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3章

50 愁蓮視点

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「丁度良かった…李昭」


そう声をかけて手招けば、李昭は自分の前に平服する順流の姿に一瞬だけ目を見開いて…そしてどこか理解したような表情になるとしっかりとした視線をこちらに向けてきた。

「お取込みの中、申し訳ありません」

「いや、いい…お前の耳にも入れておかねばならんかったな・・・紅凛の様子はどうだ?」

側に来るよう指示すれば、彼女は順流の横までやってきて足を止めた。

「どこか沈んでおられるご様子で、食欲もあまりございません。お二人の間になにかあったのだろうと思いまして、こうして参ったのですが」

そう言って彼女はちらりと足元の順流に視線を向ける。
足元で平服している男が、紅凛の兄であることは、李昭は分かっているようだった。

大きく息を吐いて、目頭を押さえる…また同じ説明をせねばならないのはやたらと精神力を削られるが、致し方ない。

順流に説明した事とほぼ同じような事を、かいつまんで説明してやれば、次第に李昭が沈痛な面持ちになって行くのが分かった。そうしてすべてを聞き終えた彼女は、瞳に涙を堪えながら

「そんな、残酷な事って…」
と声を振り絞った。

その言葉にゆっくりと頷く。自分自身も、嘘であったならどれだけ良かったか…そう思わずにはいられない。

「紅凛は…柊圭の…実の母の実家に身を寄せさせる。何とかしてその手はずを調える。お前たちには、そのために動いてもらいたい」


そう告げれば、二人が同時にこちらを見た。その視線はひどく痛々しくて…直視できなかった。


「紅凛様を後宮からお出しになるのですか?」
問うように聞いてきた李昭に頷く。視線は窓の外の梅の木に向けた。

「俺のそばにいない方が…紅凛の苦しみは少ないはずだ」
何よりも紅凛をこれ以上苦しめたくない…それは俺だけでなく、彼等も同じはずだ。

「しかし…お言葉ですが…周りはどう思うでしょうか?」
言い辛そうに言葉を継いだのは順流だ。

「突然皇帝の寵妃が、後宮から消える…不自然だと、嗅ぎ回る者もおりましょう。もしそんな者達に紅凛の身の置き先が知れてしまえば、そこから紅凛の生い立ちの真実に気が付く者がいないとも限りません。」

全ての元凶を作ってしまったのは、自分自身と分かっていながらも、皇帝の側近として言わねばならぬことは言う…そういう男なのだ…。そして、その言葉は非常に的を射ている。

「たしかに…それはそうです。あれほど後宮の面々の前で、やりとりがあった直後に…陛下と紅凛様が一緒に居なくなって…挙句後宮から姿を消したとあれば…あの梅見の会で桃妃様が暴露された事が切っ掛けになったと思われてもおかしくはありません。紅凛様の素性に目を付ける者はいると思います。恐れながら・・・すぐに動くのは得策ではないかと思います。」

そうして順流の言葉をうけて、唸ったのは李昭だった。彼女は後宮での生活も長い。ゆえに後宮のものの考え方は十分に熟知している。

やはり、聞いておいて良かった。

彼等が上げた懸念事項は実際の所、愁蓮自身も不安視していた所ではある。
なるべく早く紅凛を解放してやりたい。しかし、その動きに不自然があってはならない、だからこそこの二人の知恵を借りたかったのだ。

「では…どう動くのがいいと思う?」

二人の顔を順番に見て問う。二人とも苦し気に眉を寄せてこちらを見ている。


「お気持ちは分かりますが…今すぐに動くのはおやめ下さい」

しばらくの沈黙の後に先に声を上げたのは李昭だった。次いで彼女は意を決したように口を開く。

「むしろ…できることなら、今まで通り西楼宮へお通いください」

その言葉に思わず息を飲む。
別れを決意しておきながら…時を共にしろと…。

「しかし…」

「残酷だとは分かっております!!しかし今すぐと言うのは、状況的に非常にまずいのです。少なくともあの宴の影響を勘繰られなくなるくらいの期間…しばらくは、円満を繕わねばなりません。その上で、どのように紅凛様をここから出すかを考えねばならないと…私は思います。」

まずはそこが前提なのだと、李昭が強調する。やはり後宮という方向から見れば、あの宴での出来事は愁蓮が思うよりもかなりの影響力を持つらしい。

「ほとぼりが冷めたところで少しずつ、陛下の気持ちが離れていくように、足を遠のかせて…そしていつの間にか紅凛様の存在感をなくしたところで、ご病気か理由を付けて下がらせる…それが自然ではないでしょうか」

1年…もしかしたら2年はかかるやもしれませんが…と最後に呟いた李昭の言葉に、愕然とする。

そんなにも、長い間紅凛をここにとどめて苦しませることになるのか…という思いと。そんな期間彼女と形だけでも一緒にいる時間を持って、果たして自分の精神は持つのだろうかという不安が襲ってくる。

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