アズアメ創作BL短編集

アズアメ

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(67)ショタと予言

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――幼い見た目のまま生きる『幼生族』の一人が大人の姿に成長したとき、この世界の秩序は崩壊する――
シャロの予言を信じた若者たちは、次々と幼生族を襲い出す。そんな中、一人の青年が襲われた幼生族を助けようとし……。

人外ショタ×人助けお兄さん
唾液催淫能力が好きです……!(?)
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 この世界に生きる者は皆、普通でなくてはいけない。普通から外れた異端は、消されて当然。だから。
『おい、そっちに行ったぞ。捕まえろ!』
「……!」
『逃がすかってんだよ!』
 幼い子どもが少年たちに押され、壁に叩きつけられる。
 迫害、か……。
 見慣れたその光景に足を止める者は誰もいない。俺だって、通り過ぎようと思っていた。
 でも。
 振り返る。幼い子どもは、どこか昔の自分と似ている気がした。そう、何の希望も映していない。虚ろな瞳。その暗さに、どうしても後ろ髪を引かれて……。
『あ? 何見てんだよ』
「いや、ええと。そういうのは良くないんじゃないかなぁって」
 我ながら腰の低い話し方だとうんざりした。もう少しはっきりとした物言いが出来ないものか。
『はは。お兄さん、コイツあれよ? 幼生族よ?』
「幼生族……」
 幼生族とはつまり、この世界における異端者だ。幼い見た目のまま生き続ける種族。昔から人間と共存し、人間として暮らしているが、その見分け方は至って簡単。彼らは決まって赤い目をしているのだ。
『知ってるっしょ? シャロの予言』
「ああ……」
 おっかない少年の言葉に俺は渋々頷く。
 幼生族の一人が大人の姿に成長したとき、この世界の秩序は崩壊する。近い未来、それが起こるのだと、有名な占い師シャロが騒ぎ出した。それを面白がって、メディアがこぞって取り上げて――。
『だったら、お兄さんも思うじゃん? 政府がちんたらしてる間に、オレたちが殺せばいい話!』
「馬鹿なことを……」
 それに踊らされた若者たちの中から、正義のためにと幼生族を殺す者まで現れる始末。どちらが正しいかなんて、俺にはわからない。だけど、今の俺はどうしてもあの子を助けたかった。
 この人数なら、やれるだろうか……?
『なっ!』
 油断していた目の前の少年を殴り倒す。
『くそ、何だよアンタ!』
「その子を離せ」
『お兄さん正気? 自分が何言ってるかわかってんの? そいつ、悪い奴だよ?』
「この子に罪はないはずだ」
『あるね。存在自体がオレたちの平和を脅かすんだ。だから、早く始末しないと……』
「お前たちは、人を裁けるほど偉いのか?」
『人? コイツは人間じゃないっしょ』
「話しても無駄か」
『ああ。ほんと。お兄さんってば悪い奴っぽいから、しょうがないよね。やっちゃって?』
 少年たちの目線にハッとして、後ろを振り向こうとする。が。
「っ……!」
 ぬかった。まだ仲間がいたとは……。
 後ろから頭を殴りつけられた衝撃に、体がふらつく。
『なぁお兄さん、アンタは正義に盾ついたんだ。覚悟はできてんだろうな』
 そのまま腹に一撃を食らい、倒れ込む。倒れ込んだところを更に数回蹴られては一溜まりもない。
『あっれ~? もしも~し、聞こえてる~?』
「う、ごほっ……」
 ああ、ザマァないな。
 喉元に突き付けられたナイフが煌めく。皮膚を裂かれる痛みに気が遠くなる。
 ああ、なにやってんだろうな。
 視界の端に、こちらを凝視した幼生族の男の子が映る。安心させるために、それに微笑み返してやる。
 大丈夫。
 俺は死んでも大丈夫な人間だから。
『何とか言えよッ!』
 がんっ、という鈍い音を立て、壁に頭がぶつかる。

 ぼやける視界の中、幼子が血だまりに一人佇む。
 その美しい光景に、俺は思わず息を飲む。
 ああ。これは正しい。でも、正義ではない。罪は黒く塗りたくられて、あどけない幼子を怪物へと変えてしまったのだ。


