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6章

16(ヴィンセント視点)

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「お疲れ、、」

一点を見つめて放心したように座る親友に声をかけて、その向かいの席に腰掛けた。


親友は一度、こちらを見て「あぁ」とだけ返事をして、また押し黙った。

無理もない。彼にとってはなかなかショックが大きかっただろう。

実際に尋問に立ち会った、ヴィンも途中から気分が悪くなったくらいだ。
まさかあれほどあの男が歪んでいたなんて思ってもみなかった。


何度胸ぐらを掴んで殴りたいと思ったか。

しかし隣の部屋で全てを聞いていた、夫である彼の立場を思うと、殴るだけでは足りないだろうと思う。

むしろ彼を別室に置いていて良かったと、、安堵したくらいだ。
自分なら殺してる。

しかし、彼の手のひらを見てみれば、無数の傷があって、彼が必死でその衝動を抑えたのであろうことは理解ができた。
 
この様子を見ると。彼も知らないことが多くあったのだろう。


1人の女性が抱えるには大きすぎて、そして闇が深い。そんなものを抱えて生きていた彼女はどれほど大変だったのだろうか。 
そして、そんな彼女を愛しているこの親友はそれを受け止めて、そして守り抜いていかねばならないのだ。

まだまだこれから苦難もあるだろう。


「殿下に報告書を出してきた。内容は必要以上に漏れないように対応いただけるみたいだ。尋問の担当官も信頼がおける者だから安心しろと、、お前に伝えてほしいと言われたよ」


これ以上、彼女の秘密を知るものが増えないように殿下は最大限の努力をするだろう。

親友が、はぁっと息を吐いた。

「そうか、ありがたいな」

そう言う彼の言葉はとても苦しそうで、くしゃりと前髪を握って項垂れた。


「時々、彼女がどこか後ろめたそうな顔をすることがあったんだ。だけど、そのうち時間をかけていけば必ず癒えていくと思っていたんだ。まさか、実の兄があんな事をするなんて」

「気づかなくて当然だ。奴が異常なんだ」


親友の震える背に手を乗せる。

もっと気をつけられたのではないか、もっと知ろうとするべきだったのではないだろうか、、、彼の中には多くの後悔が浮かんでいるだろう。


でもそれは、後だから言える事であって、自分も彼も、彼女もその都度最善の行動を取ってきたはずなのだ。

問題なのは、過去じゃなくてこれからだ。


「色々思う所はあるだろうし、お前が後悔していることもあると思う。だが今するべきはそうじゃないだろ?お前は彼女をどうしたいんだよ?」

不意にその言葉を自分が発したのだろうかと思った。でも、その言葉は、自分たちより後方から聞こえてきた、、、ような気がした。

「っ、、殿下」

先にその訪問者を見て声を発したのはブラッドだった。

振り返れば、戸口で殿下が呆れたように立っている。
ここは殿下の事務官であるエドガーの執務室である。外の兵に人払いを頼んであるが、さすがに殿下を払うことはできないだろう。


「終わった事は忘れろ!どうせ変えられんのだからな!だがこれからはいくらでも変えられるだろう?お前はアーシャが目覚めても、そんな顔で彼女に対面するのか?おそらくそんな顔をしていたらセルーナに部屋にすら入れてもらえなくなるぞ!」

殿下はツカツカとやってきて、ドカリと俺の隣の椅子に腰掛けて、ブラッドの顔を覗き込んだ。

実のところ事件から2日経った今も、アリシア嬢は目覚めていない。

傷口を見ても、彼女は本気で死ぬつもりだったらしいことは伺えた。


すぐに町医者が処置を施し、その後、王太子宮に運び込まれて、高位の医師の処置を受けたのだが、やはり出血が多すぎて、身体への負担は大きかった。
今は身体の機能維持を最優先に、セルーナ妃が見守る中、薬で眠らされている状況だという。



「起きて状況を知ったアリシアはどう思う。お前に知られたくなかった事もあっただろうな、離縁したいというかも知れん。もしかしたらもう一度命を断とうとするかもしれん。お前は彼女にどう向き合う?そんな悲壮感漂う顔で、彼女と一緒に死ぬか?」

殿下の言葉は辛辣だが、それでもブラッドの顔を上げさせるには一定の効果があったらしい。


「死にもしませんし、死なせもしません。離縁なんてもっての他です!」


殿下を見上げたブラッドの瞳が、先ほどよりも格段に光を宿しているのをみて、ヴィンは肩の力を少しだけ抜いた。

「お前が今考える事は、あのクズのことではないぞブラッド。アリシアをどう救うかだ!それはお前にしかできん。分かるな?クズは任せろ!しっかり裁いてやる」

そう胸を張った殿下を流石だとヴィンは思った。
そういえば最近忘れていたが、自分たちはこの人のこういうところに惚れ込んで下についたのだった。

目の前の親友は、完全に顔を上げている。

「そうですね」

ため息のような、少し力の抜けたブラッドの声が低く室内に響いた。

そうして彼は、いつも通りのしなやかな動作で立ち上がると、殿下に視線を向けて完璧な角度で礼をした。

「殿下に感謝申し上げます。こんなところでなく彼女の側に俺はいなければなりませんね」

そう言うやいなや、長い脚を有効に活かして部屋を出て行ってしまった。

とりあえず、彼は何かを掴んだらしい。


「さすがですね殿下。久しぶりに見直しました」

残されたヴィンは、隣でヤレヤレとため息をついている主を褒めたのだが。

「違う違う、妃に言われてたんだよ!ブラッドのやつアーシャの所に来るたびに辛気臭い顔してて、あれじゃあアーシャが、彼に辛い思いをさせた事を気に病むんじゃないかって心配していたんだよ。」

「え、妃殿下がですか?」

「折を見て主として尻を叩いておけって言われた所だったから、報告も入ったしついでに、、、と思って来てみたら、ちょうどいいタイミングだったんだよ!」

「殿下、、完全に妃殿下の尻に敷かれてますね」


「まぁ惚れた弱みだよね。それにしても我が妃は本当に細やかに気がつくから素晴らしいと思わないか?」

なんだか惚気が始まったっぽいので、席を立つ。

ブラッドはしばらく妻のケアという名目で非番の扱いなのだ。そのおかげで自分は忙しい身であった事を思い出す。

まだ事件の事後処理は終わっていない。こんなところで王太子の惚気に付き合っている暇は無いのだ。
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