レッドリアリティ

アタラクシア

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3日目

到着

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ガサガサと動く森。走る自動車の音は自然の中とは不釣り合いである。舗装された道路を走っておいてそれはないか。

車の中は涼しい。最近は暑くなってきている。地球温暖化というヤツだ。どうやら熱中症の人も増えてきているらしい。

病院の人は大変だな。なんてことを考えながら、小次郎は車の音楽を変えた。最近の歌はあまり好まない。やはり小粋なジャズが聞いてて心地よくなる。

嫁は『恋』やら『恋ダンス』やらにハマっているようだ。ずっと子供とちょこちょこ踊っている。何回か付き合わされたのを思い出した。

多少は体力に自信があったが、年頃の子供相手では勝てない。翌日は筋肉痛で倒れそうになっていた。



ジャズに合わせて鼻唄を歌いながら車を運転していると、男が突っ立っている姿が見えた。――ここは目的地八月村周辺である。

歩いているのでは無い。突っ立っているのだ。奇妙である。不思議である。とりあえず車で男に近づく。

男は小次郎に反応したのか、少し睨みつけたように車を見つめている。小次郎の方も警戒しながら車窓を開けた。

「――どうかされたんですか?」
「そっちこそどうかしたのか。この先は村しかねぇぞ」
「その村に用があるんです」
「……用?」
「八月村に友人が移住してきたんだ。今日は引っ越し祝いを」

男が助手席の方に目を滑らせる。瓶ビールが数本。おつまみもあった。子供用のおもちゃまである。

「……羽衣桃也の友人だな」
「はい、そうです」

信じてくれたようだ。大きくなっていた心臓の音は徐々に小さくなっていた。

「あなたはここで何を?」
「昨日の夜に獣が忍び込んだ。この近くにいるかもしれない。だからここで見張ってんだ」
「へぇ……それは大変ですね」
「お前も気おつけろや」
「ありがとうございます」





――のどかな村。小次郎の第一印象はそうだった。

木造建築が多い家。中途半端に舗装された道路。家よりも面積の大きい畑。どれもこれも田舎を感じさせてくる。

どこか安心感があった。別に実家かが田舎にある、というわけでもない。存在しない記憶が蘇ってきたかのようだ。


村に入って2分ほど。一際大きい田んぼの前に桃也の家がある。年季を感じる古き良き木造建築だ。縁側も静かで気持ちよさそう。

こういう場所で日本酒を飲むのに憧れていた。ひょうたんに日本酒を入れて零しながら飲む……くだらないことだが、ロマンはそういうものだ。

持ってきたのはただの瓶ビール。「日本酒持ってきたらよかったな」と呟きながら、道の橋に車を停めた。


扉を叩く。チャイムが無いのは不便だ。扉を叩く音に気がつかなければ、声を上げるしかない。

「おーい!俺だ!小次郎だ!」

強く声を張り上げる。だけど反応はない。時間は10時。眠っている時間としても考えにくい。眠っている人は眠っているだろうが。

桃也から「凛が元気で困る」と聞いていた。子供は早起きだ。元気ならなおさら。少し――不自然だ。


とりあえず縁側の方まで歩いていく。乱雑に生え散らかった草を踏みつける。虫が靴の上に這い上がってくる感覚が気持ち悪い。

だがもっと気持ち悪い場面を見てるし、触ったことがある。刑事はそういうものだ。別に躊躇なく歩いた。

――覗き込んでみる。不思議なものはない。というか人がいる気配もない。ギリギリ見える台所には食器もあった。しかもついさっきまで居たような跡もある。

「……?」

失踪……。嫌な言葉が頭に浮かんだ。ただでさえ乙音の件で敏感になっているのだ。また友人が失踪なんてしたら精神を病んでしまう。

でも絶対に居ないとは言いきれない。上がってもいいのか。刑事としてはどうかとも思うが、小次郎は縁側に足をかけた。



「――おい、あんたぁ?」

後ろからの声に反応する。居たのは老人。時斜だ。小次郎は初対面なので名前を知らない。

「害人か?盗っ人か?」
「外人……?あ、いやいや。ここの住人の友人です。羽衣桃也ってやつの」
「ほぇ、桃也さんの友達かい。ならタイミングが悪かったね。――ここの人たち。どっか行っちまったよ」
「――は?」


予想もしてなかった……いや、頭の片隅にあった最悪の答えが出てきた。

「どっか行ったって……いつですか!?」
「さぁね。私が今朝見に来た時にはもういなかったよ」
「……な、なんで」
「知らないよ。でも桃也君は来た時からおかしかったからねぇ。子供に暴力を振るってるかもって噂もあったし――」
「――そんなわけないでしょう!!」

声を張り上げる。時斜もビックリとした様子。しかしすぐに睨みつけるような顔へと変貌した。

いつの間にか周りにいた村人たち。全員が小次郎を睨みつけている。同調圧力、というと意味が違うが、どれにしろ圧力をかけていることは確かだ。

しかし小次郎は怯みすらしない。怒った表情のまま、時斜に詰め寄った。

「そりゃ変なところはありましたが、アイツは悪いヤツじゃありません!!ましてや娘に暴力を振るうようなヤツじゃない!!桃也を悪く言うのは許しませんよ!!」
「……そんなこと言ったってねぇ。昨日、実際に殴られた人もいるから」
「殴られた……?」

狼狽える。自分の思っていた桃也の像と違う。桃也はそんな暴力を振るうようなヤツじゃなかった。――少なくとも小次郎の中では。

「なんなら今から行くかい?殴られたさんの所に」
「……はい」

嘘に決まっている。小次郎は確信していた。
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