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006 告白
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俺が魔物について何か知っている――。
裕美はそう確信しており、言い逃れするのは難しかった。
(どうしたものか)
転生した件について話すべきか悩む。
話したところで信じてもらえるとは思えない。
かといって、適当な話で誤魔化すのも難しいだろう。
「何を隠しているの?」
黙っていると、裕美が追撃してきた。
仕方ないから話すとしよう。
(きっと嫌われるだろうな)
俺は大きく息を吐き、裕美の目を見た。
「たしかに隠していることがあるし、魔物について知っている」
裕美は何も言わずに頷いた。
「話しても信じてもらえないと思うが、それでもよければ話すよ」
「聞きたい。それに大輝君の言うこと、たぶん信じると思うよ」
俺は「どうだろうな」と笑い、こう続けた。
「なら腰を下ろせる場所にいこう。長くなる」
「分かった。いい場所があるからついてきて」
裕美が歩き出した。
◇
やってきたのは公園だ。
複数の集合住宅が囲むように並んでいる。
日中はそれらに住んでいるであろう子供が遊んでいるに違いない。
今は時間帯のせいか誰もおらず、夕日に照らされて哀愁を漂わせている。
俺たちはベンチに並んで座り、錆びたブランコを眺めながら話した。
「それでは聞かせてもらいましょうか!」
裕美が「さぁ! さぁ!」とニヤついた顔を向けてくる。
俺は改めて「信じてもらえないと思うけど」と前置きをしてから話した。
「実は俺、転生したんだ」
それに対する彼女の反応は――。
「は?」
――案の定という他ないものだった。
「順を追って話そう」
「そうしてもらえると助かるかも……」
反応に困って半笑いの裕美に対し、俺は今日に至るまでのことを話した。
前世で村人を守って死んだところも省かない。
裕美は真剣な表情で話を聞き続けていた。
途中で「アホくさ」と笑うかと思ったが、そんなことはなかった。
俺の目を見て、時に相槌を打ち、最後まで耳を傾けていた。
「――というわけで、俺は魔物について知っているわけだ」
「………………」
俺が話し終えた後、裕美はしばらく無言だった。
それに対して俺も無言を貫き、彼女が口を開くまで待つ。
「なるほどねぇ」
長い沈黙の末に裕美から出たセリフがそれだった。
表情は変わらず真剣味を帯びている。
「な? 信じられない話だろ?」
「普通ならね」
「というと?」
ここでようやく、裕美はニッと笑った。
「今回は普通じゃないから信じる!」
「普通じゃない……?」
「だってさ、大輝君の説明って筋が通っているっていうか、『それくらいぶっとんでないと信じられないよねぇ』って感じじゃん?」
言っている意味がよく分からず、「はぁ……」とだけ返す。
「大輝君が魔物について知っているのは明らかだけどさ、じゃあどうして知ったのかって話になったら普通じゃ説明がつかないじゃん?」
「まぁなぁ」
「だから前世が云々って話は納得できるし信じられる!」
とにかく信じてもらえたようだ。
予想外の反応に、俺は「そりゃよかった」と安堵する。
「でもさ、可哀想だよね」
再び真顔になる裕美。
俺は「え?」と聞き返した。
「元の人格。せっかく生まれてきたのにさ、イジメを苦に死んじゃうなんて。すごく悲しいことだと思う」
「たしかに」
「私が同じクラスだったらイジメなんか許さなかったのに!」
「裕美は正義感が強いんだな」
「大輝君と違って口だけのヘッポコだけどね」
えへへ、と笑う裕美。
「じゃ、そろそろ帰ろうか」
話が終わったので立ち上がろうとする。
しかし、そんな俺を裕美が止めた。
「もうちょっと話そうよ! 聞きたいことがあるし!」
「いいけど、時間は大丈夫なのか?」
「へーきへーき! 私の家、すぐそこだから!」
「ならもう少しだけ付き合おう」
