アズアメ創作BL短編集

アズアメ

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(121)執着心育てられ受け

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 無関心王子様である丹織に懐かれた夜一。二人はすぐに意気投合して周りからニコイチ認定を受ける仲に。しかし、ある日突然現れた草間に丹織の心は奪われて……。
 執着×執着。激重執着共依存が好きです!

丹織 悠仁(におり ゆうと)言う通りに
 やる気のない御曹司。他人に興味がない。モテる。
水原 夜一(みはら やいち)茨 闇
 ムードメーカー。コミュ強。モテる。丹織と気が合う。
水原 巧美(みはら たくみ)
リキカイーとか筋肉モケポン好き。モテる。
草間 充(そうま みちる)当て馬
眼鏡。気弱。特にモテない。

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「あ、それ……」
「ん?」
 振り返ると目を丸くして立ち尽くす丹織 悠仁がそこにいた。
 入学早々、家が金持ちであることを噂された彼は、すぐに女子にモテた。王子様のような見た目のせいもあり、他のクラスからも女子が見物に来るほどえらいモテた。全校男子生徒からすれ違う度に舌打ちされるほどかなりモテた。つまり、積極的には関わりたくないタイプの人間だ。
 それが、どうして今、わざわざ一人校舎裏でパンを齧る俺の傍にいるんだ……?
「それ、ニャオヒのレア……」
「え。お前モケポン知ってんの?」
 甘ったるいパンを飲み込んでから、開封済みのシールを指さす丹織に問う。
「知ってる。好き。ニャオヒ推し」
「え、意外」
 ニャオヒは可愛い猫のモケポン。高校生男子がストレートに推しとは言い難いモケポンだが……、まあ、王子様なら何でも許されるか。
「良かったら、要る?」
「え。いいの?」
「ん。推してる人に貰われた方がコイツも幸せだろ」
「やった!」
 初めて見る丹織の笑顔にどきりとする。コイツのことは何事にも関心のない無表情王子様だと思ってたけど……意外と表情あるのか。
「お礼、なんかする。何でも言っていいよ」
「や、いいし。別に。俺も姉ちゃんに言われて食ってるだけだし」
 王子様の意外な一面に焦ったせいか、余計なことを口走る。
「姉ちゃん?」
「あ~、いや。姉ちゃんモケポン好きで。俺はタダでパン貰ってシールだけ渡すシステムみたいな」
「え、それってコレくれたら駄目じゃない?」
「あ~。まあそうだけど。それ、この前も当たったし。姉ちゃんの推しじゃないから大丈夫」
「本当?」
「本当だって。ま、どうしてもお礼したいってんなら、今度コンビニのプリンくれたらそれでオッケーだからさ!」
 この前も当たった、というのは嘘だけど、姉ちゃんの推しじゃないってのは本当だ。シール一枚で王子様に恩着せがましくするほど落ちぶれちゃいない。
「わかった。ありがとう」
 丹織が大事そうにシールを生徒手帳に仕舞う。こんなとこ女子が見たら、ギャップで死ぬぞ。
「てか、丹織なんでこんなとこに居んの?」
「ああ。つけてきた」
「つけてきた?!」
「うん。だって水原くん、モケポンパン抱えて一人で教室出て行ったから。話しかけるチャンスかなって」
「えっと、俺になんか用あった?」
「気になってたんだよね。いつも水曜日だけ昼休み、教室居ないから」
「え、」
 確かに、俺は週一の唯一の自分時間として水曜の昼はいつものグループを抜け出して、この日当たりの悪い資料倉庫裏に来ている。でもまさか、それをこの、人に興味が無さそうな王子様に把握されていたとは……。
「部活って聞いたけど? 嘘?」
「あ~。うん。まあ。はは」
 あまりの直球に、否定することもできず目を泳がせる。
 俺は、毎週水曜日は写真部のランチミーティングがあるから、という嘘でこの束の間の時間を確保している。だって、疲れるんだよ。外面良くしてるとさ。
「水原くん、いつも皆の中心だもんね。大変そう。モテモテだし」
「いや、お前に言われたくないって。俺はただ調子いい盛り上げ役みたいなだけだし?」
「疲れるなら、僕みたいに全部断ればいいのに」
 勝手に隣に腰を下ろした丹織は、遠くを見ながら呟く。その瞳は含みなどなく、ただ真っすぐに澄んでいた。
「お前は羨ましい性格してるな」
「水原くんがややこしいだけじゃない?」
「お前なぁ……」
 悪気がない分、怒る気力も失せる。こういうところもコイツの魅力なのだろう。
「……クリームパン、いる?」
「いる!」
 まだ開封していないモケポンパンを差し出してやると、丹織は笑顔で飛びつく。
「プリン、2個な」
「了解しました! さぁてシール、何かな何かな~!」
 これが無邪気な王子様と俺が友達になるきっかけだった。