 目を覚ますと、簡素な部屋のベッドの上に横たわっていた。
「っ……」
 頭が酷く痛む。少年たちの血に濡れた幼生族の子は夢だったのだろうか……。
「あ。お兄さん、起きた?」
「あ、っう」
 起き上がろうとして頭を押さえる。頭が痛い。だが、そんなことを言っている場合ではない。
「まだ痛むよね?」
「いや、このくらい大丈夫……」
 ぎしり。膝をつき、乗り上げてくる幼子にベッドが軋む。
 逃げなくては。
 そう思い、身を起こそうとするのだが――。
「逃げないで」
 幼子の真剣な面持ちに一瞬だけ呪われたように動きが止まる。その隙に、馬乗りになった幼子の顔が近づき……。
「ん、んんっ?!」
 唇が重なった瞬間、慌てて幼子の体を突き飛ばす。
「痛いな~」
「な、何して……」
「ボクたちの唾液には、治癒作用があるんだ」
「治癒……?」
「じゃあ、ココ見てて」
 性懲りもなく近づいて来た幼子が、俺の腹を指して言う。
「うわ、これは酷……んっ!?」
 紫色に腫れた腹に驚いたのも束の間、油断した隙に再び口づけられる。
 勿論、さっきのように幼子を突き飛ばそうとしたのだが、さっきよりも力が強くて……。
 というか、なんか、すごく気持ちいい……。
 その短い舌が自分の舌と擦れる度に、全身の力が抜けてゆく。
「ほら見て。今ので少し良くなった」
「あ……」
 確かに、腹部の腫れは見事に引き、色も目立たないほどに治っていた。
「本当に、そんな効果が……」
「うん。驚くのも無理はないよね。人間の中でコレを知ってる人、いないと思うもん」
「じゃあそれ、簡単に俺に教えちゃダメだろ」
「君なら言わないし、悪用もしないもの。それに、お兄さんはボクを助けてくれたから」
 真っ直ぐな瞳に思わず怯む。
「俺のこと買い被り過ぎ」
 さっき助けようと思ったのだって、ただの気まぐれだ。俺は、こんなに清い瞳を向けられるほどの人間ではない。
「ううん。お兄さんはボクにとってのヒーローだもん」
「それは違……」
「ね、もう一回くらい治療しよっか?」
「は……」
 つつ、と腹を指でなぞられただけで、変な声が漏れる。
「いい子だね」
「は、待て。なんか、おかしい……」
「今度はちゃんと自分でボクの唾液、たくさん飲んでね?」
「そんなの、んむ……!」
 ああ。思考が溶ける。頭が痛すぎるせいだ。体が上手く動かないのも、気持ちいいとか思うのも全部……。
「はい。終わり」
「ん……」
「ね、きれいになったでしょ?」
 腹をさする。確かに、殴られる前に戻ったみたいだ。
 でも。なんか……。
「あれ? どうしたの、お兄さん」
「い、いや、何でもな……い」
 息が掛かるほどの至近距離で問われて、顔を背ける。震えの止まらない体を自分自身で抱きしめる。でも、駄目だ。なんか、おかしい……。
「お兄さん、何だか体が熱いよ?」
「んあ……。腹、撫でるな……」
「ああ。もしかして、今ので感じちゃった?」
「は、そんなんじゃ……」
 おかしい。ただキスされただけなのに。こんな風になるなんて。こんな……。
「どうして欲しいの? お兄さん」
「っ……。俺に、何、を、した?」
「あは。まだ理性あるんだ。失敗しちゃったかな」
 そう言って舌を出す姿が、幼い見た目によく似合う。だけどその目は、その魂の色は、底なしに恐ろしく、引きずり込まれたら最後。そんな冷たさを纏っていた。
「ボクが唾液として出せるのは、何も治癒作用のあるものだけじゃない。例えば」
「んあッ……!」
「感じやすくなる効果、とかね?」
「治療、とか言って……。お、まえ、騙した、のか……」
「騙しただなんて人聞きの悪い。ちゃんと治療はしただろ? ボクはただ、ほんの少し治療費を貰うだけ」
 くい、と顎を持ち上げられて、上を向かされる。
「ん……」
「あと、慰謝料も、ね?」
「お前、俺のこと、知って……っああ!」
 がぶりと勢いよく噛みつかれた首筋に、何とも言えない快感が襲う。
「知ってるよ。ボクたち幼生族をいたずらに陥れた有名占い師のシャロさん」
「復讐、ってわけ、か……?」
 言い当てられた途端、熱が少しだけ下がる。そう。俺こそが、この世界を混乱させた占い師シャロだった。
 幼くして両親を失った俺は、行き場を失くし、絶望していた。その虚ろな瞳に、映ったのが道端の怪しい占い師だった。あることないこと適当に並べ立てて金を稼いでゆくその職業は、なんの技術もない俺でもできるような気がした。そして。俺は嘘を並べ立てて、見事に客を増やしていった。有名占い師などと持て囃され、若者たちを中心に商売するようになっていた。しかし、あるとき客が飽きはじめていることに気づいた。何か大きなことをしなくては。焦った俺は、大きな予言を打ち立てることにした。それが、あの幼生族を巻き込んだ大予言。まさか、あそこまで大きな広がりを見せるとは思っていなかった。若者たちはきっと何か暴れるきっかけ、抱え込んだストレスを発散するはけ口が欲しかっただけなのかもしれない。それは、あらゆる悪意を乗せて、静かに人間に溶け込んでいた幼生族を脅かし始めた。
