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022 エルフの里

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「あれ? 学校ってこの辺になかったっけ?」

「そのはずだが……」

 二人は周囲を見回すが、あるはずの学校が見当たらない。

「ここは既に結界の中であり、結界は隔絶された空間になっている。学校は結界の外にあるから見えない」

 シエラが説明した。

「俺たちっていつ結界に入ったんだ? ただ森を歩いていただけだが」

「我々の里を覆う結界は最上級のもの。それが見えるのは、現存している者の中だと我々エルフくらいだろう」

 歩くことしばらくして――。

「ここが我々の住処すみかだ」

 悠人たちはエルフの里に到着した。

「うわー! すごい! 木に家があるよ!」

「ここまでのものはファンタジー作品でしか観たことがないな」

 息を呑む二人。
 そこには大規模なツリーハウスが広がっていた。
 巨木の至る所に複数の家があり、その周囲の木々にも家がある。
 それらは橋で繋がれており、地面を経由せずに移動可能となっていた。
 パッと見える範囲で数百人のエルフが生活を営んでいる。

 子供から大人までいるが、老若男女と表現することはできない。
 男と老人が見当たらないからだ。
 シエラのような20代後半がその場の年長者に感じられた。

「お帰りなさいませ! 族長!」

 多くのエルフが駆け寄ってくる。
 シエラは「うむ」と頷き、儀式の用意をするよう伝えた。

「今、呪いを解除するための準備をさせている。私は秘術の間に行くが、一緒に来るか? ついてきたところで見ているだけになるから、適当に過ごしていてもらってもかまわないが」

「いや、一緒にいさせてもらうよ。葵先輩が元通りになるまで傍にいたい」

「分かった。では、こちらへ」

 シエラは里の中央に位置する巨木の前で足を止めた。
 目の前には、全ての角に紐が括り付けられた四角形の木の床がある。
 昇降機だ。

 全員が昇降機に乗ると、シエラは傍のレバーを動かした。
 ゴゴゴッという音が鳴り、床が緩やかに上がっていく。

(里についたからなのか、全く警戒されていないな)

 昇降機の床面積は広くて、最大20人は乗れる。
 しかし、乗っているのは8人しかいない。
 悠人と美優、そして、シエラと石化した葵を運搬する4名のエルフ。
 あと葵だ。