 それから俺たちは驚くほど意気投合して、校内の誰もが認める仲良しコンビとなった。
 あらぬ噂が立てられるほど朝から放課後までべったり二人で過ごし、あっという間に一年が過ぎた。正直、今が人生で一番楽しい時期なのかもしれない、と噛みしめながら日々を過ごした。ゲームにカラオケ、映画にお泊り会。ありとあらゆる青春を遊び尽くし、笑い合った。
「夜一、レイド来た。やろ」
「お~。悪い、ちょっとだけ待っててくれ」
「制限時間、十分ね」
「了解!」
 さて、今日はどっちだ?
 今朝来たばかりのLINEを見てため息を吐く。
『水原先輩にお話があるので、放課後時間をください』
 悠仁の仲介7割、俺への告白3割。似たような文面を月に何度も貰うようになり早数か月。もはや断ることに作業感を覚えてしまっている。
 どこで俺のLINEが流失してるのか知らないが、顔も知らない子から告白されても困ってしまう。これも王子様である悠仁との相乗効果なのだろう。おつきの者としてはご相伴に預かり光栄……とも言えない。だって、女の子と付き合って面倒くさい思いをするより、悠仁と遊んでる方が絶対に楽しいと言い切れる。
「けど、女の子の気持ちを無下にはできないしなぁ……」
 こんなとき、悠仁みたいにばっさり一言で切れたらすっきりするんだろうけど。生憎俺にはまだそんな勇気はない。
「えっと。体育館裏……。ベタな場所だな」
 指定された場所に着いてから、辺りを見渡す。壁に寄りかかって読書をしている地味眼鏡くんが一人。後は体育館から女子バレー部の掛け声が響いてくるだけ。どうやら、お相手チャンはまだ来ていないみたいだ。遅刻とは感心しない。こちとら制限時間があるというのに。
「あの。水原先輩……。ボクです」
「ん? えっと……」
 本を閉じて近づいてくる眼鏡くんに、誰? と口に出しかけ、慌てて口を閉じる。
「ボクが草間 充です」
「そうまみつる……。あ、」
 LINEの画面を見てハッとする。お相手の名前は『みつる』。てっきり女の子だと思っていたが……。
「まさか」
「男ですみません。でも、どうしても伝えて欲しくて」
 少し緊張した面持ちで拳を握り絞める彼を呆然と見つめる。
「ええと、伝えて欲しいってことは、つまり……」
「ハイ。ボクは丹織先輩のことが好きなんです!」
 悠仁、お前、ついに男にまでモテて……。
 対象が自分でないことに安堵しつつも、悠仁のことが心配になる。
「ごめんだけど、悠仁はまだ誰とも付き合う気がなんだよ。恋愛に興味がないんだって。だから悪いけど……」
「じゃあ、少しお話をする時間をください!」
「いや。それは俺の関与するところじゃないってか……。自分で話に行ってほしいというか……」
 女の子の頼みならまだしも、俺だって男の頼みなんか聞きたくはない。それに、俺が言ってることは全部本当だ。どうせ誰に会っても悠仁は興味を示さない。全部断ってほしいと言ったのもアイツだ。そもそも、男に言い寄られても悠仁が迷惑するだけだ。
「お願いします! 何でもしますから!」
「え、ちょっと……」
 がばり、と勢いよく地面に頭を擦りつけて土下座を始めた草間から一歩距離を取る。
 コイツ、ヤバイ奴? これは悠仁に近づけさせないようにしないと……。
「夜一~。もうとっくに十分過ぎてるよ~! って、うわ。何その人」
「悠仁!」
 来ちゃ駄目だ、と言う前に、顔を上げた草間が勢いよく悠仁の前へ転がり出る。
「あの! ボク! 丹織先輩のことが好きです! 付き合ってください! お試しでいいですから! お願いします!」
 再び地面に顔を擦りつけた草間は、悠仁に両手を差し出す。
 可哀想に。どれだけ一生懸命アピールしようが、悠仁が取るのは――。
「面白いね、君」
「え……?」
 悠仁の腕を掴もうとした手を引っ込めて立ち止まる。
 今、コイツなんて言った……?
「いいよ。お試しで付き合っても」
「え。え! ホントですか!」
「は……?」
 しゃがみ込んだ悠仁が草間の両手を包み込んで微笑む。それを見た瞬間、何か得体の知れない感情が沸き起こる。
 なんだよそれ、なんだよその顔。どうしてそんな奴に笑ってんだよ。そんな奴の手を掴むな。お前のそれは俺専用だろ?
「悠仁、お前、何考えて……」
「そういうことだからさ、ごめん。夜一は先に帰っててくれる?」
「は?」
 なんで俺じゃなくてそいつが優先されてんの? なんで俺が謝られてるんだ?
「悠仁、お前、嘘だよな……? そんな奴と付き合うとか、冗談……」
「夜一。僕の恋人のこと悪く言うの?」
「恋……、お前、おかしいよ、これ、あれか? どっきり、的な? お前、そういうのキャラじゃないと思ってたけど……」
「夜一。僕はこの人に興味が沸いたんだ。だから、邪魔しないでよ」
「嘘だろ……?」
 向けられた瞳の冷たさに心臓が凍り付く。あの目で見られているのは他でもない、俺だ。
 今まで、あんなに楽しそうに笑ってくれていたのに?
「行こうか」
「あ、えっと。ハイ。それじゃ、失礼します」
 悠仁と草間が手を繋ぎながら横をすり抜けてゆく。
 その後、気づけば俺は暗くなるまでその場に座り込んでいた。