しぶとく粘る6月の夕日を眺めながら、俺は話の再開を促した。
「で、聞きたいことって?」
「アークリッチについて! そいつが魔物の発生源なんだよね?」
「そうだな」
「ならさ、倒そうよ! アークリッチ!」
「そりゃ無理だ。今よりも遥かに強い前世の俺が束になっても敵う相手じゃない」
「大丈夫! この世界には自衛隊がいるから! 居場所さえ分かれば自衛隊がやっつけてくれるよ!」
「仮に自衛隊がアークリッチより強いとしても、残念ながら居場所が分からないんだよな」
「えー! なんかそれっぽいところにいないの? 下水道とかさ!」
「アークリッチは総じて綺麗好きだって聞くし下水道はいないだろうなぁ」
裕美が追加で何か言おうとするが、俺は遮り、「それに」と話を続けた。
「アークリッチを倒しても問題は解決しないんだ」
「なんで?」
「次のアークリッチが生まれるだけだから」
「そうなの? 魔物を生み出すのがアークリッチを生み出す別の魔物がいるってこと?」
「ちょっと違うな。アークリッチはゴブリンやスライムと違って魔物によって生み出されるわけではない」
「じゃあどうやって誕生するの?」
「分からん」
裕美が「なんじゃそら!」とベンチから転げ落ちる。
「分からないってどういうこと!?」
「この世界における宗教と神の関係みたいなものだ」
「信仰によって神の対象が違うってこと?」
「そうだ」
裕美は「なるほど」と言った後、唐突にクスクス笑い出した。
「何かおかしかったか?」
「別に宗教で喩えなくても、『諸説あるって言えばよくない?』って思ってさ」
「言われてみればそうだな」と俺も笑う。
「とにかく、色々な説があるわけね! で、大輝君は何を信じているの?」
「何も。ぶっちゃけどうでもいいんだ。どんな説であろうと、アークリッチを倒しても次のアークリッチが現れるって事実には変わりない」
「現実主義者だねぇ」
「冒険者だったからな。現場目線ってやつだ」
裕美は「あーね」と適当な相槌を打ちながら立ち上がった。
両手を上げて体を伸ばし、それから俺の正面に移動する。
「じゃあさ、私にも何か協力させてよ! 修行を積んで一緒に魔物と戦うとか!」
俺は「いやいや」と苦笑いを浮かべた。
「俺はできれば戦いたくないよ」
「えー! 正義のヒーローなのに!?」
「そんなものになったつもりはない。ただ近くに魔物が現れたから処理しただけさ。今回も、この前も。基本的には自衛隊や警察に任せたいね」
そこで間を置き、「とはいえ」と話を続ける。
「自分の身を守るために環境を整えたいとは思う」
「環境って?」
「武器のことだ。前世だと刀剣を自由に持ち歩けたが、この世界ではそうもいかないだろう。法律の都合でさ」
「たしかに! 刀剣どころか包丁ですら持ち歩いていたら捕まっちゃうね!」
「だから、もし協力してくれるというなら情報が欲しい。持っていても捕まらないで済む武器についての情報がな」
「大輝君って魔力を使って戦うんでしょ? なのに武器がいるの?」
「面白い質問だな」
「え、どこが!?」
「前世の人間なら絶対に言わない質問だよ」
「そうなんだ!」
俺は右の人差し指を立たせて答えた。
「端的に言うと、武器があれば魔力の燃費が良くなるんだ。例えば拳の先に槍を作る場合、穂先全体を魔力で再現する必要がある。だが、実際に槍がある場合、魔力は槍の穂先に少し纏わせるだけでいい。穂先自体は実物があるわけだからな」
我ながら実に分かりやすい説明だと思った。
しかし――。
「さっぱり分からないけど、とにかく武器があると魔力の燃費がよくなるわけだ!」
今度は俺がベンチから転げ落ちた。
「ま、まぁ、そういうことだ」
「じゃあさ、武器って別に刀剣じゃなくてもいいの? 例えばただの棒とか」
「もちろんかまわないよ。本体の性能も加味されるから刀剣のほうがありがたいけど、棒でも素手よりは遥かにマシだ」
裕美の顔がハッとする。
そして、彼女は声を弾ませて言った。
