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4章
75 再会
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♢♢
わずかな衣擦れで、不意に目を覚ましてみれば、昨日まで冷たく温もりの無かったその場所に待ち望んだ人の姿があった。
「っ……おかえり、なさい」
そう声をかけると、暗がりの中で、彼がピタリと動きを止めた。
「すまない。起こしてしまった」
そう詫びながら彼の大きな手が私の頬と髪を撫で、温かな温もりと共に石鹸と、彼の香りに包まれた。
「いえ、出迎えにも出ずにごめんなさい」
起きていようと思ったのだが、日を跨ごうかという刻限にリビングルームでうつらうつらしているのをクロードに見とがめられてしまって「まだお帰りの兆しもありませんから、お休みください」と説得されてしまったのだ。
私の言葉に彼がくすりと笑う気配がして
「構わないよ。むしろ、寝ててくれてよかった。随分と遅い帰宅になってしまったから」
そう言うからには、随分と遅い時間なのだろう。周囲に視線を巡らせようとするものの、途中でそれを彼の手によって阻まれて、私の身体はベッドの中に沈み込んだ。
私を覆うように被さって来た彼の手が、頬を撫でて指が唇をなぞると、壊物に触れるようにゆっくりと口付けが落ちてくる。
久しぶりの彼の口付けは何故かとても遠慮がちで、それがなんだかもどかしくて……物足りないものだった。
自分はいつからこんなに欲張りになってしまったのだろうか。恥じながら、それでもまだ彼の温もりのが欲しくて、彼の頭に手を伸ばして、少しだけ湿り気を残した髪を撫でる。
そうすると遠慮がちに重ねられていた唇が、少しずつ深くなる。
くちゅっと暗がりの寝台に音が響く。それがやけに他事のように感じられた。
いつもであれば、このまま彼の手が、私の腰を撫でて……そこからなし崩しに行為が始まって行く。
こんな時間から……
疲れているのにするのだろうか? 身体は大丈夫なのだろうか?
そんな心配が頭をよぎるけれど、それ以上に数日彼に触れられなかった寂しさと、彼で満たされたい欲望が湧いてきてしまうのを感じる。
こんなにも恋しく誰かを想うことがあるなんて、数か月前の自分には考えられない事だ。
きゅうっと彼の肩口の夜着の生地を握ると、彼の唇がゆっくり離れ、代わりにきつく抱きしめられると、耳元で深く息を吐いた。
「ティアナの香りは落ち着くな……この香りが恋しかった」
低くいけれど、甘さを含んだ彼の声に、ドクンと胸が跳ねる。
彼の手がゆっくりと背中を撫でて、腰の方に落ちていく。
衣擦れの音と彼がもう一度深く吐いた息使いが、暗がりの中でやけに大きく聞こえた。
「私も……」
恋しかった……
そう告げようとしたところで、腰を撫でた彼の手が、パタリとシーツの上に落ちた。
おやっと瞬いて耳をそばだてて見れば、すうっと穏やかな寝息が聞こえる。
やはり相当疲れていたのだ。背中に回した手でトントンと叩いてやると彼が深く息を吐いて、きゅうっと抱き返してくる。その胸に頬を寄せて、私も目を閉じた。
++
翌朝、目を覚ますとすでに彼は隣に居なくて、私は慌てて飛び起きた。
簡単に身支度を整えようと、ベッドから這い出るタイミングになり寝室の扉が開いて、すでに王宮に上がるための身支度を整えた彼が入って来た。
「おはよう。起こしてしまったな」
扉から一直線に部屋に入ってきた彼は、額に口付けを落とす。
「今日も、こんな早くからお仕事なの?」
慌てて髪を撫でつけながら問えば、彼は困ったように眉を下げて肩を竦める。
「ひどいだろう? でも、あと数日の辛抱、のはずだ……」
そう言って少し何かを考えるように、遠くを見つめると、何かを決意したように表情を引き締めた。
「留守中の事とか……色々聞きたい事や話さないとならない事があるだろうから……できるなら今夜にでも時間がとれたらと思う」
うなずいて、彼の頬に手を伸ばす。
「私も……でも、くれぐれも無理しないで……まだ疲れがとれていないのだし」
昨晩は暗がりでしっかりと顔を見ることはできなかったけれど、明るい場所で見れば、目の下にはうっすらと隈が浮いているし、表情もどこか疲れている。
昨晩のように突然糸が切れてしまったように眠りにつくくらい追い込まれているのだろう。
自分の事であまり煩わせたくはない。
そう思ったのを、彼は一瞬にして理解したのだろう。「大丈夫だ」とわずかに頬を緩めて私の髪を撫でる。
「久しぶりにぐっすり眠れて、これでも今朝はスッキリしているんだよ。なるべく早く戻るようにするけれど、あまり遅くなるなら構わず眠てくれ」
そう言って、見上げている私の唇に触れるだけの口づけを落として、離れていく。
時間のない中で顔を見に来てくれたのだ。
「っ、いってらっしゃい」