 別に、俺が悠仁の恋人になりたい訳じゃない。だって俺は男が好きなわけじゃない。
 だけど、それにしたって。悠仁の一番は俺だと思ってた。それなのに。
「悠仁、今日こそ一緒に帰ろうぜ」
「ごめん。今日も充と帰るから」
 誘っても誘っても返ってくるのはそっけない返事だけ。いつの間にか距離の縮まった呼び名が腹立たしい。
『この前のコトだったら謝るって。だからさ、今まで通り俺とも仲良く遊んでくれよ』
 数日前に送ったLINEのメッセージは既読になったままだ。アイツ好みの可愛い猫のスタンプまで押したのに。
 何が恋だよ。馬鹿馬鹿しい。
 そんなものは一時の気の迷いに過ぎないってのに。ましてや、男同士でなんて幸せになれるはずがないのに。
 アイツの何がいいんだよ。何で俺のことを遠ざけるんだよ。
 クラスメイトたちも、俺を避け続ける悠仁を見て、喧嘩したのだろうと囁いた。でも、果たしてこれは喧嘩なのだろうか。確かに、草間を見下した発言はした。でも、初対面のアイツを庇う悠仁の気持ちがわからない。
 一目惚れ。恋は盲目。
 何度考えてもそういう結論にしか至れない。本当に馬鹿々々しい。
 あんなに俺にべったりだった癖に。ムカつく。ムカつく。ムカつく。


「ただいま~」
「あ、夜一~。グッドタイミング~! 今日も帰り遅くなるからよろしく~!」
 家に帰り着いた途端、姉の巧美が慌ただしく出てくる。めかし込んでるところから見て、これからデートなのだろう。
「姉ちゃんさ、この前の人とはもう別れた訳?」
「そ。飽きちゃったんだモン」
 肩を竦めて悪びれることなく可愛い子ぶる姉にため息を吐く。
 これだから恋だの何だのは信用できない。
 俺の両親もそうだった。お互いに浮気し合ってて。大喧嘩の後、俺が中学の時に別れた。
 幸い、歳の離れた姉が俺と一緒に住んでくれたことで、クソ親の片方と暮らすことは回避できたが……。
 姉は姉で恋人を取っ替え引っ替えしてる日々だ。やはり遺伝なのだろうかと思うとぞっとする。
「あのさ、早すぎない?」
「童貞のアンタにはわかんないだろ~けど、クソ男と分かった時点でスパッと別れた方がいいのよ! アタシはね、当たりを引くまでガンガン行くのよ!」
「全然わからん」
「は~。アンタもアタシに似てモテる顔してんだから、そろそろ恋人の一つでも作れば?」
「やだよ、めんどくさい」
「まあでもアンタ、執着心強いもんね。彼女が可哀想か」
「は? 執着?」
 突拍子も心当たりもない単語に眉を顰める。執着心が強い? 俺が? 俺に執着してたのは悠仁の方じゃないか。
「何? 気づいてないの? アンタお気に入りの拾ってきた石とか毛布とか未だに取ってるじゃん。それが人に向いたら大変なことになるでしょ」
「全然わからん。物を大事にしてるって言ってほしいし」
「物はアンタから離れられないけどね。人はアンタの意思とは関係なく離れるからね。思い通りになると思うなよってコト」
 どうして思い通りにならないんだよ。あんな奴より俺の方が悠仁のことをわかってやれるのに……。
「顔、怖いわよ」
「飽きたらポイなんて最低じゃんか」
「まあ、最低だけどね。無理に縛り付けて一方的に愛を押し付けるのも最低よ?」
「何? そういうクソ男でもいた訳?」
「うっ。思い出させないでよ!」
 図星を指されたらしい姉が嫌そうな顔して舌を出す。
「とにかく、くれぐれもメンヘラ束縛男に育つんじゃねーぞってコト! お姉さんとの約束だぞ!」
「ハイハイ。いいから早く行きなよ。遅れるよ?」
「やっば! あ、モケポンパンはいつも通り買って来てあるからね! 持ってけ泥棒!」
「ハイハイ。ったく、そろそろモケポン卒業しないと彼氏に愛想つかされるぞ」
「残念、今度の彼氏はモケポン好きです~!」
 イーッ、と子どもっぽい威嚇をしてから姉は足早に出ていく。
 俺だってモケポンは好きだ。定期開催されるレイドだって、一度もサボらず続けてきた……はずだったのに。今回開催されたミズバニーレイドは結局触らないまま終わってしまった。悠仁は覚えているだろうか。俺にフレボでミズバニーをゲットしてほしいと言ったことを。
「モケポンに興味が無くなったか、草間に手伝ってもらったか……」
 どっちでもいい。どっちにしたって不愉快だ。
「あーあ。俺、寂しいのかな……。姉ちゃんが言うように俺も恋人でも作れば気が紛れるのかな……」
 呟いてから首を振る。そんな気分じゃない。恋なんて気持ち悪い。俺が今欲しいのは気の置ける友達だ。自分を偽ることを忘れて楽しめた数日前までの日々だ。
 まだ、一週間ほどしか経っていないというのに、酷く長い時間が流れた気がした。心に空いた穴はどうやっても塞がらない。今の俺を満たせるのは、悠仁しかいない。