「そういうことだったら良い武器を知っているよ!」
どうやら名案があるようだ。
裕美はそう確信しており、言い逃れするのは難しかった。
(どうしたものか)
転生した件について話すべきか悩む。
話したところで信じてもらえるとは思えない。
かといって、適当な話で誤魔化すのも難しいだろう。
「何を隠しているの?」
黙っていると、裕美が追撃してきた。
仕方ないから話すとしよう。
(きっと嫌われるだろうな)
俺は大きく息を吐き、裕美の目を見た。
「たしかに隠していることがあるし、魔物について知っている」
裕美は何も言わずに頷いた。
「話しても信じてもらえないと思うが、それでもよければ話すよ」
「聞きたい。それに大輝君の言うこと、たぶん信じると思うよ」
俺は「どうだろうな」と笑い、こう続けた。
「なら腰を下ろせる場所にいこう。長くなる」
「分かった。いい場所があるからついてきて」
裕美が歩き出した。
◇
やってきたのは公園だ。
複数の集合住宅が囲むように並んでいる。
日中はそれらに住んでいるであろう子供が遊んでいるに違いない。
今は時間帯のせいか誰もおらず、夕日に照らされて哀愁を漂わせている。
俺たちはベンチに並んで座り、錆びたブランコを眺めながら話した。
「それでは聞かせてもらいましょうか!」
裕美が「さぁ! さぁ!」とニヤついた顔を向けてくる。
俺は改めて「信じてもらえないと思うけど」と前置きをしてから話した。
「実は俺、転生したんだ」
それに対する彼女の反応は――。
「は?」
――案の定という他ないものだった。
「順を追って話そう」
「そうしてもらえると助かるかも……」
反応に困って半笑いの裕美に対し、俺は今日に至るまでのことを話した。
前世で村人を守って死んだところも省かない。
裕美は真剣な表情で話を聞き続けていた。
途中で「アホくさ」と笑うかと思ったが、そんなことはなかった。
俺の目を見て、時に相槌を打ち、最後まで耳を傾けていた。
「――というわけで、俺は魔物について知っているわけだ」
「………………」
俺が話し終えた後、裕美はしばらく無言だった。
それに対して俺も無言を貫き、彼女が口を開くまで待つ。
「なるほどねぇ」
長い沈黙の末に裕美から出たセリフがそれだった。
表情は変わらず真剣味を帯びている。
「な? 信じられない話だろ?」
「普通ならね」
「というと?」
ここでようやく、裕美はニッと笑った。
「今回は普通じゃないから信じる!」
「普通じゃない……?」
「だってさ、大輝君の説明って筋が通っているっていうか、『それくらいぶっとんでないと信じられないよねぇ』って感じじゃん?」
言っている意味がよく分からず、「はぁ……」とだけ返す。
「大輝君が魔物について知っているのは明らかだけどさ、じゃあどうして知ったのかって話になったら普通じゃ説明がつかないじゃん?」
「まぁなぁ」
「だから前世が云々って話は納得できるし信じられる!」
とにかく信じてもらえたようだ。
予想外の反応に、俺は「そりゃよかった」と安堵する。
「でもさ、可哀想だよね」
再び真顔になる裕美。
俺は「え?」と聞き返した。
「元の人格。せっかく生まれてきたのにさ、イジメを苦に死んじゃうなんて。すごく悲しいことだと思う」
「たしかに」
「私が同じクラスだったらイジメなんか許さなかったのに!」
「裕美は正義感が強いんだな」
「大輝君と違って口だけのヘッポコだけどね」
えへへ、と笑う裕美。
「じゃ、そろそろ帰ろうか」
話が終わったので立ち上がろうとする。
しかし、そんな俺を裕美が止めた。
「もうちょっと話そうよ! 聞きたいことがあるし!」
「いいけど、時間は大丈夫なのか?」
「へーきへーき! 私の家、すぐそこだから!」
「ならもう少しだけ付き合おう」
しぶとく粘る6月の夕日を眺めながら、俺は話の再開を促した。
「で、聞きたいことって?」
「アークリッチについて! そいつが魔物の発生源なんだよね?」
「そうだな」
