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番外編ー清劉戦ー
3日目夜 終焉
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兄の動きは見事なまでに、適確で速かった。
それもそのはずで、皇帝の仕込んでいた刀は、おそらく彩京仕込みのものだ。この仕込み刀を使った実戦に、今迄誰よりも対応してきたのは翠玉と兄の二人だ。
先ほど翠玉が彩京の不意打ちを瞬時に見切ったように、兄も即座に身体が反応したのだろう。
皇帝の手から滑り落ちた仕込み刀が床にぶつかり鋭い音を立て、次いで大きな体が、その場に崩れ落ちる。
「馬鹿にするな、てめぇとは潜ってきた修羅場の数が違うんだ」
静かに吐き捨てた兄の言葉に、翠玉の胸が締め付けられる。国を追われてから多くの時間を経た。生まれ持った名も身分も全て隠し、それまで生きてきた事の全てに蓋をしてきたのだ。
ようやっと、清劉の劉 蓉芭として胸を張って歩くことができるのだ。
しかし、感傷に浸っているのもつかの間。
「あぁ!!あぁぁぁぁーーーーー!!」
耳を覆いたくなるほどの、女の絶望を含んだ声が上がる。
しばらく呆然と足元に落ちた息子の骸を見ていた皇太后だったが、半狂乱となって暴れてもがき始める。
「おのれ‼ よくも、忌々しい‼あの女が! あの女さえいなければ‼全部あの女が‼」
叫びながら無駄にじたばたと手足を動かし、兄を睨みつける皇太后を、兄は相手にする必要がないとでも言うように冷ややかに見下ろす。
怒りのままに騒ぎつくした皇太后が、疲れ切って、その場にへたり込む。しかしそうなってさえも、未だに息も絶え絶えに喚き散らしているのには内心翠玉は呆れた。
「好き放題していい歳になった息子一人の命くらいでグダグダ言うな。お前は何人殺した?まだ何もわからない幼な子、国のために志を持った若者や、国や民のために嫁いできた女達を皇帝の寵愛の厚さや自身の地位を脅かすからと言うつまらない理由で」
皇太后の喚く声に比べて、兄の声は随分低く、小さな声だった。しかしその声音には間違いなく彼の怒りが込められている。
「そんな汚ねぇ手まで使って王座について、お前とお前の息子は何ができた?国は少しずつ荒れ始めて、皇帝は禁軍までが寝返るほどの威信を失った。おまけに今まで甘い汁を啜って恩恵を受けてきた近衛までがこうも易々と皇帝を差し出す始末。己の私利私欲のために10年、国の発展と民の生活を守れなかった罪は大きい。もうここで潔く消えろ」
そう言い聞かせるように兄が言い放った言葉に、いよいよその時がきたのだと、ここまで一度も振り下ろしていない剣を抜いた。
李蒙の想いが詰まった剣…翠玉には随分と大きいそれは、ここに来るまでにしっかり手に馴染ませた。
しっかりと柄を握りしめて、前に出る。翠玉の手にする剣に視線を向けた皇太后が今度は翠玉を睨みつける。
そしてまた、呪詛のように母を呪う言葉を翠玉にぶつけて来る。
「紅妃っ!あの女がいなければ!お前達など皆まで殺せば良かった!」
呪文のような呪いの言葉の中で、一際大きな声で叫ばれたその言葉に、翠玉の全身の筋肉が反応した。
「ぎゃぁあっ!!」と叫び声が響く。
真っ赤な血飛沫と共に、その首が飛んで…。
転々と床の上を転がっていった。
「いい加減うるさいのよ!!見苦しい!」
その首を見送って、翠玉は剣を握る手を緩め、胸元から拭き布を引っ張り出すと吐き捨てる。
「時間の無駄だわ、私はもうこの女に時間を邪魔されるのはごめんなの」
もう伝える事は伝えた。それでも彼女の心が動くことはなかった。せめて、何の罪もない惺については、罪悪感でも感じてくれたらと思いはしたが、それすらも、彼女はいとも簡単に切り捨てた。
どこまでも翠玉の大切な者達を傷つけ、踏みつけにすれば気が済んだのだろうか。
もう、限界だった。