『丹織くん、美術部に入ったらしいよ』『知ってる。あの例の後輩が美術部だかららしい』『丹織くん、正気なのかな?』『ね。私、てっきり丹織くんは水原くんとそうなのかと思ってたのに……』『ちょっと、そうってなによ~』『いや、それは、ねえ?』
 嫌でも耳につくクラスメイトの噂話から情報を得て、息を飲む。部活なんか自由時間が減るから絶対に入らないと言っていたのに。草間の為なら簡単に入るのかよ……。
 何も気づいていないふりをして廊下に出る。宛てもなく校舎を彷徨い、昼休みを潰す。クラスの奴らとは最近あまり絡んでいない。傷心だのなんだのと心配されてるのは知ってるが、全部曖昧に微笑んで躱した。
 このままじゃ、誰にとっても嫌な奴になってしまうのはわかってる。けど、どうにも心が燻ってムカムカして、治まらない。
「って、あ」
 角を曲がった先で悠仁とばったり会って、思わず声を漏らす。
 そんな俺の反応も無視してすれ違おうとする悠仁にもどかしくなって腕を掴む。
「何?」
「あ、えっと……。お前、美術部入るんだって?」
 冷たい視線を向けられて潰れそうになる心臓をなんとか励ましながら、へらへらと言葉を絞り出す。
「だったら?」
「いや~。俺も入ろっかな~、なんて」
 そんなつもりなかったのに、口が勝手に言葉を紡ぐ。
「写真部は?」
「ああ。もうとっくに辞めたよ。元々幽霊部員だったし、水曜の口実が要らなくなったからって、前に話しただろ?」
「そうだっけ」
「そうそう。だから、新しくちゃんとした部活に入りたくてさ」
 忘れられていたことにショックを受けつつ、なんとか話を繋げる。しかし、悠仁の表情が和らぐことはない。それどころか、どんどん嫌悪が滲みだす。
「夜一は絵心ないし、つまんないんじゃない?」
「うわ、はは。辛辣過ぎ。でもさ、ちょっとくらいいいだろ? 俺もさ、お前の友達として草間くんのこと知りたいしさ。紹介してくれよ」
「紹介はしない。僕の邪魔しないでよ」
「……なんだよそれ。はは。ほんとに入れ上げてるじゃん」
「うん。本気。だから、邪魔されたくない」
「俺が邪魔すると思ってんの?」
「するでしょ?」
「……」
 そんな性格の悪いことするわけない、と叫びたかった。だけど、どうしても口が開けなかった。自分の感情に戸惑っている内に、悠仁は俺に冷たい視線を浴びせて去っていった。
 悠仁に信用されていないという事実で泣きそうになった。俺は悠仁にそんな酷いことをしただろうか。いや、してないはずだ。俺は何も悪いことはしてない。あるのはただ、彼が俺に飽きたという事実だけ。彼が俺よりも草間を選んだという事実だけだった。
 どうして、俺だけがこんなに惨めな思いをしなければならないのだろう。許さない。許せない。俺にこんな屈辱を味わわせたことを後悔させてやらないと気が済まない。
 ああ、もうどうにでもなれ。
「だったら、本当に邪魔してやるよ……」
 口から零れた毒は、弱々しく震えていた。彼には嫌われるだろう。だけど。このまま無関心でいられるより、ずっといい。このまま忘れられてしまうのであれば、王子様の邪魔をする悪役の方がマシだから――。


