね、時雨」
 有無を言わせぬ八雲の圧力に、どうすることもできないと悟った僕は諦めて嘆息する。
「はぁ。そういうことだ。だから、君の取引はもう成立しない」
「そ、そんな……。どうして……。間違ってる。間違ってるよ。待宵くんも、月見里くんも……!」
「間違ってないよ。俺が美華ちゃんのこと好きだったのも本当だけど、時雨のことがもっと好きだったってのも本当だ。どっちも間違ってないし、後悔もしてない」
 澄みきった八雲の瞳は、本当に綺麗だった。僕も、最初っから自分の気持ちに正直であれたなら、どんなに良かっただろう。
「バラす……。みんなに、バラされたくはないでしょう?! ねえ、だから、お願いだから、私にしてよ、待宵くん……。月見里くんも、待宵くんのこと、諦めてよ……、ねえ……!」
「俺は美華ちゃんが好きだったよ。でも、ごめん。時雨は諦められないから」
「っ……!」
 強い意志を宿した瞳で射抜かれた高峰は、顔を赤くして教室から逃げて行った。
「どうすんだよ」
「さてね。でも、俺はバラされたって、お前を諦める気はないよ」
「……」
「ま、美華ちゃんだって、本当は良い子だ。そこまではしないと思う」
「そうか?」
「多分。ま、とりあえず。時雨、それ脱いで?」
 やきもきする気持ちを吹き飛ばすように、八雲が明るい声で言った。
「は?」
 真意を掴みかねている内に、八雲の手がメイド服に伸びて……。



 校庭は依然として生徒や来客で賑わっていた。そんな中、看板を持って練り歩くのはやや恥ずかしくもある。から、正直ありがたいのだけど……。
「なんでわざわざお前が着るんだよ」
 僕に変わってメイド服に身を包んだ八雲を見ながら、疑問をぶつける。にこやかな表情で看板を持ち、校門の前に立つ八雲。その隣で、僕はどうしていいかわからず立ち尽くす。
 いきなり服を脱がされたときには、さすがに焦った。が、八雲がメイド服を着始めたときには、もっと焦った。
「だってさ。時雨のあんな姿、他人に見せられないもん」
「はあ? どういう意味だよ」
「可愛い時雨を知られなくないってことだよ」
「気持ち悪いこと言うな」
「いや、時雨のは完成度高かったからね? そりゃあ意識もするでしょ。まあ、俺的にはこれはこれで意識するけど」
 そう言った八雲が、僕の肩口を意味ありげに撫でる。八雲に借りた制服は、僕のサイズとほぼ変わらない。周りから見ると違和感などないだろう。でも、僕としてはなんだかもぞ痒い。八雲の温もりに包まれているような気がして。それこそ変に意識してしまうわけで。
「何でもいいけどさ、だからってお前がやることないだろ」
 八雲の手を払いながら、僕は八雲に目を向ける。
「そうは言っても時雨、美華ちゃんのことで責任感じて、代わりに宣伝やるつもりだったでしょ?」
「そりゃあ、まあ一応……」
 高峰が宣伝を放り出してしまったのなら、僕がやるしかあるまい。まあ、進んでやりたいことではないので、交代してくれたときは、正直ほっとしたんだけど。
「てか、そもそも。なんで時雨がメイドやってたわけ?」
「ああ、一人欠席で。代わりにやれって、女子に無理やり」
「は~。これからはちゃんと俺に相談してくれよ?」
「彼氏面かよ」
「そうだよ。だって彼氏だもん」
「僕は認めてない」
「何を今更。思いっきり観念してたじゃん」
「してない」
「俺のコト大好きなくせに」
「……好きじゃない」
「素直じゃないな~。俺はお前を好きだって気づいてから、後悔なんてしてないんだけど?」
「っ」
「時雨は後悔してるの?」
「して、ないけど……」
「俺さ、お前に好きだって言われたら、すっげー嬉しいんだけど?」
「う……」
 来客が横を通り過ぎていく中、小声で交わされる秘密の会話。
「時雨」
 耳元で囁かれる声音は、どこまでも優しくて。
「僕は……。その……。っ、八雲のことが、す……」
「す?」
「っ~。ハードル、上げるなよ! 逆に言いにくいだろうが、馬鹿……!」
「はは。ごめんごめん」
 男子高校生のじゃれ合いだと思っているのか、おばさんたちがくすくす笑って僕らの横を通り過ぎてゆく。
「アホ!」
「そう叩くなって。しょうがないな。これ、持ってて」
「?」
 看板を僕に預けると、八雲は校内へと姿を消した。
「トイレか……?」
 疑問に思っていると、八雲の姿が再び現れる。その手には、出店で買ったと思われるスイーツがあった。
「クレープ。中々美味しいらしい。色々とお詫び」
 差し出されたクレープを受け取る。その甘い匂いは確かに興味をそそられる。
「でも、宣伝が……」
「真面目。少しぐらい休んでもへーき。ほら、食べないとアイス溶けるぞ」
「ん……」
 促されるままにクレープを一口齧る。それを見た八雲が、幸せそうに微笑む。
「おいしい?」
「ん。意外と美味い」
「じゃあ俺も一口」
「あ、おい」
「ほんとだ。甘くておいしい」
「っ。自分の分、買って来いよ」
「あれ。照れてる? いつもこれくらい普通じゃん」
「そうだけど! なんか、変に意識する……」
「は……。待て、待て。なんだよ、それ。可愛すぎるだろ……。時雨、お前のことは俺が絶対幸せにしてやるからな。覚悟しとけよ?」
「ばっ……。プロポーズみたいなこと言うな……」
「プロポーズですけど?」
「僕は恋敵だぞ?」
「今は恋人じゃん」
「は~。切り替え早すぎ。僕の方がついてけないっての」
「じゃあ慣れるまでベタベタに甘やかしてあげる。ゲロ甘ぐらいが好きだろ?」
「そうだな。好きだよ、八雲」
「え、それはどっちに対しての好き?」
「さあね」
 照れ隠しに頬張ったクレープは、胃もたれするほどゲロ甘く。僕の心をすっかりと幸せにしてくれるのだった。
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