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番外編ー清劉戦ー
師
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「まさか姫様が我が家においでになる事があろうとは……いえ、それ以前にもう一度お目にかかれるとは思いもせず……お元気なお姿を拝見できて、この越めは……本当に……本当……に」
目の前で肩を揺らして咽び泣く初老の男の姿に、翠玉は苦笑しながらも、その厚い肩を叩く。
「私も再び会えて嬉しいわ、越宥!息災でなにより。突然の訪問でごめんなさいね。卓牙は問題ないって言ってたから軽く来てしまったけど……随分と騒がせてしまったみたいで……」
そう言って顔を上げた翠玉の……目の前で咽び泣く越宥の後方には、この壁家の家の者達はもちろん、使用人たちまでが揃って、礼をとっているのだ。
随分と大事になってしまったなぁと内心申し訳なく思いながらも、彼らが向ける皇族への羨望の眼差しを裏切ってはいけないと、皇女らしい立居振る舞いで応える。
一通り訪問を歓迎する口上と、越宥による家人の紹介を受けると、早々に他の者達には持ち場に戻ってもらうよう促して、そのまま応接の間に案内をされる。
朱塗りの橋が架かった、大きな池が臨める部屋に案内され、用意された茶を飲んでいる間、越宥と幼い頃の懐かしい話しをした。
越宥は、清劉にその人ありと言われた知将で今は亡い壁杜朴の長子だ。そして3年ほど前までは、禁軍の片翼を担っていた将でもある。
彼の長子の壁卓牙が翠玉と同じ年に生まれていることから、幼い頃には卓牙とともに、武術の指南を受ける事が多かった。
軍略の長であった父とは違い、体術に優れた彼の教える護身術や、小柄な体型を活かした攻防のノウハウは今の翠玉の戦闘スタイルにも大きな影響を与えている。
「しかし驚きました。まさか父が姫様に兵法を指南していたとは……確かにそれを知っていたら、姫様の湖紅への輿入れが決まった折には、禁軍が総力を上げて反対したでしょう」
「老師は……越宥にも言っていなかったのね!」
「そのような事は一切……ただ今思い返してみれば、父はあの古い書庫に出かける日はとても機嫌よく帰ってきていたなぁと思うくらいです。指南書を書いている事は分かっていたので、自分の輝かしい時代を思い出して、気が若くなったのだとばかり思っておりましたが……自身の後継を引き継ぐ者を育てていたからだったのですね」
「老師が……そんなにも?」
意外に思って首を傾けると、越宥は「そうですよ」と力強く頷く。
「一応孫である卓牙や卓周にも指導はしておりましたが……おそらくその才を見いだせなかったのでしょう。2年ほどで教える事は無くなったと……今思えば見切りをつけていましたから。それを7年……しかも、あれほどまでに見事で大胆な戦術を立てられるほどに、あの堅物の頑固者が指導をしたという事は、相当に見込みがあって、本人が楽しかったのでしょう」
「少しでも孝行できていたのならばよかったのだけど…本来ならば亡くなった時にすぐにでも駆けつけたかったものを、このように遅くなってしまって…でも詣でる機会があって良かった」
微笑んで、出された茶に口をつければ、芳醇な茶の香りが口一杯に広がる。
そういえば老師は茶葉の産地にもうるさかった事を思い出して、くすりと笑みが漏れた。
「誰よりも父が1番分かっておりましたでしょう。貴方様と父は本来接点のないはずの関係。葬儀に顔など出そうものなら、夢にまで出てきて説教したでしょうな」
おどけたように肩をすくめる越宥に倣う。
「本当ね!きっとすごく怒られたわ」
もう亡くなってかなりの年月が経つが、それでも翠玉の脳裏には渋い顔をして、説教をしてくる老師の顔が思い浮かんだ。
目の前で肩を揺らして咽び泣く初老の男の姿に、翠玉は苦笑しながらも、その厚い肩を叩く。
「私も再び会えて嬉しいわ、越宥!息災でなにより。突然の訪問でごめんなさいね。卓牙は問題ないって言ってたから軽く来てしまったけど……随分と騒がせてしまったみたいで……」
そう言って顔を上げた翠玉の……目の前で咽び泣く越宥の後方には、この壁家の家の者達はもちろん、使用人たちまでが揃って、礼をとっているのだ。
随分と大事になってしまったなぁと内心申し訳なく思いながらも、彼らが向ける皇族への羨望の眼差しを裏切ってはいけないと、皇女らしい立居振る舞いで応える。
一通り訪問を歓迎する口上と、越宥による家人の紹介を受けると、早々に他の者達には持ち場に戻ってもらうよう促して、そのまま応接の間に案内をされる。
朱塗りの橋が架かった、大きな池が臨める部屋に案内され、用意された茶を飲んでいる間、越宥と幼い頃の懐かしい話しをした。
越宥は、清劉にその人ありと言われた知将で今は亡い壁杜朴の長子だ。そして3年ほど前までは、禁軍の片翼を担っていた将でもある。
彼の長子の壁卓牙が翠玉と同じ年に生まれていることから、幼い頃には卓牙とともに、武術の指南を受ける事が多かった。
軍略の長であった父とは違い、体術に優れた彼の教える護身術や、小柄な体型を活かした攻防のノウハウは今の翠玉の戦闘スタイルにも大きな影響を与えている。
「しかし驚きました。まさか父が姫様に兵法を指南していたとは……確かにそれを知っていたら、姫様の湖紅への輿入れが決まった折には、禁軍が総力を上げて反対したでしょう」
「老師は……越宥にも言っていなかったのね!」
「そのような事は一切……ただ今思い返してみれば、父はあの古い書庫に出かける日はとても機嫌よく帰ってきていたなぁと思うくらいです。指南書を書いている事は分かっていたので、自分の輝かしい時代を思い出して、気が若くなったのだとばかり思っておりましたが……自身の後継を引き継ぐ者を育てていたからだったのですね」
「老師が……そんなにも?」
意外に思って首を傾けると、越宥は「そうですよ」と力強く頷く。
「一応孫である卓牙や卓周にも指導はしておりましたが……おそらくその才を見いだせなかったのでしょう。2年ほどで教える事は無くなったと……今思えば見切りをつけていましたから。それを7年……しかも、あれほどまでに見事で大胆な戦術を立てられるほどに、あの堅物の頑固者が指導をしたという事は、相当に見込みがあって、本人が楽しかったのでしょう」
「少しでも孝行できていたのならばよかったのだけど…本来ならば亡くなった時にすぐにでも駆けつけたかったものを、このように遅くなってしまって…でも詣でる機会があって良かった」
微笑んで、出された茶に口をつければ、芳醇な茶の香りが口一杯に広がる。
そういえば老師は茶葉の産地にもうるさかった事を思い出して、くすりと笑みが漏れた。
「誰よりも父が1番分かっておりましたでしょう。貴方様と父は本来接点のないはずの関係。葬儀に顔など出そうものなら、夢にまで出てきて説教したでしょうな」
おどけたように肩をすくめる越宥に倣う。
「本当ね!きっとすごく怒られたわ」
もう亡くなってかなりの年月が経つが、それでも翠玉の脳裏には渋い顔をして、説教をしてくる老師の顔が思い浮かんだ。
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