13 / 119
1日目
異常
しおりを挟む
――手のひらサイズの石だった。
振りかぶって猿のコメカミに石を叩きつける。猿は「ギャッ!?」と叫んで桃也から離れていった。
すぐさま銃を手に取り、猿に構える。氷華と同じ構え方。躊躇することなく桃也は引き金を引いた――。
「馬鹿――!!」
――が、外れた。見様見真似の付焼刃の撃ち方じゃあ当たらない。爆音を鳴らして銃弾は猿の横を飛んでいった。
「っっ……!!??」
自分で撃った。初めて撃った。なのに桃也は怯んだ。思っていたよりも大きな音。脳がシェイクされたかのようだ。
猿は怯むことがない。当たらないと分かっていたかのように。すぐさま桃也に襲いかかってきた。
動きは止まる。次はない。今度は逃げられない。鋼のような鉤爪が桃也を捉える。向かってくる爪に思わず目を瞑ってしまった――。
「――しゃがんで!!」
大きな声。反射的に体を縮める。
すぐ後に聞こえてきたのは――銃声だった。桃也と違って外すことは無い。猿の脚に命中している。
地面に崩れ落ちた。脚に空いた穴から血がドロドロと流れる。
「――ふぅ」
氷華が桃也の元に歩み寄る。どうやらしゃがんだ時に腰が抜けてしまったようだ。立ち上がることができていない。
「あなた……思ったよりもすごいね」
「褒めるよりも……先に手を貸してくれない?」
「……締まらない人」
手を貸してもらい、立ち上がる。なんか産まれたての小鹿のように足腰が震えている。
「よく反撃したね。普通なら動けないよ」
「たまたまだよ」
「そのたまたまを命の危機がある場面で拾えたのがすごいんだよ」
「ふぅん……女の子がタマタマとか言っちゃダメだよ」
「……うるさい」
銃身で桃也の頭を小突いた。震える足腰では、その程度の衝撃も支えられない。また地面に腰から落ちてしまった。
「なにすんだよ」
「なんて言うんだっけ……セクハラ?だっけ」
「言ったのはそっちだろ」
「言ってない。同音異義語ってやつだから」
「じゃあ言ってるじゃん」
……。2人は同時に吹き出した。ずっと無愛想な顔をしていた氷華だったが、初めて笑顔になる。
「ははは……あなた面白いね」
「そうか?」
「普通じゃない」
「それ言われて喜ぶのは中学生だけだぞ」
「じゃあ普通だね」
「俺の心は中学生だ」
吹き出しそうなのを我慢しながら、氷華は桃也に手を貸した。
立ち上がる時、桃也は木に隠れている小猿の姿を見た。体毛は綺麗な白色。山駆けと同じ色をしている。
「あれ子供か?」
「ん……そうだね」
山駆けは小猿に語りかけるように「キィキィ」と消えるような鳴き声で何かを伝えていた。親の言葉を小猿は寂しそうな顔で聞く。
猿にも感情はある。小猿は父親である山駆けを悲しそうな目で見つめながら、山の中へと消えていった。
「殺さなくてもいいのか?」
「子に罪はない。わざわざ死ぬ必要もないよ」
「そうか」
人が走ってくる音がする。銃声を聞きつけた村人が来ているのだろう。
「――あ、ヤバい」
「ん?あぁ、猿がまだ生きてたか」
「そう……だけど。はやく殺してあげないと」
氷華が銃口を猿に向ける。トドメをさすつもりだ。別に止めるつもりはない。自分も猿に殺されかかっていた。止める理由がない。
だがひとつの言葉が気になった。「はやく殺してあげないと」という言葉。なぜ早く殺さないといけないのか。苦しませないためか。それともまだ危ないのか。だが氷華は焦っているようにも見えた――。
「――氷華!猿を見つけたのか!」
銃声に駆けつけた村の猟師たちだ。手を振って走ってくる。氷華は残念そうな、青ざめたような顔でゆっくりと銃を下ろした。
「久しぶりに生かした状態じゃないか!よくやった!!」
猟師は氷華の頭をワシャワシャと撫でた。嬉しそう――じゃない。怯えたような、どこか悲しんでいるような表情だ。
「桃也くんも初めてなのに頑張ったな!」
「頑張ったって……俺は何もしてませんよ」
「謙遜するな。よくやったよ」
「……ありがとうございます」
肩をポンと叩かれた。猟師はまるで父親のような優しさを感じる。思わず安心感が生まれてしまった。
「――さて。じゃあ儀式を始めようか」
儀式。単語くらいは聞いたことがある。テレビの番組でもそういうのは見た。しかしなんだ。儀式をするなんて初めて聞いた。
不思議だった。これから何が始まるのか分からない。なぜか氷華は耳を押えて目を瞑っている。なにかを見ないようにするために。見たくないかのように。
――猟師が猿の腕を撃った。
痛みにもがく音。爪を地面に食い込ませ、聞いてて気分の悪くなるような、金切り声が山中に反響した。
「――!?」
猿は痛みで暴れている。木の葉を舞い散らせ、土をかきあげて。
猟師は猿の――腹部を撃った。
致命傷にはならなかったようだ。血は出ているようだが、息は全然ある。
痛みだ。猿の脳内を支配しているのは痛みである。痛みに慣れていない野生の猿は、泣きながら痛みに悶えていた。
