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3章

40 契約結婚の本当の理由

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階段を降りて、庭に出ると、そこはすぐに薔薇の蔦で作られた回廊になっていた。
季節なら薔薇が咲き誇り、さぞ美しいのだろう。

今度は満開の時期にのんびり来られるといいのだけれど。
咲き誇る薔薇を眺めながら、お茶をしたり散歩をしたり、きっと彼の先祖はそんな穏やかな時間を過ごしたのかもしれない。

女主人の部屋からそれが一望できると言うのはきっとそう言う事なのだろう。
先ほど上から見えた中には、この回廊の先には噴水をメインとした広場があって、きっと夏にはここではしゃぎ回る子どもを見守ったりもしたのだろう。

噴水までの回廊を、のんびり歩いて行く。

先代の当主……義父の代までは、ロブダート侯爵家の人々の生活の拠点は領地に立つこの本邸だった。

義父が若かりし折りに戦争に行き、現国王陛下の兄君である先王陛下の側近となった事により、王都に邸宅を構えたらしいのだ。
今では王都に事業を広げ、かつ王族の寵臣となったため、どうしても当主の生活の拠点は王都となってしまっているけれど、本来であれば、義父母が役目を終えて隠居する時に、こちらでゆったりと過ごすつもりでおられたのだ。


そのため、十数年主人不在となっていても、庭や建物は美しく整えられている。

夫も王都に移り住むまでの数年は、ここで育っているはずだ。

想像がつかないけれど、幼い彼がこの庭をおぼつかない足取りで走り回っていたのだろうかと思うと、微笑ましくて、自然と頬が緩んだ。


しばらく噴水に向かって歩いている行くと、不意に女性の声のようなものが耳に入ってくる。

これほど立派な庭園なのだから、世話をする者がいてもおかしくはないだろう。どうやら生垣の向こう側にいるらしくこちらの存在には気が付いていない。

もうすぐ日が暮れるから、ここで私が姿を表せば彼女達は気を遣って今日の仕事を切り上げてしまうだろう。
足音と息を忍ばせて、通過してしまおう。


「見た? 奥様、流石お綺麗な方よねぇ」

ちょうど通り過ぎたところで、不意に話の内容が耳に入り、咄嗟にピタリと動きを止めた。


「そりゃぁ、あの旦那様が選んだ方ですもの、当然じゃない?」

呆れたように応じる声に、もう1つため息混じりの声が重なる」

「流石はアドリーヌ様を差し置いただけあるわよねぇ」

「聡明な方だと王都でも噂の方だそうよ。そりゃあ侯爵家の女主人としてはそうした名の通った方の方がいいにきまってるもの、アドリーヌ様が身を引かれたみたいね」

「まぁアドリーヌ様も優秀な方だけど、田舎の伯爵家の娘と比べてしまったらね~」

どうやら、そこには3人の女性がいるらしい、年齢的には中年くらいだろうか。

アドリーヌという、耳なれない名前だけが私の胸に詰まる。

彼らの話では、アドリーヌなる女性はいずれこのロブダート家の女主人となるものだと、使用人達には目されていたという事らしい。


「アドリーヌ様も、婚約者の方のために戻って来なければ、王都で華々しくなさっていたと思うとお気の毒よね。しかもあんな事故に巻き込まれて先立たれるなんて! あの方だって随分優秀な方だし旦那様のお側にいたなら旦那様と婚約する事もできたでしょうに」

「たしかに、あの事故はお気の毒よね・・・でも、一部ではアドリーヌ様は妾になられるかもしれないって聞いたわよ?」

「えぇ!? 仮にも伯爵家の御令嬢よ?」

「ほら、でもあんな事があったわけだし、お歳もお歳だし、まともな貰い手は厳しいのではないかって。ならば妾でも、侯爵家の方がいいじゃない? ほら、奥様は普段は王都でお家の采配をなさるわけだし、もちろんあちらの事業の方が格段に多いとは思うけど、こちらの事業もそれなりにあるでしょう。
アドリーヌ様ならその辺りの采配はお出来になるだろうし、領地の管理を任せるのではないかって」


「でもそんな事奥様がお許しになるのかしら?」

「そのために今回奥様だけ早めにいらしたのではないの? 領地の状況を知って、アドリーヌ様と引き合わせてお2人が意気投合なされば、きっと王都と領地でお力を合わせて下さる事を旦那様は狙ってらっしゃるのではないかって」


「なるほどねぇ。でもそううまく行くのかしら?」

「さぁね! それは、分からないけど、あの旦那様がそれを受け入れられないタイプの女性を選ぶとも思えないしねぇ」


「アドリーヌ様は? あの方はずっと旦那様を思っているのでしょう? 旦那様だって大切にされているわけだし」


「きっとご理解の上だと思うわ、でなければ旦那様のおそばにはいられないのだもの、この際本妻でなくともって事なのではないかしら?」

「健気ねぇ」

「まぁ、ここから10日ほどで色々決まるでしょうね。私たちは粛々と仕事をしていましょう」


そこで話が終わり、カゴを引きずる音や、器具を仕舞うような音がする。

咄嗟に慌てて踵を返す。今、ここで私がこの話を聞いてしまった事がバレてしまうのは良くない。慌ててそのまま部屋への道を戻る。


「あら? お早いお戻りですね」

軽く上がってしまった息を整えて部屋に戻れば、エルスが意外そうに見てきたけれど

「ちょっと冷えちゃって……」

苦し紛れに微笑むと、彼女は特に不審がる様子もなく「もう日も暮れますからね」と笑った。


「お茶を淹れましょうか?」


「うん、ありがとう」

それだけ言って、窓辺に置かれたソファに座る。


あれは、なんだったのだろうか……妾? アドリーヌって誰?

単なる噂話だろうか? でも、もしあの話が本当なら……契約婚も頷ける。

もしかして、彼はそうした都合のいい妻が欲しかったのかもしれない。
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