「ならさ、倒そうよ! アークリッチ!」
「そりゃ無理だ。今よりも遥かに強い前世の俺が束になっても敵う相手じゃない」
「大丈夫! この世界には自衛隊がいるから! 居場所さえ分かれば自衛隊がやっつけてくれるよ!」
「仮に自衛隊がアークリッチより強いとしても、残念ながら居場所が分からないんだよな」
「えー! なんかそれっぽいところにいないの? 下水道とかさ!」
「アークリッチは総じて綺麗好きだって聞くし下水道はいないだろうなぁ」
裕美が追加で何か言おうとするが、俺は遮り、「それに」と話を続けた。
「アークリッチを倒しても問題は解決しないんだ」
「なんで?」
「次のアークリッチが生まれるだけだから」
「そうなの? 魔物を生み出すのがアークリッチを生み出す別の魔物がいるってこと?」
「ちょっと違うな。アークリッチはゴブリンやスライムと違って魔物によって生み出されるわけではない」
「じゃあどうやって誕生するの?」
「分からん」
裕美が「なんじゃそら!」とベンチから転げ落ちる。
「分からないってどういうこと!?」
「この世界における宗教と神の関係みたいなものだ」
「信仰によって神の対象が違うってこと?」
「そうだ」
裕美は「なるほど」と言った後、唐突にクスクス笑い出した。
「何かおかしかったか?」
「別に宗教で喩えなくても、『諸説あるって言えばよくない?』って思ってさ」
「言われてみればそうだな」と俺も笑う。
「とにかく、色々な説があるわけね! で、大輝君は何を信じているの?」
「何も。ぶっちゃけどうでもいいんだ。どんな説であろうと、アークリッチを倒しても次のアークリッチが現れるって事実には変わりない」
「現実主義者だねぇ」
「冒険者だったからな。現場目線ってやつだ」
裕美は「あーね」と適当な相槌を打ちながら立ち上がった。
両手を上げて体を伸ばし、それから俺の正面に移動する。
「じゃあさ、私にも何か協力させてよ! 修行を積んで一緒に魔物と戦うとか!」
俺は「いやいや」と苦笑いを浮かべた。
「俺はできれば戦いたくないよ」
「えー! 正義のヒーローなのに!?」
「そんなものになったつもりはない。ただ近くに魔物が現れたから処理しただけさ。今回も、この前も。基本的には自衛隊や警察に任せたいね」
そこで間を置き、「とはいえ」と話を続ける。
「自分の身を守るために環境を整えたいとは思う」
「環境って?」
「武器のことだ。前世だと刀剣を自由に持ち歩けたが、この世界ではそうもいかないだろう。法律の都合でさ」
「たしかに! 刀剣どころか包丁ですら持ち歩いていたら捕まっちゃうね!」
「だから、もし協力してくれるというなら情報が欲しい。持っていても捕まらないで済む武器についての情報がな」
「大輝君って魔力を使って戦うんでしょ? なのに武器がいるの?」
「面白い質問だな」
「え、どこが!?」
「前世の人間なら絶対に言わない質問だよ」
「そうなんだ!」
俺は右の人差し指を立たせて答えた。
「端的に言うと、武器があれば魔力の燃費が良くなるんだ。例えば拳の先に槍を作る場合、穂先全体を魔力で再現する必要がある。だが、実際に槍がある場合、魔力は槍の穂先に少し纏わせるだけでいい。穂先自体は実物があるわけだからな」
我ながら実に分かりやすい説明だと思った。
しかし――。
「さっぱり分からないけど、とにかく武器があると魔力の燃費がよくなるわけだ!」
今度は俺がベンチから転げ落ちた。
「ま、まぁ、そういうことだ」
「じゃあさ、武器って別に刀剣じゃなくてもいいの? 例えばただの棒とか」
「もちろんかまわないよ。本体の性能も加味されるから刀剣のほうがありがたいけど、棒でも素手よりは遥かにマシだ」
裕美の顔がハッとする。
そして、彼女は声を弾ませて言った。
「そういうことだったら良い武器を知っているよ!」
どうやら名案があるようだ。
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