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007 名案と準備

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 翌日――。
 いつもの時間に起きた俺は、いつもの時間に登校した。
 学校へ通うようになって数日目だが、早くもサボりたい気持ちが強い。

 その理由は一つ。
 規則正しい生活が大嫌いだからだ。
 前世で冒険者だったのもそれが影響している。

「よっ! 鈴木!」

「おはよー鈴木君!」

 他の生徒に声を掛けられる。
 それに応じつつ校内へ。

 俺に対する過剰な熱狂は、早くも冷めつつあった。
 おかげで学校生活が快適になりそうだ。

「お?」

 教室に入ると、俺の席に裕美が座っていた。
 このクラスの女子らと話していたようだ。
 俺と違って社交的だし友達が多いのだろう。


「来たかね来たかね!」

 裕美が立ち上がり、俺のほうへ近づいてくる。

「それで、名案の正体は?」

 名案とは、常時携帯できる武器のことだ。
 昨日、裕美は閃くだけ閃いて教えてくれなかった。

「さっそくいっちゃう?」

 と言いつつ、彼女はある物を取り出した。
 それは――。

「もしかして……傘か?」

「もしかしなくても傘だよ!」

 何の変哲もない黒色の傘だ。
 渡されたので触ってみたが、やはり変わりない。
 おそらく500~1000円くらいで買えるであろう代物だ。

「別に刀剣じゃなくても棒状ならいいんでしょ? 傘ならいつどこで持ち歩いていても問題ないよ」

「そうだけど、晴れの日に傘は不自然じゃないか? 例えば今日とかさ」

 本日の天気はこれ以上ない程の晴天だ。
 血眼になって雲を探しても見つけられないレベル。

「大丈夫! この世界には日傘って概念があるから!」

 言った後で、裕美は「あ!」と何やら気づく。

「でも男が日傘っておかしいかぁ」

「おい」

「まぁいいじゃん! 何か尋ねられても『俺は天気予報を信じない男なんでね』とでも言って誤魔化せば済むよ!」

 裕美は俺に背を向けて教室の外へ向かう。
 そして、「またあとでねー、大輝!」と出ていった。

「まさかの傘か……」

 ま、俺が密かに検討していた杖よりはマシか。

(それよりも――)

 先ほど、裕美は俺のことを呼び捨てにしていた。
 昨日は君付けだったのに。

(俺の秘密を打ち明けて、少し距離が縮まったかな?)