『というわけで、体験入部してくれることになった丹織くんと水原くんです。皆さん拍手!』
 まばらな拍手の中、悠仁の剣呑な視線に耐える。
「言ったよね。邪魔しないでって」
「いや、本当に美術に興味があるんだって」
 へらへらと笑いながら、草間を目で探す。
「ね、草間くん。この前はごめん。俺もびっくりしちゃってさ。でも、俺だって君と仲良くなりたいっていうか」
「水原くん、やめて」
 美術部一同が見守る中、悠仁の冷たい声が室内に響く。
「な、なんだよ悠仁。そんなよそよそしい呼び方、」
「充、行こう。この人と関わっちゃ駄目」
「えっと。水原先輩、すみません」
「いや、そんな。ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃん? 俺、そんな駄目なこと言ってる?」
「あのさ、いつまでも友達面するのやめてくれない? 僕はもう水原くんに興味なんてないし、友達だとも思ってないから。放っておいてくれない?」
「な……」
 なんでそんなこと言うんだよ。どうして急に俺のことを嫌いになったんだよ。俺はお前の一番じゃなかったのかよ。
「充、あっちに行こう」
「あ、おい! 待てって!」
「何? まだ何か用?」
 突き刺すような視線を受けて、拳を握り絞める。
 頑張れよ、俺。言ってやれよ、悠仁を傷つける言葉を。
「あ、っと、俺、今のお前のこと、理解できないってか……嫌い、だし……」
「……そう。それは良かった。僕も水原くんのこと嫌いだから、お互い様だね」
「は……。はは、なんだよ、それ……」
 笑顔で跳ね返された言葉に、へらへらと笑うことしかできない自分に嫌気がさす。
 もっと、アイツらを後悔させる言葉を吐けよ。馬鹿。逆に傷ついてどうするんだよ。俺は悪役にすらなれないのかよ……。
 話は終わったと言わんばかりに悠仁は俺に背を向ける。
『み、水原くん、えっと……。良かったら私が教えてあげようか?』
 ただならぬ空気を察した美術部部長が俺を引き留めて提案する。その怯えた瞳を見てしまえば、善人の仮面を被らざるを得ない。
「あ、はい。すみません。はは。じゃあ、お願いしようかな」
 俺がへらへらと答えると、部長の目に安堵の色が浮かぶ。
 駄目だ。やっぱり俺は、悠仁みたいに生きられない……。
 何が邪魔してやる、だ。人目を気にして、結局へらへらすれば丸く収まると思ってる。
 あーあ。嫌だな。悠仁と二人きりの時だけは、顔色伺わなくて良かったのに。アイツは他人に期待しない。だから俺は自然に呼吸が出来ていた。それなのに。
 俺はいつからアイツに期待するようになってしまったのだろう。
 アイツの中で俺は特別な存在だと思っていた。だって、色んな表情を見せてくれたから。
 アイツだって楽しいんだって思ってた。他の奴らじゃアイツの心を開けないんだって。優越感に浸っていたんだ。ずっと俺が一番だと思ってた。だって、俺にとっての一番はとうに悠仁になってしまったいたから。だから、同じ熱量でいてくれていると思っていた。それなのに。それなのにそれなのにそれなのに。
 俺はいつの間にか飽きられていた。アイツは新しい玩具を見つけた。
 きっとそれが答えなのだろう。俺が悪いとかそういうんじゃない。どれだけ大事にしてたって、人は思い通りにならない、か……。
 楽しそうに笑い合う二人を見て、唇を噛みしめる。
 ああ、神様。だったら、少しだけ俺にチャンスをください。俺はやっぱりぶち壊したい。悠仁の心に少しでも爪を立ててやりたい。俺の痛みを少しでも味わってほしい。例え、今以上に嫌われようが、アイツに傷を残してやりたい。
 これが俺の本性か、と一人苦笑する。これじゃあ両親や姉のことを軽蔑できる立場にない。


