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015 独立

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「ほ、ほほ、本当に国王陛下に会うのですか? いや、会えるのですか!? ワシなんて安い地図には載っていないような小さい田舎町の長ですぞ」

「どんな町であろうと町は町だし、町長は町長です。今回は町長が一緒でないと駄目なんです。それに、国王はすごく話しやすい人ですよ」

 レクエルドのことはリリアに任せ、俺と町長は王都サグラードへ来ていた。もっと言えば、王都内にそびえる巨大な王城の中だ。

 だだっ広いゲストルームで、呼ばれるのを待っていた。

「いきなり国王陛下に会うことになったり、レクエルドからサグラードまで1時間もかからなかったり、ワシには全くついていけませぬ……」

 町長は窓の傍から離れようとせず、眼下に広がる王都の街並みを眺めている。普段と違う景色に興奮しているようだ。

「移動時間が1時間で済んだのは皆のおかげですね」

 移動するための従者を召喚するのに吸収魔法を使った。

 他人の魔力を吸い取って自分の魔力に還元する魔法で、還元効率は使い手の質による。俺の場合は100分の1。対象から100の魔力を吸収してようやく1が還元されるわけだ。これはド素人レベルの低さである。

 ひとえに魔法といっても得手不得手があり、俺は吸収魔法の才能が皆無だった。

 だから数でカバーした。クリフカンパニーとレディ・ポーターズ、さらにレクエルドの全町民から魔力を吸収させてもらったのだ。

 そのおかげで、天翔る白虎ことガイアタイガーを召喚することが出来た。コイツは尋常でなく速い。それにカッコイイ。

「お待たせいたしました。準備が出来ましたので謁見の間へお越し下さい」

 王城のスタッフが呼びに来た。

「行きましょう」

 プルプル震える町長に声を掛ける。

「このワシが、国王陛下と……このワシ……ワシが……陛下と……」

 町長は緊張のあまり聞いていなかった。



 ◇



 謁見の間では、王国の運営に携わる上位の文武官が揃っていた。彼らは両サイドに立ち、間にある通りには赤い絨毯が敷かれている。

 その絨毯を進み、国王ベルガの待つ玉座の数メートル手前まで進んだ。

「これはこれはSランク冒険者、いや、元Sランク冒険者のクリフではないか」

 俺と同い年の青髪の男が、玉座にふんぞり返りながら話す。国王歴2年目の若き王ベルガだ。

「陛下、お久しゅうござ……」

「そんな堅苦しい挨拶はよせ。俺が冒険者だった頃と同じ口調で話すがいい」

「ありがとう、そう言ってもらえなかったら窒息死していたぜ」

 ベルガが「だろぉ!」と豪快に笑う。

「クリフさん、国王陛下とお知り合いなのですか?」

 町長が驚愕の眼差しを向けてくる。

 その問いには俺でなくベルガが答えた。

「知り合いというか冒険者仲間さ。父が急病で王位を退いた都合で後を継いだが、それまでは冒険者として活動していた。クリフやリーネにはよく助けてもらったものさ」

「ベルガはお世辞にも強いとは言えなかったからな」

 武官のお偉いさんが「仰る通りです」と頷き、文武官が声を上げて笑った。ベルガの慕われ具合がよく分かる。

「俺が弱いのではない。クリフや〈影の者達〉が強すぎるんだよ。俺と同い年だから皆24歳だろ。なのにSランクを攻略している。信じられんよ」

「ま、今は攻略失敗記録を更新中のようだがな」

「そういえば追放されたのだったな。何があった?」

「色々……と言いたいところだが、単純に『土魔術師の仕事は只の土いじりだからもはや必要ねぇし、他の奴をいれてぇ』ってことだ。で、エンジが代わりに入った」

「なるほどな。しかし、その判断は大きな間違いだったようだな。不名誉な記録がそれを証明している」

「何が理由で失敗しているのかは分からないが、まぁ結果を見ればそうなる」

 ここでベルガは一呼吸置いた。

「雑談はこの辺にして本題に入ろうか。王になったせいで忙しいのでな」

 言うなりベルガの顔つきが変わる。文武官も同様だ。真剣味が増した。

「クリフ、お前は公式の場で会うことを要求してきた。個人的にではなく。つまり、国家の運営に関する件で何かあるのだろう。どうした?」

「国家の運営って程ではないが、お願いしたいことがあってな」

「言ってみるがいい。先に言っておくが、親しい仲だからといって忖度する気はないぞ」

「分かっているさ。それで用件だが、レクエルドという町を独立させてほしい」

 独立とは、所属している領から抜けて単独の領になることを意味する。認められた場合、新たな領主を立てる必要があった。

「独立ですと!? 正気ですか!?」

 誰よりも大きな声で反応したのは町長だ。

「も、申し訳ございません……!」

 町長は顔を真っ赤にして頭を下げる。滝のように汗を流していたが、誰も気にしていなかった。国王の前で緊張する人間など見慣れているのだろう。

