レッドリアリティ

アタラクシア

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4日目

夕凪

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空を見上げていた。明るい晴天。この空の下ではどこかの家族がピクニックでもしているのだろう。それくらい綺麗な空。

この空の下で小次郎は死んだ。意識は消え、体の力が抜けていく。全ての力を使い切った。決め手は義明の拳。

もはや耐えられるだけの心もない。血まみれの眼が最後に移したのは――拳を振り上げている義明と晴天の空であった。


「……」

飛び散った血をハンカチで拭き取る。目の前で倒れている死体。生気の消えた瞳は最後まで義明を見つめている。

(いつまで経っても……嫌な眼だ)

死体は側溝に捨てた。敵を埋葬している暇はない。桃也の娘である凛が逃亡したのだ。このまま逃がす理由など存在しない。

桃也の娘。それだけで警戒する理由には十分だ。放っておけば面倒なことになる。必ずだ。断言出来る。

人を殺した余韻など何度も味わった。今は与えられた使命を完了させるのみである。





「ハァハァ……ハァハァ……」

夕凪山。森の中。執行教徒は死んでいた。熊の首を持った椿を除いて。

「フゥゥゥ……」

喰走りによって執行教徒は壊滅していた。氷華の策略、執行教徒が対人戦に特化していたのも原因だ。早い話、熊との戦闘経験など誰も持ち合わせていなかったのだ。

むしろ全滅しなかっただけでも幸運というもの。だがそれで幸運と思えるほど、今の椿は冷静でも温厚でもない。

頭の中で流れているのは氷華への怒りの言葉。裏切られただけでなく、自分の祖父まで手にかけられた。目の前に現れでもしたら今すぐにでも切り裂きたいのだが――。


「――そういえば氷華は……?」

喰走りを起こしてから氷華はいなくなった。熊の攻撃に巻き込まれないようにするためだ。だとしたら……まずい状況だ。

氷華はおそらく椿の場所を視認している。位置がバレてる。それに対して椿は喰走りの対処に夢中になるあまり、気おつけるべきである氷華を見失ってしまった。

「……!!」

急いで刀を握り直す。椿は地面に膝をつき、体をピタッと静止させた。

(多分遠くには行ってない。既に疲れきってたし。だから近くで。確実に私を殺せる射程距離内にいる)

以前に氷華自身から聞いたことがあった。確実に頭を撃ち抜ける距離は約100m。物体に当てるというだけなら600m先でもできる。

しかしこの状況。氷華は外すことを好まないはず。弾数にも制限がある。椿で消耗するのは避けたいはず。

なら氷華はここから約100m以内に隠れている。不死身なら1発くらい喰らってもいいのだが、あいにく椿は不死身じゃない。

だから撃たれるのは避ける。――氷華が山に秀でているように、椿にも秀でているものがある。それは『人探し』だ。

逃げようとした人間を捉えるのも仕事の内。椿が最も得意とするものだ。

(……氷華はバニラのような匂い。身長は150cmくらいで体重は40kg前後。それっぽい音は真後ろと右斜め前くらいからしてる)

森には様々な音がある。人間に近い音もある。椿はそれらを聞き分けることができた。

肌と服が擦れる音。地面を踏み込む音。風の流れてくる音。音は様々な情報を与えてれる。長い間この森にいた椿なら見分けることが出来た。

(匂い……残ってる匂い……前側は獣臭い。ということは――)

与えられた情報から導き出された答えはひとつ。氷華のいる方向は椿の真後ろ――。



(――かかった)

――ではなかった。すぐに椿も気がつく。バニラの匂いは桃也家から持ってきていたバニラエッセンスであった。そして音に関してはイノシシの死体を置いておいた。

身長はほとんど一緒。体重は違うが、動かなければ体重は知られない。

そして氷華自身はイノシシの匂いを体に擦り付けていた。よって椿は匂いを勘違いする。


(まずい――)
(ここで殺さないと――)

交差する思考。引き金を引くだけの氷華が圧倒的な有利状況。だからこそ――自由度が失われてしまう。


――椿は地面を蹴りあげた。木の葉が舞い上がり、椿の前に壁のように立ちはだかる。

「なっ――!?」

思わず――発砲した。狙いが完全には定まっていない。当たるかは賭けだ。

森に似つかわしくない火薬音。空気に穴を開けながら突き進む。弾は木の葉の壁をぶち破って――椿の脇腹を貫通した。
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