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第8章 絆
第285話 昔話
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「私と隆蒼は禁軍に入隊した折に殿下と同期として知り合いました。従ってそれ以前の殿下の事は知りませんが、それ以降であれば、随分近い場所にいたので、あらかたの事は知っています。」
そう前おいて、華南は「友人としてですよ」と弁明する。
先ほどの珠那とのやりとりを気にしたのだろう。
「まだ、殿下が20前後くらいでしょうか?
お立場ゆえ、多くの貴族皇族の子女が殿下に熱い視線を送っておいででした。
殿下もそれは分かっているようで、いくつか縁談も有りましたが、全て妻をまだ娶る気はないと断っていました。」
「そんな頃から婚姻から逃げていたのね」
あまりにも想像できすぎて、翠玉は苦笑する。
「お立場がお立場ですからね」と華南も少し微笑んで、そして話を続けた。
「そんな中なのに。殿下はちょこちょこと貴族の子女と関係を持ち出したのです。まぁ、ほとんどは私達みたいな近しい者しか知りませんでしたが、一部では噂になっていたらしいのですけどね」
それが、鈴明と高蝶妃の言っていた話なのだろうと、理解して翠玉はうなずく。
翠玉の表情を見極めるように華南は注意深く話を進めているようだ。
恐らく翠玉が抵抗を示したらすぐに話をやめるつもりなのだろう。
「殿下は、すでに他の方と婚姻が決まっている方か、若くして未亡人となった方としか関係を持たなかったみたいです。
これは私も泰誠から聞いているんですけど……」
そう言って、華南は一度口をつぐんで、意を決したように話し出す。
「政略結婚で婚姻が決まって、地方に嫁ぐ娘で、殿下に恋をしている者が、好きでもない男に嫁ぐ前に一時でもいいから、夢を見させてほしいと詰めよったのが発端らしいです」
なるほどと、翠玉は妙に冷静にそれを飲み込んだ。
昔はいざ知らず、最近では世間一般として、婚前交渉については、無いのが望ましいという程度で、花嫁が処女でない事は大きな問題にはならない。
そういう事があっても、おかしくはない。
「そうした令嬢の内、きちんと割りきれていそうな娘を選んで、お相手していたみたいです。
後から情が湧いて、殿下のお嫁さんにして下さいと言うような女は選ばないようにしていたらしいですが。
1人だけ例外がいました
それがあの珠那です」
話の流れからなんとなく想像がついたが……やはりそうだったかと、苦笑する。
「はじめは他の令嬢と同じように割り切った顔をしていましたが、次第に振る舞いが女房然としてきて、ただの同僚である私や殿下の近しい女性に対しても牽制をするようになりました。
殿下もすぐに気づかれて、距離を取りましたが、婚約を破棄して殿下のもとに嫁ぐと大騒ぎになって付き纏う始末で。
止まれず、殿下の御姉妹の近習であった貴族の姫様が新しい恋人の役を買って出てくださって牽制をしたのですが……
あろう事か珠那はその姫様に毒を盛りました」
「毒!?」
突然出てきた物騒な言葉に息を飲む。
神妙に頷いた華南は
「ですから翠玉様のお食事にも万全を期したのです」と言った。
「幸い大事には至りませんでしたが、証拠も少なく、とにかく問題を起こした娘を厄介払いするように珠那のお父上がご自身の後輩の後妻にと地方に嫁がせたのです。彼女は、その件で生涯帝都には近づかないよう言い渡されているはずです。
今回のこと、珠那のもとだと始めから分かっていたのならば、近づかなかったのですが、こちらの不手際で、翠玉様に不快な思いをさせてしまいまして申し訳ありません」
深々と頭を下げられ慌てて腰を浮かせる。
「そんなの、華南と隆蒼には何の落ち度もないわ!あるとするなら……冬隼の不始末よね!」
なんだか段々冬隼に腹が立ってきたわ!と鼻息荒く言うと、華南がようやく頬を緩めた。
「確かにそうですね!