「なあ、悠仁。今日だけ一緒に帰れないか? 俺さ、お前に言いたいことあってさ」
「ごめん。てか、そろそろ水原くんも一緒に帰る人くらい見つけたら? 君だったら彼女ぐらいすぐにできるでしょ?」
 淡々と告げられた言葉を聞いて、俺の中の悪魔が囁く。「コイツを傷つけてやれ」と。
「なんだよそれ。お前、気持ち悪いよ、あんな冴えない男に執着してさ。馬鹿じゃねぇの? 舞い上がってんのはお前らだけだって。お前さ、クラスメイトたちから引かれてんのわかんないわけ? 狂ってんだよ、お前ら。男同士で恋愛とか、普通に考えて気色悪い。将来を棒に振る気かよ。後悔するのはお前らだって。わかんないほど馬鹿じゃないだろ?」
「言いたいことってそれ?」
「悪いことは言わない。断れ。まだお試し期間ってやつなんだろ? だったら、もっと周囲の反応とか見てさあ……」
「あのさ。僕、充と正式に付き合うことになったんだ」
「は……?」
「そういうことだから。あと、気持ち悪いのは水原くんの方。男に執着してるのは君も同じでしょ? そのくせ、正論振り翳して僕を取り戻そうとするなんて。子供っぽくて可哀想。僕は君のそういうところが大嫌い。君は僕の一番じゃない。優越感に浸って夢を見ていた君は面白かったけど。僕はもう飽きちゃった。だから、これ以上は僕らに関わらないで。さようなら」
「……」
 言い返すことすらできなかった。
 こんなことで傷ついて、ほんと馬鹿みたいだ。
 ああ、どうして俺はこんなに酷い男に執着してしまったのだろう。
「はは。悪い男に引っかかるのは遺伝かもな……。姉ちゃん」
 独り言ちてから、空を仰ぐ。赤く染まった夕焼けは禍々しくて苦笑する。
 どこで間違えたんだろうか。もう俺は悠仁の代わりを探せない。時が解決してくれるのだろうか。悠仁のことを忘れられる日が来るのだろうか。
 アイツは俺のことを忘れてしまうのに?
 不平等だ。あまりにも。どうして同じでいてくれないんだよ。忘れないでくれよ。ああ。
「俺が死ねば、罪悪感でも抱いてくれるかな……?」
 フラフラと車通りの多い方へ足を向ける。涙を堪えることに疲れた目は、恋焦がれるように車を追う。アレに轢かれたら死ねるだろうか。ああ、今飛び出せば、この余計なことを考える脳みそはぐちゃぐちゃに潰れてくれるだろうか。このバグってしまった心臓は痛みを止めてくれるんだろうか。
「もう、どうでもいいや」
 体の力を抜いて、赤信号の横断歩道に走り込む。丁度運良くトラックが目の前に迫る。
 さようなら、悠仁。



 俺が草間に否定的なことを言わなければ良かったのだろうか。俺が制限時間を守っていたら良かったのだろうか。俺がLINEにいちいち付き合っていなければ。俺が悠仁にプリンを要求しなければ。俺がモケポンパンを食べてなければ。俺が水曜日に抜け出していなければ。俺が悠仁と同じクラスでなければ――。
 目の前の悠仁が俺に向かって微笑む。そして、酷く優しい声で囁く。
『君は僕の一番じゃない』
 その瞬間、俺は悠仁を殴りつける。けれど、殴っても殴っても拳は悠仁をすり抜ける。
 涼しい顔をした悠仁は俺に向かって呪いを掛ける。
『子供っぽくて可哀想。これ以上は僕らに関わらないで。さようなら』
 途端に、俺の体は黒い茨に絡み取られる。
 待ってくれ、悠仁。待ってくれ――。
 叫びたいのに。手を伸ばしたいのに。茨が口を塞ぎ、腕を縛る。そして、その棘は皮膚に食い込み、蔓はぎちぎちと四肢を捩じ切ってゆく。
 痛い。痛い痛い痛い。
 赤く染まった視界の中で、絶望に身を委ねる。
 ああ、いつまで俺はこんな悪夢を見れば、許してもらえるのだろうか。