慌ててその背を追うように声をかけると、扉を開いた彼が肩越しにこちらを振り返り、ひらりと手を振って、扉の向こう側へ消えて行った。
わずかな衣擦れで、不意に目を覚ましてみれば、昨日まで冷たく温もりの無かったその場所に待ち望んだ人の姿があった。
「っ……おかえり、なさい」
そう声をかけると、暗がりの中で、彼がピタリと動きを止めた。
「すまない。起こしてしまった」
そう詫びながら彼の大きな手が私の頬と髪を撫で、温かな温もりと共に石鹸と、彼の香りに包まれた。
「いえ、出迎えにも出ずにごめんなさい」
起きていようと思ったのだが、日を跨ごうかという刻限にリビングルームでうつらうつらしているのをクロードに見とがめられてしまって「まだお帰りの兆しもありませんから、お休みください」と説得されてしまったのだ。
私の言葉に彼がくすりと笑う気配がして
「構わないよ。むしろ、寝ててくれてよかった。随分と遅い帰宅になってしまったから」
そう言うからには、随分と遅い時間なのだろう。周囲に視線を巡らせようとするものの、途中でそれを彼の手によって阻まれて、私の身体はベッドの中に沈み込んだ。
私を覆うように被さって来た彼の手が、頬を撫でて指が唇をなぞると、壊物に触れるようにゆっくりと口付けが落ちてくる。
久しぶりの彼の口付けは何故かとても遠慮がちで、それがなんだかもどかしくて……物足りないものだった。
自分はいつからこんなに欲張りになってしまったのだろうか。恥じながら、それでもまだ彼の温もりのが欲しくて、彼の頭に手を伸ばして、少しだけ湿り気を残した髪を撫でる。
そうすると遠慮がちに重ねられていた唇が、少しずつ深くなる。
くちゅっと暗がりの寝台に音が響く。それがやけに他事のように感じられた。
いつもであれば、このまま彼の手が、私の腰を撫でて……そこからなし崩しに行為が始まって行く。
こんな時間から……
疲れているのにするのだろうか? 身体は大丈夫なのだろうか?
そんな心配が頭をよぎるけれど、それ以上に数日彼に触れられなかった寂しさと、彼で満たされたい欲望が湧いてきてしまうのを感じる。
こんなにも恋しく誰かを想うことがあるなんて、数か月前の自分には考えられない事だ。
きゅうっと彼の肩口の夜着の生地を握ると、彼の唇がゆっくり離れ、代わりにきつく抱きしめられると、耳元で深く息を吐いた。
「ティアナの香りは落ち着くな……この香りが恋しかった」
低くいけれど、甘さを含んだ彼の声に、ドクンと胸が跳ねる。
彼の手がゆっくりと背中を撫でて、腰の方に落ちていく。
衣擦れの音と彼がもう一度深く吐いた息使いが、暗がりの中でやけに大きく聞こえた。
「私も……」
恋しかった……
そう告げようとしたところで、腰を撫でた彼の手が、パタリとシーツの上に落ちた。
おやっと瞬いて耳をそばだてて見れば、すうっと穏やかな寝息が聞こえる。
やはり相当疲れていたのだ。背中に回した手でトントンと叩いてやると彼が深く息を吐いて、きゅうっと抱き返してくる。その胸に頬を寄せて、私も目を閉じた。
++
翌朝、目を覚ますとすでに彼は隣に居なくて、私は慌てて飛び起きた。
簡単に身支度を整えようと、ベッドから這い出るタイミングになり寝室の扉が開いて、すでに王宮に上がるための身支度を整えた彼が入って来た。
「おはよう。起こしてしまったな」
扉から一直線に部屋に入ってきた彼は、額に口付けを落とす。
「今日も、こんな早くからお仕事なの?」
慌てて髪を撫でつけながら問えば、彼は困ったように眉を下げて肩を竦める。
「ひどいだろう? でも、あと数日の辛抱、のはずだ……」
そう言って少し何かを考えるように、遠くを見つめると、何かを決意したように表情を引き締めた。
「留守中の事とか……色々聞きたい事や話さないとならない事があるだろうから……できるなら今夜にでも時間がとれたらと思う」
うなずいて、彼の頬に手を伸ばす。
「私も……でも、くれぐれも無理しないで……まだ疲れがとれていないのだし」
昨晩は暗がりでしっかりと顔を見ることはできなかったけれど、明るい場所で見れば、目の下にはうっすらと隈が浮いているし、表情もどこか疲れている。
昨晩のように突然糸が切れてしまったように眠りにつくくらい追い込まれているのだろう。
自分の事であまり煩わせたくはない。
そう思ったのを、彼は一瞬にして理解したのだろう。「大丈夫だ」とわずかに頬を緩めて私の髪を撫でる。
「久しぶりにぐっすり眠れて、これでも今朝はスッキリしているんだよ。なるべく早く戻るようにするけれど、あまり遅くなるなら構わず眠てくれ」
そう言って、見上げている私の唇に触れるだけの口づけを落として、離れていく。
時間のない中で顔を見に来てくれたのだ。
「っ、いってらっしゃい」
慌ててその背を追うように声をかけると、扉を開いた彼が肩越しにこちらを振り返り、ひらりと手を振って、扉の向こう側へ消えて行った。
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