 昇降機はひたすら上がり続けて最上階に到達。
 他の家々よりも数メートルは高い場所に位置している。
 そこに家はなく、代わりに大きな魔方陣の描かれた床があった。

「魔方陣が白く光っているぞ」と悠人。

 鼓動のように強弱をつけて明滅めいめつを繰り返している。

「儀式の準備が整っている証だ」

 葵は魔方陣の真ん中に置かれた。
 傷つけないよう優しく。

 悠人と美優は緊張の面持ちで見守る。

「準備はできているか?」

「俺はいつでも」

 と答える悠人だったが、彼に対する質問ではなかった。

「問題ありません族長!」

「「「「いつでも始められます!」」」」

 エルフたちが答える。

 耐えきれず「ブッ」と噴き出す美優。

 悠人は美優のつま先を踏んづけた。
 恥ずかしさから耳が赤くなっている。

「では始めよう」

 エルフたちが魔方陣を囲んで呪文を口にする。
 悠人たちには内容が分からなかった。
 声が小さいうえに知らない言語だったからだ。

「はあッ!」

 シエラが両手の掌を葵に向かって伸ばす。
 次の瞬間、魔方陣の光が強さを増した。
 あまりにも眩しくて、悠人たちは思わず目を瞑る。

「終わったぞ」

 シエラの声で二人は目を開けた。
 すると、そこには――。

「「葵先輩!」」

 元通りになった葵の姿があった。
 ただ、彼女は横になったまま動かない。
 悠人は一目散に駆け寄って脈を確認した。

「生きているぞ!」

「ほんと!?」

 美優の顔がパッと明るくなる。
 彼女は「やったー!」と両手を上げて大喜び。
 その姿を見て、シエラや他のエルフたちが頬を緩めた。

「今は眠っているが、それは呪いに対する耐性が低いからだ。正確なタイミングを明言することはできないが、じきに目を覚ますだろう」

「ありがとうございます! シエラさん!」

 何度も頭を下げる美優。
 悠人も立ち上がり、シエラに向かって謝意を述べた。

「葵先輩を助けてくれてありがとう、本当に」

「かつてこの世界にいた人類から、困った時はお互い様だと教わった。我々が困った時はそちらが助けてくれればそれでいい」

「ああ、もちろんだ! この恩は絶対に忘れない!」

 シエラは笑みを浮かべ、満足気に頷いた。

「問題がなければ葵を使っていない家に運び、ベッドで休ませようと思う。どうだろうか?」

「是非そうしてほしい」

 シエラは「分かった」と答え、他のエルフに命じる。
 二人のエルフが協力して葵を持ち上げた。
 残りの二人は、葵の休む家を綺麗にすると行って消えた。

「美優、お前はエルフたちと一緒に葵を運んでくれ」

「それはいいけど、悠人はどうするの?」

「俺はシエラと話がしたい」

 その言葉に、シエラは「ほう」と驚いた。

「奇遇だ。実は私もお主と話がしたいと思っていた」

「だろうな」

「オーケー! そういうことなら任せて! 葵先輩のことは私がしっかり見ているから! 悠人はシエラさんと思う存分に話してきて!」

 そう言うと、美優は続きのセリフを耳打ちで言った。

「でも調子に乗ってエロいことを言ったりしようとしたりしないでね」

「それは約束できないな」

「おい」

 話が終わり、悠人はシエラと二人で彼女の家に向かう。
 家は昇降機で中層階に降り、少し歩いたところにあった。

「族長なのに他と同じような家で過ごしているんだな」

「人間に比べてエルフの階級はそこまで重要ではないからな。自身の銅像や目を引く大きな家を建てたりして威厳を示す必要はない」

「ふむ」

 シエラの家は小さな二階建ての一軒家だった。
 入ってすぐに応接間があり、奥に脱衣所と浴室を備えている。
 二階は寝室のみ。それがこの家の全てである。

 シエラに促され、悠人は応接間のソファに腰を下ろした。
 色合いは地味だが上質な物に違いないと確信する。
 天然皮革ひかくだし、細部の仕上げも丁寧で、座り心地も抜群だ。

「里への来客など数百年ぶりのことで、あいにく只のハーブティーしか出せないが許してくれ」

 シエラは隅の棚に置いてあるティーポットを取った。
 棚の中からティーカップを取り出し、それらを悠人の前のテーブルに置く。
 自身は向かいのソファに座った。

「ありがとう」

 悠人は遠慮なくハーブティーをいただいた。
 冷たいので飲みやすく、それでいて美味しい。
 思わず一気に飲み干してしまう。

「それで悠人、お主は私と何を話したい?」

「色々とあるが……。まずはそちらの話を聞こう。葵先輩を助けてもらった恩を少しでも返したい。この程度では恩返しにならないと分かっているが、まぁ俺の気持ち的な問題だから気にしないでくれ」

 シエラは「そうか」と笑った。

「ならお言葉に甘えて。こちらが話したいのは他ならぬお主や美優、その他、学校で過ごしている人間のことだ」

「ん? なぜ学校に他の人間がいると知っている? 学校があることを話しはしたが、学校に他の人がいることは言っていないぞ」

「昨日の内に偵察したからさ。学校のある場所も含めて、この辺りは我々の縄張りになっている。そこへいきなり未知の存在が現れたとなれば、偵察するのは当然のことだろう?」

「たしかに」

「さらに言えば、族長の私が自ら森に出ていたのもそれが理由だ。普段は四人一組で作業をさせているが、何があるか分からないので部隊を率いていた」

「なるほど」

 シエラの説明には筋が通っていた。
 疑り深い悠人もこれにはケチのつけようがない。

「話の腰を折って悪かった。で、俺たちについて何が知りたい?」

「この世界に来た経緯や、お主らが『学校』と呼ぶ建物群についてだ。数百年前に滅んだ人類の文明にも同様の施設は存在していたが、見た目は全く異なっていた。服装だって今のお主たちとはまるで違う。だから興味があるのだ」

「オーケー、そういうことね」

 シエラの要望に応え、悠人は転移の経緯や日本の文化について説明した。

「つまり自分たちの意思で来たわけではない、と」

「その通り。俺たちは皆、日本に戻りたいと思っている」

 今度はシエラが「なるほど」と納得。

「じゃあ次は俺が尋ねる番だ」

「よかろう」

 悠人は新たに注がれたハーブティーを飲み干す。
 それからシエラの目を真っ直ぐ見つめて尋ねた。

「日本に戻る方法を知らないか?」
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