18 / 119
2日目
威圧
しおりを挟む
――まるで樹齢数百年の木。木目のようなシワが顔全体を覆っている。うっすらと開いている目には煌びやかな眼差しが刺していた。
一瞬。体が硬直する。神経が凍りついたような感覚。皮膚に薄氷が張り付いたかのようだ。
瞬きができない。老人から目を離すことができない。視界が徐々にブレはじめる。乾いていく――。
「そう緊張するな。座っていいぞ」
猟虎の声。溶けた神経を使って畳に座り込む。冷や汗が頬を一つ伝った。
「この人に会ったことは?」
「い、いや。お初にお目にかかります」
「かしこまってんなぁ。まぁ神蔵さんは怖いからな。初対面なら仕方ない」
ラフだ。落ち着く。さっきまでの凍りつくような恐ろしさが、猟虎のおかげで和らいだ。
「今日来たのは……猟師になりたいんだな?」
「はい」
「噂は聞いてるぞ。あの山駆けを仕留めたんだってな。すごいじゃないか。狩りは初めてだったんだろ?」
「倒してなんか……氷華さんが居なければ死んでました」
謙遜ではない。事実である。氷華が居なければ猿に殺されていた。一歩間違えたら死んでいた。
死の恐怖。常人ならトラウマになっているだろう。今でも思い出すだけでゾクゾクする。だが桃也はあの時の状況を思い出して――少し笑っていた。
「まぁ初心者にしては十分以上だ。否定する理由もない――今日からお前は八月村の猟師だ」
ぼーっとしていた桃也の背中を氷華が叩く。
「お礼を言って頭を下げて」
「え?」
「それがしきたりなの」
「先に言えよ」と言いそうになった口を閉じつつ、氷華の言うとおりに頭を下げた。
「――ありがとうございます」
襖を開けて廊下へと出る。しきたりは終わった。次は猟銃を貰わないといけない。
銃があるのは隣の蔵。別に猟虎から貰う必要はない。なので氷華に連れられながら、桃也は蔵へと向かった。
居間から歩いていく2人を見送りながら猟虎は力を抜く。
「……どう?アイツがさっき言っていた男だけど」
座布団で正座したまま。銅像のように動かない神蔵に話しかける。
「初めての狩りで俺らですら苦戦した山駆けを倒してる。しかも昨日の試練では、おそらく歴史上で初めて生贄に適さないヤツ。……放っておくには惜しい」
塞がれていた瞼がゆっくりと開かれていく。
「――アレは悪魔だ」
低い、低い声。全てを押しつぶすような重厚感。偶然か必然か、何もしてないのに近くの木材がミシミシと鳴った。
猟虎は何も言わない。動かない。神蔵の言葉に耳を傾ける。
「目で分かる。こちら側の人間。人殺しの目だ」
猟虎は微笑む。それは「やっぱりな」と言っているかのように。
「放っておけば厄災を招く……違う。アイツそのものが――厄災か」
「厄災……神蔵じいちゃんが言うのなら間違いないね。蓮見おじさんは始末を後回しにするとか言ってたけど」
「できれば迅速に行なえ。だが気おつけろ。ああいう男を殺すのは――骨が折れるぞ」
坂野家の蔵。掃除が行き届いている蔵の中には、古い銃と数多くの弾があった。
「――ん」
見たことないような圧巻の景色に見とれていた桃也に銃を投げ渡す。
「これ……昨日のやつか」
昨日も使っていた銃だ。手入れが行き届いている。金属部分が光に反射していた。木目も美しい。見とれてしまう。
ひとつの芸術作品としても提出できそうだ。まだ何も分からない素人だが、桃也はこれからのことを考えてワクワクしてくる。
ワクワクするのは簡単だ。だが桃也はひとつ疑問を持っていた。
「……あのおじいさんは誰だ?神蔵さんとか言ってたけど」
あの異様な威圧感を持っていたおじいさん。桃也はおじいさんが気になっていた。
「あの人は遠藤神蔵。八月村で1番の年長者。遠藤家の元当主」
「元当主ね……どおりで貫禄があるわけだ」
「私も昔からお世話になってる。いい人だよ」
