レッドリアリティ

アタラクシア

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3日目

気合

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強く踏み込む。力を解放。まずは岩に飛び乗った。引きちぎれそうな筋繊維を総動員して2度目のジャンプをする。

枝に手を引っ掛けることができた。跳躍で弱まった重力。腕を強く引き付けて体を上へと押し上げる。

ほとんど垂直の木を踏み込み、さらに上へと移動する。一際大きな枝に足を置いた。


逃がすまいと走る義明よりも、殺そうとする神蔵の方が速かった。小次郎が枝を踏んだと同時に――飛び上がった。

刀は逆手。下から上へと切り上げるように刃が向かってくる。――届く。絶対に届く。死にはしないだろうが、脚はダメになる。

そうなると逃げることは不可能だ。神経。筋肉。巡る血液。つま先まで伸びるほどの力で跳んだ。

塀が高い。指を鉤爪のようにして上に引っ掛けた。前腕に全ての力を込め、塀の上まで体全体を持っていく。

――枝が切れる音がした。神蔵がちょうど枝を切り落としたのだ。足が凍えたかのように冷たくなった気分。無理やり解凍して動かす。

飛び降りた。塀の高さは4mほど。打ちどころが悪かったら折れるかも。それを考えたのは地面に着地する直前だった――。



「いっっ――!!」

雷に撃たれたかのように脚が痛む。関節が絶叫する。下半身が石像になったかのように固まる。足の指。骨の関節が全て繋がったかのように動かない。

だけど骨は折れなかった。運がいいのか悪いのか。とにかく折れなかった。なら動ける。逃げられる。


痛み続ける脚。歯を食いしばって耐える。場所は山だ。正面は道路。逆に裏側は山だった。これは好都合だ。

痺れる脚で山を登るのはしんどい。止まりそうになる呼吸。死ぬよりかはマシだ。そう頭で反芻しながら脚を動かした。





刀を鞘に収める。義明はため息をつきながら神蔵へと近寄ってきた。

「……体は痛くないか?父さん」
「痛いに決まってるだろう」

表情ひとつ変えずに言い放つ。

「無理に出てこなくても、私だけで対処できた」
「2人がかりで無理な相手だ。お前一人でも無理だっただろう」
「父さんが邪魔した」
「父親のせいにするもんじゃないぞ」


2人の後ろから近づいてくる猟虎。義明はそんな猟虎を睨みつけた。

「おー。義明おじさんと神蔵じいちゃんの2人から逃げられたのかよあの刑事さん。すげぇな」
「お前……なぜ手伝わなかった」
「俺なんも持ってきてないし。銃がない俺じゃ足でまといにしかならないだろ?」

ハッハッハと高笑いする。義明は猟虎をチョップした。


「――今日は動きすぎた。儂は寝る」
「そう?おやすみ神蔵じいちゃん」

ヨタヨタとぎこちない動きで家へと戻っていく。

「……無理はするなよ父さん。もう体ボロボロだろ?」
「お前が心配するな。儂はもう家長じゃない。遠藤家を引っ張るのは――お前だ。儂は死んでも問題なんてない」
「そんなこと……言わないでくれよ」


襖を閉める神蔵を2人は見つめていた。

「――さて。面倒事がひとつ増えたな」
「義明おじさん胃薬とかいる?」
「いらん。それよりも羽衣桃也の首を持ってこい」

義明も走ったはずだが、息は正常に戻っている。何もしていない猟虎と呼吸するタイミングが同じであった。

意図的にではない。たまたまだが歩き出すタイミングも同じ。2人とも正面玄関の方向へと歩いていった。

「猟虎。氷華の様子はどうだ?」
「は?……別に普通だけど」
「今日は何をしている?」
「朝から出てったよ。他の猟師とか執行教徒と混じって羽衣桃也を探してる」
「そうか」

訝しむ。猟虎には、なぜそんなことを聞いてくるのか分からなかった。

「……どうしたんだ?」
「裏切ってる可能性がある」



猟虎の足が止まった。少し進んで義明の足も止まる。

「――何言ってんだよ」
「他の執行教徒から『氷華が桃也をきにかけている』と聞いた。肩入れしているかもしれない」
「氷華がそんなことするわけないだろう」
「……昨日、木下さんから苦情が来ていたぞ。氷華ちゃんに殴られた、って」
「あれは儀式に遅れたアイツの責任だ。氷華は守ったわけじゃない」
「狩りも一緒に行っていたそうだな。ずっと2人で。昨日の早朝にも出ていってた」
「羽衣桃也は狩りのことを知らなかったんだ。教えてたんだろ。あいつは優しいやつだからな」

どんどんと口調が強くなっていく。時間と比例するように言葉に怒りが込められていく。

「そうだ。私も知っている。氷華は優しい子だ。――だからこそ心配なのだ」
「な、なんだよ」
「あの子は儀式を嫌っている。できるだけ見ないようにしていたらしいな。裏切る可能性がゼロ、なんてことはない」
「馬鹿言うな。アイツだって『教育』のことは知ってる。いくらあの子が優しいとはいえ、わざわざ自分から拷問されに行くような子じゃない!」


義明は驚くほど冷静だった。怒っている猟虎を冷たい眼差しで見ている。

「……だといいんだがな」

また背を向けて歩き出した。疑っている。自分の妹が疑われている。世話になった人とはいえ、猟虎は怒りを向けていた。

……だが自分でも思わなかったわけじゃない。確かに桃也を気にする場面は多かった。気になることが多かった。

でも氷華には教えている。八月村を裏切るようなことをすれば教育という名のがおこなわれることを。

だからするはずがない。するはずがないのだ。そう言い聞かせる。言い聞かせる。そうするしかなかった。

「するはずがない……氷華がそんなこと」

とても小さい声で呟く。何度も何度も。義明の背中を見つめながら――。
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