後宮の棘

香月みまり

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第9章 使、命

第355話 帰還

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州宰専用の馬車の居心地は、やはり作りがきちんとしているせいか、揺れも少なくとても快適で、翠玉は終始うつらうつらしながら過ごした。


「翠玉様、そろそろ到着いたしますよ」

馬車の外から騎乗した華南に声をかけられ、慌ててきちんと座り直して身繕いを整えた。


そうして州府に到着して、馬車の扉が開かれると、目の前には眉間にシワを寄せた冬隼の姿があって、翠玉は息を飲んだ。


彼が無言で手を差し出すので、恐る恐る手を伸ばして重ねると。ゆっくりと馬車から降りた。


「うわわ!」

馬車から降りて地に足がついた途端、唐突に翠玉の身体が浮いて、思わず声をあげてしまった。

突然の浮遊感に慌てて捕まる場所を探した翠玉が腕を回した先は冬隼の首で、思いの外近くに彼の顔があった事で、すぐに自分が冬隼に抱き上げられたことを認識した。

「ちょっと! 冬隼!」

「だめだ! まったく、無茶ばかりしやがって!」

抗議の声を上げたが、すぐにひと睨みされて、翠玉は口をつぐんだ。


なぜだ? なんで彼は翠玉の妊娠疑惑を知っているのだろうか。

「悠安、すぐに部屋に医師を! 泰誠、しばらく任せた」

「「承知しました」」

泰誠と悠安が、やれやれと言った様子でこちらを見ていて、よく見てみれば、他にも兵士達や兄まで居るではないか。

そんな中で、意識がありながら夫に姫抱っこをされている自分は、猛烈に恥ずかしい。


どんな顔したらいいのよ!!


しかし翠玉のそんな混乱をよそに、冬隼はそのままスタスタと建物に入って行く。


建物には、使用人だけでなく州府に勤める官吏達の姿や、兵の姿もあり、なんだ? という顔でこちらを見て、それが将軍夫妻である事に気がついて、見ないフリをする者もいれば、「え、あの奥方が姫抱っこされてるぞ」と2度見する者もいる。

後者は、翠玉をよく知っている者なのだが

き、消えたい。



翠玉を抱いたままの冬隼は、広間を横切ると、階段に向かう。

そこでようやく人目がなくなり、翠玉はほっと息を吐いた。

「歩けるわ」 
小さな声でポツリと呟けば

「だめだ! 腹の子に障ったらどうする」
低い冬隼の声が、頭上と彼の胸を伝って聞こえた。

「ねぇどうして知ってるの?」

翠玉が見上げると、彼の翠玉を抱く手に力が入った。

「お前が書庫で調べ物をしているのを幸悠が見ていた。やはり、本当なんだな?」

「え、あれ見られてたの? 気づかなかったわ」

考えてみれば、翠玉はあの時随分焦っていたから、書庫に人がいるなんて考えてもいなかった気がする。

冬隼が深く息を吐くのが分かった。

「質問の、答えを教えてくれ」

一瞬、なんの質問だっけ? と首を傾げて口に出かかったところでギリギリ思い出した。


「多分……そうなのかなって思ってるのだけど。勘違いかもしれないから」


控えめに言葉を紡ぐ。

華南はその可能性が高いと言うが、正直なところ翠玉には実感がない。

これだけの騒ぎになって、勘違いでしたとなった時を思うと


考えたくない。


冬隼の顔を見上げる。
いつの間にか眉間の皺は無くなっているが、翠玉を気遣いながら、彼がどこか緊張しているのはわかる。


きっと彼は期待している。
もしかしたら、がっかりさせてしまうかもしれない。

自分でも昨晩は随分と無理をしたと思っている。

もし昨日の事で腹の子に悪い影響があったのならば。

そう思うと、喉の奥が鉛を飲んだように重くなったように感じる。


「ごめんなさい」

ギュッと冬隼の合わせを握り、胸に顔を寄せる。


「いや、俺も悪い。気づいてやれなかった。あの状況で、お前が言い出せなかったのは、理解できる」

肩を抱く冬隼の力が強くなった。

「とにかく、今はお前が無事でよかった」
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