「人は見かけによらないからな」
一瞬。体が硬直する。神経が凍りついたような感覚。皮膚に薄氷が張り付いたかのようだ。
瞬きができない。老人から目を離すことができない。視界が徐々にブレはじめる。乾いていく――。
「そう緊張するな。座っていいぞ」
猟虎の声。溶けた神経を使って畳に座り込む。冷や汗が頬を一つ伝った。
「この人に会ったことは?」
「い、いや。お初にお目にかかります」
「かしこまってんなぁ。まぁ神蔵さんは怖いからな。初対面なら仕方ない」
ラフだ。落ち着く。さっきまでの凍りつくような恐ろしさが、猟虎のおかげで和らいだ。
「今日来たのは……猟師になりたいんだな?」
「はい」
「噂は聞いてるぞ。あの山駆けを仕留めたんだってな。すごいじゃないか。狩りは初めてだったんだろ?」
「倒してなんか……氷華さんが居なければ死んでました」
謙遜ではない。事実である。氷華が居なければ猿に殺されていた。一歩間違えたら死んでいた。
死の恐怖。常人ならトラウマになっているだろう。今でも思い出すだけでゾクゾクする。だが桃也はあの時の状況を思い出して――少し笑っていた。
「まぁ初心者にしては十分以上だ。否定する理由もない――今日からお前は八月村の猟師だ」
ぼーっとしていた桃也の背中を氷華が叩く。
「お礼を言って頭を下げて」
「え?」
「それがしきたりなの」
「先に言えよ」と言いそうになった口を閉じつつ、氷華の言うとおりに頭を下げた。
「――ありがとうございます」
襖を開けて廊下へと出る。しきたりは終わった。次は猟銃を貰わないといけない。
銃があるのは隣の蔵。別に猟虎から貰う必要はない。なので氷華に連れられながら、桃也は蔵へと向かった。
居間から歩いていく2人を見送りながら猟虎は力を抜く。
「……どう?アイツがさっき言っていた男だけど」
座布団で正座したまま。銅像のように動かない神蔵に話しかける。
「初めての狩りで俺らですら苦戦した山駆けを倒してる。しかも昨日の試練では、おそらく歴史上で初めて生贄に適さないヤツ。……放っておくには惜しい」
塞がれていた瞼がゆっくりと開かれていく。
「――アレは悪魔だ」
低い、低い声。全てを押しつぶすような重厚感。偶然か必然か、何もしてないのに近くの木材がミシミシと鳴った。
猟虎は何も言わない。動かない。神蔵の言葉に耳を傾ける。
「目で分かる。こちら側の人間。人殺しの目だ」
猟虎は微笑む。それは「やっぱりな」と言っているかのように。
「放っておけば厄災を招く……違う。アイツそのものが――厄災か」
「厄災……神蔵じいちゃんが言うのなら間違いないね。蓮見おじさんは始末を後回しにするとか言ってたけど」
「できれば迅速に行なえ。だが気おつけろ。ああいう男を殺すのは――骨が折れるぞ」
坂野家の蔵。掃除が行き届いている蔵の中には、古い銃と数多くの弾があった。
「――ん」
見たことないような圧巻の景色に見とれていた桃也に銃を投げ渡す。
「これ……昨日のやつか」
昨日も使っていた銃だ。手入れが行き届いている。金属部分が光に反射していた。木目も美しい。見とれてしまう。
ひとつの芸術作品としても提出できそうだ。まだ何も分からない素人だが、桃也はこれからのことを考えてワクワクしてくる。
ワクワクするのは簡単だ。だが桃也はひとつ疑問を持っていた。
「……あのおじいさんは誰だ?神蔵さんとか言ってたけど」
あの異様な威圧感を持っていたおじいさん。桃也はおじいさんが気になっていた。
「あの人は遠藤神蔵。八月村で1番の年長者。遠藤家の元当主」
「元当主ね……どおりで貫禄があるわけだ」
「私も昔からお世話になってる。いい人だよ」
「人は見かけによらないからな」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる