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3日目
逃避
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「……なるほどね」
全てを聴き終わった桃也は両手に刺さっていた木の棒を引っこ抜いた。
「いっっ――!」
塞がれていた物が抜かれて血がトポトポと流れている。神経が削れた。痛みで両手が震えてしまう。
歯茎も痛い。呼吸するだけで染みる。唾液でも染みてくる。口内が触れているだけで泣きそうになった。
「お前らが狂ってることはわかった」
唇をめくって空気を当てている氷華にナイフを投げ渡す。いきなりだったので反応できずに落としてしまった。
「乙音はまだ生きてるか?」
「……うん。もう瀕死だと思うけど」
「――いい誤算だ」
遠くに投げたライフルを氷華に渡す。まだ恐怖があるようで、かなり震えながらそれを受け取った。
「お前には手伝ってもらうぞ」
「え……?」
「乙音を助け出す」
「なっ……!?」
襟を掴んで猫のように氷華を立たせる。
「助け……助け出す!?」
「逃げるのはそれからだ。夜に忍び込んで乙音を助ける。そこから美結と合流して山を歩く」
「む、無茶だよ……見つかったら――」
「黙れ。文句言うな。もう一度やられたいか?」
「や……いや……です」
「なら今から俺の言う通りにしろ。まずは――」
その後、氷華は桃也の家から殺人鬼時代の服と台所の包丁を持ってきた。武器無しはさすがに心もとない。
このまま逃げることだってできた。居場所を告発することもできた。こんな目に合わせてきたんだからするのが普通だ。
でも――氷華はしなかった。理由は後に分かることとなる。
「――私は裏切る気はない」
同情の目を向けていた小次郎に言い放つ。
「あの男が怖いのもある。でも……あの男なら……桃也なら……この狂った儀式を終わらせられると思うから」
「氷華……ちゃん」
「ちゃん付けはやめて」
「あ、ごめん」
氷華は小次郎に背を向けた。天の川のように目を奪われるほど美麗な髪の毛がサラりと揺れた。
「……言われた通りに。美結さんと凛ちゃんは悪くないから。守ってあげてね」
「……わかったよ」
村へと一歩踏み出した。小次郎に見向きをすることもなく。
小屋まで戻るのに時間がかかってしまった。そもそも殆ど初見の小屋の位置を完全に覚えているわけが無い。
もっと教えてくれればいいが、そこはフィジカルで頑張った。森は方角が分からなくと言うが、事実らしい。
とにかく時間がかかってしまった。扉をガンガンと叩く。これで音がしなかったら――考えるだけで脳が凍りついてくる。
「俺です!小次郎です!」
扉の奥に2人がいることを願って。周りに黒服の人たちがいないことを願って。
「……小次郎さん?」
か細い声が扉から聞こえてきた。安らぐ心で安心とはよく言ったものだ。呼吸を整えながら扉を開ける。
様子は来た時と変わっていない。眠っている凛を撫でている美結がいるだけである。
「あぁ良かった……誰か来ましたか?」
「誰かが1回近くを通って……家には来なかったから知らない人だと……」
「やっぱり近くにいるのか。でも安心してください。私がいます」
「小次郎さんが?なら安心ですね」
優しく微笑む。一瞬その笑顔が女神のように見えた。……とても美結は綺麗だ。淡いランタンの光が美結を照らしている。
考えてはダメなことだ。しかしどうしても自分の妻と比べてしまう。年齢的には大差ないはず。なのに目が惹かれる美しさがある。
こんな人と結婚してみたかった。心の底から思うと同時に、桃也を羨ましく思う。こんな状況で不謹慎ではあるが。
壁にもたれかかって地面に座る。煙草でも吸ってたらかっこいいのだろうが、残念なことに煙草は持っていない。そもそも苦手だし。
疲れきって乳酸が溜まった脚がじんわりと溶けていく。これはいい。動かなければ無くなった体力を戻すことができるだろう。
「……」
「……」
なんだか気まずい。よく考えれば友人の妻と二人っきりは気まずいのは当然だ。不倫関係でもない限り。
でも話題が無いわけじゃない。むしろ聞きたいことがあった。聞にくいだけである。
友人の、それも友人の妻のプライベートに踏み込んでもいいものか。――気になる。やはり聞いてみたい。
「……聞いてもいいですか?」
「え?何をです?」
「桃也と結婚した理由を」
予想外の質問だったようだ。目を丸くした後、頬を少し赤らめた。
「えっと……ひとめぼれ……です」
「一目惚れ?」
「大学のサークルが一緒で……それで好きになって……」
「へぇ。アイツ見た目良かったですか?」
「タイプ……でした」
「いいなぁー。俺も一目惚れとかされたかったなぁ」
当たり障りのない会話だ。だが思っていた答えは得られなかった。
「桃也の昔話とか聞いてみたいです」
「桃也のこと?まぁネタには事欠かないやつですけど」
「昔からあんな変な人なんですか?」
「そりゃあもう。小学生の時とか――」
……それでもいい。昔話を思い出してると、桃也が殺人鬼であることを忘れることができる。話をしていると忘れることができる。
