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3日目
母親
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――少し前。
桃也たちが山を降りた時のこと。美結と凛がいる山小屋の周辺に執行教徒が来ていた。
外から聞こえてくる足跡。美結も凛も足音が人か獣かも分からない。熊でも出たら大変だ。捕まるとか捕まらないとかの話でもなくなる。
戦闘をすることだってできない。今はただ桃也たち3人の帰りを待つしかないのだ。それが何よりも恐ろしい。
「……大丈夫だからね」
「うん……」
そう言われつつも、凛は安心できない様子だ。美結にずっと抱きついて離さない。
おおよそ子供が受けるべきでは無い量のストレスが凛に覆いかぶさっている。歩く音の度に心臓がドクンと強く跳ねた。
外にいるのは獣じゃなく人間。それも美結と凛を捕まえようとしている執行教徒たちである。その中には――椿がいた。執行教徒なので当たり前と言えば当たり前だが。
数は5人。椿は小屋の前で立ち止まっていた。手には刀。戦闘準備はできている。しかし扉に手をかけることはできない。
「……」
「ど、どうします?」
「うぅん……調べたいんだけど……」
小屋には『坂野家所持』と書かれてある。文字通り捉えるなら坂野家が所有している土地だ。入るには許可がいる。
「こんな場所になんで小屋が……」
「昼間もこの場所を見たんですけどね。さすがに勝手に入るのはって」
「氷華とか猟虎に何か聞かなかったの?」
「いやぁ。そもそも見かけなかったから」
頭を抱えて考える。無理やり入ることは可能だ。鍵がかけられているとはいえ、この人数なら簡単に壊せる。
「……壊したら後で怒られるかもね」
「ですがこの怪しい場所を探さない手はないですよ」
「うーん……」
扉が何度か揺れた。誰かが小屋を開けようとしている。――合図の言葉はなし。敵だ。誰か分からないが、敵だ。
「……凛。ちょっと待ってて」
凛を撫でて抱擁を解く。素直に凛は従った。その場にゆっくりとへたり込む。
美結は扉の前まで移動した。ボロボロの扉には穴が空いている。見える景色はかなり細くて小さい。
それでも見えた。黒い服。銀色に輝く武器。数は見えるだけでは2人。外から聞こえてくる足跡はもっとある。
「……」
踏み入ってくる気配はなし。逃げるなら今……と言いたいが、正面からは逃げられない。かといって逃げ道はこの小屋にない。
「どうしよう……」
なぜ入ってこないか。考える必要はなし。この場はとにかく逃げる。
――逃げ道がない。この場では生死にかかる問題。ない。それならば。そうならば。作ればいいのだ。
「あ、えっと……ランタン……!」
明かりの付いているランタン。中身は炎。そして小屋はほとんどが木材でできている。
「……よし」
危険なことを思いついた。一か八か。でもこれしか方法が思いつかない。
ランタンを開けて中身の炎を取り出す。もちろん素手では不可能だ。近くにあった木の棒。それを箸のようにして取り出した。
まずは――扉に。炎をくべた。古くなった木材は瞬く間に燃え上がる。それは外にいる執行教徒たちの目にも映った。
「――は?」
「え?え?」
思考が止まる。まるで誰かがパイロキネシスを使ったかのような……。とにかく目の前で小屋が萌え始めたのだ。
動きが止まる。不自然どころじゃない。自然発火現象は幾度も例がある。だが今回のはタイミングが明らかに不自然なのだ。
人為的に。意図的に。比喩するのに最適な言葉が頭に浮かぶ。それでも動けと、『中に人がいるか確認しろ』と。脳が命令をしてくれない。
動けない。それは美結と凛にとっては幸に働いた。次の一手が行動に移しやすい。
凛を小屋の中央まで連れる。扉とは逆方向の壁。今度はそこに炎をくべた。
「あつっ――!!」
燃え上がる。それは扉の時と同じように。チーターが走るかの如く。炎は壁一面に至るまで広がった。
炎によって木材は強度を失っていく。朽ちていくというのとは違う。
普段なら美結の筋力で壊すことはできない。だが今なら。今の木材ならば。――壊せる。
燃えた木材を蹴る。囲まれた四方に穴が開き、外の暗闇が顔を出した。それはまるでアリの巣。ブラックホール。
そこには誰もいない。誰かがいる扉の前とは反対側。まだ動いていないということだ。幸運。幸を運んできてくれている。