でも、殿下をあんまり責めないでやって下さいね。
珠那の件以来、殿下は女性と関わることを一切しなくなりましたから。随分こたえたのでしょうね。おかげで剣の腕はメキメキ伸びましたが」
それはなんとなく想像がついて翠玉もおかしくなる。
なんだかんだ冬隼は傷つきやすい。そして決して同じ失敗は繰り返さないように神経を張る。
「ご安心下さい。
私が知る限り、殿下ご自身が心を寄せて寝屋を共にした女性は翠玉様以外におりませんから」
にこりと、華南が微笑む。
久しぶりの含みのない彼女の笑顔だった。
「殿下が驚くほどに翠玉様を案じていたのも。翠玉様とのそうした行為に対しても慎重になっておられたのも、翠玉様をなによりも大切になさっているからです」
華南の言葉に、翠玉は顔が熱くなるのを感じる。
「っ……そうなのかしら?」
以前に一度、シたときは売り言葉に買い言葉の様な形だった。あの時には冬隼の中で翠玉などはただの妻という駒でしか無かったのだろう。それは翠玉にも理解できていた。
まぁ煽ったのは翠玉なので、責められない。
今そこまで考え過ぎるくらい考えてくれているというのがなんだかくすぐったい。
もしくは……
ふと珠那の艶かしい肢体を思い出す。
私に色気がないから、かもしれないけど……
一度だけとはいえ裸を見られているのだ。あんなに色気がある女を相手にしたことがあるのなら翠玉など、なんて貧相なものなのだろう。
自分で思って悲しくなる。
つい目を伏せると、パンッと卓を華南が叩いた。
「一度殿下に聞いてみなさいませ!なんならその流れで」
彼女は息巻いている。目が……怖い。
「それは流石に……」
大胆すぎるだろう。
すっかり顔を熱らせた翠玉の手を華南がやさしく取る。
「殿下のお気持ちを信じてくださいますか?」
「えぇ、華南に免じて」
少しおどけて翠玉は華南に微笑みかける。
「ちょっと嫉妬しちゃったみたいね。
冬隼と一度だけした事、私にはいい思い出では無かったの。でも彼女は忘れられないほど素敵な時間だったって言うもんだから……」
もう大丈夫よ、と言って茶を飲むと、華南がすごく言い辛そうに、伺い見てくる。
「あの、先ほどから……そんなに酷かったのですか?」
「どうなのかしら、私にはよくわからないんだけど?」
首をかしげて、簡単に説明をする。
「はぁ殿下……そりゃあ慎重にもなりますよ~」
大きくため息をつかれ、妙に納得された。
そう前おいて、華南は「友人としてですよ」と弁明する。
先ほどの珠那とのやりとりを気にしたのだろう。
「まだ、殿下が20前後くらいでしょうか?
お立場ゆえ、多くの貴族皇族の子女が殿下に熱い視線を送っておいででした。
殿下もそれは分かっているようで、いくつか縁談も有りましたが、全て妻をまだ娶る気はないと断っていました。」
「そんな頃から婚姻から逃げていたのね」
あまりにも想像できすぎて、翠玉は苦笑する。
「お立場がお立場ですからね」と華南も少し微笑んで、そして話を続けた。
「そんな中なのに。殿下はちょこちょこと貴族の子女と関係を持ち出したのです。まぁ、ほとんどは私達みたいな近しい者しか知りませんでしたが、一部では噂になっていたらしいのですけどね」
それが、鈴明と高蝶妃の言っていた話なのだろうと、理解して翠玉はうなずく。
翠玉の表情を見極めるように華南は注意深く話を進めているようだ。
恐らく翠玉が抵抗を示したらすぐに話をやめるつもりなのだろう。
「殿下は、すでに他の方と婚姻が決まっている方か、若くして未亡人となった方としか関係を持たなかったみたいです。
これは私も泰誠から聞いているんですけど……」
そう言って、華南は一度口をつぐんで、意を決したように話し出す。
「政略結婚で婚姻が決まって、地方に嫁ぐ娘で、殿下に恋をしている者が、好きでもない男に嫁ぐ前に一時でもいいから、夢を見させてほしいと詰めよったのが発端らしいです」
なるほどと、翠玉は妙に冷静にそれを飲み込んだ。
昔はいざ知らず、最近では世間一般として、婚前交渉については、無いのが望ましいという程度で、花嫁が処女でない事は大きな問題にはならない。
そういう事があっても、おかしくはない。
「そうした令嬢の内、きちんと割りきれていそうな娘を選んで、お相手していたみたいです。
