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6章

25(ブラッド視点)

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石造りの暗い牢の中を一人で歩く。

数日前に降った雪の影響で、まだ建物自体が冷えているのだろう。淀んだ空気が冷えて体に纏わり付くような気がした。


一つの牢の格子の前で足を止める

石畳の上に申し訳程度に敷かれた藁造りの敷物の上に、毛布を頭まですっぽり被った男が丸くなり座っていた。


もともと面長で、顎が細い男だったがこの数日でさらに痩けたのだろう。髭が伸び、生気のない双眸がこちらをぼんやりと確認して、、、そして口角をわずかに上げた。


「これはこれは、、、こんな所に王太子殿下の騎士様がなんの御用で?」

皮肉めいた言葉は掠れていて、彼が久しぶりに人と話した事が分かる。

ここに収監されて2週間。異例の事件に、取り調べは1週間ほどで片付いている。
そこから訪ねてくる者がいなければ、、、無理もない。

「それとも、アーシャの事でも聞きにきたか?だったら調書でも見てくれよ。全部話したからよぉ」

「その必要はない。取り調べは全部別室で聞かせてもらっていた」

静かに言葉を発する。できるだけ感情を殺す事を心がけた。

「あぁそうなの、、、じゃあ知っちゃったんだ?どんな気分よ、嫁を先に使われていた気分は?あいつ俺のおかげで随分うまいだろ?感謝しろよ」


下衆な話に眉を寄せる。
今すぐにでも殺してやりたいが、冷ややかに見下ろすに留めた。

挑発に乗ってこいとばかりに笑うトランとしばらく睨み合う。

「なんだ、つまらねぇなぁ、どうせ俺は明日死ぬ身なんだぜ?今ここで殺してもだれも咎めないぜ?それとも腹が立たないくらい、あいつのあっちの方が具合が良かったのか?」

羨ましいな、あんただけおいしい思いができてよぉと、笑って彼は寒そうに毛布を抱え直す。

どうやら死を前にしても自分の行いを悔い改める事はないらしい。どこまでも小根が腐った男だと内心で毒づく。

「聞きたい事がある」  

「だろうな?わざわざ殺しに来たわけでもなさそだからな」

「オースティン・コーネリーンと、アリーナ・コーネリーンの死についてだ」


一瞬キョトンと目を瞬いた彼が、次の瞬間ハハッと笑った。

「古い話だなぁ。そんな事まで調べてんの?」

「お前たちには都合が良すぎる話だからな」

「まぁたしかに、アレには俺もビックリだっだからなぁ。まさか跡取りのお兄様が、急にぽっくり逝っちまうんだからよ」


そう言った奴は天を仰いだ。

「ここの飯は運ばれてくる頃には冷えちまっててよぉ。身体が全然あったまらねぇんだ。」


何か有益な情報があると言う事だろうか、取引を持ちかけているつもりのようだ。


「なるほど。スープくらいなら手配できるが?」

提案すれば、彼がニヤリと口角を上げた。



「オースティンについては知らねぇ。アレは突然だったし、俺たちも驚いた」

「ではアリーナ様は?」

「元奥さんに関しては、、、おそらく母さんが関わっていると俺は思ってる」

子供だったし詳しい事は知らねぇけど。と彼は付け足して、そして毛布の中でモゾモゾと脚を動かした。

「母さん、、あの人、元奥さんの事は恨んでたから。あの女のせいで私の人生めちゃくちゃになったって。ひでぇ話だろ?それって俺を産んだことを言ってるんだぜ?子供の頃から酔うたびに聞かされたよ。」

彼は尻を軸に前後に揺れ出した。じっとしているのが寒いのだろう。

「あの人、自分の事しか考えてねぇんだ昔から。自分が金に目が眩んで俺を産んだ癖によ。俺を育てる事で生活費の金もオヤジ殿にもらってた癖に全部飲み代に使って、生活が苦しいのはお前のせいだって俺に当たるんだぜ?俺は生まれてきちゃいけない子供だったんだってそう思ってたんだマジで。貴族のお坊ちゃんには想像もつかないだろ?」

ポツリとポツリと彼が紡ぐ言葉は、たしかに自分達の生い立ちからは考えもつかないような状況だ。

今までの彼の調書には全て目を通してきたが、生い立ちまで遡って彼が話したものは無かったように思う。

こうして数日、誰とも会話もせず寒い牢で過ごしている内に色々な事を思い出したのかもしれない。

もしくは明日の刑の執行を前に、誰かに聞かせたかったのかもしれない。


すぐに聞く事だけ聞いて去るつもりだったが、、、これがトラン・コーネリーンという男の最後の叫びのような気がした。


「それでも、大きくなるにつれて、友達や仲間ができて母さんなんてどうでもいいやって思ってた。俺は俺の人生を生きようってさ、、、なのに
オースティンが死んで、母さんが後妻になる事が勝手に決まった。その時初めて母さんが言ったんだぜ。お前を産んでよかった。ここまで育てて良かったって。笑っちまうだろう?」


「仲間と離れて伯爵家に入って、俺なりに頑張ろうと思ったけどよ、学校すらまともに行ってなかった奴が20そこそこで急に勉強なんて無理に決まってる。母さんも貴族のご婦人方との付き合いがうまく行かなくてイライラする事が増えて。そんでまたある日言われたよ、、、お前さえ産まなければって、、、」

そこまで言って、彼は乾いた笑いを漏らした。

「その晩だよ。アーシャを初めて、、、。むしゃくしゃしてたんだ。そんでハマった。ずっと母親って女に振り回されてきたんだから、1人くらい俺の思い通りになる女が、いてもいいだろってそん時は思ってた。」

そう言うと、彼はゆっくり顔を上げてこちらをしっかり見据えた。


「あいつ今、どうしてる?すげぇ血出てたけど」

「一命は取り留めた。まだ安静にしてるが、そろそろ仕事にも復帰できる」


「そうか、良かった。」


心から安堵したように彼は息を吐いた。


「なぁ、あんたはずっとアイツのそばにいるか?」

「当然だ」


「ならさぁ、いつかあんたが話しても大丈夫って時が来たらでいいから、アイツにすまなかったって伝えてくれねぇか?」

今更何をって思うだろ?そう言って彼は自嘲した。

「ここ数日この寒い中で考えてさ。きっと俺は母親の代わりを求めてたんだ。俺だけを無条件に見てくれる俺だけの女をさ。で、アイツに惚れた。でもアイツは婚約者のあんたを見てて、それが腹立たしかったんだ。その内、アイツが自分の所有物のような錯覚をして執着した。馬鹿だよなぁ」

はぁっと彼が吐いた白い息が、ふわりと広がって消えた。
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