 白いベッドの上で目が覚める。息が荒い。酷く汗を掻いている額を拭って起き上がる。
 また、朝が来てしまった。
 カーテンの隙間から差し込む白い光に目が眩む。
 結論として、俺は死ねなかった。
 トラックに轢かれたものの、すぐに病院に運ばれて一命を取り留めた。
 どこそこ骨が折れ、額に傷は残ったものの、日常生活に支障をきたすことはないらしい。
 ああ、悠仁は少しでも後悔してくれてるだろうか? 俺がどうしてこんなことをしたのか分かってくれただろうか。
「……無理だろうな」
 手の甲に熱い水滴が落ちてくる。
 ああ、俺はまた性懲りもなく泣いているのか。
 止まらない涙をそのままにして、ぼんやりと壁を見つめる。もう何も考えたくない。
 ふいに、コツコツとドアを叩く音が聞こえたので、慌てて涙を拭う。
「元気? なわけないか。……酷い顔だね」
「は……?」
 これは夢の続き、だろうか? 平然と入り込んできた丹織 悠仁が俺の顔を覗いて微笑む。
「泣いてた? 目が赤い」
 伸ばされた手を反射で払い、目を逸らす。
「な、これは、熱が、熱がある、から……」
 これは夢だ。悠仁が俺に話しかけるはずがない。
「声も枯れてる。何か辛いことでも思い出した?」
「で、てけ……」
 見えない茨が、俺の心臓を締め上げる。痛い。痛い痛い痛い。
「酷いな。せっかくお見舞いに来たのに」
「そんなわけ、ない……」
 声を震わせながら目を瞑る。
「どうして?」
「夢、これは、夢だから……」
 だから、早く目覚めなくてはいけない。
「友達だったじゃないか、僕らは」
「ああ。友達“だった”かもね」
「これ。夜一が好きなやつ」
 鞄からコンビニのプリンを取り出してみせた悠仁に息を飲む。
「は、はは……」
 俺はまだ、こんな願望を持っていたのか。覚えてるはずがないのに。覚えていたとして、嫌いな奴にわざわざ買ってくるわけがない。
「大丈夫? 水、持ってこようか?」
「やめてくれよ……。関わらないでくれよ……」
「関わらない方がいいの?」
「怖い……。やめてくれ、もう十分だよ、悪夢はもううんざりなんだ……。これ以上、病みたくない……。嫌だ、俺はもう、俺がわからなくなる……!」
「可哀想に」
「ひっ」
 抱き寄せられた瞬間、体が強張る。その温かさに吐き気がする。
「僕が君をそんな風にしたんだよね? 責任、取ってあげようか?」
 甘く囁かれた言葉に、くらくらとした眩暈が止まらなくなる。
「違う、悠仁はそんなこと言わない……」
「どうして?」
 子どもをあやすような声音に、どろどろと意識が溶けてゆく。
「悠仁は、俺じゃなく草間を選んだ……。俺は飽きたって……。嫌いだって……。さよならって……」
 ぼたぼたと流れる涙で目が痛い。熱くて、苦しくて、自分の体がわからない。
「でもさ。それが嘘かもしれない」
「嘘……?」
 揺れる視界の中、悠仁の顔が近づいてくる。
「ねえ、もしかしたらだけどさ。夜一は僕のことを好きだったんじゃない?」
「好き……?」
 ぼんやりとする頭で考える。でもきっと違う。決してそんな気持ちじゃなかったはずだ。恋愛感情なんてものじゃない。
 だけど、それを告げてしまえば、この優しい夢が終わってしまう気がした。
「僕に気があったから、夜一はこんな風に傷ついたんだ。違う?」
「そうだって、言ったら……、もっと心配してくれんの……?」
 震える声で自らを追い込む問いを掛ける。
「……するよ」
「はは。じゃあ。好き。俺は、悠仁のことが好き」
 何でもいい。夢でもいい。浅ましくても構わない。だから、もう一度俺を見て。
「愛してる?」
「愛してる」
 俺を見てほしい。もう一度、悠仁にとっての一番になりたい。お願いだから。俺を捨てないでくれ。もう俺はお前無しでは生きられないから……。
「よくできました」
「ん……」
 目を瞑り、悠仁の口づけを受け入れる。その瞬間、心に空いた穴が満たされる。
「悠仁……、もう一回……」
「いいよ、夜一」
 得体の知れない快感に身を委ねて、息を吐く。
「は……。これ、駄目、かも……」
「嫌?」
「違くて……。一生、悠仁が欲しくなる……」
「……ああ。やっぱり夜一は最高だね。いいよ。退院したら毎日一緒にいよう」
 甘い言葉に眩暈がする。なんて都合のいい夢だろう。
「でも、お前、草間と……」
「君が僕を愛しているなら、僕は彼と別れるよ?」
「え、なんで……」
「なんでも」
「ああ、夢だから……」
「本当は夢じゃないって気づいてる癖に」
 囁かれた言葉に目を閉じる。
「……俺は、やっぱりお前がわからないよ、悠仁」
「嫌いになる?」
 問われてから、首を振る。今更逆らえるわけがない。
「そう。夜一は賢い良い子だね。大丈夫。一度根付いてしまえばもう引き抜けない。夜一の愛は僕がじっくり丁寧に育ててあげるから。もう心配しないで」
 瞼に口づけられて、自分がもう泣いていないことに気づく。
「悠仁……」
 甘える猫のように頬を悠仁の手に擦りつける。もっと見て欲しい。俺だけを見ていて欲しい。俺が一番になれるんなら、もうなんだっていい。
「ああ、夜一。やっぱり君が一番だ。大事に大事にしてあげる。だから、絶対に逃げないでね」
 こんな大掛かりな罠に嵌まって易々逃げられる訳がない。もう引き返せないところまで来た。
「夜一。僕の恋人になってくれる?」
 俺の選択肢なんてとうに奪われている。どうして彼が俺を選んだのかなんてわからない。けど、それが酷く、酷く幸せだ。
「なる。ああ、悠仁。だから、もう俺を嫌わないで……」
「勿論」
 齧りつくように抱き着いた俺を悠仁がぎゅっと抱きしめる。ああ、好きだ。愛してる。もう離れたくない。あんな冷たい目で見られたくない。嫌われたくない。怖い。だから、愛してる。ずっと。一生。俺は悠仁の物でいたい。間違ってるとか歪んでるとかどうでもいい。もう逃げられない。