「レクエルド……? 知らないな。どこにある? どういう町だ?」

「メモリアスの近くにある小さな町で、規模は村に毛が生えた程度ってところだ。税収で言うと、この度ようやく冒険者ギルドを誘致することが可能になったレベルだ」

「ということは、今はメモリアスと同じ領主の支配下にあるわけか」

「うむ」

「その領主に何か問題でも? たしか少し前に新しい男が領主になったと記憶しているが」

「いや、領主に問題はない。レクエルドやメモリアスでの評判は上々だ」

「だったらどうしてだ?」

「これから問題になるかもしれないからさ」

「……と言うと?」

 俺はニヤリと笑った。

「レクエルドを発展させる為にでかいことをぶちかます」

 ベルガや一部の文官が表情をハッとさせた。おおよその見当が付いたのだろう。

「1年後、いや、早ければ数ヶ月後には、レクエルドは大きな町になるだろう。安い地図にもしっかりと名前が載り、若者や冒険者の溢れる町、いや、都市になる」

「その為に大企業を誘致したいというのが狙いだな」とベルガ。

「話が早くて助かる」

「仮にその話に乗るとして、領主は誰になる? お前か?」

「いいや、領主はここにいる町長だ」

 俺は町長に手を向けた。全員の視線が彼に集まる。

「わ、ワシですか!?」

 町長は今にも卒倒しそうな様子。緊張がこちらにまで伝わってくる。

「意外だな。そこまで考えているならクリフが領主になると思ったが」

「ワシもそのほうがいいと思いますぞ! クリフさん!」

「いいや、俺に領主の器はないさ」

「どうしてだ?」

 ベルガの言葉に町長が頷く。

「領主になったら動きづらくなるだろう。領主たるもの、領内にどっしり構えておかなくてはならない。しかし、俺はというと動きまくりだ。メモリアスにも行くし、思い立ったらこうしてサグラードまで出張ることもある」

「なるほど」

「それに町長は町民から信頼されている。レクエルドの発展に最も貢献しているのは誰かと言えば俺になるだろうが、レクエルドの顔は誰かと問えば大半が町長と答えるだろう」

「いやいや、ワシなんて、そんな……」

「町長は自分が思っている以上に立派だと思いますよ。俺はまだ町に来て日が浅いですが、それでも分かります。ウチが円滑に規模を拡大できているのだって、町長が気を利かせて空き地を手配するなどしてくださったからです」

 規模に関係なく、どの集落でも定期的に長を決める選挙が行われる。

 リリアに聞いた話によると、町長は20年以上連続で当選しているとのことだ。しかも、近年では対抗馬すら出ていない。圧倒的だ。そのことが何よりも「町の長に相応しいのはこの人である」と証明していた。

「今のレクエルドは本当に小さな町だ。所属している領の領収にはまるで貢献していない。だが、独立させてもらえれば、どこよりも立派な領にしてみせる。だからベルガ、レクエルドを独自の領として認めてもらえないか?」

「珍しくおねだりしてきたと思えば、面白い提案をしてきたな。流石はクリフだ」

 ベルガが小さく笑う。

「だが、小さな町の独立を認めるなど聞いたことがないぞ。通常、独立は都市と呼べる規模になってから行うものだ。一つの領に複数の都市があると収益のバランスが偏るから、それを是正する為に独立させる」

「分かっている」と俺は頷いた。

 ベルガの視線が文官連中に向かう。

「お前達はどう思う?」

 最前列の文官――つまり文官のトップたる文官長が答えた。

「条件付きで一時的に認めてはいかがでしょうか?」

「条件付き?」

「異例のことであり、普通に認めると悪しき前例になりかねません。ですので、期間を指定して、その期間中に結果を出せなければ独立は中止する、という形にするのです」

「なるほど。結果を出してレクエルドが発展すればそのまま独立させ、駄目ならこの話を白紙にするというわけだな」

「さようでございます。クリフ様は元Sランク冒険者という肩書きがありますし、レクエルドは急速に発展している最中なので角は立たないかと」

 文官長は俺を見て含み笑いする。それからこう言った。

「クリフカンパニーとレディ・ポーターズのことは把握しております」

 驚くことに弊社のことを知っているようだ。メモリアスの人間ですら大半が知らない情報を把握しているなんて、流石は文官のトップである。伊達ではないな。

「俺は文官長に賛成だが、異論のある者は?」

「「「…………」」」

 ベルガは「決まりだな」と頷いた。

「クリフ、お前の提案を受け入れよう。明日の午前6時より、レクエルドは独自の領として活動するがいい。領主は町長が兼任する。それでいいな?」

「問題ない、ありがとう」

 こうして、レクエルドの独立が認められた。

「あっさり独立……! なんというスピード感……! 本当に現実なのか……?」

 町長は最後までガクブルしていた。
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