「いや。最初はお兄さんがシャロだって全然気づかなかったよ。ほら、いつもフード被って占いやってるし。本当にボクのヒーローだと思ったから助けたんだ。今のご時世、ボクたちを助けようとする狂った人間はいないしね。でも、お兄さんが寝てるとき唾液を飲んで素性を確かめたんだ。そしたら、シャロじゃん? そりゃあびっくりしたよね」
「唾液……」
 どうやら、幼生族は唾液を操るのが得意らしい。もしこの情報をメディアに売れば、きっといい金になるだろう。
「幼生族はみ~んなシャロを恨んでるよ。でも、復讐するより先に迫害されてさ。今じゃみんな怯えながら必死に隠れて暮らしてる。ボクだってそうだった。でも……」
「は。ヒーローが黒幕だったとは、なんとも気の毒だな。いや、逆に敵を取るチャンスなのかな」
「ねえ、お兄さん。お兄さんはさ、どうしてボクを助けようとしたの?」
「そんなの。ただのきまぐれだ」
「違うね。お兄さんは自分の予言に後ろめたさを感じている。だからボクを助けたんだ」
「それも唾液情報か?」
「ううん。でも、お兄さんを見てればわかるよ。お兄さんは優しい人だって。悪になりきれなかったんだって」
「ふ。俺は優しくなんかない。お前を助けたのだって、ただ罪から逃れたくてやっただけの偽善。そんなことで贖罪できるはずがない」
「はは。それをわかっているところがまたいいんじゃない」
「なに?」
「人間の大半は、さっきの奴らみたいに、ボクたちのことを嫌ってる。君みたいにボクたちのことを見てくれる人は滅多にいない。視界に入ったとしても、素通りさ」
「それは、俺がお前たちに謂れのない罪を科したからで……。元凶である俺がお前を見殺しにできるわけ……」
「君は自分の罪がわかってる。他の人間のように、幼生族は迫害されて当たり前。それは正義なのだと言い切ることもできるだろうに、君はそれをしなかった。君の清らかな心は死んでいない。それはボクにとって、君を気に入るだけの立派な理由だ」
 首筋の噛みつかれた痕をなぞるようにして、彼の手が肌を滑る。それだけのことなのに、どうしようもなく体が熱くなる。
「気に入る? お前は俺を恨んでいるはずだろ?」
「確かにボクは占い師シャロを恨んでいた。でも予言がなくとも、どの道ボクたちのような異分子は、何かの理由をつけて迫害されるのが目に見えていた。だから、むしろボクはその役が、甘ちゃんで自分を責めて苦しむような青年に当たったことに同情さえしている」
「そんなこと言いつつ、やってることは立派な復讐だろ」
「違う。これは復讐なんて野蛮なものじゃない。ボクは君が欲しい。君の魂はボクの食指を動かした。これは芸術なんだ。これはとっても美しいことなんだよ」
「な、にを……」
「君には悪いんだけど、君のやったことはこの世で一番の災厄だ。ボクを助けたのは間違いなんだよ。なんせ、ボクこそが」
「え……」
「終焉をもたらす悪魔だからね」
「は……」
 見開かれた赤い瞳が、見る間に銀色へと色を変えてゆく。瞳の色以外は変わっていないはずなのに、目の前の幼子はまるで冷たく、大人びた雰囲気を纏っていた。
「幼生族はね、普通は浅ましい欲なんかを持ってないんだ。そう、それはあたかも天使のように清い存在。神によって遣わされた人間への愛情。でもね。神は失敗した。失敗作こそがボク。ボクはずーっと人間を壊したくて壊したくて仕方がなかったんだよ。勿論、そんな感情はずっと隠してた。ボクだって、このままこの悪意を押さえながら何事もなく人生を終えるんだろうなって思ってた。でもね。見つけちゃったんだよ」
「あ」
「君はボクにとって一番壊したい人間だ」
「な……んで……」
 静かに口づけを落とした目の前の幼子に、眩暈がする。
 俺のせいだって言うのか……? 俺が……。
「愚かなくせにあと一歩堕ちないなんて。そんなの壊したくなるに決まってるだろ? でも、大丈夫。君の中途半端に綺麗な心、ちゃ~んと君が絶望するまで丁寧に壊してあげる」
「あ、あ……」
「その後でゆ~っくり他の人間を滅ぼそう。君の眼に更なる絶望を焼き付けてあげる」
「や、やめ……」
「君の予言、当たってたんだよ。嘘にならなくてよかったね」
「そんなの、よくな……、んっ……」
「ああ、シャロ。楽しみだよ。唾液だけでこんなになってる君に、もっと良いものを注いであげたらどうなるのか。唾液よりも効果が高いからね。君は簡単に壊れちゃうかもしれないな」
「ひ……。や、助けて……」
「大丈夫。壊れたって君のことは大切にしてあげるから、ね?」
「ん、ああ、さわ、るな……。はっ、ん……」
 ぐらぐらと滾る欲が体の自由を奪い去る。
 これが罰だっていうのか……? こんな、ことが……。
 目の前の悪魔が滲む。快感に震える体が勝手に色っぽい声を出して悦ぶ。
「泣いて善がるんだ。君ってほんと可愛いよ」
「あ、ああ……。ちが、も、やめ……」
 銀色の瞳に映し出された欲望は、俺の心を見事に食らい。贖いきれない罪を作り、全てを支配していった。
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