 そんなことを考えて一人でニヤける。
 するとそこへ、先ほどまで裕美と話していた女子たちがやってきた。

「鈴木君、その傘は何ー?」

「今日は晴れなのになんで傘がいるの?」

 興味津々といった様子で傘を見ている。

「えーっと、この傘はぁ……」

 悩んだ挙げ句、俺は苦笑いで答えた。

「俺は天気予報を信じない男なんでね」

 女子たちは口をポカンと開けていた。

 ◇

 放課後、俺は学校に残って体育祭の準備を手伝っていた。
 体育祭が何かはよく分かっていないが、近々開催されることはたしかだ。

 作業自体はただの肉体労働だが楽しんでいる。
 前世では味わえなかった高校生活を満喫している感じがするからだ。

「俺は帰ってもすることがないから暇つぶしに手伝ってるけど、そっちはどうしたんだ? 俺と同じで生徒会でもクラス委員でもないんだろ?」

 俺の尋ねた相手は裕美だ。
 どういうわけか彼女も残っていた。

 今は二人で走り高跳びのバーを設置している。

「だって一人で帰ってもつまんないじゃん!」

「友達がたくさんいるだろ」

「いちいちうるさいなぁ! いいじゃん、手伝ってあげてるんだから! それとも私がいたら嫌なわけ?」

 ムスッとする裕美。
 ただし、目は笑っている。
 怒っているわけではないようだ。

「嫌ではないさ。一人で黙々と作業をするより裕美と一緒のほうが楽しいし」

 何気ない発言だが、彼女は驚いていた。
 微かに頬を赤らめて「でしょー!」と笑う。

「そんなわけで大輝、私と賭けをしよう!」

「どんなわけか分からないが、詳しく聞こう」

 前世だと些細なことでも賭博の対象になっていた。
 だからなのか、「賭け」と聞けばおのずとテンションが上がる。

「体育祭はクラス単位で競うからさ、点数の高いクラスに所属しているほうが勝利ってことでどうかな? 私と大輝じゃ性別が違うから直接的な対決は望めないしさ」

「いいだろう。ギルド戦の勝敗が賭博の対象ってことだな」

「ギルド戦?」

「失礼、訂正する。チームの勝敗だ」

 裕美はウンウンと頷き、賭けの報酬について話した。

「負けた方は勝った方の言うことを何でも一つ聞くこととする……っていうのはどうかな?」

「何でも?」

「もちろん違法なことはダメだよ! 万引きしてこいとか、そういうのは無効にするから!」

「なるほど、いいだろう」

 俺は勝ったら何を命令しようか考える。
 すると、どういうわけか裕美の裸が脳裏に浮かんだ。
 華奢な体にそぐわぬ豊満な胸を揺らしている。

(いかんいかん!)

 首を振り、大慌てで妄想を打ち消した。

 ◇

 時間が遅くなってきたため、体育祭の準備が終了した。
 残りの作業は後日行うということで、その日は解散が命じられる。

 俺と裕美は体育倉庫にいた。
 準備で使った道具を片付けるためだ。

「大輝ってお人好しよね」

「そうか?」

「片付けまで手伝う必要ないじゃん!」

「大した手間じゃないし、体育倉庫ってものに興味があってな」

「へんなの!」

 話しながら作業を進める。
 そんな時だった。

「ちょっとマサ君ってばぁ、ダメだよこんなところでぇ」

「いいじゃん! 体育倉庫なんて誰もいないんだしさぁ! ユキももう我慢できないだろ?」

「そ、そうだけどぉ……」

 倉庫に男女の二人組が入ってきた。
 広くて物が溢れているからか俺たちに気づいていない。
 俺と裕美は反射的に跳び箱の裏に隠れた。

「なんで俺たちが隠れるんだよ」

「分からないけど大輝も隠れたじゃん」

 ヒソヒソ声で話す。

 一方、マサ君とユキの二人組はイチャイチャしている。
 外からは見えない位置に陣取り、抱き合ってキスを交わす。

 マサ君の言うとおり、ユキももう我慢できなかったようだ。
 キスした途端、メスの顔になっていた。
 とろけるような目でマサ君を見つめ、舌を絡め合っている。
 恐ろしく濃厚なディープキスだ。

「おいおい、出ていかないぞあいつら」

「気まずいから終わるまでジッとしてよ」

 俺たちは息を殺して二人のイチャイチャを見守る。

「あー、ユキ、もう我慢できねぇわ俺」

 マサ君はキスを終えるとマットを敷き始めた。
 俺が丁寧に丸めて隅に置いた物なのに。

「ちょ、マサ君、さすがにそれは……!」

「大丈夫だって! 外からじゃ見えない場所だからさ!」

 マサ君はマットにユキを押し倒し、彼女に跨がった。

「おいおい、あの二人、まさかこんなところで――」

 そのまさかだった。
 マサ君は裕美の服に手を伸ばし、彼女の制服を――。

「おーい! まだかー?」

 いよいよ始まる、というところで外から声が聞こえた。
 どうやらその声はマサ君とユキに掛けられたものらしい。
 二人は慌ててイチャイチャを中断して立ち上がった。

「わりぃ! すぐ行く!」

「ごめんねー!」

 倉庫を飛び出すマサ君とユキ。
 慌てているわりに扉を閉めることは忘れない。

「「ふぅ」」

 俺と裕美は跳び箱の裏から出た。

「なんとも不用心というか、大胆な奴等だったなー」

「みんなやることやってるんだねー」

「とにかく作業は終わりだ。マットは面倒だからこのままにして、今日は帰ろう」

「うん!」

 制服に付着した埃を払い落とし、二人して倉庫を出ようとする。
 だが――。

「あれ?」

 ガタガタ、ガタガタ。
 どれだけ引いても扉が開かない。

「ちょっと! あの二人、鍵をかけていったんじゃないの!?」

「マジかよ!」

 俺たちは体育倉庫に閉じ込められてしまった。

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