 初めて見た瞬間、手に入れたいと思った。
 水原 夜一。彼は人好きのする爽やかな顔とは裏腹にどこか疲れた目をしていた。
 それに気付いてから、僕は彼を目で追うようになっていた。
 彼の周囲の人間はみな、彼のことを心から信頼し、彼の本質を見抜こうとはしなかった。彼はよく動き、よく気遣い、周りの空気を読むことに長けていた。
 だからこそ、だ。僕は彼を甘やかしてやりたいと思った。彼が溺れてしまうほど愛情を注いでやりたくなった。
 こんなことを思うのは初めてだった。そして、その欲求は日に日に増していった。

 モケポンが好きというのは嘘ではなかった。が、レアシールなんて金で買えるし、毎回レイドをこなすほどハマっているわけではない。でも、口実が欲しかったから。
 夜一と過ごす日々は砂糖菓子のように甘く、ポップコーンのように軽やかだった。本当に楽しかった。この日々がずっと続くようにと、呪うように何度も願った。
 でも。どうやら目立ち過ぎたらしい。夜一は見知らぬ女からもモテるようになってしまった。それに夜一が心を砕いて対応するのにも苛立ちを覚えた。
 この調子じゃ、僕との時間が減るどころか、いつかどこぞの女に夜一を持っていかれてしまう。
 夜一は僕に恋愛感情を抱いてはいなかった。僕はこんなにも君に恋焦がれているというのに。
 だけど、幸いなことに、彼は友情にさえ強い執着心を持てる人間だった。
 彼の姉と会ったとき、「気を付けてね」と茶化されたが、果たして気を付けるのはどちらの方か。
 僕は当然のように、彼の強い執着心を煽って感情を捻じ曲げることを思いついた。
 願うだけじゃ足りない。呪いを編み上げて、彼を縛らなければ安心はできない。
 だから、僕は金に困っている男子生徒に相手役を頼み、馬鹿馬鹿しい演技をした。
 これで駄目なら他に手を考えるつもりだったけれど、思った以上に彼が僕に執着してくれていたのが良かった。
 これで、やっと僕たちは両想いになれた。
 もう絶対に逃がさない。


「あ、夜一。ミズバニーレイド復刻だって……!」
 夜一に抱き着き、スマホの画面を見せる。入院着の隙間から見える肌に喉を鳴らしながら、なんとか欲望を押し殺す。
「え、でも……。それ、お前はもうやったんじゃ……」
 夜一の瞳が不安で揺らぐのを見て、僕の心は満たされる。
「やってないよ! 約束したじゃん、フレボミズバニーくれるって」
「……うん。俺も、ちゃんとお前のために取ってある」
「さっすが、夜一!」
 幸せそうにふやけた笑顔を見せる夜一に、内側から溢れる熱を大事に噛み砕く。
 ああ、可愛い僕の夜一。僕の狂気を全部ぶつけたら壊れちゃうから。我慢して大切に大切に育ててあげる。
「退院したら、ずっと一緒に居ようね、夜一」
「……ああ」
 一瞬恐怖に揺らいだ瞳は、すぐに満足げに微笑み、僕の毒を受け入れる。
 夜一は僕の正体に気づいている。僕の狂気に気づいている。それでも、彼が丸ごと飲み込む決意をしてくれたことが何よりも嬉しい。毒が染み付いた僕らの心臓は、きっと同じ色をしているのだろう。
 ああ、早く全てを暴いて食らいつくしてやりたい。
「夜一。僕の可愛い夜一。本当に、壊れなくて良かった」
「ん……」
 治りかけの傷を優しく撫でる。身じろぎはするが抵抗はしない夜一に愛しさを覚える。
 だって、時間をかけて君を壊すのは僕の役目だから、ね。
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