猟師は猿の――片腕を切り落とした。
生きたままだ。背中から取り出したマチェットで片腕をストンと切り落とす。
もちろん血は出た。毛皮で見えなかった直の皮膚。奥にあるピンク色の筋肉が露出している。紐のような神経も見えた。
もちろん痛みに悶えている。喉が潰れたような声わ出していた。猿はまな板の上の鯉のように跳ね回っている。そんな猿を無慈悲に踏みつけて固定した。
当たり前かのように。猟師は淡々と猿を痛めつける。そこからは単純作業だった。
両足を切り落とす。
体の皮を剥がす。
歯を折る。
腕を折る。
舌を切り落とす。
目を抉り出す。
段々と猿の声は小さくなっていく。小さくなっても不快感は変わらない。むしろ小さくなる度に強くなっていく。
氷華はフルフルと辛そうな顔で震えている。耳を塞いでいても猿の声が聞こえてくるのだ。脳裏に焼き付いて反復し続ける。水色の目から涙がポロリと流れた。
そんな姿を。そんな声を。桃也は静かに見つめていた。
声は止んだ。猿の姿は――もはや原型がない。単なる肉塊だ。
猟師はやりきったような、爽やかな表情で額の汗を拭った。自分の手で猿を痛めつけた。それなのに一切の後悔を見せない。
変わらず氷華は震えて泣いている。声が止んだ今でも音が耳の中で流れていた。
「――氷華はまだ慣れないか。情けない……猟虎の妹だろ?もっとしゃんとしろ」
呆れたように氷華に言い放つ。耳を塞いでいるので聞こえてはいない。
「それに比べて……アンタは珍しいな。普通最初は戸惑うはずなのに」
「……戸惑ってはいる。なんのためにこんなことを?こんな……可哀想なこと」
猟師は少し黙ったあと、背筋が凍るようなおぞましい笑みを浮かべた。
『――神への供物は激しい感情である』
――桃也の耳は確かに聞いた。何度も脳内で反復する。何度も心の中で響き渡る。なんの意味だ。どういう意味だ。考えても桃也には分からない。
その言葉の意味。それが分かるのは、もう少し後になってからだった。
振りかぶって猿のコメカミに石を叩きつける。猿は「ギャッ!?」と叫んで桃也から離れていった。
すぐさま銃を手に取り、猿に構える。氷華と同じ構え方。躊躇することなく桃也は引き金を引いた――。
「馬鹿――!!」
――が、外れた。見様見真似の付焼刃の撃ち方じゃあ当たらない。爆音を鳴らして銃弾は猿の横を飛んでいった。
「っっ……!!??」
自分で撃った。初めて撃った。なのに桃也は怯んだ。思っていたよりも大きな音。脳がシェイクされたかのようだ。
猿は怯むことがない。当たらないと分かっていたかのように。すぐさま桃也に襲いかかってきた。
動きは止まる。次はない。今度は逃げられない。鋼のような鉤爪が桃也を捉える。向かってくる爪に思わず目を瞑ってしまった――。
「――しゃがんで!!」
大きな声。反射的に体を縮める。
すぐ後に聞こえてきたのは――銃声だった。桃也と違って外すことは無い。猿の脚に命中している。
地面に崩れ落ちた。脚に空いた穴から血がドロドロと流れる。
「――ふぅ」
氷華が桃也の元に歩み寄る。どうやらしゃがんだ時に腰が抜けてしまったようだ。立ち上がることができていない。
「あなた……思ったよりもすごいね」
「褒めるよりも……先に手を貸してくれない?」
「……締まらない人」
手を貸してもらい、立ち上がる。なんか産まれたての小鹿のように足腰が震えている。
「よく反撃したね。普通なら動けないよ」
「たまたまだよ」
「そのたまたまを命の危機がある場面で拾えたのがすごいんだよ」
「ふぅん……女の子がタマタマとか言っちゃダメだよ」
「……うるさい」
銃身で桃也の頭を小突いた。震える足腰では、その程度の衝撃も支えられない。また地面に腰から落ちてしまった。
「なにすんだよ」
「なんて言うんだっけ……セクハラ?だっけ」
「言ったのはそっちだろ」
「言ってない。同音異義語ってやつだから」
「じゃあ言ってるじゃん」
……。2人は同時に吹き出した。ずっと無愛想な顔をしていた氷華だったが、初めて笑顔になる。
「ははは……あなた面白いね」
「そうか?」
「普通じゃない」
「それ言われて喜ぶのは中学生だけだぞ」
「じゃあ普通だね」
「俺の心は中学生だ」
吹き出しそうなのを我慢しながら、氷華は桃也に手を貸した。
立ち上がる時、桃也は木に隠れている小猿の姿を見た。体毛は綺麗な白色。山駆けと同じ色をしている。
「あれ子供か?」
「ん……そうだね」
山駆けは小猿に語りかけるように「キィキィ」と消えるような鳴き声で何かを伝えていた。親の言葉を小猿は寂しそうな顔で聞く。
猿にも感情はある。小猿は父親である山駆けを悲しそうな目で見つめながら、山の中へと消えていった。
「殺さなくてもいいのか?」
「子に罪はない。わざわざ死ぬ必要もないよ」
「そうか」
人が走ってくる音がする。銃声を聞きつけた村人が来ているのだろう。