現実逃避でしかないことは知っている。でもこんな状況は既に現実離れしている。なら逃避くらいさせてくれてもいい。神様も許してくれるはずだ。
全てを聴き終わった桃也は両手に刺さっていた木の棒を引っこ抜いた。
「いっっ――!」
塞がれていた物が抜かれて血がトポトポと流れている。神経が削れた。痛みで両手が震えてしまう。
歯茎も痛い。呼吸するだけで染みる。唾液でも染みてくる。口内が触れているだけで泣きそうになった。
「お前らが狂ってることはわかった」
唇をめくって空気を当てている氷華にナイフを投げ渡す。いきなりだったので反応できずに落としてしまった。
「乙音はまだ生きてるか?」
「……うん。もう瀕死だと思うけど」
「――いい誤算だ」
遠くに投げたライフルを氷華に渡す。まだ恐怖があるようで、かなり震えながらそれを受け取った。
「お前には手伝ってもらうぞ」
「え……?」
「乙音を助け出す」
「なっ……!?」
襟を掴んで猫のように氷華を立たせる。
「助け……助け出す!?」
「逃げるのはそれからだ。夜に忍び込んで乙音を助ける。そこから美結と合流して山を歩く」
「む、無茶だよ……見つかったら――」
「黙れ。文句言うな。もう一度やられたいか?」
「や……いや……です」
「なら今から俺の言う通りにしろ。まずは――」
その後、氷華は桃也の家から殺人鬼時代の服と台所の包丁を持ってきた。武器無しはさすがに心もとない。
このまま逃げることだってできた。居場所を告発することもできた。こんな目に合わせてきたんだからするのが普通だ。
でも――氷華はしなかった。理由は後に分かることとなる。
「――私は裏切る気はない」
同情の目を向けていた小次郎に言い放つ。
「あの男が怖いのもある。でも……あの男なら……桃也なら……この狂った儀式を終わらせられると思うから」
「氷華……ちゃん」
「ちゃん付けはやめて」
「あ、ごめん」
氷華は小次郎に背を向けた。天の川のように目を奪われるほど美麗な髪の毛がサラりと揺れた。
「……言われた通りに。美結さんと凛ちゃんは悪くないから。守ってあげてね」
「……わかったよ」
村へと一歩踏み出した。小次郎に見向きをすることもなく。
小屋まで戻るのに時間がかかってしまった。そもそも殆ど初見の小屋の位置を完全に覚えているわけが無い。
もっと教えてくれればいいが、そこはフィジカルで頑張った。森は方角が分からなくと言うが、事実らしい。
とにかく時間がかかってしまった。扉をガンガンと叩く。これで音がしなかったら――考えるだけで脳が凍りついてくる。
「俺です!小次郎です!」
扉の奥に2人がいることを願って。周りに黒服の人たちがいないことを願って。
「……小次郎さん?」
か細い声が扉から聞こえてきた。安らぐ心で安心とはよく言ったものだ。呼吸を整えながら扉を開ける。
様子は来た時と変わっていない。眠っている凛を撫でている美結がいるだけである。
「あぁ良かった……誰か来ましたか?」
「誰かが1回近くを通って……家には来なかったから知らない人だと……」
「やっぱり近くにいるのか。でも安心してください。私がいます」
「小次郎さんが?なら安心ですね」
優しく微笑む。一瞬その笑顔が女神のように見えた。……とても美結は綺麗だ。淡いランタンの光が美結を照らしている。
考えてはダメなことだ。しかしどうしても自分の妻と比べてしまう。年齢的には大差ないはず。なのに目が惹かれる美しさがある。
こんな人と結婚してみたかった。心の底から思うと同時に、桃也を羨ましく思う。こんな状況で不謹慎ではあるが。
壁にもたれかかって地面に座る。煙草でも吸ってたらかっこいいのだろうが、残念なことに煙草は持っていない。そもそも苦手だし。
疲れきって乳酸が溜まった脚がじんわりと溶けていく。これはいい。動かなければ無くなった体力を戻すことができるだろう。
「……」
「……」
なんだか気まずい。よく考えれば友人の妻と二人っきりは気まずいのは当然だ。不倫関係でもない限り。
でも話題が無いわけじゃない。むしろ聞きたいことがあった。聞にくいだけである。
友人の、それも友人の妻のプライベートに踏み込んでもいいものか。――気になる。やはり聞いてみたい。
「……聞いてもいいですか?」
「え?何をです?」
「桃也と結婚した理由を」
予想外の質問だったようだ。目を丸くした後、頬を少し赤らめた。
「えっと……ひとめぼれ……です」
「一目惚れ?」
「大学のサークルが一緒で……それで好きになって……」
「へぇ。アイツ見た目良かったですか?」
「タイプ……でした」
「いいなぁー。俺も一目惚れとかされたかったなぁ」
当たり障りのない会話だ。だが思っていた答えは得られなかった。
「桃也の昔話とか聞いてみたいです」
「桃也のこと?まぁネタには事欠かないやつですけど」
「昔からあんな変な人なんですか?」
「そりゃあもう。小学生の時とか――」
……それでもいい。昔話を思い出してると、桃也が殺人鬼であることを忘れることができる。話をしていると忘れることができる。
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