それを確認したなら行動は素早く。まだ事態を完全に把握していない凛を抱き、外へと飛び出した。
桃也たちが山を降りた時のこと。美結と凛がいる山小屋の周辺に執行教徒が来ていた。
外から聞こえてくる足跡。美結も凛も足音が人か獣かも分からない。熊でも出たら大変だ。捕まるとか捕まらないとかの話でもなくなる。
戦闘をすることだってできない。今はただ桃也たち3人の帰りを待つしかないのだ。それが何よりも恐ろしい。
「……大丈夫だからね」
「うん……」
そう言われつつも、凛は安心できない様子だ。美結にずっと抱きついて離さない。
おおよそ子供が受けるべきでは無い量のストレスが凛に覆いかぶさっている。歩く音の度に心臓がドクンと強く跳ねた。
外にいるのは獣じゃなく人間。それも美結と凛を捕まえようとしている執行教徒たちである。その中には――椿がいた。執行教徒なので当たり前と言えば当たり前だが。
数は5人。椿は小屋の前で立ち止まっていた。手には刀。戦闘準備はできている。しかし扉に手をかけることはできない。
「……」
「ど、どうします?」
「うぅん……調べたいんだけど……」
小屋には『坂野家所持』と書かれてある。文字通り捉えるなら坂野家が所有している土地だ。入るには許可がいる。
「こんな場所になんで小屋が……」
「昼間もこの場所を見たんですけどね。さすがに勝手に入るのはって」
「氷華とか猟虎に何か聞かなかったの?」
「いやぁ。そもそも見かけなかったから」
頭を抱えて考える。無理やり入ることは可能だ。鍵がかけられているとはいえ、この人数なら簡単に壊せる。
「……壊したら後で怒られるかもね」
「ですがこの怪しい場所を探さない手はないですよ」
「うーん……」
扉が何度か揺れた。誰かが小屋を開けようとしている。――合図の言葉はなし。敵だ。誰か分からないが、敵だ。
「……凛。ちょっと待ってて」
凛を撫でて抱擁を解く。素直に凛は従った。その場にゆっくりとへたり込む。
美結は扉の前まで移動した。ボロボロの扉には穴が空いている。見える景色はかなり細くて小さい。
それでも見えた。黒い服。銀色に輝く武器。数は見えるだけでは2人。外から聞こえてくる足跡はもっとある。
「……」
踏み入ってくる気配はなし。逃げるなら今……と言いたいが、正面からは逃げられない。かといって逃げ道はこの小屋にない。
「どうしよう……」
なぜ入ってこないか。考える必要はなし。この場はとにかく逃げる。
――逃げ道がない。この場では生死にかかる問題。ない。それならば。そうならば。作ればいいのだ。
「あ、えっと……ランタン……!」
明かりの付いているランタン。中身は炎。そして小屋はほとんどが木材でできている。
「……よし」
危険なことを思いついた。一か八か。でもこれしか方法が思いつかない。
ランタンを開けて中身の炎を取り出す。もちろん素手では不可能だ。近くにあった木の棒。それを箸のようにして取り出した。
まずは――扉に。炎をくべた。古くなった木材は瞬く間に燃え上がる。それは外にいる執行教徒たちの目にも映った。
「――は?」
「え?え?」
思考が止まる。まるで誰かがパイロキネシスを使ったかのような……。とにかく目の前で小屋が萌え始めたのだ。
動きが止まる。不自然どころじゃない。自然発火現象は幾度も例がある。だが今回のはタイミングが明らかに不自然なのだ。
人為的に。意図的に。比喩するのに最適な言葉が頭に浮かぶ。それでも動けと、『中に人がいるか確認しろ』と。脳が命令をしてくれない。
動けない。それは美結と凛にとっては幸に働いた。次の一手が行動に移しやすい。
凛を小屋の中央まで連れる。扉とは逆方向の壁。今度はそこに炎をくべた。
「あつっ――!!」
燃え上がる。それは扉の時と同じように。チーターが走るかの如く。炎は壁一面に至るまで広がった。
炎によって木材は強度を失っていく。朽ちていくというのとは違う。
普段なら美結の筋力で壊すことはできない。だが今なら。今の木材ならば。――壊せる。
燃えた木材を蹴る。囲まれた四方に穴が開き、外の暗闇が顔を出した。それはまるでアリの巣。ブラックホール。
そこには誰もいない。誰かがいる扉の前とは反対側。まだ動いていないということだ。幸運。幸を運んできてくれている。
それを確認したなら行動は素早く。まだ事態を完全に把握していない凛を抱き、外へと飛び出した。
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