「母様もこれできっと安らかに眠れるわ」
自分と、周囲に言い聞かせるように呟いて、剣を収めた。
それもそのはずで、皇帝の仕込んでいた刀は、おそらく彩京仕込みのものだ。この仕込み刀を使った実戦に、今迄誰よりも対応してきたのは翠玉と兄の二人だ。
先ほど翠玉が彩京の不意打ちを瞬時に見切ったように、兄も即座に身体が反応したのだろう。
皇帝の手から滑り落ちた仕込み刀が床にぶつかり鋭い音を立て、次いで大きな体が、その場に崩れ落ちる。
「馬鹿にするな、てめぇとは潜ってきた修羅場の数が違うんだ」
静かに吐き捨てた兄の言葉に、翠玉の胸が締め付けられる。国を追われてから多くの時間を経た。生まれ持った名も身分も全て隠し、それまで生きてきた事の全てに蓋をしてきたのだ。
ようやっと、清劉の劉 蓉芭として胸を張って歩くことができるのだ。
しかし、感傷に浸っているのもつかの間。
「あぁ!!あぁぁぁぁーーーーー!!」
耳を覆いたくなるほどの、女の絶望を含んだ声が上がる。
しばらく呆然と足元に落ちた息子の骸を見ていた皇太后だったが、半狂乱となって暴れてもがき始める。
「おのれ‼ よくも、忌々しい‼あの女が! あの女さえいなければ‼全部あの女が‼」
叫びながら無駄にじたばたと手足を動かし、兄を睨みつける皇太后を、兄は相手にする必要がないとでも言うように冷ややかに見下ろす。
怒りのままに騒ぎつくした皇太后が、疲れ切って、その場にへたり込む。しかしそうなってさえも、未だに息も絶え絶えに喚き散らしているのには内心翠玉は呆れた。
「好き放題していい歳になった息子一人の命くらいでグダグダ言うな。お前は何人殺した?まだ何もわからない幼な子、国のために志を持った若者や、国や民のために嫁いできた女達を皇帝の寵愛の厚さや自身の地位を脅かすからと言うつまらない理由で」
皇太后の喚く声に比べて、兄の声は随分低く、小さな声だった。しかしその声音には間違いなく彼の怒りが込められている。
「そんな汚ねぇ手まで使って王座について、お前とお前の息子は何ができた?国は少しずつ荒れ始めて、皇帝は禁軍までが寝返るほどの威信を失った。おまけに今まで甘い汁を啜って恩恵を受けてきた近衛までがこうも易々と皇帝を差し出す始末。己の私利私欲のために10年、国の発展と民の生活を守れなかった罪は大きい。もうここで潔く消えろ」
そう言い聞かせるように兄が言い放った言葉に、いよいよその時がきたのだと、ここまで一度も振り下ろしていない剣を抜いた。
李蒙の想いが詰まった剣…翠玉には随分と大きいそれは、ここに来るまでにしっかり手に馴染ませた。
しっかりと柄を握りしめて、前に出る。翠玉の手にする剣に視線を向けた皇太后が今度は翠玉を睨みつける。
そしてまた、呪詛のように母を呪う言葉を翠玉にぶつけて来る。
「紅妃っ!あの女がいなければ!お前達など皆まで殺せば良かった!」
呪文のような呪いの言葉の中で、一際大きな声で叫ばれたその言葉に、翠玉の全身の筋肉が反応した。
「ぎゃぁあっ!!」と叫び声が響く。
真っ赤な血飛沫と共に、その首が飛んで…。
転々と床の上を転がっていった。
「いい加減うるさいのよ!!見苦しい!」
その首を見送って、翠玉は剣を握る手を緩め、胸元から拭き布を引っ張り出すと吐き捨てる。
「時間の無駄だわ、私はもうこの女に時間を邪魔されるのはごめんなの」
もう伝える事は伝えた。それでも彼女の心が動くことはなかった。せめて、何の罪もない惺については、罪悪感でも感じてくれたらと思いはしたが、それすらも、彼女はいとも簡単に切り捨てた。
どこまでも翠玉の大切な者達を傷つけ、踏みつけにすれば気が済んだのだろうか。
もう、限界だった。
「母様もこれできっと安らかに眠れるわ」
自分と、周囲に言い聞かせるように呟いて、剣を収めた。
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