後から情が湧いて、殿下のお嫁さんにして下さいと言うような女は選ばないようにしていたらしいですが。
1人だけ例外がいました
それがあの珠那です」
話の流れからなんとなく想像がついたが……やはりそうだったかと、苦笑する。
「はじめは他の令嬢と同じように割り切った顔をしていましたが、次第に振る舞いが女房然としてきて、ただの同僚である私や殿下の近しい女性に対しても牽制をするようになりました。
殿下もすぐに気づかれて、距離を取りましたが、婚約を破棄して殿下のもとに嫁ぐと大騒ぎになって付き纏う始末で。
止まれず、殿下の御姉妹の近習であった貴族の姫様が新しい恋人の役を買って出てくださって牽制をしたのですが……
あろう事か珠那はその姫様に毒を盛りました」
「毒!?」
突然出てきた物騒な言葉に息を飲む。
神妙に頷いた華南は
「ですから翠玉様のお食事にも万全を期したのです」と言った。
「幸い大事には至りませんでしたが、証拠も少なく、とにかく問題を起こした娘を厄介払いするように珠那のお父上がご自身の後輩の後妻にと地方に嫁がせたのです。彼女は、その件で生涯帝都には近づかないよう言い渡されているはずです。
今回のこと、珠那のもとだと始めから分かっていたのならば、近づかなかったのですが、こちらの不手際で、翠玉様に不快な思いをさせてしまいまして申し訳ありません」
深々と頭を下げられ慌てて腰を浮かせる。
「そんなの、華南と隆蒼には何の落ち度もないわ!あるとするなら……冬隼の不始末よね!」
なんだか段々冬隼に腹が立ってきたわ!と鼻息荒く言うと、華南がようやく頬を緩めた。
「確かにそうですね!
でも、殿下をあんまり責めないでやって下さいね。
珠那の件以来、殿下は女性と関わることを一切しなくなりましたから。随分こたえたのでしょうね。おかげで剣の腕はメキメキ伸びましたが」
それはなんとなく想像がついて翠玉もおかしくなる。
なんだかんだ冬隼は傷つきやすい。そして決して同じ失敗は繰り返さないように神経を張る。
「ご安心下さい。
私が知る限り、殿下ご自身が心を寄せて寝屋を共にした女性は翠玉様以外におりませんから」
にこりと、華南が微笑む。
久しぶりの含みのない彼女の笑顔だった。
「殿下が驚くほどに翠玉様を案じていたのも。翠玉様とのそうした行為に対しても慎重になっておられたのも、翠玉様をなによりも大切になさっているからです」
華南の言葉に、翠玉は顔が熱くなるのを感じる。
「っ……そうなのかしら?」
以前に一度、シたときは売り言葉に買い言葉の様な形だった。あの時には冬隼の中で翠玉などはただの妻という駒でしか無かったのだろう。それは翠玉にも理解できていた。
まぁ煽ったのは翠玉なので、責められない。
今そこまで考え過ぎるくらい考えてくれているというのがなんだかくすぐったい。
もしくは……
ふと珠那の艶かしい肢体を思い出す。
私に色気がないから、かもしれないけど……
一度だけとはいえ裸を見られているのだ。あんなに色気がある女を相手にしたことがあるのなら翠玉など、なんて貧相なものなのだろう。
自分で思って悲しくなる。
つい目を伏せると、パンッと卓を華南が叩いた。
「一度殿下に聞いてみなさいませ!なんならその流れで」
彼女は息巻いている。目が……怖い。
「それは流石に……」
大胆すぎるだろう。
すっかり顔を熱らせた翠玉の手を華南がやさしく取る。
「殿下のお気持ちを信じてくださいますか?」
「えぇ、華南に免じて」
少しおどけて翠玉は華南に微笑みかける。
「ちょっと嫉妬しちゃったみたいね。
冬隼と一度だけした事、私にはいい思い出では無かったの。でも彼女は忘れられないほど素敵な時間だったって言うもんだから……」
もう大丈夫よ、と言って茶を飲むと、華南がすごく言い辛そうに、伺い見てくる。
「あの、先ほどから……そんなに酷かったのですか?」
「どうなのかしら、私にはよくわからないんだけど?」
首をかしげて、簡単に説明をする。
「はぁ殿下……そりゃあ慎重にもなりますよ~」
大きくため息をつかれ、妙に納得された。
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