「――あ、ヤバい」
「ん?あぁ、猿がまだ生きてたか」
「そう……だけど。はやく殺してあげないと」
氷華が銃口を猿に向ける。トドメをさすつもりだ。別に止めるつもりはない。自分も猿に殺されかかっていた。止める理由がない。
だがひとつの言葉が気になった。「はやく殺してあげないと」という言葉。なぜ早く殺さないといけないのか。苦しませないためか。それともまだ危ないのか。だが氷華は焦っているようにも見えた――。
「――氷華!猿を見つけたのか!」
銃声に駆けつけた村の猟師たちだ。手を振って走ってくる。氷華は残念そうな、青ざめたような顔でゆっくりと銃を下ろした。
「久しぶりに生かした状態じゃないか!よくやった!!」
猟師は氷華の頭をワシャワシャと撫でた。嬉しそう――じゃない。怯えたような、どこか悲しんでいるような表情だ。
「桃也くんも初めてなのに頑張ったな!」
「頑張ったって……俺は何もしてませんよ」
「謙遜するな。よくやったよ」
「……ありがとうございます」
肩をポンと叩かれた。猟師はまるで父親のような優しさを感じる。思わず安心感が生まれてしまった。
「――さて。じゃあ儀式を始めようか」
儀式。単語くらいは聞いたことがある。テレビの番組でもそういうのは見た。しかしなんだ。儀式をするなんて初めて聞いた。
不思議だった。これから何が始まるのか分からない。なぜか氷華は耳を押えて目を瞑っている。なにかを見ないようにするために。見たくないかのように。
――猟師が猿の腕を撃った。
痛みにもがく音。爪を地面に食い込ませ、聞いてて気分の悪くなるような、金切り声が山中に反響した。
「――!?」
猿は痛みで暴れている。木の葉を舞い散らせ、土をかきあげて。
猟師は猿の――腹部を撃った。
致命傷にはならなかったようだ。血は出ているようだが、息は全然ある。
痛みだ。猿の脳内を支配しているのは痛みである。痛みに慣れていない野生の猿は、泣きながら痛みに悶えていた。
猟師は猿の――片腕を切り落とした。
生きたままだ。背中から取り出したマチェットで片腕をストンと切り落とす。
もちろん血は出た。毛皮で見えなかった直の皮膚。奥にあるピンク色の筋肉が露出している。紐のような神経も見えた。
もちろん痛みに悶えている。喉が潰れたような声わ出していた。猿はまな板の上の鯉のように跳ね回っている。そんな猿を無慈悲に踏みつけて固定した。
当たり前かのように。猟師は淡々と猿を痛めつける。そこからは単純作業だった。
両足を切り落とす。
体の皮を剥がす。
歯を折る。
腕を折る。
舌を切り落とす。
目を抉り出す。
段々と猿の声は小さくなっていく。小さくなっても不快感は変わらない。むしろ小さくなる度に強くなっていく。
氷華はフルフルと辛そうな顔で震えている。耳を塞いでいても猿の声が聞こえてくるのだ。脳裏に焼き付いて反復し続ける。水色の目から涙がポロリと流れた。
そんな姿を。そんな声を。桃也は静かに見つめていた。
声は止んだ。猿の姿は――もはや原型がない。単なる肉塊だ。
猟師はやりきったような、爽やかな表情で額の汗を拭った。自分の手で猿を痛めつけた。それなのに一切の後悔を見せない。
変わらず氷華は震えて泣いている。声が止んだ今でも音が耳の中で流れていた。
「――氷華はまだ慣れないか。情けない……猟虎の妹だろ?もっとしゃんとしろ」
呆れたように氷華に言い放つ。耳を塞いでいるので聞こえてはいない。
「それに比べて……アンタは珍しいな。普通最初は戸惑うはずなのに」
「……戸惑ってはいる。なんのためにこんなことを?こんな……可哀想なこと」
猟師は少し黙ったあと、背筋が凍るようなおぞましい笑みを浮かべた。
『――神への供物は激しい感情である』
――桃也の耳は確かに聞いた。何度も脳内で反復する。何度も心の中で響き渡る。なんの意味だ。どういう意味だ。考えても桃也には分からない。
その言葉の意味。それが分かるのは、もう少し後になってからだった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
M性に目覚めた若かりしころの思い出 その2
kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、終活的に少しづつ綴らせていただいてます。
荒れていた地域での、高校時代の体験になります。このような、古き良き(?)時代があったことを、理解いただけましたらうれしいです。
一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
M性に目覚めた若かりしころの思い出
kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。
一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる